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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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装備を調えよう6

「あはは……え、えーっと、じゃあ昼はどこかの屋台で頼もうか?」

「……はい、おねがいします」


 そんなやりとりを見てなんとも言えない顔をしつつもルースが聞けば、消え入りそうな声ながらもそうセレスティナが返したことで昼食をどうするかが決定した。

 それからは大通りに軒を連ねるいくつかの屋台を見て回ったのだが、扱う商品の数に次々と目移りしてセレスティナはなかなか決められないでいた。

 それを見かねたライラが「おすすめを買って来てあげるわ!」と名乗り出て、あっという間に駆け去っていった。誰もが引き留める暇もなく、かと言ってそのまま移動してしまうのもはばかられた一行は道の端にあるベンチで待つことにする。


「――はい、お待たせセラちゃん! アタシの一押しだよ!」


 しばらくして、行きと同じ勢いで駆け戻ってきたライラがベンチに腰掛けたセレスティナに差し出したのは、細切れにしてタレに絡めた肉と細切りの野菜を薄くのばして焼いたパン生地でくるんだ包み焼きの一種で、ほかほかとできたてを表す湯気と食欲をそそる香りが立ち上っている。

 それを受けてアレイアが代金を渡そうとするのをライラが驕りだと突っぱね、包み焼きをセレスティナの手に握らせた。しかしセレスティナは礼を言って受け取ったものの、それ以外に何も手渡されなかったため戸惑いを浮かべながらライラに尋ねる。


「……ライラさん、これはどうやって、たべるのですか?」

「ん? 故郷でもこういう食べ物はなかったの?」

「はい」

「……いつもなら『育ちがいいねー』って言ってるところだけど、本当に謎な感じがするわね、セラちゃんの故郷……じゃあお姉さんがお手本を見せてあげるわ」


 そう言ってライラは一緒に勝ってきていた自分の分の包み焼きに大きく口を開いてかぶりついた。そのままモシャモシャと咀嚼し、ゴクリと飲み込んでから悪戯っぽく笑う。


「こんな感じで直接ガブリとやるのよ。恥ずかしがらないのがコツね」

「そうなんですか……」


 口の端に付いたタレがキラリと光る笑顔に感服したような目を向けるセレスティナ。その目がライラから同じ物を渡されていたルースとメルフィエ――蛇足だが、こちらはそれぞれ代金を徴収されている――を行き来し、方や冒険者らしく景気よく、方や口元を隠しながらと、所作は違えど同じように直接かぶりついているのを認めると、少しの間包み焼きをじっと見つめた後で一世一代の決心でもしたかのような表情になる。

 そしてその小さな口を精一杯開くと、弾みを付けてかぶりついた。勢いのあまりタレが跳ねて具材が少し飛び散り、それが目に入りかけて反射的に閉じるセレスティナ。だが一方で口の中にはしっかりと包み焼きが押し込まれており、少し躊躇いながらも口にした分を噛み切ると顔を上げてムグムグと咀嚼を始める。

 広がる芳醇な味を堪能しつつ、適度なところで飲み込んだセレスティナは、閉じっぱなしだった目をゆっくり開いて様子を見守っていたライラを見ると、口元に少量タレを付けた顔をニコリと笑みの形にした。


「おいしいです、ライラさん」

「くはっ!」


 少し間の抜けた笑顔に被弾したライラがクラリとよろける間に、取り出した布巾で口元のタレをさっとぬぐい取るアレイア。


「あ……ありがとうございます、アレイア」

「お気になさらず、セラ。外の世界ではこういった料理を食べる機会も多いでしょうし、慣れておいて損はないでしょう」

「わかりました、がんばります」


 そんなやりとりを交わしながらも初体験の買い食いを進めていくセレスティナ。一足先に食べ終えたルース達は、慣れないながらも一生懸命に包み焼きを頬張るセレスティナの様子を微笑ましげに見守る。


「お、ルースじゃ――ああ、セラ嬢ちゃん!」


 そんな穏やかな雰囲気に、不意に野太い歓声が響いた。名前を呼ばれた当人達が声の元を振り返れば、魂霊術による欠損再生の被施術者第一号であるノルドが満面に笑みを浮かべながら歩み寄ってきていた。


「ああ、ノルドさん。確か昨日は慣しに手近な魔物を狩りに行くって言ってましたけど、もう戻ったんですか?」

「あいにくこれからだ。朝は念のため最終確認と準備に費やしてな。万が一でもせっかくもらった新しい手をまたなくしたくはないからな」


 ちょうど包み焼きを頬張ったところだったセレスティナが大急ぎで飲み込もうとし始めた様子を、目の端でチラリと確認したルースが時間を稼ぐかのように世間話を振り、同じものを見たノルドもその意図を酌み取って話を合わせる。


「そう言えばこうやってゆっくり話せるのも久しぶりですね。聞きましたよ。岩鎧熊(ゴルガブスス)相手に活躍したんですよね」

「活躍なんてほどでもないさ。あの場にいた連中が死力を尽くしてくれたおかげでどうにかこうにかなっただけだ。まあ、その中でドジ踏んだって意味じゃ話題になったかもしれんがな」

「ブルートが言ってましたよ、『オレが命拾いしたのはノルドさんが庇ってくれたおかげだ』って」

「冒険者なんだ。仲間を庇うのは当然だろう」

「それを当然だって言い切れるノルドさんのこと、本当に尊敬しますよ」

「抜かせ。お前も似たようなクチじゃないか、この天然タラシ男が」

「いや、本当になんなんですか、その天然タラシ男って……」

「自覚がないところが本当に重傷だよ、お前」


 ルースとノルドがお互い苦笑気味にやりとりを交わす横で、慌てすぎて喉を詰まらせたのか顔色を青くするセレスティナの背を大慌てでアレイアが叩いていた。ライラは鬼気迫る形相で手近な屋台から問答無用でコップを借り受け、そこへメルフィエが呆れ混じりに魔導言語を唱えて水を注ぐと、珍しくオロオロとしているグウェンを突き飛ばしたライラがコップの水をやや強引にセレスティナに飲ませる。

 流れ的に一連の騒動から目を逸らしていた二人だったが、さすがに見て見ぬふりもできなくなってきたところでようやく飲み下すことができたセレスティナ。荒いながらも正常な呼吸を取り戻し、それを見て周りの人間もホッと胸をなで下ろすことができた。


「――こほっ。こ、こんにちは、ノルドさん」

「……あー、すまんなセラ嬢ちゃん。そんな焦らす気はなかったんだが」

「いいえ、だいじょうぶです。きにしないで、ください」


 自らの醜態に頬を染めながらもなんとか取り澄まして挨拶を返したセレスティナに、実に申し訳なさそうに視線を逸らして謝罪するノルド。ちなみに、不用意に声をかけてセレスティナを危険にさらしたということでかアレイアから尋常でない殺気が吹き出しかけていたのだが、それよりも早く小さな主人からお咎めなしの言葉が発せられたために辛くも押さえられていりする。


「ところで、なにか、ごようでしょうか?」

「いや、用ってほどじゃないんだが、出がけにたまたま見かけたから改めてこの手の礼をって思ってな」


 改めて首を傾げながら尋ねるセレスティナに、新たに得た自らの右手を軽く叩いて示しながら答えるノルド。


「ここ数日は感覚を確かめてたんだが、どうも前より力が入るようになってるからな。これはセラ嬢ちゃんのおかげだろ?」

「はい。まもののにくを、つかいましたから」


 魂霊術による肉体の再構築は代替物さえあれば比較的容易だが、その質は消費した材料に大きく左右される。簡単に言えば土で作った肉体は土の強度しか持たず、石で作った肉体は相応の硬度と重量を備えるのだ。それが生身の場合、通常の生物よりも遙かに運動能力や耐久度の高い魔物の肉や骨を使えば、人並み外れた能力を手にすることは道理である。


「よくなかったですか?」

「そんなことはないさ。利き手が戻ったってだけでもありがたいのに、前よりも力が増してるんだ。セラ嬢ちゃんには感謝してもしきれねぇ。本当にありがとう」

「そうですか。それなら、よかったです」


 セレスティナが少し心配そうに聞いたところでノルドはグッと頭を下げて言葉通りの感謝を態度で示し、それで安心したセレスティナは再び顔いっぱいの笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、邪魔するのもなんだしオレはそろそろ行くとするか。セラ嬢ちゃん、前も言ったが何かあれば遠慮なく声をかけてくれ。一も二もなく駆けつけるからな」

「はい。また、おあいしましょう」


 そう言って不敵な笑みを浮かべて立ち去るノルドを、こちらは向くな笑顔で見送るセレスティナ。


「――ところでセラ、食べ終わったらどこか行きたいところはまだあるかい?」


 そうして意気揚々とした様子でノルドが立ち去っていくのを見送っていたルースが思い出したように尋ねた。対して問われたセレスティナは少し考えて特にどうすればいいかがわからないことを確認し、そんな小さな主人から戸惑った目を向けられたアレイアが素早く現状を思い返して代わりに答えを返す。


「装備の充実に関しては、後は旅に必要な資材を見繕う必要があります。しかしながらしばらくはこの街を拠点とすることになると思われますので、早急にというほどでもないでしょう。セラには何か希望はありますか?」

「えっと……まだ、よくわからないです」

「それなら、この後は少し鍛冶屋に寄っていいかな? ちょうど今日、新しい剣が打ち上がる予定なんだ」


 二人からの回答を得たルースは我が意を得たりとばかりに身を乗り出した。今日の彼は普段着の軽装に剣を吊るしてはいるが、実のところこの剣は代替品の借り物であった。元々の愛剣は影皇豹(アルモパゥル)にへし折られてしまったため、懇意の鍛冶屋に打ち直しを依頼しており、その完成を予告されていたのがちょうど今日なのであった。


「かじや……ですか?」

「ああ、剣や鎧を作ってくれる店のことなんだが……そうだ、ついでにグウェンさんも剣を見繕ってみたらどうかな?」

『む、ワシの剣か?』


 新出単語に首を傾げるセレスティナへ簡単に説明していたところ、視界に立つグウェンを見て急に思いついたルースが声を上げた。


「聞いた限りじゃセラの故郷には鍛冶職人なんていなかったんだろう? グウェンさんはあれだけすごい剣士なんだ。せっかくだからいい剣を渡した方がもっと強くなれると思うんだ」

「グウェンがつよく、なるんですか?」


 ルースの主張に目を瞬かせるセレスティナ。彼女としては現状の自分ができる限りの最強の肉体を与えた下僕(ゾンビ)がそれ以上に強くなれると簡単に言われたため、正直なところ戸惑いの方が勝っていた。

 しかしながら今のところルースが嘘偽りを述べたこともなく、また自分が魔術師であり、魂霊本人の要望を聞いて理想の肉体を創り上げることはできても剣を振るっての戦いに関しては門外漢であることを自覚してもいたため、話題の元となった当人へと問いかけてみる。


『グウェン、ルースさんはあのようにおっしゃっていますけど、本当に剣を新しくするだけで強くなれるものなのでしょうか?』

『ふむ……武器に頼るは二流、ワシほどにもなればいかな剣とて名刀と化す――と言いたいところではありますが、最上を求めるのであればその若者の言うことも間違いではありませんな』


 故郷の言葉での問いかけに対してもたらされたグウェンの答えに首を傾げるセレスティナ。


『どういうことでしょうか?』

『ワシにかかればどのようなナマクラでも石を分かつ程度は容易いものですが、岩を両断するとなればまた話が変わってきますでの。ある程度は良い刃でなければ半ばで止まることでしょうな』

『……高度な術を使う際に、良い触媒を用いた方がより高い効果を得られるのと同じでしょうか?』


 少し考えたセレスティナが出した答えに破願するグウェン。


『さすがは(ひぃ)様! そのようなご理解でほぼ間違いないでしょうな』

『では、グウェンは新たな剣を望みますか?』

『お許し願えるならば是非にと言わせてもらいましょうぞ。姫様に頂いたこの剣も悪くはないのですが、生前に上を知る身からしては少々物足りなかったところですゆえに』

『わかりました、グウェンが望むならそうしましょう』「ルースさん。グウェンも、あたらしいけんが、ほしいといってます。かじやに、いきましょう」

「ああ、わかった! あそこの親方は腕もいいから、グウェンさんも期待しててくれ!」


 無事にセレスティナから承諾を得られて顔を輝かせるルース。なお、そんな彼にメルフィエが『余計なことを!』といわんばかりの表情で睨んでいることには気づいていない様子であった。



 慌てると食べ物も凶器と化す。その脅威には護衛すら役には立たない。

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