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街にいます

 お待たせしました、新章開始です。こちらは気ままにのんびり進めていきますので、気長にお付き合いください。

 ラーブル大陸の辺境に位置する小国の、さらに辺境にある魔境と名高い樹海のほど近くに存在する、世間からは『魔境の街』の名の通りもいいクランバート。ラーブル大陸でも辺境に位置する小国の、さらには辺境に部類される営みであるが、この街を正しく知る者は誰一人として田舎町とは侮らない。

 その主な産業は魔境からもたらされる希少素材の数々。魔境に近しい街は他にもあれど、そもそも魔境と呼ばれる地が大きく距離を空けて点在するのみである。ゆえにこそクランバートから産出される魔境由来の素材は当の小国はおろか、周辺の国々からも垂涎の的となるのが道理であった。

 当然のことながら、それらの素材を求めて多くの商人が足を運び、大金をもって仕入れを行う。ゆえに一地方都市でありながら周辺諸国の中では屈指の繁栄を享受しおり、加えて魔境を探索しうるほどの腕利きの冒険者が後を絶たずに訪れるため、有事の際にはたかが一都市と侮れぬ戦力になりうるのであった。

 そんな事情もあって、国境に接しない辺境地であってもこの街を統治する一族は、たった一都市を治める程度でありながら国より伯爵という異例の位を代々授けられてきた。しかしながら力ある貴族として列せられながらも、一族自体は富をもたらす冒険者達と対等であることを是としているためか、どちらかといえば形式よりも実体を重んじる武張った者が多いのが常であった。



 そんな街の中心部にそびえる質実剛健な屋敷では、街の名を頂く一族が一帯を治める者として日夜政務に励んでいた。

 今日も執務室では、その全てが魔物素材由縁という一見質素ながらも機能性と頑強さとついでに高コストを兼ね備える衣服を身に纏った男が、次々と運び込まれる書類に向かってペンを走らせていた。彼こそがこの街を治める貴族、アルバート・ディクス・クランバート伯爵その人である。

 昼食を終えてから絶え間なく聞こえる、いっそリズミカルとすら言ってもいいペンの音が、ある書類を前にした瞬間ピタリと止まった。


「……ふむ?」


 アルバートが改めてじっくりと見直したそれは、街の収支報告書の一つであった。そこに書き連ねられていることからは、見る者が見れば大きな黒字が比較的容易に読み取れる。

 それはこの街が潤っていることの証左であり、単純な者ならば手放しで喜んだであろう。事実としてこの街を治める立場にある男としてもまごうことなき吉報であり、普段なら先日あった災害級魔物の襲来によって被害を受けた街壁の修繕に余剰分を当てられるか検討していたに違いない。

 しかしながら、その金額が例年の倍どころか五倍に届きそうなほどとなれば話は変わってくる。この街で大きな収益が望めるのは冒険者が魔境よりもたらす素材の数々であることに疑いはなく、幸運に恵まれた者が希少素材を市場に流した日であれば似たような状況にならないとは言わない。

 それでも、ものには限度がある。元々冒険者でも一流どころが集う街であるためその質は他の街とは比べものにならないほど高いが、逆に言えば元より上限値に近いため、そうそう劇的に向上するものではない。

 加えて日ごとの集計を細かにまとめた一枚を見れば、幸運な冒険者が出た時の数倍に及ぶ額面が、一週間と空けずに叩き出されているのである。もはやこれは吉報を通り越した異常事態だ。


「……始まりはここか」


 数枚ページを繰って異常が現れ始めた日を特定すると、アルバートは執務机に備えられている呼び鈴を鳴らした。


「――お呼びでしょうか、旦那様」

「オリバーを呼んでくれ。ついでに一息入れたい」

「かしこまりました」


 現れた家令に短く告げると、男は指示が行き届くまでの間にと別の書類へとペンを走らせる。

 そしてほどなく、遠慮した様子もなく執務室の扉を開けて痩身の青年が入室してきた。彼は若くしてアルバートの執政補佐官となった一人で、その名をオリバー・ルノ・ペルクスという。


「失礼します。お呼びと聞きましたが、いかがされましたか閣下」

「ああ、来たかオリバー。お前はこれに目を通したか?」


 書類を片付ける手を止めて早速とばかりに差し出された収支報告書を受け取り、素早く目を走らせたオリバーは怪奇現象を目にしたと言わんばかりに眉根を寄せた。


「……これは自分の方には報告が上がっていませんね。なんですかこの馬鹿げた数字は?」

「お前でもそう思うか」

「経理に多少明るい人間なら誰だって同じことを言うでしょう。この担当者が発作的に悪ふざけを行ったか、それとも過労で気が触れでもしたのでは?」

「私相手に悪ふざけをしかけるのはお前かベリオルズくらいだし、今のところ官僚の誰かが発狂したという話も聞かないな」

「伯爵家の埋蔵金を誰かが掘り当てたということは?」

「そんな物があるなら私が真っ先に探しに行くところだが、仮にそうだとすれば大幅な増加は一度限りだ。こうも定期的に増えるとは思えん」


 軽いやりとりを交わすことでそれぞれの認識を擦り合わせ、それならばとオリバーが結論を下す。


「では、冒険者が何か新しい資材を見つけたのでしょう。それが高額で取引されているとすれば……まあ、多少は説明が付きますね」


 自分で言っておいて納得していない様子のオリバーを見て、アルバートも気持ちはわかるとばかりに頷いた。


「私もそれしか思いつかんが、あいにくそのような新発見の報告に心当たりがなくてな。お前はどうだ?」

「右に同じですよ。それにこれほどの頻度で取引が行われているなら量があるということでしょうが、それにしては値崩れしている様子がないのが……」

「あり得るとすれば禁制品の類か」

「それがこれほど大々的なら閣下は当然として、自分の方にも話は聞こえてきますよ」


 その後も色々と可能性を検討しあった二人であったが、どれもこれもしっくりくる理由がなく、いつまで経っても結論は出なかった。


「――埒が明かんな。仕方ない、ベリオルズに話を聞くか。奴なら何かしら知っているだろう」

「賛成です。自分の方から問い合わせておきましょう。ギルド長なら冒険者がやらかしたのであればだいたいは把握して――」


 まずは情報を集めようと二人が合意したところで、ふとオリバーの言葉が不自然に途切れた。アルバートがいぶかしげに視線を向けると、オリバーは収支報告書の一部をじっと見つめている。


「どうかしたか?」

「……この、収支に異常が見られた日ですが」

「ああ、それか。私も気にはなったが、その前後も含めて特にこれと言ったものを聞いた覚えがなくてな。お前は何かあったか?」

「閣下のおっしゃるとおり、自分も特には。ですが――」


 そこで少し躊躇うように言葉を切ったオリバーは、けれども言葉を続けることを選んだ。


「ギルド長の話が出て思い出したのです。そういえばこの数日前に少し妙な報告があったなと」

「ベリオルズからか? 私のところに上がっている話か?」


 その辺りの記憶を掘り起こしても思い当たる節のないアルバートがそう尋ねると、オリバーは首を横に振った。


「いえ、大したことではないと判断して自分のところで止めています。それによれば、『魂霊術師(ネクロマンサー)を名乗る少女とその従者が「死の樹海」よりやってきた』とのことでした」

「……なんだそれは?」

「自分も同じことを思いましたが、その報告には『いわく、災害級の魔物を歯牙にもかけない戦力と、失われた肉体を復活させる秘技を併せ持つ人材』ともありました」

「……なんだ、それは?」


 アルバートの口からは二度同じ疑問の言葉が漏れたが、一度目よりも二度目の方が困惑が深かった。

 クランバートで成り上がろうとする腕自慢の冒険者が自らの箔付けのために武勇伝を吹聴するのは良くあることである。前述の報告もそう考えればある程度理解できるが、しかしながら魂霊術師など見たことも聞いたこともない肩書きを名乗ったところで誰もが首を傾げるだけで、大した喧伝ができるようには思えない。

 後述の詳細らしき内容に至ってはお伽噺か大法螺か、どちらにせよ常識を持つ者が聞けば鼻で笑い飛ばすような話である。声高に叫んだところで誰にも相手にされないのがオチであろう。


「本当に、それを読んだ時の自分の気持ちそのままですよ、閣下。あのギルド長が耄碌するなんて世界が終わりでもしない限りないだろうなんて思ってたんですが……」

「それを本人の前で言うなよ?」

「わかってますって、自分もまだ命は惜しいので。――まあ、そういう報告がギルド長から回ってきていたわけです」

「なるほどな。で、それを私まで回さなかった理由は? いくら馬鹿馬鹿しかろうと、あのベリオルズが直々にそう報告をよこしたのだろう?」


 そう言ってオリバーを見据える目をスッと細めるアルバート。件の人物が伊達や酔狂でそんなことを伝えようとするような暇人ではないことを重々承知している主からの詰問に対し、オリバーは軽く肩をすくめて弁明を口にした。


「今のように閣下が混乱されるのが火を見るよりも明らかでありながら、自分からの説明も困難であることが一つ。本当にかのギルド長が報告にしたためるような人物なら、遠からず我々の耳に改めて届くだろうという予測が一つ。あとは岩鎧熊(ゴルガブスス)襲来の事後処理中で、そんな最中にこんな与太話に付き合っていられるかと思ったくらいですかね」

「最後が理由の大半を占めていそうだが、まあそれはいいだろう。それで、この報告書がそれだと?」

「あくまでも可能性ですが……まあ時期的には符合するので」

「では、その人物についても合わせて尋ねておいてくれ」

「承知しました」


 そうして話に一段落がついたちょうどその時、執務室の扉を開けて慌てた様子の家令が飛び込んできた。


「旦那様! 大変です!」

「む、どうした? 茶の準備はできたのか?」

「それどころではございません! お嬢様のお付きからこれが部屋に残されていたと!」


 よほど急いだのか、息を切らせる家令が差し出したのは羊皮紙の切れ端。おそらくは不用となった書類などから再利用したものと思われる。

 そこにはただ一言、こう書かれていた。

『今日こそ冒険者になってくる!』

 それを見たアルバートは深々とため息を吐き、逆にオリバーは笑いを堪えるように手で口元を覆った。


「……最近はおとなしくなったかと思っていたのだが、まだ諦めてなかったのか」

「いやはや、先だってギルド長推薦の若手――確かルースでしたか? 彼に一方的にしてやられて心折れた様子だったはずですが……この負けん気は誰に似たのでしょうね、閣下?」


 揶揄するかのようなオリバーの言葉にギロリと睨みを利かせると、再びため息を吐いて重々しく口を開いた。


「オリバー、ベリオルズに問い合わせるついでだ。あのお転婆を回収してこい」

「閣下、お言葉ですが自分が言ったところでご令嬢が素直に聞き分けるとは思えないのですが?」

「だから言っただろう、回収してこいと。ベリオルズの奴もわかっているだろうから、何かしらの手段でおとなしくさせるはずだ。なんならその場で冒険者を雇ってもかまわんから、とにかく連れ戻せ」

「ご令嬢のお守りは執政補佐官の仕事ではないような気がしますが?」


 そんな風に指示に対してどこかおどけるように異議を示すオリバーを睨むように見据えたアルバートは、若造の意見など考慮する必要もなしと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「昔は『従兄(にい)様』と慕われていただろう。年長者として従姉妹の面倒くらい見ろ。これは家長としての命令だ」

「仰せのままに、叔父上」


 多分にからかうニュアンスを含んだ悪足掻きに対して貴族にとって絶対的な命令で返されたことで、オリバー芝居がかった大げさな仕種で恭順を示すのだった。




 この時、楽観していた事態がある種の巡り合わせによって思わぬ方向へと飛躍していくことを、ここにいる二人は想像だにしていなかった。


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