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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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街へ行こう2

「――そろそろ街が見えてくる頃だ」


 一行が『死の樹海』を抜けて三日目。朝からろくに舗装もされていない道とも言えない道を先頭に立って歩いていたルースが、自らの目の上に手をかざして遠くを見るようにしながらそう言った。今彼らが向かっているのはルース達が現在の拠点にもしている樹海に最も近い街なのだが、そうは言っても今日やっと見える程度の距離はある。

 しかしそれも当然、外縁部ですら上級の危険度を持つ魔物が生息しているような場所から一日二日の距離しか空いていない状況では、おちおち安心して過ごすことなど普通はできようはずもないからだ。樹海の深部で三百年を生き延びた魂霊術師(ネクロマンサー)達はそうするしか選択肢のなかった例外である。


「まちとは、どんなところですか?」

「えーっと……人や物、建物なんかがたくさんあって、みんな賑やかに暮らしているところ、かな?」

「ひとやものが、いっぱい。たのしみです」


 街を見たことのないセレスティナの質問に苦心しながらルースが答えれば、彼女は期待に満ちた笑顔を浮かべて見せた。セレスティナの西ラーブル語は、本人の努力の結果としてこの三日でずいぶんなめらかになっている。


「……あなた方の話によれば、街に入るためには通行料が必要とのことですが、そちらはどうするつもりですか? 知っての通り、我々に外界で通用するような金銭の持ち合わせはありませんよ?」


 そう仮面の下から尋ねたのはアレイア。こちらはすでに西ラーブル語をほぼマスターしていた。主の不便を補うべく奮起したアレイアが、魂霊が休息を必要としないのをいいことに夜を徹してガウルをこき使った――もとい濃密なレッスンを受けた成果である。彼女が憑依する身体の音声の発し方が生身の肉体とは異なる方式であったことも、この短期間での言語習得に一役買っていた。


「そこは心配しないでいいよ。返しきれない恩があるんだから、それくらいは俺達が出すよ」


 たったの三日で自分達と遜色なく言葉を話せるようになったアレイアに最初は驚いたものの、意思疎通がしやすくなったこと自体は歓迎するべきなので深く追求しないことにしたルースは、彼女の懸念に心配しないでいいことを伝えた。


「そう言うことでしたら、お言葉に甘えることにしましょう」

「えっと……ありがとう、ございます」

「ああん! いいのよセラちゃんそんなことくらいぐもっ!」


 アレイアの反応で便宜を図ってもらえることを察したセレスティナが舌っ足らずにお礼を言えば、その姿になにやら感動した様子のライラが抱きつこうとして寸前でアレイアに阻まれる。相変わらず大荷物を担いでいるのだが、それを微塵も思わせない機敏な動きであった。


「何度も言いますが、ライラ、不用意にセラへの接触を図ることは近衛たるわたしが許しませんよ?」

「えー、ちょっとくらいいいじゃん、減るようなもんでもないし。こんな可愛い子を愛でないとか逆に失礼でしょ?」

「セラがこの上なく愛らしいことには同意しますが、かといってそれはあなたが気安くセラに触れていい理由にはなりません」

「なにさー、アレイアさんのケチ!」


 そんな風に騒ぐ二人から聞き慣れない言葉を拾い上げたセレスティナは、語学の教師であるメルフィエに尋ねた。


「ふたりは、なんといっていますか?」

「……『かの者ら語る「かわいい」とは、汝がいと愛らしきことを示す』」

「かわいい……」


 なんとも言えない微妙な表情ながらも教師としての役目は律儀に果たすメルフィエと、それによって自身の容姿が二人に褒められていることを知って恥ずかしそうに頬を赤らめるセレスティナ。その様子を見たライラが「ぐはっ!?」と謎のダメージを受けていたが、ここ数日で似たような光景は何度も見られているため、それに関してはもはや誰も気にする様子は見せない。


『――と、見えてきましたぞ(ひい)様。あれがこ奴らの言う街に違いありますまい』


 そんな中で、担当の特大背嚢を担ぎながらやりとりと眺めていたグウェンが、ふと視線を行く手にやってそう報告した。彼は現状で自分が積極的に西ラーブル語を覚える必要はないと判断したようで、聞き取りは会得したものの発話は依然として馴染みの言葉を使っている。


『そうなのですか? わたしにはまだ見えませんが』

『まあ、頂いたこの身体のおかげですな。未だいささか距離がありますゆえ、姫様には少しばかり無理がありましょうて』

『そうでしたか。とはいえ、もう少しで辿り着くのは確かなのでしょう? やっと世界の制覇を始められますね。とても楽しみです』


 答えるセレスティナは邪気のない澄んだ笑顔を浮かべた。言葉はあれだが、世界征服を友人作りの旅と思いこんでいれば納得の清廉さである。


『まあそうなのですが……ワシの見る限り、どうにも様子が妙でしてなぁ』


 しかしながら、報告したグウェンはなにやら困惑顔をしていた。


『妙とはどういうことですか、翁』

『近衛殿にもまだ見えなんだか。なに、ワシの思い浮かべる平穏な街に比べると、どうにも損傷が大きいように見えてな。近衛殿、若いのに街を囲う壁は大穴が空いているのが常なのか尋ねてみてはくださらんか?』

『守りの要たる壁に大穴? 確かにそれは妙ですね』「ルースさん、これから向かう街を囲う壁に穴が空いているようなのですが、それは元からでしょうか?」


 内輪にしか通じない言語で会話を交わしだしたセレスティナ達を見守っていたルースは、突然言葉を切り替えたアレイアの質問に一瞬戸惑いを見せたものの、その意味を理解したところで急に表情を険しくした。


「いいや、クランバートの街壁は、かなり年季は入っていたけど何処も崩れていたりはしなかったはずだ」

「……ルースさんの言う通りです。この辺りは強力な魔物が多く生息していますから、街壁の不備を放置するのはあまりにも危険すぎます。その話が本当だとすれば、クランバートに何かあったとしか考えられません」

「ちょ、せっかく生きて戻れたのに、帰る場所がなくなってたとか御免だよ!?」


 それをメルフィエも表情を難しいものに変え、ライラも顔をしかめつつ打って変わって真剣な雰囲気を纏い始めた。


「どうする、ルース? アタシが先行して様子を見てこようか?」

「……いや、待ってくれ。アレイアさん、その街壁の大穴以外に街の様子はわかりませんか?」

「――とのことですが、どうですか、翁?」


 ルースに問われたアレイアはそのままグウェンへと横投げする。様子を察したのはグウェンで、アレイアはそれを通訳しただけなので当然の処置であった。わざわざ西ラーブル語で言ったのは、情報源がグウェンであるのと彼が聞き取り自体はできることを明示して、以降の問いかけを直接グウェンの方へさせるためである。


『そうじゃな……後は少々荒れた地面が目につくことと、瓦礫が多少散乱しておるくらいかの。門らしきところからは人の出入りも見えるが、ことさら慌ただしい雰囲気も見えんな』

「瓦礫が散乱しているようですが、街の出入りに逼迫した様子は見あたらないようです」

「なら、街の中から煙が上がっていたりは?」

『火事の心配なら、それらしき煙は上がってはおらんな』

「火災が起きている様子はないようです」

「そうですか……」


 グウェンの返事をアレイア経由で聞いたルースはその場で立ち止まると、考えをまとめるかのように顔を伏せて押し黙った。自然と一行の足も止まり、状況を察したセレスティナも不安そうな表情になりながらルースの様子をうかがう。


「……たぶんだけど、何かあったにせよそれはもう終わったんだと思う」


 やがて結論に達したらしいルースがそう口にすると一同を見回した。


「あそこには俺達以上の腕利き冒険者が集まっている街だ。魔境に近いってことで、領主が持つ騎士団も精強揃いのはずだし、たいていの危機はなんとでもなる。出入りする人がいるってことも街が無事な証拠だ。ただ、何が起こってどれくらいの被害が出たのかはわからない。ひょっとしたら周囲に何か影響があったかもしれないから、警戒は強めつつも急いで戻った方が良さそうだと思う」

「……そうですね。今のままでは何が起こるか知れたものでもありませんし、状況の変化を察知したなら素早く行動に移るべきでしょう」

「アタシも賛成。今から駆けつけたところで大したことはできなさそうだけど、早いとこ安全な寝床に飛び込みたいよ」


 メルフィエとライラはそれぞれ素早い判断でルースの意見に同意した。この辺りはさすがにいっぱしの冒険者といったところである。

 仲間の合意を得たルースは頷きを返すと、セレスティナ達の方に視線を向けた。


「ここからはなるべく急ぎたいんだけど、どうかな?」

「……えっと、まちがへん、なのですか?」


 どうやら先ほどの話を完全に聞き取るのはやや難度が高かったらしく、ルースの問いかけに戸惑った様子で応じるセレスティナ。ルースは彼女にも伝わるように言い直すべきかと迷ったが、その間にアレイアが素早く小さな主にささやいた。


『セラ、どうやら彼の暮らす場所に異変が生じているようです。とても心配なので一刻も早く戻りたいようですが、どうしますか?』

『そうなんですか!? それは大変です!』「わかりました、いそぎましょう!」

「あ、ああ。すまない、助かるよ」


 アレイアの補足を聞いた途端、真剣な表情になって身を乗り出す勢いで頷いたセレスティナに若干気圧されたものの、ルースは気を取り直して礼を言った。


「じゃあ、少しペースを上げよう! アレイアさん、グウェンさん、良ければその荷物を俺達でも分散して持つから――」

「申し出はありがたいですが、我々にその必要はありません。セラ、急ぎになりますので失礼しますよ」


 少しでも負担を分散させようとするルースの申し出をあっさり退け、主に一言断りを入れたアレイアが慣れた様子でその小さな身体を姫抱きにする。


「すみません、アレイア。よろしくおねがいします」

「これも私の役目です。では、参りましょう」


 セレスティナがしっかりと抱きついてきたのを確認すると、今までに倍するペースで歩き始めた。あっという間にルース達を追い抜くと、そのまま街の方へと突き進んでいく。グウェンも当然のような顔でそれに遅れることなく続いた。


「あ――ま、待ってくれ!」


 一瞬呆気にとられたルース達も、すぐに我に返ると慌ててその後を追った。すぐに追いつきはしたものの、歩みを合わせてみれば旅慣れている彼らでもそのうち力尽きそうなハイペースである。


「――アレイアさん! 悪いけど、もう少しペースを落とせませんか!?」

「構いませんが、急いでいるのではないのですか?」

「いや、確かに急いではいますけど! このままだと街に着く前に俺達の体力が尽きてしまいますよ!?」

「そうですか。これでも押さえてはいるのですが……」


 ルースの訴えに困惑気味で応じるアレイア。下僕(ゾンビ)である彼らは術者からの魔力供給が途切れない限り疲れ知らずに動けるため、やろうと思えば普通ならあり得ないほどの長時間を全力で走り続けることすら可能だ。しかしながらそんな無茶を生身の人間に要求しない程度の常識はわきまえているため、言葉通り抑え気味のペースにしたつもりであったのだ。長らく下僕として過ごしてきた弊害もあるだろうが、実のところ元にした彼女の生前の基準が高すぎたためでもある。


『ふむ、この程度の行軍で早々に音を上げるとは、昨今の若者は軟弱になったものよの』

『致し方ありませんね。平和になった証とでも前向きに捉えることにしましょう』


 実は同じ時代に生きていたことが判明している魂霊二人が世の中の移り変わりに感慨を覚えつつ、ルース達のペースに合わせて一行が進むことしばらく。誰の目にも街の様子が明らかとなるところまで近づいた。

 厳密に言えば街を囲む高い壁と、その先から背の高い建物の上部が見える程度なのだが、グウェンが報告した通りにがっしりとした造りに見える石壁の一部にいびつな大穴が空いており、その下には破片と思われる瓦礫が散乱していた。さらには周辺一帯の地面が至るところで大きく抉られていたりと、ここで大きな戦闘があったことが容易く想像させられる。

 しかしながら届く喧噪は緊張をはらまない穏やかなものであり、街門と思われる辺りでは頻繁ではないものの緩やかな人の出入りが見受けられる。


「本当に壁に穴が……けれど、大事には至っていないようですね」

「ああ。良かった……」

「そんじゃ、さっさと入るとしようじゃないの。いい加減おいしいご飯が食べたいよ」


 その様子を見てひとまず安堵の息を吐くルース達。そんな三人を見て今までずっと心配そうな表情を浮かべていたセレスティナも、アレイアに抱えられながらホッとしたように息を吐いた。


 別にルース達が軟弱なわけではありません、下僕二人が異常なだけです。

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