プロローグ
この人を本当に好きになってはいけない……
わたしはこの言葉を何度、心で唱えただろうか。見知らぬ異世界で、唯一頼ることができるわたしの旦那様。他のひとから見れば、わたしたちは夫婦なのだけれど…… 超えられない壁というものが、わたしと彼の間にはある。
「どうかしましたか? カツラギさん?」
思い悩むわたしを心配して、彼はわたしの顔を覗き込んできてくれた。そんな何気ない動作でも、胸が弾むほど高鳴ってしまう。
「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけですから気にしないでください、陛下」
わたしはあえて、距離をおいた話し方をする。
「ふたりの時は、陛下はやめてくださいよ。一応、われわれは夫婦じゃないですか」
「そう、ですよね。わたしたち、形式上とはいえ夫婦ですものね」
「そうです」
自分で、形式上という言葉を使うのがとても悲しい。この言葉を否定してもらいたい気持ちと、それによって今の居心地の良い関係が壊れてしまう恐怖でわたしの心はかき乱される。
「それでは、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
わたしたちは、同じ寝室で、別のベッドに向かう。こんな、関係を続けて早半年だ。
彼の寝息が聞こえてくる。とても疲れていたのだろう。そんな彼に抱きつきたい気持ちに駆られる。
でも、それは許されない。
なぜなら、わたしたちは、契約夫婦なのだから……。
彼を本当に好きになってはいけない。
彼を本当に好きになってはいけない。
彼を本当に好きになってはいけない。
わたしは呪文のように、その言葉を繰り返す。自分にいい聞かせる魔法の言葉。でも、気がついてしまうのだ。彼の前では魔法なんて、簡単になくなってしまうことに。だって、そんなことを考えてしまう時点ですでに……
わたしは彼をどうしようもなく愛してしまっているのだから。