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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
24/33

採取に行こう5

 あれー、おっかしいなー。今週はちゃんと予約投稿できてたはずなのになー?(疲労)

 人の手の入らぬ魔境、『死の樹海』。その鬱蒼と生い茂る木々の間から響いてきた咆吼が、それの襲来を告げた。

 咄嗟に身構えるルース達の元へ、巨大な猪が地響きを立てて迫り来る。木樵猪(エルボート)と呼ばれる魔物で、名前の由来となった扁平に伸びた牙が突進の勢いのままに行く手を塞ぐ立木を削り、切り倒している。

 分類として言えば上級下位と熟練の冒険者ならば単独での討伐も可能だが、その数が三頭となれば勝手が違ってくる。セオリー通りなら突進を引きつけ、かわしざまに攻撃を加えて弱らせていくのだが、横一列に並ばれてはそれが難しい。

 しかしながらそこはルース達も魔境に挑む精鋭の端くれ。素早く状況を見て取ると一瞬のアイコンタクトのみですぐさま動き出した。


「《静かに在りし土塊よ。我が声に応えただ高く強く迸れ》――《土腕昇打(ノックアップ)》」


 まずはパーティの操理術師(ソーサラー)たるメルフィエが狙い澄まして魔術を発動。直後に真ん中を走る木樵猪の真下で大地が盛り上がり、一抱えはある柱になって勢いよく突き上がった。当然真上を通過していた木樵猪は強かに腹部を打ち据えられ、苦鳴を上げながら勢いのままに高々と宙を舞う。


「ほいっと!」


 同時、向かって左の木樵猪の進路に飛び出しながらライラが短剣を投擲。見事に左目を捉えた刃は深々と突き刺さり、片眼を潰された木樵猪は怒りの咆吼を上げながら狙いを完全にライラへと定めた。

 そして残った一頭の前には修復された愛剣を構えるルース。他が空中で身動きできず、また意識を完全に別の相手へと向けた中ならば、彼にとって木樵猪程度は油断しなければ恐ろしい相手ではない。


「――はっ!」


 小屋ほどの巨体が迫る中、冷静にタイミングを見切ってステップを踏めば、その牙は彼の胴体から拳一つに満たない空間を通り抜けていった。すかさず振るわれた剣は瞬く間に通り過ぎようとしていた巨体を支える後ろ足を深々と切り裂き、バランスを崩した木樵猪は盛大にもんどり打って地面に轍を刻み上げる。


「はっはぁ、ご案内ってか!?」


 その行き着く先に待ち構えていたのは土塊の戦士となったガウル。その生身とは異なる握り拳を、差し出されるように晒されている木樵猪の頭部に目一杯の勢いで振り下ろした。

 本来の彼の得物は身の丈ほどもある大剣であり、無手の現状は著しく攻撃力の下がるものなのだが――憑依体は素材となった物の性質を引き継ぐ。今のそれはただの土ではあるが、逆に言えば土であるため重量自体は人間のものを大きく上回っていた。ましてや魂霊術によって常以上に押し固められてすらいるのだ。それでいて、挙動の速さは一流の冒険者であるガウルの生身と遜色ないように調整されている。

 結果、まさしく土塊の砲弾と化したガウルの拳は木樵猪の頭部をあっさりと割り砕いて絶命へと至らせた。

 それを視界の端で見届けたルースはすぐさま残りの二頭を相手取る仲間達を援護しようと振り返り――


『ふむ、良き連携だの』


 いつの間にやらそこにいたグウェンの姿を見て盛大にたたらを踏んだ。


「ぐ、グウェンさん……」

『ではこちらでの用も済んだことだし、ワシは()へ向かうでの』


 なんとも言えない顔になるルースへ通じない言葉で言い置くと、次の瞬間には周囲の草木を揺らしてかき消えるようにしていなくなるグウェン。言葉通り、小さな主より言いつかった役目を果たすべく、目にも留まらぬ速さで駆け去っていったのだ。

 そしてその向こう側には、たった今までグウェンがいた空間に畏怖の目を向けるライラとメルフィエがいた。


「グウェンって大概だと思ってはいたけど……ほんと大概なのね」

「これほどのものとは……魂霊術、やはり恐ろしい」


 そう言って二人が自然と目を向けた方を見やれば、そこには綺麗に首だけを落とされた二頭の木樵猪。ライラからしてみれば注意を引いてそのまま引きつけようとした瞬間にまるで冗談か何かのように魔物の首が落ち、メルフィエに至っては打ち上げた木樵猪を目で追う内にいきなり空中で泣き別れになったのだ。そして気づけば当然のように佇んでいたグウェン。

 これまで聞かされた話を考えれば事を成したのはこの美丈夫であると容易に察せられるだろうが、唐突に現れる理不尽という意味ではもはやある種のホラーであった。

 そんな風に三人がグウェンの人外と表すのが妥当な実力に改めておののいている横で、ノルドは土でできた仮初めの身体をマジマジと見下ろしていた。


「ここまでもんとはなぁ……」


 彼が驚きを感じたのは、大きく動かしたからこそわかるセレスティナ謹製の憑依体の特性であった。

 まず感じたのが憑依体の内外の再現度の高さである。生身と土塊という差もあるが、そもそもセレスティナは生前のガウルに一度も会ったことなどないのだ。普通に考えればそんなものの再現など不可能であるはずなのに、現に外見はガウルを見知った第三者がいれば即座に断言できるレベルであり、動きすら当人が覚えている生前の身体とほとんど同じ感覚で扱える。

 さすがに重量差からくる慣性の違いはあったが、違和感と言えばそれだけで、それに関してもノガウルは徐々に慣れつつあるため、さほど大きな問題ではなかった。

 しかしながらガウルが気づいた最も大きな点は、痛覚がないこと(・・・・・・・)である。

 先ほど木樵猪の頭を叩き割った時、土塊の拳を介して触れ、砕いた手応えは確かにあったのだが、自身が感じたのはそれだけであった。生身で動物の頭蓋骨を砕こうものならその手もただで済むはずもなく、ましてや魔物のそれなど殴りつけた拳の方が砕けてもおかしくない。現にガウルは土塊の拳が崩れるような感覚を覚えていたにも関わらず、痛みのたぐいを一切感じなかった。

 おまけに潰れかけた拳は慌ててガウルが念じれば何事もなかったかのように元通りである。土でできた憑依体の特性として多少の変形ならば憑依している魂霊が元に戻るよう念じるだけで修復される、ということは事前に先達達から聞かされていたのだが、それでも実際に目にしたガウルにとっては驚嘆に値することだった。


「……本気で盾役が捗るな」


 ポツリと呟き土塊の顔にふてぶてしい笑みを浮かべるガウル。痛みを知らず、多少の傷ならものの内に入らないその身体は、正しく敵の攻撃を受け止めるのに最も適していた。


「次は絶対、何が来たって守りきってやる――!」


 ただ独り、自分に突きつけるかのような厳かな宣告は、彼の魂に刻み込まれた未練に対する挑戦か――

 密かな決意を仮初めの胸に抱き、ルース達を促したガウルは自ら先頭に立ってさらに森の深くへと分け入って行った。


 * * * * * * *


 人の手の入らぬ魔境、『死の樹海』。その鬱蒼と生い茂る木々の間から響いてきた咆吼に、アレイアが仮面の顔を向けた。


『――あちらからあの大きさの咆吼となると、ルース達の付近でしょうか』


 その予測を聞いたセレスティナが一旦歩みを止めて目を瞑った。そのまま魂霊と結ばれている契約の繋がりを通してルース達と共にいるガウルへと意識を向ければ、瞼の裏に三頭の木樵猪を迎え撃たんとしているルース達が映る。


『ルースさん達の元に魔物が現れました』

『では、行って参るといたしますかの』


 アレイアの予測を裏付けたセレスティナの言葉を聞き、グウェンが常人では捉えることすら不可能な速度で駆け出す。普段は護衛としてほとんど主のそばを離れることのないグウェンだが、今回は充分な戦力がセレスティナのそばに控えるということで魔物と遭遇してしまった冒険者達を助ける役を担っていた。


『あいっかわらずグウェンの旦那ははえぇなぁ……』

『さすが中も外も特別製よねー』


 そんなグウェンを見送り、畏敬の籠もった声を出す二人の土塊の戦士――セレスティナの随行員に抜擢された下僕(ゾンビ)のロズベルトとナタリシアであった。グウェンはセレスティナが契約する魂霊の中ではガウルに次ぐ新参者なのだが、その生前と来歴によって彼らの間ではすでに一目置かれる存在になっているのである。

 しかしながら同時に筋金入りの『女好き』という性質もあっという間に知れ渡り、カラリとした本人の気質とも相まって誰もが遠慮などというものを早い段階で喪失していたりもしたのだが。

 そんな中、セレスティナはついでとばかりに他の魂霊達の視界も借りていく。


〈――グウェン、ノルドさん達の方にも魔物が近づいているみたいです〉

〈委細承知いたしましたぞ、(ひぃ)様〉


 その途中で魔物と遭遇した別なパーティを見つけ、契約の繋がりを通してグウェンにそのことを魂語りで伝えれば、頼もしい下僕は一も二もなく承諾の意志を返したのだった。魂語りは意思の伝達に魔力そのものを媒介にしているためか、セレスティナが《魂霊従属(エンゲージ)》を交わした魂霊相手ならそばにいなくとも伝達ができるのだ。もちろん、双方向の会話は自我ある魂霊を持つ彼女だけに特有の現象だが。

 現在、セレスティナ達は『死の樹海』外縁部のまっただ中であり、より奥である表層部を目指して進軍中である。魔境の性質上、深部へ行くほどに魔力濃度が上がっていくのだから、希少性の高い魔草を探そうと思うなら奥を目指せばいいことは自明の理だ。

 しかしながら、それは同時に生息する魔物の危険度も増すことを意味している。よって自分達の力量に見合った限界地点の見極めが冒険者達にとっては極めて重要なのだが、魔境の最奥からやってきたセレスティナにそれが当てはまるはずもなかった。

 野営地を出発する際、アレイアの提案を受けて拠点を確保するために土塊の戦士二人を残したセレスティナ。その後五つのパーティに分かれた冒険者達へそれぞれ一人ずつ土塊の戦士を加えさせ、アレイアの陣頭指揮によって自分達を中心にして扇形に広がるような配置をとらせた。

 さらにはアレイアによって、それより外側をぐるりと囲うように残った土塊の戦士達が配置され、そこへ魂霊達をおおむね均等になるように振り分けるという布陣となった。これにより一種の魔力生命体であり、地形や遮蔽を苦にせず行動でき、魔力を伴わない障害に対してはほぼ無敵と言っていい魂霊達を斥候役として哨戒網を構築。そこから何かしら発見や異常があれば契約間の魂語りによる遠距離連絡で司令塔たるセレスティナへと情報が入り、そのまま各所の土塊の戦士へと伝達されることで物理的干渉力のある彼らが諸々の事象に対応する、といった仕組みが完成する。

 例え土塊の戦士達に対処不能な事態が起こったり、先ほどのように哨戒網が見逃した魔物との遭遇が発生したとしても、それで破壊されたところで下僕達の身体は比較的容易に換えの効く憑依体であり、いくら損壊しようとも本体たる魂霊への被害はないに等しい。

 下僕達とは違ってこちらは生身の冒険者達であるが、そこもパーティに参加している土塊の戦士が率先して文字通り身体を張ることで対処が容易になる上、長くとも十数秒持ち堪えればセレスティナを介して援護要請を受けたグウェンが駆けつけてくる。彼らの普段の探索行からしてみれば、比べものにならないほど圧倒的な安定度であった。

 これは本来なら、奥地に暮らす魂霊術師(ネクロマンサー)達が森へ分け入るために編み出した編成なのだが、災害級以上の魔物が跋扈する奥地では大いに不確定要素の残る構成でも、外縁部程度の脅威が相手ではほぼ鉄壁と言っても過言でない布陣になっていた。

 当初は何の躊躇もなく奥地へと向かって進められる行軍に激しい緊張と決死の覚悟を持っていた冒険者達であったが、魔境へ分け入りしばらく経った今ではこの布陣に対して強い信頼を抱くと共に、ほとんど人の踏み入らない表層部への興味の方が勝り始めているほどである。


『――ただいま戻りましたぞ、姫様』

『ご苦労さまです、グウェン』

『なんのなんの、これしき労の内にも入りませんて!』


 ほどなくして援護と言う名の殲滅からグウェンが戻り、再び歩みを進めるセレスティナ。その後も不安定さゆえか何度も魔物との遭遇報告が彼女の元にもたらされたが、それぞれが対応するかグウェンが出張ることでことごとくがあっさりと撃破されていく。

 そんな小さな軍勢の快進撃は止まることを知らず、まっすぐに進んだ彼らは昼を前にして『死の樹海』の表層部へと辿り着くに至ったのだった。



 ゲームで言えばクリア後の裏ダンジョン最深部からやってきたセレスティナ。今更入り口付近の的が適うはずもなく。

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