採取に行こう1
「――で、とって返してきたってわけかい」
再びセレスティナが訪れたパヴェリアの店にて、家主兼店主たる老婆が呆れを隠さない表情で連れられている男の子を見やった。そうすれば気難しげなしかめっ面に見据えられてビクリと怯えた男の子は、慌てて手を繋いだままセレスティナの背後に隠れると、こわごわといった様子で顔だけを覗かせる。
現在、二時間と経たぬうちに再び来訪したセレスティナ達によって早速取りかかっていた作業の邪魔をされ、見るからに不機嫌そうなパヴェリアに大まかな事情を説明し終えたところであった。
ちなみにであるが、店の中にいるのはパヴェリアとセレスティナ、それに連れられてきた男の子と下僕二人のみである。ルースやノルドは同行しようとしたのだが、ノルドについてはパヴェリアが自らの存在を周知されるのを忌避していたことを気にしたメルフィエによって却下されていた。
加えて、おそらくはすでに作業に取りかかっているであろう状況に大勢で押しかければ怒りを買うことになりかねないとルースを言い諭し、結果を知らせるとセレスティナに約束を取り付けたことで全員がギルドで待機している。
「パヴェリアさま、まりょくろうしゅつしょうにきく、おくすりはありますか?」
「薬も何も、ほっときゃそのうち治るんだ。周りも理解があるようだし、お前さんがわざわざ労を背負い込むこともないだろうに」
そして改めて尋ねるセレスティナを、パヴェリアは理解できないと言わんばかりの顔で見返す。早期の治療方法こそ知られていないが、時間が経てば完治する一種の風邪を治してくれと言われれば、普通は『おとなしく寝ていろ』と一蹴すればいい話である。
しかしながら、セレスティナは首を横に振った。
「わたしはこのこに、たすけてほしいと、おねがいされました。だから、わたしにできることで、がんばってたすけます」
そして拙いながらもはっきりと意思を表明する。それは幼い頃から喚び出した死者の未練を晴らすべく日々奮闘していたセレスティナの、魂霊術師としての矜持でもあった。
「……損な性格してるねぇ、お前さん」
多分に呆れの混じったパヴェリアの言葉は、しかしながらどこか懐かしいものを見るような穏やかな表情から放たれていた。その今までとはどこか異なる雰囲気に、アレイアとグウェンは思わずといった様子で顔を見合わせる。
しかしそれも束の間、パヴェリアの顔が再びしかめられた。
「で、どうしても魔力漏出症に効く薬なりなんなりが欲しいってのかい? お前さん自身からの依頼を後回しにしてまで、おれにないって言われてる方法なんかを聞いて?」
「はい。しっていれば、おしえてください」
念を押すようなパヴェリアの言葉に対し、なんの気負いも迷いもなく頷くセレスティナ。それを見たパヴェリアは盛大にため息を吐くと、セレスティナの影に隠れたままの男の子をジロリと見据えた。
「魔力漏出症の治療薬なんてものはない――って言いたいところなんだが……運が良いね、坊。おれは効果がありそうな魔法薬を前に一度作ったことがあるし、この街なら素材も手に入れられる」
「……お母さんの病気、なおせるの?」
「当然だ。このおれにかかっちゃぁ、作れないのは馬鹿に付ける薬くらいさね」
腕を組み傲然と断言したパヴェリアに、希望の光を見出した男の子の顔がパッと明るくなる。
「ありがとう、おばあちゃん!」
「はんっ! 礼を言うにはまだ早いよ、坊。作れるとは言ったが、作ってやるとはまだ一言も言ってねぇ」
男の子が喜びを露わにする中、それをバッサリと斬り捨てるパヴェリア。それを聞いた男の子は言われた意味を理解できないのか、戸惑った様子で腕組みするパヴェリアを見返す。
「つくってくれないのですか、パヴェリアさま?」
「別に作ってやるくらい造作もねぇが、あいにく肝心要の素材が手持ちにねぇ。いくらおれでも素材もなしに作るのは無理な話だ。その辺は坊がどうにかして用意するんだ。それができたならちょちょいと作ってやるさね」
戸惑う男の子の代わりのようにセレスティナが尋ねれば、パヴェリアはその理由を簡潔に語った。そして「ただし」と言葉を付け加える。
「それが取れるのは魔境のどこかだ。あいにくおれは荒事がからっきしでな。前にそれを扱ったときゃぁ冒険者の連中に依頼したから、どこにあるかなんざ知らねぇ。それでもお前さんは薬が欲しいのか、坊?」
「え……うえ……」
クランバートで生まれ育てば必然的に『とびっきりの危険地帯』と教え込まれ、顔見知りの冒険者がしばしば大怪我を負い、時には二度と帰ってこない場所に存在する物が必要だと脅され、男の子は目に涙を浮かべた。子供心にも余りに無謀な条件だとわかってはいるのだろうが、さりとて目の前に母親を救う手立てがあることに諦めることなどできず、ただただ顔を俯かせることしかできない。
「だいじょうぶです」
そんな時、そっと手を包まれる感触に男の子が顔を上げれば、そこには繋いだままだった手を両手で優しく包み込み、柔らかな微笑みを浮かべるセレスティナの姿。
「わたしがおくすりにひつようなものを、とってきます」
「おねえちゃん……?」
「そのかわりに、わたしのおともだちに、なってくれませんか?」
にこりと笑ってそう言われ、信じられないものを見たかのように目を瞬かせる男の子。けれどもセレスティナが本気で言っていることに気づくと、嬉しさに涙をあふれさせながら大きく頷いた。
「うん! ぼく、おねえちゃんのお友だちになる!」
「ありがとうございます。わたしのことは、セラとよんでください」
「うん、セラおねえちゃん! ぼくはロディだよ!」
「はい、よろしくおねがいします、ロディ」
そのやりとりは、友情を口実として幼子に手を差し伸べる聖女といったところであろうか。端から見る限りでは叙事詩の一節に謡われそうな光景である
……がしかし、その実態は勤勉に世界征服の手を広げようとしている幼き魂霊術師のお友達契約である。実のところ、セレスティナは男の子――ロディに助けを求められてからこっち、これを切り出すタイミングを虎視眈々と狙っていたのであった。当然下僕の二人はその事実に気づいていたが、かと言って誰が損をするわけでもないので彼らがそのことを指摘することはない。
「パヴェリアさま、わたしがそざいをもってきても、おくすりをつくってくれますか?」
「誰が持ってくるかなんて、おれには関係ない話さね。物があるならいくらでも作ってやるよ」
そして首尾よく新たなお友達を手に入れたセレスティナは、いっそうやる気に満ち溢れた顔でパヴェリアに確認を取った。そして必要になる素材に加えて、「馬鹿共を納得させるには必要だろうさね」と魔力漏出症についての解説から作り出す魔法薬や必要となる素材の詳細などをあれこれまと教え込まれる。
「――それと、こいつを貸してやろう」
そう言ってパヴェリアが投げ渡してきたのは、先刻セレスティナの魔力偏向を見るために使われた魔測り水晶であった。
「パヴェリアさま、これは?」
「そいつにゃまだお前さんの魔力が残ってる。また使うには残ってる魔力を一度抜かなきゃならんが、さっきの今だからな。魔境に行くならついでにそいつから魔力を抜いといてくれや。お前さん自身の魔力だ、扱いはお手の物だろ?」
割り込みキャッチしたグウェンの手に収まる魔測り水晶を見て首を傾げるセレスティナの疑問に対して、すでに背を向けていたパヴェリアは振り返りもせずぶっきらぼうに答える。その言葉だけ聞けばついでに雑用を押しつけただけに聞こえるが、その実自身に蓄えられる魔力に加えて魔測り水晶に残る魔力も使えると言うことである。
早い話が貯蓄済みの外付け魔力タンクを渡されたようなものであり、実質的にパヴェリアからの支援と言ってもいいだろう。
「わかりました。ありがとうございます、パヴェリアさま」
「手間を押しつけただけだ、礼を言われるようなことじゃないね。あと、壊したり無くしたりしたらタダじゃおかないからね?」
それをパヴェリアの気遣いと受け取ったセレスティナが深く膝を折って感謝を示し、対するパヴェリアは一度として振り返ることなく釘だけ刺すとそのまま店の奥へと姿を消した。
それを見送ったセレスティナはもう一度膝を折ってすでにいない老魔術師に礼を示すと、ロディの手を引き店を出てギルドまで戻って行った。
「もどりました、みなさん」
「お帰りセラちゃん! ……それで、どうだったの?」
ギルドの休憩スペースで待ち構えていたルース達に歩み寄るセレスティナを真っ先に出迎えたライラは、手を引かれているロディを気遣わしげに見やりながらそう尋ねた。さすがに『錬金の賢者』と言えど、魔力漏出症の早期治療法など望みが薄いだろうと思ってのことだ。
しかしながらそこに気落ちした様子はなく、むしろ信頼の目でセレスティナを見つめているロディ。その思っていたものとは異なる表情に驚き改めてセレスティナを見れば、そこにも柔らかな笑みを浮かべられている。
「おくすりはそざいがあれば、つくれるそうです。ひつようなものも、おしえてもらいました」
「ホントに!? やったじゃない!」
そしてライラの抱いた期待に応えるように告げられて、歓声を上げながら思わず飛びつ――こうとして事前に察知し素早く動いたアレイアに阻まれる。
「治療方法があったんだね!?」
「本当なのか、セラ嬢ちゃん!?」
そして同じ言葉を聞いたルースとノルドも快哉を叫んでいた。冒険者を生業にする者には荒くれが多いのは事実であるが、その中でも年端もいかない幼子の願いを無下にできない人情家――あるいはお人好し――も少なからず存在する。この二人は明確に後者に分類される人柄なのであった。
「……それは良かったですね。それで、その治療方法には何が必要なのですか?」
「えっと……そもそもまりょくろうしゅつしょうは――」
そして情よりも理を、理想よりも現実を重んじる、ここにいる冒険者の中である意味では意外に最も冒険者らしい思考のメルフィエが具体的な話を促せば、未だどこかおぼつかない口調ながらもパヴェリアに聞かされた話を語り出すセレスティナ。
パヴェリアの話によれば、そもそも魔力漏出症というものは一般的に病とされている理由が『肉体的な損傷がまったく見られない』というだけのものであり、魔力の器に穴が空くというのは魔力的な外傷とするのが正しい――要は内臓へのダメージに近いものである。だからこそ魔力流出症は魔術師に発症せず、一般人であっても時間さえあれば快復する理由なのだ。
ただの外傷ならば修復しようとするのが生き物の道理である。身体にできた傷ならば、新しく肉を作り出して塞いでいく。では、魔力の器に空いた穴どうやって塞げばいいのか。当然、魔力を使って塞いでいくことになる。
しかしここで問題になるのが器自体に穴が空いていることである。それが魔術師や一部の武芸者などある程度の魔力を保有できる人間なら何も問題はない。余剰分の魔力を使えばそれほど時間もかからず修復できる。例え水袋に小さな穴が空いていようと、中の水が即座に全部流れ出てしまうわけではないのと同じだ。つまり、厳密に言えば魔術師などは魔力漏出症にかからないのではなく、発症したとしても気がつく前に治っているのである。
しかしながら、穴の大きさが器に対する閾値を超える――つまりは空いた穴が大きすぎるか、そもそも器自体が小さい場合は瞬く間に流れ出てしまうことになる。それでもわずかずつならば修復に充てられるため、充分な時間さえあれば自然治癒するのであった。
「……つまり、治すための余分な魔力さえあれば良いってことか?」
ここまでたどたどしいながらも理路整然としたセレスティアの説明を聞いたノルドは拍子抜けするように呟いたが、次の瞬間にはその表情を喜色に染めた。減った魔力を満たす方法。ノルド自身にはほとんど縁はないが、魔境に挑むような冒険者ならば誰もがすぐに思いつく。
「なら魔力回復の魔法薬を飲ませればいいだけじゃねぇか! なんだ、意外と簡単に治せる――」
「だめです!」
問題解決とばかりにノルドが上げた声を、しかし強い口調で遮るセレスティナ。
「まりょくかいふくのぽーしょんは、つかってはだめです!」
まさかそこまで強く否定されるとは思いもしていなかったノルド達の視線が集まる中、セレスティナは口調を戻して説明を続ける。
枯渇した魔力を瞬く間に満たせる魔力回復の魔法薬であるが、それは魔力の保有量が潤沢な人間が使うことを前提としている。例えば空の樽を満たそうというのに、注ぐのがコップ一杯の水ではたかがしれているのだから当然だろう。
しかし、状況が逆なら――コップに樽を満たせる水を入れればどうなるか。
それが例えのままなら入りきらない水がコップからあふれ、周辺が水浸しになる程度ですむだろう。しかし、魔力の器は生み出される魔力の周囲を覆うものである。言わば口の閉じた袋の内側に水源があるようなもの。そんな中に許容量を超える水を一気に流し込めば――当然、破裂する。
そもそも魔力の器が破損する原因――つまりは魔力漏出症の原因こそが何らかの拍子に器の許容量を超える魔力に触れたせいだと言うのが、パヴェリアが独自に研究した結果として得た結論であった。
「――それに、ぽーしょんでふえるのはいっしゅんです。あながふさがるまえに、ながれでてしまうそうです」
「なら、どうしろって……」
自身の思いつきを完全否定され戸惑うノルドだが、セレスティナは安心させるようにニッコリと微笑んだ。
「だから、ながれだすぶんとおなじだけ、ずっといれつづけるといいそうです」
器から流れ出るのと同量を供給し続けられるのであれば、器の中身は常に満たされているのと変わりがない。そんな発想に必要なのは魔力の供給を担う器官を増強させることである。
元々、魔力の供給量を増やす魔法薬というものは広く研究されていた。それがあれば魔術の行使に対する制限を大きく緩和できるのだから当然だろう。しかしながら目立った副作用もなしに有効と言えるほどの効果を持つ魔法薬は未だ作成されておらず、その道の最高峰とも言える『錬金の賢者』の作成した物ですらその増幅量は微々たるものであった。
しかしながらそれは元々魔力許容量の大きい魔術師などが使用する場合に限ればの話であり、一般人が魔力漏出症の早期治療に使う程度なら充分な効果があるだろうというのがパヴェリアの見込みであった。
セレスティナの征服対象は老若男女一切を問いません。
同時連載中の機神漫遊記の方が4章終了しました。よければこちらもどうぞ。
『機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~』
https://ncode.syosetu.com/n4942dv/
しばらくはこっちの執筆を頑張りますので、投稿間隔がちょっと短くなると思います。




