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第60話 海水浴

 ひと悶着あった後、わたしたちは朝食を食べていた。

「カツラギさん。今日はどうしますか?」

 やっと、心が落ち着いたのだろうか。王様はいつものように話しかけてきた。

「そうですね。せっかく、海に来たので、海水浴がしたいです」

「わかりました。それでは、海に行きましょう」

 こうして、わたしたちは海に行くこととなった。

 ここでは、お互いにあえて触れなかったけれど……。

 宰相さんのミッションもクリアするために……。


 海に行く前に、わたしたちは宰相さんの封筒を開ける。

 そこには、こう書かれていた。

<恋人のように、海辺で遊ぶこと>と……。


「捕まえてみなさい」

「待ってください、カツラギさん」

「アハハハハ」

「ウフフフフ」

 見よう見まねで、リア充バカップルを装うわたしたち。

 こんなテンプレバカップルをまさか自分がやるようになるとは思わなかった。

 お互いの顔が、ひきつっている。

 やめて、わたしたちのライフはもうゼロよ。

 

「そろそろ、いいですかね」

「いいと思います」

 わたしたちは不毛な追いかけっこを終わりにして、海に向かう。

 これで、宰相さんからの指令も終わったので、存分に遊べる。

 少しずつ、わたしたちは彼の命令をぞんざいに扱うようになってきた。

 たぶん、いい傾向なんだと思う。


「うわ~冷たくて気持ちいいですね」

「本当に」

 海は輝いていた。

 大きな海をふたりだけで、占領している。

 なんて、贅沢な夏休みなのだろう。


 この世界に、水着という概念があってよかった。

 それが少しだけ、心配だったのだ。

 もちろん、もとの世界のように、たくさんの選択肢はなかったけど……。

 用意されたものの中から、わたしたちは刺激的でないデザインを選択した。

 日焼け止めにココナッツオイルが用意されていたのも、嬉しかった。


 海はわたしたちの世界と同じように、塩水で、カニがいて……。

 変わらない海をみていると、前の世界を思いだす。

 小さい頃は両親によく連れていってもらった。

 砂浜で遊んだり、小さなカニをつついていたら、はさみで指を挟まれた苦い思い出。

 懐かしくなって、少し涙がにじむ。

 きっと、日光の刺激が強すぎて、目に染みるだけ。

 こころの中で、そう言い訳する。


「もう少し、自分のために生きればよかったな」

 ぽつりとそうつぶやいてしまった。

 やばい、このままで泣いてしまう。

 そう思った瞬間……。


 顔に水が飛んできた。

「なに、辛気臭い顔しているんですか?せっかくの海ですから、楽しみましょう!」

 王様がそう言ってきた。

「やりましたね~。この、この」

 わたしも応戦する。

「今朝のお返しですよ」

「執念深すぎますよ。少しからかっただけじゃないですか」

「やっぱり、からかわれてたんですね」

 王様の攻撃は激しくなる。

 こっちに来て、はじめての夏はしょっぱくて、そして、とっても甘い思い出になりそうだ。

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