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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
9/33

街へ行こう3

 明けましておめでとうございます。今年も是非お付き合いをお願いします。

 そのまま急ぎ足に街の門へと向かった一行。街への出入りはあるもののその数自体はさほど多いものでもなく、さして待つこともなくすんなりと門衛の元へ辿り着いた。


「――ルースじゃないか! 戻ってきたのか!」


 そうすると、一行の先頭に立つルースを認めた門衛の一人が大きく声を上げた。厳つい顔を髭で覆った大柄な年配の男で、身につけている鎧もかなり年季が入っている。


「『死の樹海』で何かあったんじゃないかって心配してたところだ。無事なようで良かった――ん? ガウルの姿が見あたらないが、どうしたんだ? それに、そこの見慣れない三人は?」

「心配かけて済みません、エイクさん。色々とあったんですけど、その前に街で何があったんですか? 外壁に大穴が空いてましたけど」


 矢継ぎ早に尋ねてくる馴染みの門衛のエイクに対して、ルースは一言謝罪するとまず真っ先に最も気になっていたことを聞いた。


「ああ、三日前に岩鎧熊(ゴルガブスス)が近くまで来たんだ。騎士団や冒険者総出で討ち取りはしたんだが、その時にな」

「岩鎧熊!?」


 エイクが苦々しげに告げたその名前に、ルースは信じられないといった表情で反駁する。岩鎧熊とは、影皇豹(アルモパゥル)同様魔境に生息する災害級の魔物である。その名の通り毛皮の代わりに岩のような外殻を纏った巨大熊なのだが、見た目に則した剛力と頑健さ、そして見た目にそぐわぬ俊敏さを持ち合わせている。そこに肉食の魔物としての凶暴性が加えられた正しく歩く災害のような存在であり、本来ならば今回のルース達のように魔境に深入りしすぎた運の悪い冒険者が遭遇するかどうかといったところだ。いくら魔境に近いとはいえ、こんな人里の近くに現れることはまずないと言っていい。


「そんな、なんでこんなところに!?」

「領主様やギルド長の話では、『死の樹海』で何かあったのではという話だったな。だからちょうど向かっていたはずのお前達を心配していたんだ」


 そう答えたエイクは一度言葉を句切ると、改めて一行を見回してから険しい顔になって問いかけた。


「――それで、何があった?」


 その言葉で数日前の出来事を思い返したルースは反射的に顔をうつむけ、しかし数度深く呼吸を繰り返して心を落ち着けるとその事実を告げた。


「――『死の樹海』で影皇豹に遭遇しました。ガウルは俺達を逃がすために……」


 厳密に言えばガウルは魂だけとなりつつも存在しているが、それでもルースにとってかけがえのない仲間を失ったことには違いない。彼はそのことを思い出すだけで自分の無力さを嘆いてしまう。


「……そうか」


 そして返答を聞いたエイクも沈痛な表情になり、それ以上は何も言わずにただルースの肩を優しく叩いた。


「――今ここでその話を聞いたところでどうにもならない。まずはギルド長に詳しい話を通してくれ」

「……わかりました。ありがとうございます」


 少しでも辛いことを繰り返し話す機会を減らそうとしてくれる気遣いを感じ取ったルースは言葉少なく頭を下げた。


「それで、そっちの見慣れない三人はなんだ?」


 それで一区切りとばかりに、エイクは話題を変えるべく先ほどから気になっていたルースに同行する仲間以外の三人を見やった。一人は旅装の幼さを残す少女、一人はローブ姿に仮面で顔を隠した人物、一人は剣を提げてはいるものの、それ以外の装いは貧相な美丈夫。

 そしてエイクは門衛として積み重ねた経験より、三人のたたずまい方からして最も年少に見える少女を残り二人が主人と仰ぐ立場なのだろうと当たりを付けていた。客観的に見て、この上ないほど怪しさ満点である。


「ああ、この三人は……恩人です。危ないところを助けてもらって、お礼の一つとして案内してきたんです」


 それに対してルースはあらかじめ用意していた無難な答えを返す。さすがに魂霊術師(ネクロマンサー)云々の話をすれば混乱は免れないだろうということから、他の人間にはセレスティナ達の事情をなるべくぼかして伝えようと一行の中で合意に至っていたためだ。


「そうか、お前がそう言うなら害はないんだろう。そこの三人、街へ入るのなら手続きを行うことになる。まずはそれぞれ名とクランバートへ来た目的を教えてもらおう」


 ルースの言い分にひとまず納得したエイクは、背筋を伸ばすと形式張った態度でセレスティナ達に向かい合う。クランバートは『死の樹海』に最も近い街として、魔境を訪れる命知らずが集う街である。当然のごとく中には事情を抱えている者が訪れることもよくあるのだが、かと言って一々根掘り葉掘り詮索すれば脛に傷持つ荒くれ共から反感を買ってしまう。

 そうなってしまっては魔境を探索した者達がもたらす素材の売買が街の収益の大きな部分をになうクランバートは立ちゆかなくなってしまうため、街に拠点を置く間に問題を起こさなければ多少怪しい人物が訪れたとしても目を瞑るのが暗黙の了解となっていた。それを前提にすれば、エイクから見てセレスティナ達は外から見た分の怪しさはあっても物騒な気配が薄いため、ルースが恩人だと言ったことも合わせて許容範囲と判断したのだ。

 蛇足だが、指名手配犯や血まみれな抜き身の刃物をぶら下げていた場合などは問答無用で捕縛対象であり、街に入れはしたものの他所で重大な罪を犯していたことが発覚した場合なども同様となるので、街の住人に荒くれは多くとも犯罪者の掃きだめにはなっていない。


「――初めまして。エイクさんでよろしいでしょうか? 私はアレイア。そちらの締まりのない男がグウェン、そしてこちらがセレスティナです」

「はじめまして。よろしくおねがいします」


 エイクの問いかけにまず進み出たのはアレイア。三人の中では最も言葉が堪能な彼女が代表して一同を紹介し、名を呼ばれたグウェンは不名誉な形容を問題にすることもなく無言のまま軽く会釈を、セレスティナは旅装の裾をつまんで軽く膝を折るというなんとも装いには不似合いな品のある礼を返した。そのちぐはぐさがなおさら怪しさを増すとは自覚していないセレスティナである。


「ふむ――それで、この街に来た目的は?」


 たったそれだけのやりとりで身元の謎がより深さを増したが、それについては特に言及することなく台帳を取り出したエイクは聞き取った名前を記入すると、職務に忠実に言葉を重ねる。


「そうですね、私達は特にこの街に来ようと思ってきたわけではありません。強いて言うならば世界を回るその途中で立ち寄った――とでも言ったところでしょう」

「世界を回る……見聞を広めるための旅かなにかか? こんな辺境にまで脚を伸ばすとは物好きだな」

「なかなか終わりの見えない旅路です。そう言ったことがあっても不思議ではないでしょう」


 そんな風に澄ました態度で応じるアレイアだが、実のところ『世界征服』などという物騒な単語は使わないように、しかしすぐ隣で聞いているセレスティナが違和感を覚えないようにとかなり気を遣って曖昧な言葉を選んでいた。セレスティナがある程度西ラーブル語を習得したことによる弊害の一つである。本質は優しくとも思想は幼少の頃より世界の征服を目標とする一門の英才教育を受けてきたセレスティナに対し、折を見て正しい教育を施すことの必要性をヒシヒシと感じていた。


「なるほどな。では、街に入りたければ通門税を払ってもらおう。一人大銅貨一枚だ」

「ああ、それは俺達が払います。これでお願いします」


 ひとまず問題なしと判断したエイクが手順に従って通行料を請求すると、別の門衛に自らの冒険者証を見せて街へ入る許可を取っていたルースが横から割り込み、あらかじめ用意していた大銅貨三枚をエイクの手に置いた。


「……まあ構わないか。では、これで手続きは終了だ。ようこそ、クランバートへ。歓迎しよう」


 通行料を肩代わりしたルースに一瞬何か言いたげな顔を向けたものの、規定には反していないと受け取ったエイクはセレスティナ達に向き直るとお決まりの文句を口にする。


「かんげいしてくださり、とてもありがとうございます」


 それに対して定型文としてではなく、言葉通り歓迎されているのだと捉えたセレスティナは花が開くように顔をほころばせると、エイクの顔をしっかりと見つめたまま先ほどより深く膝を折って心からの感謝を示して見せた。舌っ足らずな言い回しが微妙に変なのはご愛敬である。

 そんなセレスティナを見て若干戸惑う様子を見せるエイク。実のところ、彼はその体格と面相のせいで荒くれ者にも舐められない反面、大抵の子供には怖がられてしまうばかりであった。気の弱い子なら出会っただけで泣き出してしまうことすらあり、自身の顔が厳ついものであると自覚しているので寂しくはあるが仕方ないことと諦めていた。

 しかしながら目の前の華奢な少女は、先ほどの初対面の挨拶からエイクの顔を見てなお一貫して恐れる様子を見せず、それどころか嬉しそうな笑顔すら浮かべてお礼を言いすらしたのだ。普段はまず経験することのない事態に彼が対処に困るのも当然であった。


「あ、ああ、長旅で疲れているだろう。あいにく気の利いた店がある街でもないが、ゆっくり休むといい」

「はい、そうさせてもらいます」


 花も恥じらうような笑顔を向けられ、規定通りの対応だけで済ませることに気が引けたエイクが当たり障りのない言葉を加えれば、素直に気遣いの言葉と受け取ったセレスティナがさらなる親しみの笑顔を向ける。そんな様子を、ライラや他の門衛がにやにやとした笑みを浮かべて見守っていた。この後、エイクが門衛仲間から盛大にからかわれるであろうことは想像に難くない。

 そんなやりとりを終えて無事に街門をくぐった一行。そうして目にした街の様子にセレスティナは大きく目を見開いた。

 門から一直線に延びる大通りは文字通り人で溢れていた。忙しなく行き交う人々は通りに沿って建ち並ぶ店に出入りしたり、はたまた路肩で珍品を並べる露天商の前で足を止めて交渉していたりと活気に満ち溢れており、つい先日災害級の魔物の襲撃を受けたとは思えないほど誰の顔も明るかった。


「……ひとが、いっぱいいます」

「そうかな? クランバートはだいたいいつもこんな感じだけど」


 思わずと言った様子で漏らしたセレスティナの呟きを拾ったルースが同じ光景を見ながらも首を傾げる。

 彼の言葉通りクランバートでこの程度の賑わいはいつものことではあるが、隔絶された小さな集落で育ったセレスティナにとっては一門の総人口以上の人など今まで想像することもできなかったのだ。つい先日、旅立つ際に総出で見送ってくれた一門の数を軽く超える人の営みを見て驚くのは無理のないことである。


「せっかくだから色々と街を案内したいところなんだけど、その前にギルドへ報告に行かないとならないんだ。申し訳ないけど、ついてきてくれないかい?」

「いくところが、あるんですか? わかりました」


 そう申し訳なさそうに述べるルースに対して、セレスティナは素直に頷いた。同行者としてなら腹心の下僕(ゾンビ)達が、街の案内なら新たに加わったガウルという適任がいる。セレスティナ自身は外の世界について疎くともそれを補える人員なら十分なのだが、世界征服を至上命題に掲げる彼女にとって、偶然とはいえ危ういところを助けた上に数日を共に過ごしたルース達は是非とも友人(ゾンビ)になって欲しい相手である。些細な頼み事を無下に断るという選択肢は頭から存在していなかった。

 そして主たるセレスティナが是とするならばアレイアやグウェンに否やはなく、彼女達は先を立って歩くルース達の後に続いた。

 途中見るもの全てが初めてなセレスティナが忙しなく周囲を見回し、足下への注意が散漫になって何度も転びそうになったところをグウェンが支えたりしながら歩くことしばらく。ルースがひときわ大きな建物の前で足を止めた。


「ここがクランバートの冒険者ギルドだよ」


 そう言って指し示した先には宝が溢れる箱の前で交差する剣と杖といった図案をあしらったレリーフが掲げられていた。

 冒険者ギルドとは、その名の通り冒険者への支援を目的として設立された組織である。人々からもたらされる様々な依頼の集約とそれらの冒険者への斡旋、さらには各種情報の調査や提供から居場所の定かでない冒険者への連絡など、様々な業務を一手に引き受けているため、世界中の国に拠点を置いている。

『ほう、これがギルドとやらか。なかなかに立派なものではないか』

『私にとって冒険者といえば報酬があればなんでもこなすだけの命知らずな無法者でしたが……』

 そして三百年前は街になじめない何でも屋程度の認識であった冒険者という存在を知っている下僕(ゾンビ)二人は、今や一つの職業として立派にギルドを構えるまでに至った成果を目の前にしてどこか感慨深そうに漏らしていた。ちなみにその主はといえば、立ち止まったことで足下の心配がなくなったおかげか好奇心に溢れる顔で辺りを見回すことに余念がない。



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