第53話 夕日
ベットはひとつしかなかった。
大事なことなので(以下略)
こんな脳内ボケをかますくらい、わたしの頭は混乱していた。
なんで、ベットがひとつしかないんだ。
もちろん、黒幕はあのひとしかいないわけで……。
「あ、あの、ベットひとつだけですか?」
わたしは慌てて、執事さんに答えを確認する。
「ハイ。宰相様から、おふたりは、とても仲が良い夫婦なので、ベットはひとつで大丈夫というお話を伺っております。本当に新婚さんでうらやましい」
「……」
「……」
わたしたちは顔を見合わせる。
そして、同じタイミングでため息をついた。
「「そうですか」」
声を合わせて、そう言いまたため息をつく。
どっと疲れてしまった。
「それでは、夕食の準備をしておりますので、準備ができるまでお待ちください」
執事さんはそう言い、部屋を後にした。
わたしたちは、顔を見合わせる。
そして「プッ」と笑い始める。
なんだか、可笑しくなってしまった。
今日は宰相さんに振り回されてばっかりだ。
この場にいないはずの人なのに、一番影響力がある。
あの腹黒イケメン少年に、この旅行中どれくらいしてやられるだろうか。
それが怖くもあり……
そして、それが楽しみでもあった。
旅行なんて、何年振りだろう。
忙して、楽しむこともできなかった、あの世界の日々を思い出す。
それがあるから、今の楽しい時間がある。
たぶん、帳尻合わせなんだ。
「カツラギさん、海がとても綺麗ですよ」
王様が珍しく少年のようにはしゃいでいた。
「本当にすごいですね」
わたしも正直に感想を伝える。
この前の夜以来、わたしはひとつの結論に達した。
どんな特殊な立場でも素直に生きようと……。
「お茶を淹れますから、眺めましょう」
「ありがとうございます」
わたしは、魔法瓶のような魔道具から、用意されていたポットにお湯を注ぐ。
「今日はお疲れ様でした」
「ありがとうございます」
そう言い、わたしたちは同じソファーに腰掛ける。
契約結婚という関係だが、こういう夫婦っぽいところも少しずつ出てきている気がする。
それがとても幸せだった。
夕方の海を、ふたりで窓から眺める。
それは最高の気分だった。
いつもなら、ここで魔法の言葉を唱えているはずだ。
「彼を好きになってはいけない」と。
でも、わたしは気がついてしまったんだ。
あの、夜に……。
そして、決心もしたんだ。
素直になろうと。
だって、その魔法の言葉を唱えている時点で、
すでに、
わたしはどうしようもなく、彼を好きになっているのだから。
ふたりの手はいつの間にか結ばれていた。




