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冒険者になろう1

 前回からちょっとだけ時系列がさかのぼります。

 ラーブル大陸の辺境に位置する小国の、さらに辺境にある魔境と名高い樹海のほど近くに存在する、世間からは『魔境の街』の名の通りもいいクランバート。

 魔境に挑む腕自慢の荒くれ達によって常日頃から賑わいを見せる街であったのだが、ここ一月ほどは以前に増して活気に充ち満ちていた。その理由は至極単純で、ほぼ週を空けずに冒険者達が空前の大戦果を上げているためだ。普段から素材として持ち込まれる物はほぼ例外なく増量され、腕利きの中でもごく一部のみが持ち帰ることのできる魔物の素材が大量入荷し、挙げ句の果てには希少とされる魔草や今まで知られていなかった効能の高い素材まで、大盤振る舞いも大概にしろと言いたくなるほどである。

 それはクランバートから産出される素材を扱う商人にとって、普段は滅多にお目にかかることのできない珍品を比較的安価に入手できるまたとない機会であった。冒険者も冒険者で多少安価に売ることになっても、元がだいたい高値の付く物ばかりである。両者から嬉しい悲鳴が絶えることはなく、そして大いに懐の潤った彼ら彼女らは当然街で散財していくことになる。そうして落とされた金はさらに別の場所で消費され――と、そんな良いサイクルによって景気はいや増すばかりであった。

 そんな魔境素材によるゴールドラッシュが巻き起こっている要因が、たった一人の少女が街で滞在し始めたことだと知っているのは、当の冒険者達とそれに近しい商人のみであった。




 日もかなり傾いてきた時分。今日もまた、クランバートの冒険者ギルドの扉をどやどやと冒険者達が潜った。当然気づいた職員達が見れば先日『死の樹海』へと赴いていった面々であり、その疲労しながらも明るい表情を見れば彼らの戦果がまた素晴らしいものだったのだろうことは容易に想像が付いた。


「よぉ、戻ったぜ!」

「運び入れるのを手伝ってくれ! かなりあるんだ!」


 そして予想に違わず発せられた要請に応じて一部の慌ただしく職員達が表へと向かい、残った者はロビーを手早く片付けてスペースの確保に走る。初めこそ戸惑いが大きかったものの、ここ最近の恒例行事とあってすでに慣れた様子であった。

 ほどなく運び込まれてきたのは数々の素材である。魔草や魔樹の枝葉に実、根茎、魔物の毛皮や牙、爪、骨などなど。それらだけで小さな市が立ちそうなほどの品目と数がロビーに所狭しと並べられていく。しかもそのどれもが見る者が見れば一級の希少品ばかりだとわかる代物ばかりだ。


「おお、今回もすげぇ稼ぎだな!」

「だろう? これで俺らもしばらくは豪勢にいけるぜ!」

「お嬢ちゃん様々だよな!」


 本来なら目玉の飛び出る値が付く希少素材が無造作に広げられているという光景を前にして、しかしながら周囲の冒険者達の反応は和気藹々としたものであった。さすがに初期の頃は皆が大騒ぎをしていたのだが、同じ光景が度重なったため感覚が麻痺してきているのだ。取り扱う者も金貨数十枚はくだらないような素材を無造作に放り投げているのだから、慣れとは恐ろしいものである。

 そして素材の運び込みがあらかた終わり、職員がそれぞれ査定に入る中、今回探索に向かった冒険者達が続々とギルドの扉をくぐっていった。この場に残っていた冒険者達が次々と労いの言葉を投げかけていくが、それも二人の従者を従えたひときわ小さな姿を見た途端に歓声へと塗り替えられる。


「お疲れ、セラ嬢ちゃん!」「今回も大収穫だな!」「次も頼むよ!」


 ちょっとした爆発じみた声を投げかけられた小柄な少女――幼き魂霊術師(ネクロマンサー)のセレスティナは一瞬驚いたように立ちつくしたが、すぐにそれらが好意的なものであることを理解するとニッコリと微笑みを浮かべた。


「こんどもみなさんのお役に立てて、とてもうれしいです」


 そして当初に比べればずいぶんと滑らかになった言葉を発すると、スカートの端をつまんで膝を折った。クランバートのような辺境都市ではなかなかお目にかかれない品のある振る舞いも、すでに彼女はそういう人間であると周知されているため、いぶかる人間は皆無であった。

 そんなセレスティナに対して、背後に控えていたアレイアが頃合いを見計らってそっとささやく。


「――セラ、疲れたでしょう。間もなく夕食の時分ですし、それまであちらで休憩を」

「そうですね、ご飯まで休みます」


 常に付き従う腹心に促されたセレスティナは、止めていた足をギルドの酒場の方へと向けた。当然二人の下僕(ゾンビ)も後に続き、空きテーブルの一つに近寄ったところで無駄に素早く動いたグウェンが仰々しく椅子を引いて見せた。


『どうぞ、(ひぃ)様』

「ありがとうございます、グウェン」


 下僕の気遣いににこりと笑って感謝を述べるセレスティナの背後、役目をかすめ取られて一瞬硬直したアレイアが、下手人に対して仮面越しにも殺意の籠もった視線を叩きつける。しかしながら当のグウェンはどこ吹く風と涼しい顔で受け流し、さらにはやや背丈の足りない主が優雅に座れるよう実に紳士的に手助けまでを敢行した。


〈……翁、今宵は少々話し合いを行わねばなるようですね〉

〈はっはっは、夜長の無聊を慰めてくれるとは、近衛殿もなかなか粋というものをわかっているようではないか〉

〈ええ、夜は長いですからね。ちょうどいい機会です、いくら奥義により喚び出され重用されているからといって、あなたが新参であることをとくと思い知らせてあげましょう〉

〈ふむ、語らいはよいものだが、あまり無体はしてくださるなよ? 先達なれば後進を思い量るが当然であろう?〉

〈後進である自覚があるのならば、先達には常日頃より敬意を払うべきでは?〉

〈これは異な事! ワシは常に先達方を尊敬して止まぬのだがの〉


 主をはばかりわざわざ指向性を持たせた魂語りで丁々発止とやり合う下僕達の様子には気づかず、にこにこと実に嬉しげに慌ただしいロビーの様子を眺めているセレスティナ。査定を見守る友人(ゾンビ)達が軒並み笑顔でいるのを見て自分が彼らの役に立てていることを実感し、それが彼女にとって純粋に嬉しいのであった。


「――よう、セラの嬢ちゃんが帰ってきたって?」


 そんな中、そう声をかけながらロビーに姿を現したのはクランバート冒険者ギルドの長であるベリオルズだった。普段は執務室に詰めていることの多い彼であるが、言葉通りセレスティナの帰還を報されてわざわざ降りてきたらしい。


「お、そこにいたか嬢ちゃん。引率ご苦労さん」

「こんにちは、ベリオルズさん」


 元歴戦の冒険者である強面に声をかけられ、しかしながらまったく動じる様子も見せずに朗らかな挨拶を返すセレスティナ。下僕契約(友人関係)こそ交わせていないものの、来訪初日に再生騒ぎを起こし、それから連日臨時の治療施術者として出入りしていたため、すでにお互い見知った仲ではあった。


「ご機嫌よう、ベリオルズ様。ギルド長のあなたがわざわざ顔を出すのは珍しいことかと思いますが、セラに何かご用件でも?」

「おう、察しがいいな。お前らにちょっと話があるんだ。帰ってきたばかりのところで悪いとは思うが、上の部屋まで来てもらえねぇか?」


 歩み寄ってきた組織の要人に対して相棒との舌戦を中断したアレイアが側近らしく用向きを尋ねれば、ベリオルズは気楽に答えながら上の階を指さした。


「お話しだけでしたらこの場でも充分かと思いますが」

「わりと真面目な話なんでな。誰かに聞かれて困るわけでもねぇが、こう騒がしい場だといらん茶々が入りかねん。なに、たいして時間は取らせんさ」

「そうですか……セラ、いかがしますか?」


 主に労をかけることは避けたいが、かと言って強攻に抗う理由も見あたらなかったアレイアは最終判断を小さな主にゆだね、そしてセレスティナはにこりと笑うと当然のように答えた。


「わたしにお話があるなら、いきます」

「悪いな。じゃあ、ちっとばかり付き合ってくれや」


 そう言って踵を返したベリオルズ。セレスティナは間髪入れずに差し出されたアレイアの手にエスコートされて椅子から降りるとその後を追い、役目を果たせて満足げな雰囲気を漂わせるアレイアとそんな相棒を温かい目で眺めるグウェンが続く。


「――ひとまずそこにかけてくれ。ああフェニー、なんか茶菓子でも出してやってくれ」


 さほど経たずにベリオルズの執務室に入るとベリオルズは応接用のテーブルを指し示し、ついでとばかりに秘書へお茶の用意を伝えた。言われた通りにセレスティナがテーブルに着くと、下僕二人は当然のようにその背後へ控える。


「それにしてもまあ、嬢ちゃん達も少し見ないうちに上等な格好になったもんだな」


 対面にどかりと腰掛けたベリオルズは、話の呼び水にするかのように三人の格好を眺めて指摘した。実際セレスティナ達がクランバートに滞在するようになって早一月、彼女達の装いは街に来た当初からはすでに一新されているのであった。

 現在のセレスティナが着ているローブは、制作者のクリスティーナ曰く『夜空を映す海』がコンセプトとのこと。ゆったりとした黒に近い紺色に白い縁取りが成されており、加えて派手にならない程度に金糸銀糸での刺繍がちりばめられている。これに合わせて装飾品として金銀白の小さな星がちりばめられた髪紐に簪がセットとなっており、セレスティナの艶めく黒髪を見事に夜空のように演出していた。

 下僕も下僕でアレイアは主人が身につけている物を簡略化したようなそろいのローブ、グウェンはこの街で活動する冒険者に見劣りしない剣士服と、現代の街に溶け込める程度には見栄えがよくなっている。


「へんですか?」

「いんや、なかなか似合ってると思うぜ。そっちの二人もな」

「――お待たせしました、ギルド長」


 そんな感想をベリオルズが口にしたところで準備ができたらしく、一言声をかけた秘書のフェニーが黙々とテーブルに茶器を並べていく。そしてカップの隣に盛られたお茶請けを見た途端、セレスティナがキラキラと眼を輝かせた。


「ビスケットです!」


 クランバートにやってきた当初、外の世界の食事に触れるたび大きな衝撃を受けたセレスティナであったが、中でもクッキーやケーキなどの甘味との出会いは著しく、口にした途端、軽く数分ほど放心状態に陥って下僕達を大いに慌てさせたものであった。

 外の食事にかなり馴染んだ今でも甘い物を前にすれば知らず浮き足立つのが常となり、今もベリオルズに勧められるやいなや品を保ちながらも嬉々として口に運び、ほのかな甘みと素朴な味わいに相好を崩して味わい始める。


「そこまで上等な物じゃないんだがなぁ……」


 年相応の表情を見せるセレスティナを見て苦笑し、自身もお茶請けを無造作に口へと放り込むベリオルズ。彼の言う通りギルド備え付けのビスケットは非常用の保存食を兼ねた物で、どちらかと言えば乾パンに近い。疲労軽減のために多少砂糖が混ぜ込まれてはいるが、一般的な菓子類に比べればほとんど甘さは感じられない代物である。

 そんな物で今まさに幸せを噛みしめているといった様子の少女を見て安上がりな相手で助かると思えばいいのか、それとも垣間見えるそれまでの壮絶すぎる環境に憐れみを覚えればいいのか、そんな比較的どうでもいいことで頭を悩ませるベリオルズであった。


「それで、ベリオルズ様。セラへのご用件とは?」

「おっと、そうだな。時間は取らせんと言った手前、さっさとするか」


 ほのかな甘味を堪能する小さな主人に代わりアレイアが切り出せば、ベリオルズはグイッとお茶を一呑みにするとおもむろに口を開いた。


「ものは相談だが、セラ嬢ちゃんも含めてお前ら三人、冒険者になる気はないか?」

「……わたしたちが、ぼうけん者の人になるんですか?」


 ビスケットもどきを堪能しながらも聞くべきことはしっかり聞いていたセレスティナがキョトンと首を傾げる中、背後の下僕達は素早く視線を交すとアレイアがその意図を尋ねる。


「その提案を行う理由をうかがってもよろしいでしょうか?」

「理由ね。まあ、あれだ……ここんところ、嬢ちゃんのおかげで景気がいいだろ?」

「ケーキが――?」

「セラ、音は似ていますが別のモノを指す言葉です」

「そうですか……」


 好物の名称を耳にして一瞬顔を輝かせるセレスティナであったが、即座にアレイアから同音異義語であることを指摘されてシュンとうなだれた。そんな様子を見たベリオルズが和んだ直後、無意味に主を落ちこませたという理由でアレイアからの理不尽な殺気を浴びるハメになる。その程度で怯むほどの柔な修羅場をくぐってはいないが、彼をして少々肝を冷やすには十分な程度ではあった。


「あー……まあ、色々と魔境の素材を取って来てくれてるだろ?」

「素材は、ぼうけん者の人がとりました」

「ああうん、そうだな。嬢ちゃんは付いてってくれたんだよな」


 頭を掻きながらベリオルズが言い直せば、それは自分のしたことではないと主張するセレスティナ。元英雄級の冒険者としてはここしばらくの現役達の成果に対して誰が最も貢献しているかは一目瞭然であるのだが、先程からほとんど話が進んでいないという状況を鑑みてある程度は話を合わせておく方針を固めたのであった。


『景気』と『ケーキ』は西ラーブル語でも音が似ています。(言い訳)

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