採取に行こう2
「――だから、そのおくすりのそざいを、わたしはとりにいきます」
パヴェリアから聞いた話をそう締めくくったセレスティナは、ほぅと大きく息を吐いた。必要だったとはいえ、慣れない言葉で長文を説明したため少々の疲労を覚えたようである。
「そういうことなら話は早い、オレがその素材を採取に行こう!」
そしてやるべきことの見えたノルドは勇んでそう請け負った。入手が困難な物を依頼主に代わって入手するのは冒険者としてよくある仕事である。特に野外で自生する薬草のたぐいを採取して欲しいという依頼は定番と言っても差し支えない。ノルドほどの冒険者になれば、それこそ数え切れない程度にはこなしてきている。
「いいのですか?」
「ああ、これくらいセラ嬢ちゃんに受けた恩に比べたら軽いもんさ。何を採ってくればいいんだ?」
そう意気込み身を乗り出すノルドであったが――
「パラルノそうと、いうしょくぶつです。あたらしくないと、おくすりにならないそうです」
セレスティナが何気なく告げた必要となる素材を聞いて記憶を探るような顔になったかと思うと、次の瞬間大きく目を見開いた。
「パラルノ草って――魔境の希少素材じゃないか!」
思わずといった様子で叫ばれたノルドの言葉。そしてそれが魔力漏出症という疾患に効果が見込める魔法薬を発見しながら、それをパヴェリアが世の中に知らしめることをしなかった最大の理由であった。
パラルノ草は魔力密度の高い地域に生息する魔草の一種である。そういった魔草は通常の薬草類に比べても高い効果を発揮するのだが、同時に魔力密度の高い地域は強力な魔物の生息地でもあるため希少度が非常に高い。特にパラルノ草は魔境と呼ばれるほどの地域にしか生息せず、かつ表層部では滅多に見かけることのないことで知られていた。
そんな超が付くほどの希少素材であるが、それ故にこそ効果は高く、通常でも高品質の魔法薬を精製するためにべらぼうに高い値段で取引されている。
加えて魔力増産の魔法薬に利用するためには一定以上の鮮度が必要なため近隣の街で精製する必要があり、それでいて『錬金の賢者』と呼ばれるパヴェリアに匹敵するほどの技術が必要なのだ。例え世に広めたからと言って下手をしなくとも小さな国の宝物庫に匹敵する値が付くことは想像に難くなく、たいていの人間はそんな物を使うよりおとなしく自然治癒を待つことを選ぶであろう。だからこそ、パヴェリアも『割に合わない』と研究から手を引いたのであった。
「しっているのですか! よかったです」
しかしながら当然そんな事情を知るはずもないセレスティナは、無邪気に手を打って喜んだ。パヴェリアから実物のスケッチが付いた資料を見せられてはいたものの、具体的な生息地などの詳細な情報は冒険者の方が詳しいと言われていたのだ。そのため魔境の案内人として冒険者を募ることも合わせてギルドに戻ってきており、早々に適任が――しかも友人の中の一人に――見つかったことを純粋に喜んでいた。
「それでは、ノルドさん、よろしくおねがいします」
「あ、ああ……」
無邪気な笑みで同行を依頼するセレスティナであったが、それに対するノルドの返事には先ほどのような威勢はなく、声には躊躇いが滲んでいた。
しかしながらそれも仕方のないことであろう。今回の採取目標であるパラルノ草は見つかることが希な超希少素材だ。狙って探したとしても早々見つかるものではなく、本格的に探すとなれば数日、下手をすれば数週間に渡って魔境という特級の危険地帯に籠もらなければならない。それは魔境に挑む冒険者であっても誰もが躊躇うほどの困難である。
ましてや現在、ルース達の報告を受けたギルドから、『死の樹海』の環境が不安定になったということで探索を自粛するよう警告が発せられていることは冒険者の間で周知されている。もちろんのことそれ自体は強制力のない警告に過ぎず、不安定だからこそ普段遭遇できない素材を求めて魔境に挑むことを選択する自由が冒険者には存在する。
しかしながら、長く魔境に挑み続ける熟練であるほど命あっての物種ということを嫌と言うほど理解しているため、常以上の危険をあえて犯そうとは夢にも思わない。
本来なら考慮する必要すらなく断る依頼である――が、同時にノルドがセレスティナに感じる恩義は本物である。先走ったとはいえ自ら依頼の受諾を口にしたということもあり、それが内心での激しい葛藤となっていた。
「どうかしましたか?」
そんなノルドの様子を見て首を傾げるセレスティナ。
「……セラ嬢ちゃん、魔境は危険だ」
「そうですね」
絞り出すようなノルドの言葉に同意するその声には、軽さとは裏腹に魔境の奥地で生き延びていたがゆえの実感がこもっていた。
「しかも今『死の樹海』は不安定だ。例え外縁部でも分け入るとなっちゃオレ達でも決死の覚悟がいる」
「そうなのですか?」
しかし続く主張には不思議そうに首を傾げるセレスティナ。災害級の魔物すら一刀のもとに斬り伏せてしまう下僕がいる彼女の基準では、魔境とはいえ外縁部にしか生息できない程度の魔物など可愛いものなのだから、当然と言えば当然である。
けれどもセレスティナのことを詳しくは知らないノルドからしてみれば、幼さゆえに実感に欠けているように見えてしまう。
「セラ嬢ちゃんに恩を感じてるのは嘘じゃない。だから採取に行くこと自体は請け負っていい。ただ、時期が悪すぎるんだ。採取に行ったって戻ってこれなきゃ意味がない。だから悪いことは言わない。その子の母親もすぐに死ぬわけでもないし、もう数日様子を見よう」
「そうですか……」
必然、ノルドの言葉は物わかりの悪い幼子に言い聞かせるような調子になってしまったが、当人は気にすることもなく『今は魔境には行けない』と言っていることだけ理解した。
そうしてぐるりとギルドにいる冒険者達を見回すセレスティナだったが、そこでほとんどがノルドと似たような表情を浮かべているのを認めた。おそらく同じように考えているだろうことは容易に想像が付く。
それを確かめたセレスティアは、一人納得したように頷いた。
「それでは、いってきます」
そしてただそれだけ、なんでもないことのように告げると、軽く膝を折って優雅に礼を示し、かと思うとくるりと踵を返して外へ向かって歩き出した。セレスティナの突然のアクションに思考が追いつかずにノルドは目を点にして見送るが、下僕二人は当然のように遅滞なく追随していく。
「――ま、待ってくれセラ嬢ちゃん! 行くって、どこへ行く気だ!?」
一拍を置いて悲鳴のような問いかけを上げたノルド。その顔には『まさか』という思いが如実に表れているが、呼び止めに立ち止まって振り返ったセレスティナはその予想をあっさりと肯定してみせた。
「そざいをとりに、もりにいってきます」
元より自身で探す気満々であったセレスティナ。案内人としての冒険者を求めたのも『詳しい人間がいればいいな』程度の認識である。下僕という人手兼戦力がいる彼女にとって、魔境の探索程度は他の同行者がいなくとも何の問題もない。
しかしながら、セレスティナにとって当然の理屈は外の世界での一般的な認識しか持たないノルドには通用しない。
「やめるんだ!! すぐにでも行きたいってセラ嬢ちゃんの気持ちはわかるが、だからって自分で魔境に行くなんて――っ!?」
ほとんど絶叫しながら押し止めようと手を伸ばしたノルドだったが……いつの間にか自身の首に添えられていた刃を認識して驚愕と共に硬直した。
『その辺にしておけ、若いの。これ以上は姫様の妨げとなるぞ?』
「セラには我らがいます。何の問題もありません」
熟練の冒険者にすら気取らせない早業で抜いた剣をピタリと押し当てているグウェンが苦笑気味に通じない警告を発し、セレスティナとノルドの間に割り込んだアレイアが傲然とした態度でそう告げる。
「グウェン、だめですよ」
『姫様の仰せのままに』
そんな二人の後ろから困ったようにセレスティナがグウェンをたしなめると、あっさりと剣が退かれた。それを見送って強張っていた身体から力を抜いたノルドに対して、自分のことを心配してくれたことを察したセレスティナはニッコリと笑いかけた。
「グウェンが、ごめんなさい。でも、わたしはみんなが、いるからだいじょうぶ、です」
「だ、だけどな――」
「セラ、俺も行こう」
いたいけな見た目に反して頑として退く気がないセレスティナの様子に、それでもなお言い募ろうとするノルドを遮って、ここまで成り行きを見守っていたルースがそう申し出た。
「希少素材を探すんだ。人手は多い方がいいよ」
「もりはいま、あぶない、じゃない、ですか?」
「確かにいつもよりも危険だろうけど、グウェンさん達がすぐ近くにいるならなんとかなるよ」
「――! はい! グウェンは、すごいです!」
周囲の反応からどうやら彼らにとっては危険らしいと察していたためその身を案じたセレスティナであったが、ルースから不意に自らの最高傑作であるグウェンを誉められ、とても嬉しそうに笑みを浮かべる。当人もルースに頼られたことはともかく、小さな主人がほんの少し自慢げに笑っているのを見てまんざらでもなさそうであった。
しかしながら、ノルドにはそのやりとりを看過することはできなかった。
「ルース! お前まで何馬鹿なことを――」
「ノルドさん、信じられないかもしれませんけど、実はセラ達は『死の樹海』の奥地で暮らしていたそうなんですよ」
「……は?」
不意打ちのように告げられた話に、ノルドは見事な間抜け面を晒す。しかしながらその反応の方が常識的なのは言うまでもないことである。
「それに、彼女は俺達の窮地をあっさり救ってくれたんです。俺達なんかが心配するだけ無駄だと思いますよ?」
話を信じる云々以前の問題としてそもそも言われた意味が理解できていない様子の先輩冒険者を見て苦笑いを浮かべたルースは、そのまま自らの仲間の方へと視線を向けた。
「セラには俺だけで付いていくから、二人は残って――」
「素材探しならアタシの得意分野だね! 頼りにしてくれていいわよ、セラちゃん!」
「お二人だけでは色々と心配です。わたしも同行しましょう」
自分の勝手に付き合う必要はないと伝えようとしたものの、言い切るよりも先にそれぞれ同行の意志を示すライラとメルフィエ。こういう場合は言葉を重ねても意味がないと知っているルースは困ったような笑みを浮かべると、それ以上何か言うこともなく再びセレスティナへと向き直った。
「ただ、出発は明日にしてくれないか、セラ? 希少素材を探すとなるとそれなりの準備が必要だ。俺の剣もまだ受け取っていないし」
「セラ、ルースの言う通り、我々にも最低限の支度が必要です。ここは彼の提案を受けた方がよいでしょう」
後で同じことを進言するつもりだったアレイアがルースの言葉に便乗すれば、セレスティナは素直に納得して頷いた。
「わかりました。あした、いきます」
そしてロディに向き直ると、視線を合わせて言い聞かせる。
「じゅんびができたら、とりにいきます。もうすこしだけ、まっていてください」
「……うん、わかった」
幼くとも周囲の反応で自分がどれほどの無茶を言っているのかおぼろげにでも察したのであろう。本当なら一分一秒でも早く母親を助けたいところだろうに、ロディはセレスティナの言葉をおとなしく聞き入れた。
そしてこの時点でセレスティナ達が魔境へ向かう流れはほぼ確定したのであった。後は当事者であるセレスティナを説き伏せるか実力行使をしてでも引き留めない限り、彼女が止まることはないだろう。
しかし、先の様子を見ればセレスティナが意志を曲げる可能性は限りなく低く、実力行使をしたところで従者であるグウェンに手も足も出ないだろうということはノルドも感じ取っていた。つまりは、すでに危険に臨む恩人を止める手立てが彼にはないと言うことだ。
ことここに至って、自分にできることは少しでも早く目的の素材を見つけることだけだとノルドは腹を括った。
「――よしわかった。オレも行こう」
「いいのですか?」
「ここで恩人だけを行かせるようじゃ、男が廃るってもんだ」
急な意見の変節を受けて単純に不思議そうに首を傾げたセレスティナに、ノルドは一流の冒険者らしい不敵な笑みを浮かべて答える。あいにくその言い回しをセレスティナは理解できなかったのだが、どうやら強い肯定であるらしいことを察して笑顔を返した。
「では、あした、よろしくおねがいします」
世の中、自分の基準と常識とを取り違えている人が多い気がします。
次回、ネクロマンサーちゃんがちょっとだけ本気を出します(予定)。




