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第35話 誓いの……

 大きな鐘の音がする。ついにこのときが来てしまった。

 さきほどの顔あわせでは、ほとんどろくに会話ができなかった。お互いにお互いをみて、固まってしまった。

「とてもきれいですよ」

「ありがとうございます。王様もとても似合っていますよ」

 こう言い合うのが精一杯だった。そのまま、時間切れとなってしまい今に至る。


 ついに会場前まで到着した。教会の入り口には、陛下が待っていた。

「お待ちしておりました。カツラギさん」

「おまたせしました、王様」

 そう言うとふたりで笑い合う。なにも知らない人がここだけみれば、普通の幸せなカップルだと思うだろう。わたしもこの時だけは、そう誤解したかった。彼はどう思っているのだろう。複雑な気分になる。


 入口の扉が開いた。ついにはじまるのだ。いきなり緊張してしまう。さっきの悩みはどこかにいってしまった。教会の中には、多くのひとが待っている。諸外国の代表者、国内の重臣などなど。お偉いひとがそこにいる。わたしが、前の世界では関わることすらできなかった身分のひとたちが。足が震えている。


 そんなわたしに王様がやさしく笑いかける。

「だいじょうぶですよ。カツラギさん。かたくならないでください。一緒ならだいじょうぶですよ」

 その笑顔にわたしは安心する。

「よかった。だいじょうぶそうですね。では、いきましょうか?」

「はい」


 大きな拍手とともに、わたしたちは一歩ずつ前に進む。鐘やオルガンの音が大きくなる。ああ、本当に結婚式なんだなと実感した。そこにいるはずなのに、ふわふわしている気分だ。自分が自分ではないみたいな気分になる。


 王様と腕を組んで、前に進む。たくさんのひとがいるのに、そこにはふたりだけの空間になっている。不思議な世界だ。両親にもみてもらいたかったな。のんきな気分になってしまった。さっきの不安は、彼がどこかにもっていってしまったのかもしれない。


 わたしたちは神父さんの前にたった。ここからはすべて予定調和だ。

神父さんはいつもの言葉を、いつも通りに言っている。

「病めるときも~」


 わたしたちはそれを無言で聞いていた。わたしは無意識で彼の腕を強くつかんでしまった。

「誓いますか」

「「誓います」」

 少し機械的に返事をしすぎたのかもしれない。でも、わたしたちの関係なんだから、機械的に答えるべきでもある。


 そして、ついに、ついにこの時だ。

「それでは、誓いのキスを」


 この言葉を聞いて、わたしたちは約束通り向き合う。陛下の腕はわたしを包んで、わたしも彼の体を包みこむ。来賓と神父さんから、顔が見えない角度に顔を調整し、そして……


 少しずつ、彼の顔が近づいてくる。それは、たぶんとても短い時間での動きのはずだ。でも、わたしにとっては、永遠とも思える時間だった。あと少しで触れられるのに……。触れたい。彼ともう少しだけ近くに。


 でも、約束通りだ。彼の顔はもうすぐ止まる。すべては予定調和だ。もう、あきらめよう。悲しくなる自分を抑えようとしたその瞬間……


 なにか唇にやわらかいものがあたった。その後に「ちゅ」という音がする。なにが起きたかわからなかった。でも、確かにいえることは、



わたしは彼に唇を奪われたのだった……

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