第57話 ふたりの夜
温泉にも入り、わたしたちは道中の疲れを取ることができた。
口数は疲れからだろうか、いつもよりも少なかった。
でも、それは、居心地が悪い沈黙ではなかった。
居心地がよい沈黙だった。
まるで、この世界にはふたりだけになってしまったような……
分かり合えるってこういうことなのだと思う。
「今日はお疲れ様でした」
「ありがとうございます、王様」
宰相さんの策略で、ふたりっきりの部屋で、同じベットで寝るはじめての夜だ。
たぶん、事件は起きない。
彼はそんなひとではない。
それがうれしくもあり、さびしくもあった……。
こんなことを考えているわたしはどうしようもなく、彼が好きなのだと思う。
「少し早いですけど、今日はもう寝ましょうか」
「そうですね」
王様は少し緊張した声でそう言った。
一方で、わたしの声はとても落ち着いていた。
ふたりでゴソゴソと同じベットに入る。
フカフカで気持ちがよいベットだ。
そして、隣には大好きな人がいる。
最高の環境だ。
ドキドキはする。
でも、幸せだった。
「いろいろ、ありましたね」
陛下がしみじみとそう言った。
「はい、いろいろありました」
「最初はビックリしました。いきなり、空から落ちてきて(笑)」
「誰のせいですか(笑)。わたしもビックリしました」
「すいません」
「責任取ってもらいましたから、大丈夫です(笑)」
居場所がなかったわたしに、居場所をくれたんだ。本当に感謝している。
「最低のプロポーズでごめんなさい」
「一生に一度しかないかもしれないのに、酷すぎます」
そこが彼らしくもあるんだけど……。
「あなたと一緒に暮らせて、本当に楽しくなりました。弟も楽しそうですし……」
「宰相さんの楽しいは、少し違う気がします」
「たしかに」
ふたりで笑いだす。
この時間が永遠と続けばいいのにと思う。
「あの、王様。ひとつだけわがまま言ってもいいですか?」
「なんですか?」
「お昼に見せた機械を使って、ふたりきりの肖像画を作りたいんですが……。旅行の記念に。わたしの世界ではそういうことが古くからの習わしなので」
少し言い訳がましくお願いをしてしまった。
「そうなんですか。いいですよ」
「ありがとうございます。宝物にしますね」
そう言いわたしはスマホを取りだす。
まだ、電池があるのが奇跡だと思っている。
急に電池がなくなってしまうかもしれない。
でも、今日の思い出を何か形にしておきたかった。
それが、いつかなくなってしまうかもしれないけど……。
わたしと彼の関係をどこかに残しておきたいのだ。
これくらいのわがままなら、言ったっていいだろう。
「それじゃあ、撮りますよ。はい、ちーず」
<カシャ>
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
こうして、わたしたちの夜は更けていく。




