第8話 芽生え
「カツラギ様はむこうの世界ではどんな暮らしをしていたんですか? 」
「そうですね。普通の会社員暮らしをしていました。あと、様はやめてください。陛下」
「では、わたしもふたりの時は陛下はやめてください、カツラギさん」
ふたりでおかしくなって笑い出す。この王様は偉いのに親しみやすい人だ。
「わかりました。王様」
まだ、名前読みは早い気がする。この世界では苗字というものがないらしい。
「少し堅苦しいですが、許しましょう(笑)」
また、ふたりでクスクス笑い出す。本当に安心できるひとだ。
「カイシャインとはどんなことをするんですか? 」
「そうですね。わかりやすくいえば、商人や職人の集まりだと思ってください。みんなでひとつの組織に集まって、仕事をしていく場です」
「なるほど。向こうの世界ではそういう職業があるんですね」
「そうです」
「とても勉強になります」
王様は気さくに話を進めてくれる。
「王様は趣味とかはあるんですか? 」
少しお見合いみたいな話だ。
「そうですね、城の庭いじりとかですかね?。バラなどいじっていますよ」
さすがは王様。まさに貴族みたいな生活だ。
「カツラギさんは? 」
「わたしは……」
社畜生活が長すぎて、誇れる趣味などない。王様のガーデニングという立派な趣味を聞いてしまったせいで、ハードルが上がってしまった。
「読書や料理が好きです」
<うわああああああ>とパニックになって出た言葉がそれだった。なんのひねりもない。ありきたりの趣味だ。おもしろくもなんともないじゃないか……。それも読書にいたっては最近は気分転換のマンガやラノベばかりだったのに。王様の趣味とは月とスッポンの差だ。
「よい趣味ですね。カツラギさんの世界の物語はこちらと違っているんでしょうね」
あれ、くいつきがいい。
「そうなんですかね?。最近、読んでおもしろかったのは、無職のおとこが頑張って人なみの幸せをつかんでいく話とかですね。がんばらないと別の世界に連れていかれしまうと思い込んで、必死に努力するんですが、逆に神様に努力が認められてほかの世界に連れていかれそうになるんです」
「ハハハハハ」
なぜか、王様はツボにはまったらしい。
「すいません。低俗ですよね」
わたしは少し恥ずかしくなった。
「そんなことないですよ。わたしもそういう話、大好きで、部下たちに隠れてこっそり読んでいるんです(笑)。さすがに、王様の威厳があるので、みんなには秘密にしておいてください」
彼の顔はほころんでいる。王様も読書や演劇が大好きらしい。
いろんな話をした。無職のおとこが馬車にひかれて、英雄に生まれ変わる話。学校でのラブロマンス。魔法使いとロボットが戦う話。王様は食い入るように聞いてくれた。
「カツラギさんの世界は本当におもしろい話で満ちているんですね」
「そうですか」
「そうですよ。そんな面白そうな話、こっちにはないですよ」
ふたりの口調も少しずつ砕けてきた。
「料理はどんなものを作っていたんですか? 」
「得意料理は肉じゃがというものです」
なんとテンプレ的な会話だ。われながら突っ込みたくなる。でも、肉じゃがは好きなんだからしょうがない。
「どんな料理ですか」
「肉といもを、わたしの故郷の伝統的な調味料<しょう油>と砂糖などで煮込んだ料理です。甘くて、しょっぽい感じの味ですね」
「それはとても美味しそうだ。ぜひとも食べてみたいものです」
「しょう油さえあれば、簡単に作れるんですが」
「聞いたこともない調味料です」
「やっぱりそうですね」
少し残念だ。あの味はもう食べられないかもしれない。
「今度、なにか作ってください」
王様は少年のような笑顔でそういった。
「はい、ぜひとも」
馬車は少しずつ、目的地に近づいている。それを少し残念に思う気持ちがわたしのなかにはあった。




