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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
25/33

蹂躙です1

 投稿の時間帯をちょっと変えてみました。

 その報告は、セレスティナ達が昼食を摂るために大休止を取っている間にもたらされた。


〈セーラちゃ~ん、いい感じの魔力溜まり見つけたよ!〉


 食事中の危険をなるべく減らすためにセレスティナの元に集まったルース達冒険者勢がそれぞれ用意してきた携行食を口にする中、同じように固く焼き締めた黒パンをもぐもぐとしがんでいるセレスティナの頭に、休む必要がないため現在も探索を続行中の魂霊の一人から魂語りによる連絡が入った。


〈魔力溜まりですか、アルト?〉

〈そうだよー! アレイア姐さんに探すよう言われてたんだ! そこなら珍しい魔草も見つかるかもしれないんだって!〉


 魔境では基本的に奥へ行くほど魔力濃度も上がるわけだが、だからといって全ての地点で画一的に上昇していくわけではない。同程度の深度でも魔力分布にはムラができるのが自然である。

 そんなムラによって特に周囲と比較して高濃度な魔力が集まっている場所は一般的に『魔力溜まり』と呼ばれた。これは何も魔境特有の現象でなく、世界中のどんな場所でも発生しうるのだが、他よりも魔力濃度が高いということは当然希少な素材と同時に危険な魔物も発生しうるということである。


〈案の定ちょっとおっかなそうなのが取り巻き連れて居座ってるから今はまだ様子見してるだけだけど、あいつさえなんとかしたら目的のブツが見つかるかも?〉

〈本当ですか!? わかりました、昼食が終わり次第そちらに向かいます!〉

〈あいよー。のんびり待ってるねー!〉


 そうして通話を終えたセレスティナは、今もかいがいしく世話を焼いてくれている最古参の下僕に今し方受けた報告を伝えた。


『アレイア、アルトが魔力溜まりを見つけたと教えてくれました』

『それはよい知らせですね、セラ。運が良ければ本日中に目的の物が見つかるかもしれませんが……アルトは見つけられなかったのですか?』

『そこに強い魔物が配下と共にいるようです。なのでいなくなるまでは様子見をすると』

『それならばいたしかたありませんね』


 重ねられるセレスティナからの報告に、アレイアは納得した様子で頷いた。

 魂霊はそのほとんどが魔力で構成されているため、動いたところで物音も立たず、物理攻撃を受けてもほぼ無傷で終わる。だからこそ魔境のような危険地帯でも優秀な斥候役を担えるのだが、反面魔力を感知する相手には闇夜の灯火のごとくはっきりと知覚される上、魔力を用いた攻撃を受ければその構成を大きく揺るがされ、下手をすれば吹き散らされて消滅してしまう恐れがある。

 そして魔物は強力になればなるほど魔力での感知能力を身につけ、その咆吼や攻撃に当然のごとく魔力を乗せてくるようになる。加えてただの魂霊状態であれば戦闘力はなきに等しいため、強力な魔物に狙われれば即座に詰みだ。

 もちろんそれは見つかればの話であり、例えそうなったとしても物理法則の多くから解き放たれている魂霊ならば逃れようはあるだろう。しかしながら死者といえども対等な存在として接するセレスティナには下僕(ゾンビ)に無理をさせるつもりなどさらさらなく、そういった主の性質を下僕達も残らず承知しているため強攻偵察という手段ははなから論じられることすらなかった。

 そうなれば魔力溜まりの探索のために必要になってくるのはそこに居座る魔物の排除であり、より迅速に行うためにも最大戦力であるグウェンを伴っているセレスティナがそこへ向かうのが最適である。


『食事が済んだら、アルト達のいる方に向かいます』

『承知しました。しかしながらセラ、食事は喉に詰まらせることのないよう、焦ることなく済ませてください』


 ムンとやる気をみなぎらせる小さな主にそう釘を刺すあたり、アレイアも先日のような騒動はこりごりらしい。主人の身命を守るはずの護衛が手も足も出ないのだから無理もない。


「セラ、何かあったのかい?」


 そこへルースが声をかけてきた。今し方のやりとりはセレスティナの故郷の言葉で行われていたのだが、そういった時はたいてい何かしら身内でのやりとりがあったのだと察する程度にはルースもセレスティナ達との付き合いに慣れてきていた。

 なのでここが街中ならばスルーしていたところだろうが、魔境のまっただ中ではわずかな状況の変化が命取りになるのが冒険者の常識であり、そこへ警戒対象の未知なる会話に戦々恐々としていたメルフィエの後押しもあり、少しでも情報を分けてもらえないかと話しかけたのだ。


「ルースさん、わたしの『おともだち』が、まそうのありそうなところを、みつけました!」

「……そ、そうなんだ、それはいい知らせだね」


 嬉しそうに報告するセレスティナを見て、一瞬ルースの顔に『どうやってそれを知ったんだろうか』という疑問がありありと浮かんだが、今は深く追求している場合ではないと思い直して純粋に朗報を喜ぶことにした。今の会話を漏れ聞いたらしい他の冒険者達もにわかに色めき立ち、昼食が終わり次第そちらへ向かうつもりだと告げられて誰もが賛同の声を上げた。

 やがて冒険者達が慣れた様子で手早く食事を終わらせる中、最も遅く食べ終わったセレスティナが待たせてしまったことを恐縮しつつも一行は出発。今度はあまり分散することなくセレスティナの先導に従って進み始めた。魂の契約を結んだ主従間ではお互いのいる方向と距離をなんとなくではあるが察知できるため、その歩みに迷いはない。

 そうして斥候の魂霊――アルトが見つけた魔力溜まりに近づいていったのだが、それによって生じた異変に気づいたのはやはりというか、メルフィエだった。


「……ルースさん、気をつけてください。周辺の魔力濃度が高くなっています」

「魔力が? 魔力溜まりがあるのかな……セラ、少し道を変えよう。このまま行くと危険かもしれない」


 仲間として信頼する魔術師であるメルフィエの警告を受け、ルースはそう伝えてきた。こと魔境の魔力溜まりとなると冒険者達にとっては命取りとも言えるため、よほどのことがない限り避けて通るものだ。

 しかしながら元よりその魔力溜まりを目指して進んでいるセレスティナにその理屈が通用するはずもなく、一旦足を止めると不思議そうに首を傾げて聞き返す。


「どうしてですか?」

「メルフィエが魔力濃度が上がっているって気づいたんだ。ひょっとしたらこの先に魔力溜まりがあるのかもしれない」

「はい、あります」


 そうセレスティナが断定を返すと、一瞬目を点にするルース。こうも容易く断言されるなどと彼は思っていなかったわけだが、セレスティナがメルフィエと同じかそれ以上の実力を持った魔術師であることを比較となった当人から聞かされていたことを思い出し、ならば不思議もないかと納得して話を続ける。


「なら、そこは避けていくべきだよ。今までは大丈夫だったけど、さすがに表層部の魔力溜まりともなれば危険度の桁が……」


 しかしながらそこまで口にしたところで言葉が尻すぼみになり、純粋な眼差しで見返してくる少女におそるおそる尋ねた。


「……まさか、魔力溜まりならパラルノ草も生えているかもしれないって思ってる、とか?」

「はい!」


 セレスティナの生まれ育ちと魔力溜まりの特性から自然と導き出されてしまった結論に、何の曇りも穢れもない純真無垢な笑顔を返されてルースは思わず天を仰いだ。その様子を見ていた周りにいる冒険者達も盛大に顔を引きつらせる。天使のような少女が導く先が突如特級の危険地帯だったと判明したのだから、無理もない反応である。


「……一応聞いておくけど、避ける気はないんだよね?」

「? どうして、さけるんですか?」

「うん、だと思ったよ」


 問いかけに対して心底不思議そうに聞き返してくるセレスティナに、ルースは乾いた笑いを漏らすしかなかった。セレスティナにしてみれば表層部の魔力溜まり程度に居座る魔物など信頼する下僕達の前では脅威でも何でもないのだから、希少素材が手に入るかもしれない場所としての認識しかないのだ。可能な限り早くパラルノ草を見つけたい彼女にとって避ける理由は全くない。

 そんなセレスティナの思考を完全に理解したわけではないものの、一見して儚げな少女が時折見せる意志の固さを感じていたルースは一つ大きく息を吐くと、腹を括ったような顔で目の前の非常識な少女を見返した。


「わかった。ここまで来たんだし、俺はとことん付き合うよ」

「ルースさん……」


 その宣言を聞いたメルフィエがルースへ理解しがたいとでも言いたげな目を向けた。彼女からしてみれば遙かな昔に世界を恐怖に陥れた魔術師の末裔が、何の説明もなく特級の危険地帯へと同行者全員を連れて行こうとしていたことになるのだ。感じる脅威が増しこそすれ、命を賭けてまで同行を続けようなどとは普通思わないだろう。

 そんな言外の訴えを向けられて、けれどもルースは嫌味のない笑顔を浮かべた。


「セラに救われた命なんだ。その恩を返すためなら、これくらいは身体を張るよ」


 命の恩――それは意識を失い、気がつけば帰途についていたメルフィエやライラよりも、まさに絶体絶命の瞬間に助けられたルースの方がより強く感じていた。だからこそ、はたから聞けば無茶としか思えないようなセレスティナの行動にも多くを言わず、恩人達に報いるためにも率先して行動していた。

 それでもなおセレスティナ達の未だ天井の見えない実力ゆえに欠片も返済が進んだように感じられないのだが、それが逆説的に彼が恩人達へ向ける高い信頼の源となっているのであった。


「ただ、危険なことには変わりないだろうから、メルやライラはここに残って――」

「いえ、それならばわたしも同行します。皮肉なことに、現状で最も安全な場所が彼女達の周囲なのですから」

「あー、それは言えてるかも。ここまで踏み込んだ場所で置いて行かれる方がよっぽど危ないって」


 そしてルースの気遣いをバッサリと斬り捨てるメルフィエと、その言葉にしみじみと頷くライラ。事実として、これまで普段以上に脅威度の高い魔物に常以上の回数遭遇しているのだが、そのことごとくがものの数秒で返り討ちにされているのだ。

 セレスティナとその下僕達がいなければとうに死人の三、四人は出ているであろうところを、損害なしと言っていい状態で普段でも踏み入れないような奥地に到達したという事実は揺るがない。もしここで今すぐセレスティナ達の元を離れて『死者の樹海』を出ろと言われれば、誰もが到底無理だと首を横に振ることは間違いないだろう。


「だな。今ここで一番安全なのはセラ嬢ちゃんのそばだ」


 そしてノルドの一声でそんな状況を改めて認識した他の冒険者達も、強い緊張を浮かべながら、それでもなおふてぶてしく笑って見せた。


「おう、その通りだ!」「ここでビビっちゃぁ、魔境の冒険者の看板が廃るってもんだ」「こんな奥地までまず来ることはないよな」「しかも魔力溜まりだろ? 表層部なんだからめちゃくちゃ珍しい素材があるに違いないぜ!」「そいつはいい、一攫千金だな!」「冒険者冥利に尽きるってもんだ!」


 いくら生存能力第一と言えど、彼らの根本は冒険者。金のため、名誉のため、強さの証明のために、身一つで危険を冒す荒くれ者達である。そんな中でも分の悪い賭けすら自らの才覚でひっくり返すような精鋭達が、恩人の役に立つということを差し引いても圧倒的に高い勝算に乗らないわけがなかった。

 そのように気勢を上げる周囲の友人(ゾンビ)達を当のセレスティナは不思議そうに見ていたが、とりあえず全員が引き続き付いてくるつもりだという事は察してにっこりと笑った。下僕や友人(ゾンビ達)の意思を尊重する彼女としてはこの場に残ると言うなら無理強いするつもりはなかったのだが、やはり契約を交わした(仲良くなった)相手と賑やかに進む方が好きなのである。



 本当に死にたくない人間は、そもそも冒険者なんてやってませんよね。

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