第10話 お師匠様
「陛下はやめてください、お師匠様」
お師匠様……?
「そうかい、では、昔のように。よく来てくれたな、ウィルよ」
「お久しぶりです。お師匠様」
ふたりはとても親密な関係のようだ。
「カツラギさん、こちらが、わたしの魔法の師匠、ジジです」
なるほど、魔法の師匠か!納得した。
「はじめまして、葛城です」
わたしは挨拶をする。
「おお、こちらが天界からいらした女神様じゃな。なんと美しい方だ」
ジジさんはわたしに近づいてくる。
跪いて、手の甲にキスをされた。えっ……。キス……。
「驚かれましたかな?。これはこの国伝統の挨拶でして……」
ジジさんはそう弁解した。なるほど。挨拶か。ならしかたない。欧米人みたいなものだなと納得した。
「ししょう~」
王様はなぜか怒っている。
「どうしたんだ、わが弟子よ」
「それは西の国に住むエルフ族のあいさつでしょうが。カツラギさんに嘘を教えて、セクハラしようとしてますね」
「知らんかったか。わしゃはエルフ族じゃよ」
「あんたは思いっきりアグリ国出身の人間でしょ」
「はて、そうじゃったかの?歳でもう碌してしまっているようじゃ」
周りの村人たちは笑い出している。
「このエロ爺。300才になってもセクハラですか」
王様はいつもとは違って砕けた様子だ。
「なにをいう、このバカ弟子。わしはまだ268じゃ。そんな固いこと言っているから、いつまでたってもガールフレンドのひとりもできないんじゃ」
「あんただって、独身でしょ」
王様の声が大きくなる。
「わしは結婚できなかったのじゃない。結婚しなかったのじゃ。だいたい、ガールフレンドはいっぱいいるぞ。隣町のローラに、港町のスザンヌ、それからそこのカツラギさんに」
しれっとガールフレンド認定されるわたし。
「このセクハラバカ爺」
周囲のひとたちは大笑いしながらその様子をみている。王様は完全にキャラが崩壊していた。
赤鬼さんがこっそり教えてくれた。
「このふたり、いつもこんな感じなんですよ。師弟漫才で、じゃれているだけなんで、笑ってあげてください」
「そうなんですか……」
「陛下が8歳の時から知っている仲で、たぶん一番気の許せる人なんだと思います。この村の村長は」
「へー。でも、陛下のお師匠さまなんだから、すごい人なんですよね、きっと」
「そりゃ、そうよ」
村人のおばさんが話しかけてきた。
「あんな風に見えても、あの爺さん本当はすごいのよ。うちの村の村長なんて、仕事のひとつ。なんたって、アグリ国元宰相で、国立魔法大学の初代学頭、現名誉教授。世界魔術師会議名誉議長。アグリ王国最高裁判所首席判事などなど。世界中の重要役職を兼務しているわよ」
とても偉そうな役職がポンポンと出てきた。
「そんなすごいひとなんですか。あの人」
王様と漫才をしている姿とギャップがありすぎる。
「でもなんで、村長?」
「干ばつが起きた時に、対策会議の議長として来てくれて、そのまま、いついちゃったんです(笑)」
「なるほど」
いわゆる暴走老人か。
「さきほど、説明した魔大陸最終戦争の英雄です。ひとりで、いくつもの戦線をひっくり返し、魔王軍四天王の内、2人を撃破した大賢者。四天王筆頭の冥王様との決闘は、いまだに魔人たちの伝説ともなっています」
青鬼さんがそう付け加えた。
「そして、魔王さまを傷つけた歴史上、唯一の人間でもある。連合軍と魔王軍、最後にして最大の戦い<ダイナモ会戦>にて、ひとりで敗走する連合軍のしんがりを務め、魔王さまの左腕を消滅させた男。魔人ですらファンが多い、別名<フェニックス>。まさに生ける伝説です」
赤鬼さんもそう称えた。
「あれが……」
ジジさんは、「うひょー」と奇声を上げ若い村娘に飛びかかろうとして、王様に必死に止められていた。
「「「はい、あれが」」」




