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第58話 深夜

 いつの間に彼は寝てしまったらしい。

 スー、スーという可愛い吐息が聞こえてくる。

「もう少しだけ、しゃべっていたかったのにな……」

 小声でわたしはそうつぶやく。


 ざざーん、ざざーん。

 ずっと波の音が聞こえてくる。

 今度は世界にひとりだけ取り残されてしまった気分だ。

 実際にそういう立場なんだけど……。


 王様には、前の世界でリストラされたことなどは話していない。

 自分の情けない部分をみせることができなかった。

 もしかしたら、嫌われてしまうかもしれない。

 偶然でも、手にいれることができた居場所を手放したくないという利己的な性格に自己嫌悪をおぼえる。

「こういう性格だから、素直になれないし、前の世界でも無理し続けたのかもね」

 一度でてしまうと、ネガティブな気持ちが抑えられなくなる。


 目から少しずつ涙がでてきてしまう。

「わたしなんかがこんなに幸せでいいのかな」

 急に不安になってしまった。

 いまの環境がとても恵まれているから、逆に不安になってしまう。

 前の世界でリストラされてしまったときのように、この居場所が突然、無くなってしまうのではないか。

 そんなことを考えて、どうしようもなく怖くなってしまう。


 ぎーという音ともに王様が寝返りをうった。

 わたしのほうに、どんどん近づいてくる。

 顔が…………

 とても近かくなった。

 彼の吐息がわたしの顔に当たっている。

 不安がどこかにいってしまった。


 どこまでゲンキンな性格なんだろう。

「わたしって本当に単純だな」

 自嘲気味にそうつぶやく。

 彼の顔をみていると本当に安心できた。

 だからこそ、彼の本音を言葉にしてほしかった。

 それが、許されないことと知りながら。

 わたしは今の関係を超えていきたい。

 素直にそう思っている。


「父さん、母さん」

 王様は寝言でそうつぶやいた。

 目には少しだけ涙がにじんでいる。


 きっと、実の両親の夢をみているのだろう。

 幼少期に、亡くなった実の両親を……。

 

 彼も孤独なのだと思う。

 責任に押しつぶされそうな孤独。

 彼に抱き着きたくなる衝動にかられる。


「これは寝返りですよ、陛下」

 聞こえるはずのない一言を彼に告げる。

 そして、ゴソゴソとわたしは彼の背中に手を回した。

 ギュッと腕に力を入れる。

 彼の体温が伝わってくる。

 最高に幸せだった。

 強く抱きしめると、少しだけわたしの背中にも力が入ってきたように感じたのだった。


 わたしも眠りの世界に旅立った……。

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