第32話 挙式前夜(中編)
結婚式が少しずつ近づいてきた。わたしは、マリッジブルーのような状態だ。さきが見えないからか、新しいことがたくさんあるからなのか。不安なことばかり考えてしまう。悩みを正直に伝えることができる人が少ないのも原因だと思う。すこし疎外感を感じてしまっている。
今日は結婚式の練習という話だ。陛下とどのように振る舞うかを一緒に確認する。ふたりで式場をどう歩き、どのように誓いの言葉をしゃべるか打ち合わせをする。ここらへんは日本の結婚式と同じのようだ。ひとつだけ問題があるが……。
「陛下、ひとつだけ質問があります」
わたしは陛下に一番の問題を相談した。
「なんですか?」
「あの……」
「はい」
「決していやらしい意味とかではないんですよ」
「なんですか」
「だから、そのぉ」
「どうしたんですか、歯切れが悪いですよ?」
「ええと……」
わたしは聞きにくいことを間を置きながら話した。
「誓いの、言葉の、後の……」
「はい」
「キスってどうすればいいんですか?」
「……」
「……」
ふたりの間に気まずい沈黙が流れた。どうやら、王様も考えていなかったらしい。
「やっぱり、神父さんもいるので、したほうがいいんですかね?」
わたしは顔を真っ赤にしながら、そう問いかける。
「そうですね……。どうしましょうか」
王様も顔が真っ赤になっている。ふたりで延々と悩み続ける。しかし、なかなか結論が出なかった。
そして、ひとつわたしに妙案が生まれた。
「そうだ! している角度でごまかしましょう」
「角度?」
「そうです。角度です。王様は神父さんに背中を向けて、わたしはお客様にみられないように背を向ける。そうすれば、顔を近づけるだけで、キスしているように見えますよ、たぶん……」
よく、演劇でやる方法だ。子供だましかもしれないけど、これしかない。
「なるほど。でも、それで本当に、ごまかせますかね?」
「一度、実験してみましょう」
わたしたちは、本番と同じように向かい合う。ふたりとも、誰にも見られないように、背を向け合っている。宰相さんに、神父さんと観客の位置に交互で立ってもらった。
「それでは、いきますよ」
「はい」
王様はわたしの顔にどんどん近づいてくる。鼻と鼻が触れあうギリギリの境界線にふたりの顔が近づいた。
(思ってた以上に近い)
わたしたちは、吐息が触れあうまでに接近した。
「う~ん、たしかにキスしているようにみえますが、少しインパクトが弱いかもしれませんね」
わたしたちに宰相さんの手厳しいアドバイスが飛ぶ。
「そうだ、ふたりで、相手の背中に手を回してみてはどうでしょうか? きっと、そのほうが説得力がありますよ、うん」
わたしたちは、そのアドバイスに従いハグをする。きっと宰相さんは悪戯な笑みを浮かべているに違いない。陛下の顔がさらに近くなった。彼と目が合う。そうすると余計に恥ずかしくなってしまう。わたしの心臓の音が王様に聞こえてしまうかもしれない。そう思うと、ドンドン心臓の音が高鳴っていく。
「ああ、いいですね。うん、完璧です」
その言葉を聞いた瞬間、わたしたちは慌てて相手から離れた。気まずくて相手の顔が見られない。
「では、こんな感じで」陛下はかろうじて声を出していた。
「わかりました」わたしはこう答えるのが精一杯だった。
本番まであと3日……。




