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冒険者になろう3

 翌日の午後、セレスティナは再びギルドを訪れていた。冒険者の登録試験に関して、彼女としては朝一番からでもやってみせるとばかりの意気込みであったのだが、ギルド側の都合により今の時間になったのであった。

 それというのも、昨日の突発的な宴会が想定以上の盛り上がりを見せたことが原因である。

 セレスティナ自身は冒険者達の繰り広げる大騒ぎに目を白黒させつつも、その楽しげな雰囲気に顔をほころばせて楽しんでいたのだが、樽の単位で空けられた蒸留酒の酒気に当てられて早々にリタイアし、幸せそうな寝顔でアレイアに背負われて定宿へと運ばれていった。

 が、主役がいなくなったという程度では荒くれ達の宴会が止まるわけもなく、どころか昨今の景気の良さも相まってかドンチャン騒ぎは加速していき、終いには騒ぎを聞きつけて集まってきた街の住人達も巻き込んでの大宴会となった。

 そうしてほとんど一晩中飲み明かした後、朝日が昇る頃に残るのは死屍累々たる人の山。体力自慢の冒険者からもいくらか泥酔者が出るほどの事態であり、冒険者及びギルド職員は後処理に追われるハメになった。

 そのため実に健康的に宴会を乗りきり、やる気十分で朝からギルドに姿を見せたセレスティナではあったのだが、ギルドの惨状と、割合最初の方から参加していたにもかかわらずケロッとした様子のベリオルズからの懇願もあり、冒険者の登録試験はギルドが片付いてからということになったのであった。

 そして時間つぶしに街を散策し、昼食を終えてしばらくしたところで臨時の連絡係となったガウルから『ギルドが片付いた』旨を伝えられ、今再びギルドを訪れたのであった。


「よう、セラの嬢ちゃんとご一行。二度手間にして悪いな」


 入り口をくぐったセレスティナ達を出迎えたのは長剣を腰に下げたベリオルズ。それに対して全くだと言わんばかりの雰囲気で無言のまま腕組みするアレイアであったが、小さな主が気にした様子もなく朗らかに「だいじょうぶです、がんばります!」と宣言したため、不満に関してはその胸の内に収められた。


「準備はできてるぞ。こっちだ」


 そうしてセレスティナ達が誘われたのは、ギルドの施設内に存在する戦闘訓練所であった。普段なら冒険者達がそれぞれの理由で武器を振るっている姿が見かけられる場所なのだが、今は決して狭くないはずの部屋が少々手狭に思えるほどであるにもかかわらず、誰もが端に寄って見物の姿勢であった。

 もちろん、彼らの目的はセレスティナの試験であり、その実力を安全な場所で改めて目にできるとあってか、始まる前からかなりの賑わいである。中には手空きなのだろうギルド職員の姿もちらほらと散見され、ベリオルズに連れられるようにやってきたセレスティナ達に興味津々の目を向けていた。


「さて、早速だが登録試験――冒険者になるための試験について説明するぞ」


 そんなギャラリーにたいした注意を払うこともなく、中央までセレスティナ達を導いたベリオルズは改めて向かい合うと口を開いた。


「なに、難しいもんでもない。そっちの三人、それぞれに一回ずつ模擬戦をしてもらう形式だ。ぶっちゃけオレがこの目でお前らの実力を見たいだけだから、勝ち負け関係なく登録はしよう」

「それならば試験は必要ないのでは? それと、我らはセラの魔術により存在しています。登録ならばセラものもだけで十分なのでは?」


 ベリオルズの色々とぶっちゃけた話を聞き、当然の疑問を返すアレイア。魔術によって使役されている存在は、基本的に術者の物というのが古来より変わらない考え方である。剣士が剣を使って魔物を倒したことが振るわれた剣の手柄とはならないように、下僕であるグウェンやアレイアの成果は全て主たるセレスティナの物。

 当の主人が少々異なる認識をしてはいるものの、己の内ではしっかりと線引きをしているアレイアとしては、わざわざセレスティナに手を煩わせることは可能な限り避けるべき事であった。

 しかしながら予想できた反論であり、ベリオルズは苦笑しながらも己の見解を述べる。


「そうは言うが、オレも話を聞いたところでそこの二人が魔術の産物にはどうしても見えなくてな」


 それがベリオルズの正直な感想であった。実際ほぼ常にセレスティナの傍にはべっているものの、明確な自意識に基づいて行動し、わかりやすく喜怒哀楽を示す下僕(ゾンビ)二人の様子を見れば、その主人からの扱い方も相まって九割九分の人間が彼らのことを『人』と認識するであろう。


「そんな状態でなんかあった時に、一々同じような話を聞かせて相手を納得させるのも手間じゃねぇか? それならもういっそしっかりした身分を手に入れて、何かあっても『自分達は人』だって言い張った方が色々と話は早いと思うんだがな」

「アレイアもグウェンも、ちゃんとわたしの『お友達』です!」


 そう言い諭すようなベリオルズに対し、少しムッとした様子で抗議の声を挟むセレスティナ。どうやら話の中でも腹心の下僕が人間扱いされていないことがお気に召さなかったようである。

 頬を膨らませて不満を表すセレスティナに「悪い悪い、ものの例えだ」と苦笑気味に返してから言葉を続けるベリオルズ。


「それに、凄腕の魔術師一人よりは、戦士二人も含めた三人組の冒険者って事にした方が色々と融通も効くぞ? そっちの方が世界を見て回るって言う嬢ちゃんの助けになると思うんだがな」

「なるほど……」


 要はここでわずかな手間をかけることで、将来的に発生しうる面倒ごとを回避しないかという話であると認識したアレイア。下僕すらも対等に扱おうとするセレスティナがいることを考えれば、この言い分は諸々を含めた上で非常に有意義だと判断できるものであった。


「セラ、少々手間をかけることになるとは思いますが、我らも冒険者として登録することをお許しいただけますか?」

「はい、いっしょにがんばりましょう!」


 そして下僕の願いをセレスティナが無下にするはずもなく、どころかそろって冒険者になれるとさらに嬉しそうな笑顔での即答が返ってくる。


「ありがとうございます。ではベリオルズ様、そのように」

「納得してくれたようで何よりだ。なら早速始めるとしよう。グウェンと……アレイアも前衛ってことで大丈夫か?」

「……まあ、そう考えてもらって差し支えはないかと」


 束の間考え込むような間を置いてアレイアが答えれば、それを受けたベリオルズは歯を剥き出して凶悪な笑みを浮かべた。


「なら、そっちの二人の相手はオレだ。それで嬢ちゃんの相手は――」

「わたしが務めさせていただきます」


 そう、ベリオルズの言葉に合わせて進み出てきたのはメルフィエであった。この場には当然ルース達もいたが事前に聞いていたようで、どこか複雑な顔をしながらも特に異論を挟むことはしなかった。

 しかしながらそれ以外の見物人達は大いにどよめいた。方や半ば引退したとはいえ今もなお生きた伝説と呼ばれるベリオルズ、こなた若いながらクランバートにいる魔術師の中でも屈指の実力を誇るメルフィエ。共にただの試験管と言い張るには少々過剰に過ぎる実力者であり、下手な冒険者ならばそもそも試験にすらならないであろうというのが周囲の共通認識であった。

 しかしながらこの場にいる大半はセレスティナ――特にグウェンの人外の領域に突っ込んでいる実力は否応なく理解していた。

 これに対抗できるのはこの街ではベリオルズくらいであろうと即座に納得し、むしろ模擬戦とはいえ滅多にない実力者同士の立ち会いを見られるとあって、前衛を務める者達はそろって目を輝かせ始めた。魔術師達も似たようなもので、この街に集う彼らですら一目置くメルフィエと、幼い身で高度すぎる魔術を修めるセレスティナの模擬戦に興味津々であった。


「試験って形式上、一人ずつ相手してもらうことになる。もちろん他の奴の手出しは厳禁だ。で、まずは誰からいく?」

「承知しました。では――」

「ワシからゆかせてもらうとしようかの」


 否応なく高まる周囲の期待はさておき、まず最初の受験者として進み出たのはグウェン。それを受けてアレイアが驚いたように相方を振り返った。


「ん? どうした近衛殿、ワシからでは不満かの?」

「いえ、それは順当ですのでかまいませんが――」


 セレスティナの側近であり傑作であるグウェンは言わば常態の武力担当であり、必要とあらば真っ先に行動することを己に課しているため、こういった場合でも一番手となるのは何の違和感もない。アレイアが驚いた理由は他にあった。


「――いつの間にこの時代の言葉を覚えたのですか、翁?」


 純粋な護衛である自身には不要とこの辺りの公用語である西ラーブル語の習得を後回しにしており、今の今までも言葉を発する時は一門の言語しか用いていなかったグウェン。

 しかしながら、今しがたの発話はまぎれもなく西ラーブル語――それも未だ覚束ないセレスティナのものと比べれば流暢と言って差し支えないものだったのだ。これまでそんな兆しを見せたこともなかったのだから、アレイアの驚きも当然と言えるものである。


「まあのう。喫緊では不要かと思っておったが、得物の調達で近衛殿も(ひぃ)様も煩わせてしまったからの。これではいかんと一念発起した次第でな」


 対してグウェンの方は相方の驚きにさもありなんと頷きながら腰に佩く剣を撫でた。

 パラルノ草採取の一件で一時流れはしたものの、下僕の要望に対して真摯なセレスティナは日を置いてグウェンに新しい剣を用意したのだった。しかしながらその過程で鍛冶屋に発注を行った際、職人気質の鍛冶師が並外れた実力者であるグウェンに相応しい物をと張り切ったのは良かったのだが、本人の要望を伝えるにあたって主と相方――特に過不足なく言葉を使えるアレイアの手を大いに煩わせたのであった。

 その夜、ぐっすりと眠りについたセレスティナを除いたところで大いに説教を食らったことも、グウェンが言葉を覚えるに至った一因であろう。


「ふむ、良い心がけですね、翁。今後ともそのように――」

「それに、ワシは今更ながら極めて重大なことに気付いたのよ」


 内心で普段から飄々とした相方の評価を多少上方修正するアレイアの言葉を遮り、ぐっと拳を握り締めて力強く断言するグウェン。


「言葉が通じねば、今の世のおなごを口説けぬとな!」


 直後、無言で振り下ろされたアレイアの鉄拳が後頭部でゴスンと危うい音を立てるものの、共に下僕である両者に痛痒があるはずもなく。


「では、行って参ると致しますぞ、(ひぃ)様」

「がんばってください、グウェン!」


 下僕二人の一連のやり取りはじゃれあいの一つとして認識しているセレスティナは、その意味を深く考えることはせずに笑顔で以て送り出す。それを受け、グウェンは気安い足取りでベリオルズの前へと進み出ていった。


「さて、得物はいかがするのかの?」 

「一応刃引きした武器は一通りそろえてあるが……あんたぐらいになれば大して変わらんだろ?」

「そうさの。岩を割れと言われれば少々骨であるが、人の骨肉を断つくらいは容易いかの」


 さらりと何でもないことのように告げるグウェンに対し、正しくグウェンの実力を見抜いていたベリオルズは冒険者らしくふてぶてしい笑みを浮かべた。


「なら今腰に吊るしてるのでかまわんさ。あんたなら万一の事故ってこともないだろうしな」

「はっはっは、そこまで言われてはその信に応えるほかなかろうて」


 そう笑いながら、グウェンは何気ない動きで剣を抜いていた。それはまるで挨拶ついでに手を挙げて見せたような極めて自然な動作で、対峙する二人を見守る見物人達からしてみれば、気づいた時にはグウェンがすでに抜身の剣を手にしているように錯覚するほどであった。

 細身の直剣でありながら一方の刃は緩く曲線を描くという少々特徴的な剣を構えるでなく、自然体でその場に静かにたたずみながら軽い調子で声を発する。


「では、いつでもかかって来ると良いぞ、若いの」

「見た目あんたの方がはるかに若いんだが……まあいい、胸を借りるぜ」


 冒険者の間では生きた伝説とまで語られるベリオルズが強者へ挑む発言をしたことで周囲がざわめく中、彼もまた現役時代から愛用する長剣を抜き放ち構えを取る。

 そして直後に吹き上がった闘気に、小さな悲鳴がいくつも漏れ出た。頂点に上り詰めた冒険者が放つ本気の戦意は、比較的荒事に不慣れなギルドの職員がそろって腰を抜かし、現役の冒険者達からですらその圧に腰が引けている者が出るほどであった。

 しかし、最も間近で相対しているはずのグウェンはまるでそよ風でも受けているかのような涼しい顔である。

 加えて言うならば、その主たる少女はさすがに目を丸くして驚いてはいるが、逆に言えばそれだけであった。日常からして災害級以上の魔物と頻繁に遭遇するような環境であったがゆえ、胆力に関しても彼女はすでに精鋭の冒険者に勝るものを身に着けていた。アレイアに関しても今更この程度で動じるはずがない。

 そうして直前のざわめきが嘘のように静まり返った戦闘訓練所で、一拍の後に地を蹴ったのはベリオルズ。近年では人と対する時、指折りの強者として常に受けの態勢であった。そんな彼にとって挑みかかる立場というのは実に久しいことであり、その顔に浮かぶのは凶悪なまでの笑み。

 冒険者の中でも困難を乗り越えることに喜びを見出し、それゆえ伝説とまで言われるほどに至ったのがベリオルズという男であり、冒険者の中でもさらに一つ二つ頭のねじが外れている彼は、今目の前に自分を超える強敵がいるということにまぎれもない歓喜を抱いていた。


曲がらず揺るがず己のために努力を惜しまない男、それがグウェン。

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