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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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森を出よう4

「……再生術?」


 その様子を見ていた青年がポツリと呟いたのは、治癒術の上位に位置すると言われている魔術系統の名称だった。ある程度の魔術師ならば必ずと言っていいほど習得している治癒術は冒険者の間では有効な回復手段であるが、その回復力にも上限があり、死に至るほどの傷や肉体の欠損は直しきることができない。

 しかし、その上位である再生術は死の淵から蘇らせ、失った肉体を再び与えることができる。その絶大な効果に比例するように極めて限られた一部の人間にしか扱えず、時にはその存在を巡って大きな争いが引き起こされるほどだ。

 もちろんのこと、セレスティナが使ったのは再生術などという希少な魔法ではなく、彼女自身が修めた魂霊術――受け継ぐ者が彼女とその一門しかいないため、こちらもある意味希少と言えば希少だが――の一つである。

 そもそも魂霊術の根本が『死せる魂を魂霊として依り代に憑依させることで意のままに操る』と言うもので、下僕(ゾンビ)を創るためには当然魂霊だけでなく憑依体が必要となる。そして下僕の能力はほとんど憑依体に依存するため、強力な下僕を創ろうとすれば強力な憑依体が必要になるのは必然だ。

 そのため、魂霊術には生物非生物それぞれの憑依体を創り出すための魔術が存在しており、そして損壊した憑依体を修復するための魔術も当然存在している。そして生物型の憑依体を修復する魔術は、応用すれば生き物の怪我を治すことができるのだ。それが青年にはまるで再生術のように見えているだけである。

 そんな風に青年が勘違いしているとは露ほども思っていないセレスティナは、最後に倒れ伏したままの少女の元に向かった。青年や女と違って目立った外傷はないものの、短時間とはいえ影皇豹(アルモパゥル)の巨体で押し潰されたため身体の中はひどいことになっているだろう。


「《魔の波動よ。かの身が受けし傷跡、余すことなくつまびらかに》――《損傷精査(インスペクション)》」


 少女に外からの傷がないことを見て取ったセレスティナは、空いている方の手をかざして対象の状態を知るための魔術を使った。それによって内臓に大きな損傷があることを確かめると、修復に必要な行程を思い浮かべながらその手を赤黒い球体にかざす。


『アレイア、お願いできますか?』

『御意に』


 主の要請に応えたアレイアがうつぶせだった少女を慎重に仰向かせると、おもむろに取り出した短剣を躊躇なく腹部に突き立てた。


「何を――ぐっ!?」

『まあ落ち着け、若いの。姫様のことだし、悪いようにはせんて』


 ビクリと仰け反った少女を見て青年が飛びだそうとしたが、いつの間にかすぐそばにいたグウェンがそれを取り押さえる。その様子を気に留めた風もなく、短剣の先端だけを浅く突き刺したアレイアは反射で身をよじろうとする少女を抑えながら腹部を少しだけ切り開き、こぼれ出す血をものともせずに広げて見せた。


『セラ、このくらいで問題ありませんか?』

『充分です。』「《糧となりし者よ。我が魔の導きに従いて、新たな息吹と共に歩むことを喜び給え》――《損傷修復(レストア)》」


 最初に比べてずいぶんと小さくなった球体は、かざした手に引かれるように一部を伸ばした。この魔術は比喩でも何でもなく、文字通り『修復』のためのものだ。治癒術が生物の自己回復力を促進させ、再生術がそれを極大にまで引き上げて行うのに対し、彼女は損傷箇所に対して代替物をあてがい、周囲の構造に沿うように再構成しているのである。

 今回は影皇豹の死骸から切り取った血肉を代替物としているのだが、修復のためにはそれを損傷箇所に直接あてがう必要がある。外傷ならそのままあてがえばいいのだが、身体の中を修復するとなると代替物を送り込むための入り口が必要になるのだ。

 今し方空けられた傷口から赤黒い触手がスルリと入り込み、セレスティナの導きに従って内側で広がるとそれぞれの損傷を修復し始める。少女が身悶えるように痙攣すること数秒、内側の修復を終えたセレスティナは最後に開けた傷口を治すと、規則正しい呼吸をし始めた少女を見てホッと息を吐いた。生物型の憑依体を作り出す性質上、人を初めとした生き物の内部構造は熟知しているのだが、それでも『生きた人間の修復』という行為はまだ幼い彼女にとってはなかなかの緊張感を伴うのだ。


『これでもう大丈夫です』

『お見事です、セラ』


 アレイアの称賛を受けたセレスティナは嬉しそうに微笑むと、何もないところで代替物の保持していた術式の制御を手放した。すでに握り拳よりも小さくなっていた赤黒い球体は支えを失い、地面の上に小さな血溜まりのようなものを作る。

 そして今度はグウェンに取り押さえられている青年の方を見て不思議そうに首をかしげた。


『グウェン、どうしてその人を組み敷いているんでしょうか?』

『なに、病み上がりにも関わらず無茶な動きをしようとしたので大人しくさせているだけですな。また無茶をやらぬとも限らぬゆえ、しばらくはこのままでお許しを』

『そうでしたか。わかりました、お手数をおかけします』


 セレスティナはグウェンの飄々とした言い分で納得したように頷くと、押さえつけられている青年となるべく視線を合わせるように身体を屈ませてにっこりと笑いかけた。


『先ほどは修復を急いだとはいえ、ご挨拶が遅れ誠に申し訳ありません。わたしはセレスティナ・ヴォルフシュトラ・グルーツェンラッドと申します。もしよろしければ、わたしの下僕(ゾンビ)になっていただけませんか?』


 改まった自己紹介からの止める間もない爆弾発言に、アレイアとグウェンはそろって頭を抱えた。


『……セラ、いきなりそのようなことを言うのは相手に失礼ですよ?』

『え? ですが、母様は世界を征服するためには人々を下僕のようにすればいいとおっしゃっていましたよ?』

『……死者を下僕とするのにもしっかりとした手順がありますよね? それと同じように、何事にも踏むべき段階というものがあるのです』

『そうなのですか。世界を征するというのはやはり難しいのですね』


 たしなめるアレイアとのやりとりにも第三者には聞かせられないような言葉がポンポンと混ざるが、口にしている本人はいたって真面目である。ついでに言えば悪気なんかは一切ない。純粋なのも時には考え物である。

 その様子を見てため息を吐いたグウェンは、余計な騒動が起こる前に断りを入れるべくきっちりとホールドしている青年に話しかけた。


『あー、若いのや。姫様は少々生い立ちが特殊での。話半分にでも聞いておいてくれると助かるのだが――』


 そう言ってから青年の反応を見たが、なにやら反応がおかしいことに気づいた。彼の顔に戸惑いが浮かんでいるのは予想通りではあるのだが、それに加えてなにやら目の前で繰り広げられているやりとりを必死に聞き取ろうとしている様子でもあるのだ。それはどう見ても思いもよらない言葉を投げかけられたようには見えず、まるで何を言われているのかまったく理解できていないようであった。


『……のう、姫様、近衛殿』

『はい、何でしょうかグウェン?』

『翁、緊急のお話でなければ後にしてもらえませんか?』


 グウェンの呼びかけに、手順を踏むことの重要性を訥々と言い聞かせていたアレイアとそれを真剣な表情で聞いていたセレスティナが話を中断して振り返った。


『至急と言えば至急かな? いやなに、おそらくではあるのですが、この若いのにはワシらの言葉が通じておらぬように思えましてな』


 その予想だにしていなかった事態に思わずセレスティナとアレイアは顔を――一方は仮面だが――見合わせると、その真偽を確かめるべく改めて青年に向き直ったセレスティナがおそるおそる話しかけた。


『あの、わたしの言葉がわかりますでしょうか?』

「――あっと、その……助けてくれてありがとう。君達は……何者かな?」


 その様子から話しかけられたことは察したらしい青年が、しかし彼女達には理解できない言葉を口にしたのを聞いたセレスティナは困ったように眉根を寄せた。

 それもそのはず、生き残りの魂霊術師が世界から隔絶されて三百年が経っている。それだけあれば使用される言語に変化があって当然だ。加えて言うなら魂霊術師達が普段から使っていた言葉は、栄華を極めていた時代に支配者階級に用いられていたものであり、彼らの支配を脱した世界の人々には忌避された。ゆえにこの時代に残っているのは一部の古い文献の中くらいであり、世間一般としては絶えて久しい言語となっていたのだが、そんなことは双方共に知るよしもない。

 もちろん世界中を探せば過去の忌み嫌われた言語を研究する奇特な人物がいないわけでもないだろうが、どちらにせよ今この場の意思疎通が極めて困難であると言うことには変わりはない。


『本当に言葉が違うみたいです。このような場合はどうすればいいのでしょうか?』

『想定してしかるべきでしたね。少々お待ちください、皆に尋ねてみますので』


 途方に暮れた様子でかたわらに立つアレイアを見上げるセレスティナ。それを見たアレイアは一言断るとその場で沈黙した。


「――あなた、わたし、ことば、わかる、ます?」


 しばらくして唐突にぶつ切りの言葉を発したアレイアを見て、それがつたなくも自分の理解できる言語であったことに青年は安堵した様子を見せた。


「ああ、大丈夫だ。窮地を救ってくれた上に死にかけだったオレ達を治療してくれてありがとう。正直、もうここまでだって覚悟したよ」


 並べられた言葉にじっと耳を傾けている様子のアレイアだが、青年の言葉が終わってもしばらく動きを見せなかった。その様子に伝わらなかったのかと青年が困り顔になった頃合いでようやく次の言葉を発する。


「わたし、たち、れい、いる、ない。おんな、あるじ、のぞむ、やくそく、はたす、ひつよう」

「……えっと」


 それを聞いた青年がより困惑の度合いを深めた。いくら彼が知っている言語であるとはいえ、長文になってくるとさすがに単語の羅列では意味が通じにくくなっているようであった。ちなみにこの間、言葉のわからないセレスティナはキョトンとした表情で言葉を発した相手に顔を向けている程度である。


『……このままでは埒があきませんね。翁、緊急で魂霊会議を行いますのでこちらへ』

『その前に念のためこの若いのに大人しくしているように伝えてくれぬか? それくらいなら今でも可能であろう?』

『そうですね、そうした方がいいでしょう』「……まつ、すこし、しずかな、する」

「え……あ、ああ、大人しく待っててくれってことか? わかった」


 下僕間でのやりとりの後、アレイアが発した言葉をなんとか解釈した青年が頷くのを見たグウェンが拘束を解いた。そのまま青年がゆっくりと体勢を立て直して待ちの姿勢に入るのを見届けると、おもむろにアレイアのそばまで歩み寄る。そしてアレイアはすぐそばまで近づいてきたグウェンの両肩にそれぞれ手を乗せて顔を俯かせ、向かい合うグウェンも合わせるように目を閉じて顔を伏せた。

 二人はしばらくそのままの体勢で微動だにしなかった。それを見ていた青年は何が起こっているのかを把握できずにそわそわとしていたが、目の前で自分よりも遙かに年下に見えるセレスティナが悠然と二人を見守っているのを目にし、自身の落ち着きのなさを恥じるように俯くと今度は開き直った様子で腰を落ち着けた。

 しばらくそのままの状態で時間が流れ、やがてアレイアはグウェンから離れるとセレスティナに向き直る。


『ではセラ、ちょうど適任者がいましたので私は交代します』

『わかりました。よろしくお願いします』


 主が頷くのを確かめたアレイアは一礼すると、一瞬力が抜けたように姿勢を崩した。


「――っとぉ!? うお、本当に動く!? 声も出てる!? すげぇな……」


 かと思うとやけに慌てた様子で体勢を立て直すと、少々ぎこちない動きで自分の身体を眺めてはなにやら感動したような声を漏らす。まるで自分の物ではない身体を初めて動かしているかのようであり、そしてそれは間違っていない。


「な、なんだ、言葉がわかるんじゃないか」


 そして一部始終を見ていた青年は思わず驚きの声を上げていた。そう、先ほど仮面の下から漏れた言葉は先ほどまでの片言とは打って変わり、青年が慣れ親しんだものだったのだ。


「助けてくれてありがとう。君達は命の恩人だ。今は返せるものがなにもないけど、街に戻れば蓄えがあるから――」

「あー、まあ落ち着けよルース。気持ちはよくわかるがその前にこの人達の事情を聞いてやってくれ。まあ話すのはオレだがよ」


 突然流ちょうに話し出したことに若干の疑問を覚えつつも、これでなんとか意思疎通ができると安堵した青年は改めて感謝を口にする青年。しかしそれを遮った内容に再び驚くことになる。


「……なんで俺の名前を? まだ言った覚えはないんだけど」

「そりゃ知ってて当然だろう。なんせオレは駆け出しだった頃からお前の面倒見てやってきたんだからよ」


 目を見開いて尋ねる青年――ルースにそう答えて肩をすくめてみせる仮面の人物。少し注意して見れば先ほどまでの姿勢良くキビキビとした所作とは違い、適度に力の抜けた粗野とも取れる雰囲気に気づくだろう。当然、青年もそのことに気づいた。もし両方の言語に通じていたならば、声は同じでも選ぶ言葉の傾向が正反対であることもわかったはずだ。

 そして告げられた内容にますます困惑の度合いを深めるルース。当然のことながら駆け出し以来の付き合いの中に目の前にいる仮面の人物がいるはずもなく、ついでに言えばその連れらしき二人とも一切の面識がない。


「あー……わーってますよ。くっそ、絶対に最後だろうって思ったからってよくあんなセリフ言えたよなオレ……」


 そして仮面の人物はなにやらブツブツと呟いた後、諦観のようなものを漂わせながらそのセリフを放った。


「あー、なんだ、ついさっきのことだから覚えてるとは思うが、オレはお前にこう言ったよな? 『可愛い弟分のために命が張れるんだ、これ以上にいい死に場所はなかなかねえんだよ』」


 それを聞いたルースは信じられないと言わんばかりに大きく目を見開いた。つい四半刻前に一言一句違わず聞いたばかりのそのセリフ、彼にとっては忘れようがない。

 冒険者として駆け出しの自分に何くれとなく世話を焼き、戦い方と生き残り方を教え、パーティを結成してからは頼れる兄貴分として苦楽を共にしてくれた男が、ルース達を逃がすために囮として残った時の言葉。


「……まさか、ガウル?」

「おうよ。まったく、こんな形で再会するとは思ってもみなかったぜ」


 セレスティナは頭の中性能がハイスペックかつ何事にも一生懸命なので、知識量が(偏ってはいるけど)超高校生級です。

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