第38話 本音
「あのぉ、カツラギさん、大丈夫ですか?」
わたしは、ブランデーを飲みまくる彼女を心配し、おそるおそる声をかけた。
「でぇじょうぶですよ。これくらえで、酔っぱらいませんから」
ところどころ、おっさん化している。これはもうダメだ。瞬時に判断したわたしは、コップに水を注いで彼女に渡す。
彼女は一気に水を飲みほした。
「今日はこれくらいにして、ベットに行きましょう。疲れたでしょうから……」
「嫌です。まだ、飲みます」
思った以上に酒癖が悪いらしい。
「でも……」
「だいたい、王様はそうやってごまかそうとして……」
「えっ」
「式のとき、どうして、キスしたんですか。振りだけだったんじゃないんですか?」
「それは、その……」
あれ、このひとは酔っぱらっていたはずじゃ……。酔っぱらいに痛いところをつかれて、わたしは動揺した。わたしもコップに注いだブランデーに口をつける。タジタジになっている自分を必死に落ち着かせようとする。
「あんなのずるいですよ。わたしは、わたしは……」
まさに、その通りだった。あのやり方は卑怯で姑息だった。彼女の晴れ着姿を見ていたら、急に理性を失ってしまった。気がついたら、台本を無視して、口と口が触れあってしまったのだ。
自分でもなにが起きたかわからなかった。そして、そのまま、結婚式中はごまかして、ここまできてしまった。
「申し訳ございません」
わたしは謝罪の言葉を彼女に伝えた。
「謝ってほしいわけじゃないんですよ」
彼女の言葉は、酔っぱらっているとは思えないほど冷徹な色をはらんでいた。恋愛ごとに疎い自分でも、わかるほどはっきりとした冷たさだった。
そもそも、弟の「契約結婚」という進言を聞き入れてしまった自分が馬鹿だった。ただ、彼女を傷つけてしまったということが、どうしようもなく怖かった。
「理由を知りたいんですよ? わたしは……」
急に彼女は穏やかな口調に変わる。それは、さっきの冷たさとは、別の温かさがあった。その温かさが、逆に申し訳なかった。そして、彼女はつくえに突っ伏した。
理由を考える。彼女の顔が近づいてくる時、とてもドキドキした。いや、あのときだけじゃない。彼女と馬車に乗っているとき、夜あなたと話したとき、池でのプロポーズ、そしてキスの予行練習中。ずっとドキドキしていた。
あのときは、雰囲気に流されてしまった。でも、その雰囲気をつくりだしていたのは彼女だ。
「あれは、カツラギさんがとても可愛ら……」
そう言い終わる前に、彼女からは<スー、スー>という吐息が聞こえてきた。
「あの、カツラギさん?」
「……」
彼女から返事はなかった……。




