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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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採取に行こう3

 翌日、それぞれに支度を調えたセレスティナ達はより早く移動するためにと用意された馬車に乗り込んでクランバートを出発した。道中では何度か下級の魔物と遭遇しかけたが、見かけるたびに飛び出していったグウェンによってことごとく舜殺されていったため何の妨げにもならなかった。

 そのため馬車は昼の休憩以外は止まることなく走り続け、日が暮れる前には『死の樹海』を望める場所までたどり着くことができたのだった。この日はここで野営して一夜を明かし、翌朝から森に分け入ってのパラルノ草探索が開始される予定である。

 なお、同行者達は生まれて初めて乗る馬車にセレスティナが始終顔を輝かせているのを見て微笑ましげにしたり、疾走する馬車からあっさり飛び降りては遭遇しそうな魔物を瞬く間に蹴散らし、走り続ける馬車に平然と追いついて乗り込むグウェンに唖然としたりと、なかなかに緩急のある体験をしていた。

 そうして各々が天幕を設置するなどしてしっかりとした野営設備を整えた後、グウェンが不寝番を行うことで生身の全員が身体を休めた翌朝。まだ日も昇りきらぬ内から起き出した冒険者達はそれぞれに身支度を調え始めた。

 起き抜けにもかかわらずてきぱきと慣れた様子で機敏に動き回るその数は合わせて十九名。ルース達三人にノルドとその仲間の四人以外は、全員がセレスティナの友人(ゾンビ)――つまりは四肢欠損の再生を受けた者達だ。

 被施術者達はそれぞれ肉体を取り戻してからは長らく実戦を離れていた者同士でパーティを組んで冒険者稼業を再開しているのだが、その中で先日の話を聞きつけた者達が少しでも恩を返すいい機会だと自主的に同行を申し出たのだ。

 出発直前、事前に決めていた集合場所に予定を大幅に超えた人員が集まっていたことに首を傾げたセレスティナだったが、その申し出を聞いて素直に喜びを表した。彼女にとっては下僕と助け助けられる関係が当たり前であるため、拒む理由などはないのである。


「で、肝心のセラ嬢ちゃんはどうしたんだ?」

「あー……どうもセラは朝が弱いみたいなんですよ」


 ブランクがあるとはいえ野営に慣れた冒険者達がそれぞれの方法で朝の支度をする中、この大所帯の発端になった少女の姿が見えないことを疑問に思ったノルドが尋ねれば、クランバートに来るまでに行った野宿の様子を思い出したルースが苦笑気味にそう返す。その時はろくな天幕もなかったため完全に野外での就寝だったのだが、周りが起き出してもぐっすりで、何かしら刺激を受ければ目を覚ましはしたもののしばらくは夢うつつと言った様子であった。ルースにとって普段のはっきりとした意思を持ったセレスティナとのギャップが大きく、印象に残っている一幕である。


「先ほどグウェンさんが彼女の天幕に向かうのを見かけましたから、もうしばらくすれば起き出すことでしょう」

「起きたばかりのぼんやりセラちゃん、可愛かったなぁ……」


 同じ女性ではあるが、こちらはすでに準備万端といった様子のメルフィエとライラが、それぞれ装備の最終点検を行いながら口を挟んだ。もっとも、ライラに関してはただその時の様子を思い出した感想を漏らしただけではあったが。

 やがてメルフィエの予測通りに一団の中心部に据えられた大型の天幕――出発前日の準備時にアレイアが購入した物で、森を出る時から使っていた特大の背嚢も中に収まっている――から、すでにしっかりと覚醒して身支度を調えたセレスティナが姿を現した。そのすぐ後ろには当然のように忠実な仮面ローブの従者が付き従っており、小さな主が身だしなみを整える間は天幕から締め出されていたグウェンも合流してセレスティナの背後に控える。


「みなさん、おはようございます」

「おっはよーセラちゃん! 朝ご飯できてるよー!」


 数十秒前までは半分寝ていたなどという様子は微塵も見せずにこやかに挨拶をするセレスティナに、真っ先に反応したライラが朝食を盛った器と食器を差し出した。固く締めたパンに干し肉や干し野菜を軽く湯で戻した程度の簡単な物だが、これから動き回ることを考えてそれなりの量がある。


「ありがとうございます、ライラさん」

「よし、ならセラ嬢ちゃんが飯を食い終わったら出発だな。オレは先に他の連中と打ち合わせてくる。ああ、だからって慌てて食べなくていいからな、セラ嬢ちゃん」


 礼を言って朝食を受け取ったセレスティナを見て、ノルドはそう声をかけてから離れていった。最後に一言付け加えたのは先日のあわやという事態を覚えていたからだろう。ここまで来て当事者が喉を詰めてリタイアなど、笑い話にもならない。


「セラ、今回の探索について確認するよ。食べながらでいいから聞いてくれ」


 いつの間にかアレイアが用意した椅子に腰掛けたセレスティナが食事に口を付け始めたところで、真剣な表情のルースが言った。そしてちょうどパンにかじりついたところだったセレスティナがそのまま頷くのを見て言葉を続ける。


「今回みたいに多くの冒険者が採取目的で共同する場合、本当ならある程度担当場所を割り振るのが定石なんだけど、『死の樹海』は魔境だ。ましてや今は異常行動で不安定になっているから、下手にばらけると誰かが危険に陥った時に対処できない。だから、全員である程度固まって動くことになる」


 それは多人数での探索を行うという利点を大きく削ぐ方針であった。冒険者という生業を話に聞くだけの人間がいれば『冒険者なんだから危険は覚悟の上だろう』などと嘲りすらしたかもしれない。

 しかしながら、この世界で冒険者に最も求められることは『生存能力』である。それは人によっては危険をねじ伏せる戦闘力であったり、やり過ごすための隠密能力であったり、そもそも危険に遭遇しないための察知能力ないし判断力であったりと違ってはくるものの、熟練の冒険者であればあるほど『どんな状況からでも生還する力』こそを重視する。それを磨いたからこそ今まで生き残り、怠った者から帰らぬ人となっていったことを熟知しているのだから当然だろう。

 ましてや通常の魔境はそんな熟練ですら万全の状態で挑んでも、わずかなミスが命取りになるような場所だ。誰もがそれを覚悟で分け入っているとはいえ、安全策があるのならばそれを用いるに越したことはない。信頼度が高いとなればなおさらだろう。

 そしてその話を聞いたセレスティナは咀嚼中の口元を隠しながらこくりと頷いて了承を示した。魔境の奥地で生き延びてきた魂霊術師の一門(グルーツェンラッド)も、森に入る必要が出てきた場合は一門の精鋭が集い、ある程度まとまって行動していた。いつか再び世界の制覇を夢見る彼らにとって最重要なのは知識や技術の研鑽と継承であるのだから、生存を第一にするのは至極当然である。『死人の魔王』の再来として、幼いながらも精鋭の一人に数えられていたセレスティナには非常になじみ深いのであった。


「希少素材がすぐに見つかるとは思えないからここを拠点として、探索は日が暮れ始めるまで、昼は全員が携行食だ。日が沈む前には森を出て拠点に戻って、次の日は前の日に探していなかった場所を探索する。いいかな?」

「――はい、わかりました。あさごはんがおわったら、わたしもじゅんびします」

「ああ。長丁場になるだろうから焦らなくていいよ」


 一通りの確認事項を伝え終えたルースは、心なしかペースが上がったようなセレスティナの野外朝食風景を横目に眺めながら自らの装備の最終点検を始めた。周囲の冒険者達もセレスティナが起きてきたことが伝わり、出発は近いとにわかに活気を増していく。


「――ごちそうさまでした。では、じゅんびします」


 やがて喉に詰めることもなく無事に朝食を食べきったセレスティナは、器と食器をライラに返すとおもむろに立ち上がり、その場から歩き出した。向かう先は野営地の外であるが、『死の樹海』とは逸れた方向であることを見ればすぐに森へと入るつもりがないことはわかる。

 自身を魂霊術師(ネクロマンサー)と称する小さな天才魔術師が準備として一体何をしようとしているのか、ルースとライラは純粋な興味から、メルフィエは疑惑と使命感に突き動かされてその後を追う。


「ん? どこに行くんだい、セラちゃん?」

「これから、じゅんびします」


 短い距離ではあるが、途中でその様子を怪訝に思った何人かが尋ねれば邪気のない笑顔とセットの答えが返された。それを聞くともなしに聞いた冒険者達もルース達と同様の興味に駆られて、結局その場にいるほとんどがぞろぞろとセレスティナの後を付いていく。

 そんな物見高い友人(ゾンビ)達を気にすることもなく、ほどなく野営地の外にたどり着いたセレスティナは傍らのアレイアを振り向いて尋ねた。


『お手伝いの役割は決まりましたか?』

『すでに選定済みです。ですが、まずは新入りの身体の構築から始めた方がよろしいかと』

『ガウルさんですね。わかりました、そうしましょう』


 短く一門の言葉でやりとりを交わすと、セレスティナは両手をかざして瞑想するように目を閉じる。すると彼女の目前の地面に魔力の光が線となって素早く六芒星が描き出され、あっという間に人一人が充分に横になれるほどの規模の魔導陣となった。


「――早い。それに正確だ」

「この歳でこれほど……」


 それを見たノルドの仲間の魔術師とメルフィエが羨望と畏怖の入り交じった感想を漏らす中、小さな魂霊術師は朗々と呪文を紡ぎ上げる。


「《未だ形なき者よ。我が魔の導きの元に集いて、こぼれ落ちし者が仮初めの器と成り給え》――《人形錬成(パペット)》」


 結びの言葉と同時にセレスティナの魔力が魔導陣での増幅を受けて大地へと注ぎ込まれた。直後、範囲内の地面が日光を浴びた雪のように形を崩し、泥のような粘土のような不可思議な状態になった。そして一度表面を波打たせたかと思うと、触手を伸ばすようにして空中に浮かび上がって球体を作り出す。

 そして軟化した土がある程度の量になったところで一度供給が止められ、そこから草木が成長するように形をなしていく。細くまっすぐに伸びたかと思うと途中で瘤を作り、そこを支点に角度を変えて、あるいは枝分かれを増やして成形が続いた。

 最初に汲み上げられた土が全て消費され切った時点で完成した形は、大まかではあるがまさに押し固められた土で構成された人体骨格と言える物だ。


『アレイア、魂核晶をお願いします』

『どうぞ、セラ』


 魔導陣と軟化した土を片手で維持しつつセレスティナが要請すれば、その求めに応じてアレイアがローブの下から無色透明な結晶を取り出した。結晶は親指ほどの大きさの綺麗な正八面体で、魂霊術師の間で『魂核晶』と呼ばれる魂霊術独自の魔具の一つである。機能としては単純に魔力の貯蔵だけなのだが、魂霊との親和性が高くなるように調整がなされているため、非常用の魔力タンクとしての他にも文字通り憑依体の核として用いられる。


『ガウルさんを』

『承知しました。ガウル、セラがお呼びです』


 目を開けたセレスティナが差し出された魂核晶を自由な手で受け取ると、アレイアの仮面から一握の光の塊が飛び出した。そのまま空中で右に左にと不規則に揺れ動く様はまるで現状に戸惑うかのようであり、事実として当人(・・)には困惑の色が濃かった。


〈ガウルさん、こちらに〉

〈あ、ああ。……嬢ちゃん、オレは今一体どういう状態なんだ?〉


 魂語りによるセレスティナの呼びかけに、光の塊――魂霊状態となって漂うガウルが同じく常人には聞き取れない声で不安げに尋ねた。


〈今のガウルさんは何にも憑依していない、ただの魂霊の状態です。これから仮の身体を作りますから、こちらに憑依してもらえますか?〉


 そう言って差し出された魂核晶を前に、魂霊のガウルは戸惑いを表すように揺れる。


〈憑依っつっても……どうすりゃいいんだ?〉

〈触れて、その中に入るように念じるといいそうです〉

〈よ、よーし……〉


 術者のアドバイスを受けたガウルが緊張をはらませながら言われた通りに実行すれば、するりと滑り込むように魂核晶の中に収まったガウル。


〈お、おう、なんか『入った』って感じがしたな。これでいいのか?〉

〈はい。後は、生きていた頃のあなた自身を強く思い浮かべてください。そのイメージを元に、わたしが仮の身体を構築します〉

〈わ、わかった〉


 ガウルの承諾を示すように結晶の中の光が揺らめいたのを確かめると、セレスティナはその場に屈んで軟化した土の上にそっと置いた。そして土を操り魂核晶を持ち上げると、先ほどから姿を留めていた土塊の簡易骨格の、ちょうど心臓が収まる位置へと運んでいく。


「《魔の波動よ。かの身の重ねし数多の月日、余すことなく紐解きて我が前に示し表したまえ》――《身体精査(ハイインスペクション)》」


 さらには再び目を閉じた立ち上がったセレスティナの手から、呪文の完成と共に対象を精査するための魔力の波動が放たれ、魂核晶が覆われると同時に少女の脳裏にかつて熟練の冒険者であった男の姿が浮かび上がる。

 そして次の瞬間、軟化した土がぶわりと巻き上がった。すぐさま触手のような形になって数十に分かれ、一部が簡易骨格を覆うとさらに大きく太く押し固められていき、より人の骨格らしい形へと補強していく。

 あっという間にもはや土色をしただけの人体骨格と言って差し支えないほどの形状ができあがると、まだ周囲に待機していた残りの土の大半が次々と絡みついていく。つい今し方行われたものと同様の行程のように見えるが、しかしながら今度は骨格の一部となるのではなく、骨格同士を繋ぐように一つ一つが別の物として複雑に折り重なっていった。見る者が見れば、それが人体の筋繊維の配置に酷似していることに気がついたことだろう。

 そしてただの骨格標本だった物が明確な人型となり、仕上げとばかりに残った土が大きく広がったかと思うと土でできた人型を覆っていく。ほどなく皮膚のように全身を覆い尽くし、しかしそれだけに留まらず形状を変えて鎧のような外観になった。

 そうして屈強な戦士の身体が完成したところで、最後に頭部がセレスティナに伝わるイメージ通りに微細に作り込まれていく。角張った彫りの深い顔立ちに割れた顎、中途半端な長さの髪や古傷まで再現したところで小さな魂霊術師はほぅと息を吐いた。


〈――できました。ガウルさん、動かせますか?〉

〈……あー、ちょっと待ってくれ嬢ちゃん。これ、アレイアさんを動かすのと同じでいいのか?〉


 集中のために閉じていた瞳をぱっちりと開けて魂語りにて尋ねれば、戸惑いと緊張の入り交じった返事の後、その部分の土を失って窪地になった地面に直立していた土塊の戦士――独自の憑依体を与えられたガウルが身じろぎをした。


〈――お、いけそうだ。ん? てことは喋るのも同〉「じ感覚でっておおぅ!? 喋ってる!?」


 試行報告の途中で無意識的に感覚が繋がったようで、不意に魂語りから空気を震わせる発声に切り替わったことに自分で驚き大仰な仕種をするガウル。その動作はごくごく自然で、加えて言えば細かに表情まで動いている。


「うまくできて、よかったです」


 その様子を見たセレスティナはにっこり微笑むと、それまで維持していた術式を全て解除した。そして魔導陣が幻のように消え去る中、しきりと自身の身体を確かめているガウルに話しかける。


「すこしからだを、ためしてください。へんなところがあれば、なおします」

「おう、わかった。しかしマジですげぇな、魂霊術……」


 そう言ってようやく顔を上げたガウルは、笑顔のセレスティナの背後で見学の冒険者一同が揃って唖然としている光景を目の当たりにし、知らず半笑いになった。



 ネクロマンサーといったら、やっぱり死者の蘇りですよね!

 ……少し前振りが長すぎましたね。まだセレスティナの『ちょっと本気』は続きます。

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