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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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装備を調えよう7

『……翁。セラから賜った剣を帯びながら、新たな剣を所望するとはどういった了見でしょうか?』


 そしてセレスティナが無事に包み焼きを食べ終えたことでルースの先導に従って鍛冶屋へ向かう道中、アレイアから棘の含まれた言葉がグウェンへと投げかけられた。


『剣士たる者、より良き刃を求めるのは当然だしのぅ。おぬしも剣を修める身ならば同じくではないか?』

『私は騎士です。主より賜った剣があるならば、それに勝る物などありはしません』


 それを受けて顎を撫でながら同意を求めたグウェンであったが、アレイアはキッパリとそう言い切った。


『はっはっは、それはお堅い近衛殿らしいのぅ。ならばワシが新たな剣を手にできたなら、こちらの剣は近衛殿にお譲りいたそうかの?』

『…………い、いえ、それはセラが翁に下賜した物です。やすやすと譲り受けるわけにはいきません』


 そうグウェンの提案を断ったアレイアであったが、いつもとは違って返事まで若干間があったことから少々の葛藤があったらしい。『これは仮の身体なのですから、賜るにしてももっとちゃんとした身体の時の方が……』などとブツブツ呟く様子を、グウェンはニヤニヤとした笑みを浮かべながら眺めている。

 そしてそんな下僕二人の会話を拾ったセレスティナは、背後に並んでいる二人を振り返って首を傾げた。


『アレイアも剣が欲しいのでしょうか?』

『いえ、セラ! その、そういうわけでは……』


 途端、話を振られたアレイアが狼狽える。この小さな主に気を遣わせてはならないと自分を律する反面、騎士として剣を賜れる機会があるならば是非にという思いの間で揺れ動いているようで、視線をセレスティナとグウェンの間で行き来させたりと、普段の冷静な態度からは想像できない挙動不審ぶりを発揮していた。そしてその様子が愉快で堪らないと言わんばかりに笑いを堪えているグウェン。


『では、アレイアにも剣を作ってもらいましょう』


 そんな中でセレスティナは実にあっさりとした口調でそう告げた。これは忠実な下僕の葛藤を酌み取った……わけではない。彼女にとって自らの従える魂霊の願いならば、抱く使命の次には達成するべきことである。ただそれだけの、セレスティナにとっては当たり前の理屈ゆえであった。


『……身に余る光栄、ありがたく思います、セラ』


 そして剣を贈ることを約束されたアレイアは、束の間身を震わせると即座に忠義の姿勢を取った。突然その場に跪いた仮面を付けたローブ姿にルース達はおろか通りがかっただけの人間すら何事かと視線を向けてきたが、それを気にしたそぶりもない。


『アレイアにはいつも助けてもらっていますから、望みがあれば叶えるのが主の役目でしょう』

『仕える者として当然のことです。これからも賜る剣に恥じない働きを捧げます』

『まっこと、近衛殿はお堅いのぉ……まあ、そこが可愛らしいのだがの』


 美しき主従の絆を再確認する二人の傍ら、苦笑を隠しもしないグウェンがそう漏らした。特に後半の言葉はボソリと呟かれたために意識を逸らしていたアレイアの耳には入らなかったが、聞こえていれば確実にもう一悶着はあったことであろう。

 ちなみに、この間セレスティナ達は一門の言葉を交わしていたのだが、内容を理解できないことにメルフィエが戦々恐々といった顔を向けていた。何かしら恐ろしい企みでも話しているのではと気をもんでいたのだが、もしも聞き取ることができていたなら恐ろしく妙な顔になっていたことは間違いない。

 そんな風に比較的和やかな雰囲気で大通りを進む一行。しかし、彼らがギルドの前に差し掛かった時にその声が響いた。


「――おねがい、お母さんをたすけてっ!」


 聞こえてきたのは切羽詰まったような子供の懇願する声。それに反応してルースとセレスティナの二人が思わずといった様子で足を止め、声のした方を見やる。出所はおそらくギルドの中からであろう。


「……何かあったのかな」

「みたいねー。一応聞いとくけど、どうするつもり?」


 ポツリと呟かれたルースの言葉を、釣られるように立ち止まったライラが拾って悪戯っぽく笑いながら尋ねた。その口調からして、ライラ自身はルースがどうするつもりなのかをほぼ確信している様子であった。

 そしてルースは一拍を置いてライラの予想通りの言葉を発する。


「……少し、様子を見に行きたいな。セラ、少し寄り道になるけど、いいかな?」


 あくまでもセレスティナの街案内の途中であることを念頭に置いているルースは律儀に許可を求めた。これでセレスティナが拒否するようであれば案内の方を優先したことだろうが、当のセレスティナもたった今聞こえた声が気にかかっていた。


「だいじょうぶです。わたしも、きになります」

「ありがとう。じゃあ、少しギルドに寄っていこう」


 そうしてギルドへ足を向けるルースと、それにトコトコと付いていくセレスティナ。主が意志を示せば下僕(ゾンビ)二人に否応があるはずもなく、ライラは当然のように、メルフィエも仕方がないとばかりに首を振りながら彼女達のリーダーに続いた。

 そしてギルドの扉をくぐった一行が目にしたのは、先ほど別れたばかりのノルドと彼の足に必死の形相ですがりつく、セレスティナよりも幼い男の子の姿であった。小さな身体で決して離すまいといった様子ですがりつく幼子にその場を動けない様子のノルドであったが、かと言って邪魔だからと邪険に扱うわけにもいかず、周りにイル仲間共々心底困り果てたような顔をしていた。


「ノルドさん、いったいどうしたんですか?」

「おお、ルース。ってことは……ああ、セラ嬢ちゃん、ちょうどいいところに!」


 外まで響いてきた幼い声の元と思われる男の子を見てルースが声をかければ、彼に気づいたノルドはその後ろに付いてきていたセレスティナを見て一筋の光明を見出したかのように顔をほころばせた。それに対して喜ばれた理由のわからないセレスティナはコテンと首を傾げる。


「わたしですか?」

「ああ。昨日まで根を詰めてたことはわかってるんだが、良ければまた治療してやってくれないか? 代金はオレが払おう」


 そうノルドに懇願されて己に何を求められているのかなんとなく理解したセレスティナがさらに深く首を傾げる。


「あたらしいからだを、つくるのですか? だれにつくるのですか?」


 昨日までやっていた治療といえば四肢等の欠損の修復であるが、しかしながら現状セレスティナから見える範囲には身体を欠損している様子の人間は見あたらない。今ある手足を切り落として新しいものにすげ替えるくらいなら容易いだろうが、それはさすがに治療とは言わないであろう。


「ああ、いや、手足をなくしたとかいうわけじゃなくてだな……どうもこの子の母親が魔力漏出症になったらしくてな。セラ嬢ちゃんならなんとかできるんじゃないかって思ったんだが――」

「おねえちゃん、お母さんをなおせるの!?」


 そんなノルドの話を聞いた男の子がパッと顔をセレスティナに向けると、次の瞬間ノルドの足を離して必死な様子で飛びついていく。そんな幼子が相手でも例によって容赦なくインターセプトに入ろうとしたアレイアであったが、さすがに大人げないだろうと判断したグウェンが呆れ顔で引き止めていた。


「おねがい、おねえちゃん! お母さんをたすけてっ!」

「えっと……」


 年の割に小柄な自身の、さらに胸元にようやく頭が来るような小さな男の子に縋り付かれたセレスティナは、困ったような表情を浮かべるとひとまずノルドへと疑問を投げかけた。


「ノルドさん、まりょく、ろうしゅつ、しょう、とはなんですか?」

「ああ、セラ嬢ちゃんは魔術師だから知らないか。元々の魔力が少ない人間がかかる病気の一種で……詳しい理屈はオレも知らないんだが、とにかく魔力を溜め込む器に穴が空いて四六時中魔力が漏れちまうらしいんだ」


 この世界の生物は生命維持にある程度の魔力を必要としており、その身にある器に生み出した魔力を溜めては必要に応じて消費して生きている。その余剰魔力が多ければ別のこと――例えば魔術の行使であったり――に使えたりするのだが、何らかの原因でその器に損傷が発生し、溜め込むはずの魔力が常に流出してしまう状態になるのが『魔力漏出症』という疾患であった。


「びょうき、ですか……」


 そしてそれを聞いたセレスティナはますます困った表情になると、そのまま今にも泣き出しそうな男の子と顔を合わせてはっきりと告げた。


「ごめんなさい。わたしはびょうきは、なおせません」

「ええっ!? そんな……」


 男の子の顔が絶望に染まり、その目に見る見るうちに涙が盛り上がってくる。


「あー……セラ嬢ちゃん、こう聞くのもなんだが……その、どうしようもないのか?」

「こんれいじゅつでは、なおせるのは、からだだけです。びょうきは、なおせません」


 しまったと言いたげな顔で念を押すように尋ねるノルドであったが、心底申し訳なさそうにしつつもセレスティナはもう一度はっきりと告げた。

 実際問題、魂霊術で行うのは『治療』ではなく『修復』である。欠損を代替物で補うことはできても、弱った部位を癒すことは不得手としている。それで無理にでも治すとすれば、弱った部位そのものを取り除いて代替物と入れ替えるという荒療治になってしまうのであった。


「でも、びょうきなら、くすりでなおせないのですか?」


 その代わりと言うべきか、魂霊術師(ネクロマンサー)達は病気の予防には常に気を遣い、それでも患ってしまった場合に備えて一定の薬学を修めていたりする。要は『魔術で治せないなら薬で治せばいい』ということであり、一般的な病気への対処法から考えてもセレスティナの疑問は当然のものであった。

 しかしながら問われたノルドは首を横に振った。


「魔力漏出症に効く薬があるって話は聞いたことがない。そもそも安静にしておけば長くても半年くらいで治る病気なんだ」


 魔力が流出してしまうからと言って、それがすぐに死へ繋がるわけではない。魔力漏出症を患った者は余剰の魔力がなくなるためひどく衰弱して寝たきりにはなるが、生命維持に必要な最低限の魔力は最優先で消費されるため、おとなしくしていれば早くて一月、遅くとも半年程度で快復してしまうのであった。そういった特徴が知られているため、寝たきりになる期間を無事に乗り切ることが一般的な対処法であり、たいていはそれで事が済むため積極的に薬や治療法が研究されることはなかった。

 ただし、発症期間中はろくに動くことができないため働くことなどできないし、普段の生活も介護が必要になってくる。ゆえに生活に余裕のない貧困層の人間にとっては命に関わる病になりうるのであった。仮に薬や治療法があったとしても、貧困層の人間にはおいそれと手出しできない値が付くことになり、結果は変わらない。

 そのことを知っているルースは男の子の身なりを注意深く見てみたが、着ている物は街で見かける普通の子供達と大差はない。少なくとも襤褸を纏わなければならないような困窮した暮らしをしているわけではないだろう。


「……君、病気になったのはお母さんなんだね? お父さんは?」

「……おしごと。お母さんのぶんも、はたらかなきゃって」

「お父さんのお仕事はわかるかな?」

「……ごはん屋さん」


 残る問題は親が魔力漏出症にかかった母親しかいない場合だったが、ルースが尋ねると今にもこぼれ落ちそうなほどの涙を浮かべる当人の口から杞憂であったことが確認された。それも父親の方は伴侶の病気に理解があるようで、冒険者のような明日も知れないような仕事をしているわけでもない。

 ひとまずは大丈夫そうだと判断したルースは胸をなで下ろし、同時にこれ以上自分にできることがないことに無力感を抱いた。

 いくら大丈夫だと頭で理解していようと、親しい相手が衰弱している姿を見ればたいていの人間は平静ではいられないだろう。ましてやそれが年端のいかぬ子供で、苦しんでいるのが実の母親となれば不安に押し潰されそうになっても仕方がない。だからこそたった一人で荒くれの集まるギルドにやってきて、母親を助けてほしいと訴えたのだろう。

 けれど、自分達ではこの幼子に何もしてあげることができない。つい先日かけがえのない仲間を失ったばかりのルースには、その事実が胸に突き刺さるようであった。それは同じ経験を持ったライラやメルフィエも感じたことであり、ノルドとその仲間、一部始終を見ていたギルドの職員や居合わせた冒険者にもどこか重苦しい空気が漂っていた。


「そうですか。では、いきましょう」


 そんな中、舌っ足らずな少女のまるで気負いのない言葉が凛と響いた。

 誰もがキョトンと呆けた顔をさらすのを気にも留めず、さも当然のように男の子の手を引いて踵を返したセレスティナを見て、我に返ったルースが慌てて声をかける。


「ま、待ってくれセラ! 行くって、どこへ行くつもりだい?」


 そうして呼び止められたセレスティナは一度立ち止まって振り返ると、なぜそんなことを聞かれたのかと不思議そうに小首を傾げながら、なんでもない風に言った。


「パヴェリアさまは、おくすりにもくわしい、ようでした。なにかおしえてくれるかも、しれません」



 どうやら新しい剣はお預けになりそうです。

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