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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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装備を調えよう2

「それで、この子がライラちゃんの言うお客さんかしら?」

「え、ええそうよ、クリスティーナ」

「ふふ、いらっしゃい。どんな服がお望みなのかしら?」


 取り繕うようにライラへと尋ねた人物――クリスティーナは非常に形容に困る笑顔を浮かべ、おまけとばかりにバチリとウィンクを一つ。メルフィエがふらりと倒れかけながらもあわやというところでなんとか踏みとどまり、アレイアはその姿を主に見せまいと身体を張って防壁とする。

 しかしながらそんな周りの反応を不思議そうに見ていたセレスティナは、器用にアレイアの防壁を避けてクリスティーナに視線を合わせると、わずかも顔色を変えることなく、むしろいつものように笑顔すら浮かべて言葉を発した。


「あらためて、はじめまして、です。セレスティナといいます」

「あらヤダ、名乗りもしてないなんてホントうっかりだわ。アタシはクリスティーナ。この店の店主よ。セラちゃんって呼んでもいいかしら?」

「だいじょうぶです。ここは、ふくをつくってもらえるばしょだと、ききました」

「ええ、そうよ。服屋って初めてなのかしら?」

「はい、はじめてです」

「そうなのね、今時珍しいわ。服屋っていうのは、人より上手く服を作れる人が、その人にピッタリな服を作ってあげるのがお仕事なの。特にアタシは冒険者をやってるような女の子達のために、荒っぽい仕事の中でも女らしさを忘れないようなオシャレを提供するのが生きがいなのよ。自分で言うのも何だけど、腕は確かな方よ?」


 そう、しなを作って言いながらまたバチリとウィンクをよこすクリスティーナ。そこでとうとう耐えきれなくなったのか、焦点を無くした目でその場で崩れ落ちたメルフィエと、それを慌てて支えるライラ。

 だが実際、インパクトのありすぎる見た目を乗り越えてしまえばクリスティーナの裁縫技術は確かなものであった。それは店内に並べられている品を見れば明らかであり、さらには本人の自負の通りに光るセンスも持ち合わせている。

 従来冒険者という人種は、その性質上着用する者は機能性と快適さを最優先としてきた。加えて防具の一つと見る面もあり、魔物の革を加工した頑健な衣服のおかげで致命傷を免れたという話もよく聞く。

 しかしながら『頑丈な素材』ということは同時に『加工の難しい素材』であり、必然として魔物の素材を用いた服は余計な装飾などが省かれた簡素な物となることがほとんどであり、それが常識であった。

 だがそこに異議を唱えたのが自称『乙女の味方』の漢女(おとめ)、クリスティーナであった。昨今では人口の増えつつある女性冒険者達が、命には代えられないと女を捨てざるを得ない現状を良しとせず、並々ならぬ情熱を傾けて実用性を損なわずに女性らしさを追求した、冒険者ファッションとでも言うべきジャンルを打ち立てたのであった。

 実のところ別な街に本拠地とも言える店を持っているのだが、より上質な魔物の素材を求めて数年前にここクランバートで新しく店を開いたのであった。

 時に自ら素材となる魔物を狩っている姿を見られているおかげで、その外見と相まって冒険者の間でも恐れられているクリスティーナ。しかしながらそのファッショナブルな作品を目にしたライラを初めとする女を捨てきれない女冒険者達からは、見かけに反して――あるいはその信条に則した美容に対する確かな見識も相まって根強い支持を受けているのである。クリスティーナのその見た目にも屈さない美容への情熱は実に驚異的だ。


「それで、今日はどんな服をお求めかしら? いくらでも要望に応えるわよ?」


 そう言って期待に満ち溢れた目を向けるクリスティーナだったが、対するセレスティナは少し困ったように眉をハの字にして正直に応えた。


「えっと……よくわかりません」


 ろくな縫製技術もなく、隔絶された環境で少ない資源をやりくりして暮らしてきた集落の出身である。しかも揃って魔術研究に生涯を捧げてきた一門に連なるセレスティナにとって服と言えば、ローブか寝間着の二択であった。実のところ今着ている旅装ですらローブの範疇から出ないような代物であるため、クランバートに来てからしばらくはルース達の着ているような普段着ですら物珍しい目で見ていたくらいである。

 外の世界に出たからにはなるべく外の世界の流儀に合わせるのがセレスティナ達の間で取り決められている方針だが、お洒落のイロハすらわからない彼女にとってどのような服を求めればいいのかは難題であった。

 だが幸いなことに、彼女にはある程度外の世界の知識を持ち合わせる忠実な下僕(ゾンビ)を多数抱えている。


「……当座のところ魔術師用のローブと普段着、下着とそれらの替えを適度に用意していただきたい」


 未だクリスティーナの外見に脅威を覚えているのか、色濃く警戒を残す硬い口調でそう告げる下僕代表のアレイア。しかしながらその態度にクリスティーナは気を悪くした様子もなく、むしろ目を輝かせて身を乗り出した。


「デザインについての要望はないの!? なら、アタシが好きに作っちゃうけどいいかしら!?」

「……では、主に似合うものをお願いいたします」


 硬いながらもアレイアが肯定した瞬間、クリスティーナが歓喜に吠えた。我を失いでもしたのか裏返らせることなく発せられた野太い文字通りの咆吼は店自体をビリビリと揺るがし、何があったのかと血相を変えて飛び込んできたルース越しに通りを行く人々がこの店を凝視しているのが見て取れる。


「服屋冥利に尽きるわ! ああ、今日はなんて良い日なのかしら! 理想を体現してくれている子に会えただけじゃなく、その子に着せる服を自由に作って良いなんて! ああダメ、試してみたいデザインが次から次へと……どうしましょう!」


 かろうじて裏声に戻ったクリスティーナが狂喜乱舞する様を直視してしまったルースが一瞬で硬直し、下手な威嚇よりも絶大な効果を発揮するだろう咆吼を聞いて咄嗟に身構えた下僕二人とさすがに腰が引けているライラ。メルフィエはとうの昔に意識を手放して床に転がる始末である。

 そんな混沌とした空間の中、どうやらクリスティーナが著しく喜んでいるらしいことを察したセレスティナは、唐突な咆吼に驚いてパチクリとさせていた目を元に戻すと、欠片も動じた様子を見せずににっこりと微笑んだ。


「よろこんでもらえたようで、わたしもうれしいです」

「当然よ! これで張り切らない方がどうかしてるわ! 早速だけど、採寸しちゃうからちょっとこっちに来てくれないかしら?」

「わかりました」

「いけません、セラ!」


 クリスティーナの要請に対して素直に頷いたセレスティナが進み出ようとしたが、慌てた様子のアレイアに遮られて不思議そうに忠実な下僕を見返した。


「どうしたんですか、アレイア?」

「これに近づくのは危険です。用件は伝え終えたのですし、速やかに立ち去るべきです」

「まあ! アタシが危険だなんて、か弱いオトメに向かって失礼しちゃうわ!」


 さすがにその言い分は聞きとがめたらしいクリスティーナが抗議するが、客観的に見て著しく説得力の欠ける主張を一瞥するだけで無視したアレイアはさらに言いつのろうとした、しかし、それよりも早くセレスティナが首を傾げながら言葉を放つ。


「アレイアとグウェンがいるのに、きけんなんですか?」


 いかなる災厄が降りかかろうとも、二人がいる限り自身に被害は及ばないというある種の自信であり、同時に忠実な下僕達に対する絶対の信頼を表す小さな主の一言でアレイアは押し黙った。彼女にしてみれば見るからに奇人変人のたぐいに分類されそうな人物にセレスティナを近づけたくはないのだが、かと言って危険だと押し切ってしまえば『敬愛する主人の信頼に報いることができない』と認めるも同義であり、内心身に余る光栄で歓喜に震えつつも葛藤に陥いる。

 そんなアレイアの肩にポンと手を置くグウェン。


〈のぅ近衛殿、ここは(ひぃ)様の信に応えるが良き臣下と思わんかね?〉

〈……ええ、わかっていますとも、翁〉


 ついでとばかりに接触部分を介して行われた『魂語り』で短く密かにやりとりをかわすと、極めて自然な所作で膝を着き騎士の礼を取るアレイア。


「いいえ。全てセラの思し召しのままに」

「はい、わかりました」


 唐突に行われた演劇の中のような光景に周囲が目を丸くする中、アレイアが納得してくれたことに満足げな笑みを浮かべながらあらためてクリスティーナの前に出るセレスティナ。


「よろしくおねがいします」


 そしてにっこりと笑顔を向けられたクリスティーナはハッと我に返ると、こちらも満面に笑みを浮かべてポケットから巻き尺を取り出した。


「ええ、任せてちょうだい! ぱぱっと測っちゃうわね!」


 そしてその場で言葉通りに素早く、しかし確かな動きでセレスティナの各部の寸法を測っていく。その目はすでに職人のそれへと変じており、先ほどまでと同一の人物だとは信じがたいほどの真剣さを放っていた。セレスティナも時折出される指示の通りに腕を上げたり腰掛けたりとしながら、クリスティーナの作業を興味深そうに見守る。

 やがて何事もなく採寸を終え、計測結果を帳面に書き付けて満足げに頷いたクリスティーナは次にアレイアとグウェンを見やった。


「さて、そっちのお二人さんも測っちゃうわね」

「……いえ、我々は結構」


 その言葉に虚を突かれた様子で返答したアレイアだったが、それに対してクリスティーナはやれやれとでも言いたげに両手を広げて見せた。


「アナタたち、見たところセラちゃんの従者か何かなんでしょう? ダメよ、そういう立場なら自分たちも服に気を遣わなくっちゃ。自分の従者に服も満足に用意できないような主人だって侮られる原因になっちゃうわよ?」


 もっともな言い分に反論を封じられたアレイアは、グウェン共々クリスティーナに隅から隅まで採寸されることとなった。グウェンは男性の身体ではあるが、男物も問題なく仕立てられるとの申し出によってそのままクリスティーナが請け負う。

 途中、グウェンの採寸中に「いいわぁ……アナタの身体、とってもいいわぁ……」とどこか恍惚とした様子で熱い視線を注がれ、当のグウェンが思わず表情を引きつらせるといった場面がありはしたものの、無事に全員の採寸が終わった。ちなみにクリスティーナの発言が純粋に剣士として理想と言ってもいい体つきに対してのものなのか、それとも……と言った考察は、当事者の精神安定を考慮して深くなされることはなかったことを記しておく。


「期待しててちょうだいね、セラちゃん! アタシ、腕によりをかけて最高の服を用意してみせるから!」

「はい、たのしみにしています」


 様々なことが書き込まれた帳面を片手にするクリスティーナに見送られ、セレスティナ達は《クリスティーナの冒険ブティック》を後にした。倒れたメルフィエはライラの常備していた気付け薬を嗅がされてどうにか意識を取り戻し、すでに支障なく歩きながらも頑なに後ろを振り返るまいとしている。


「――それで、次はどこに行こうか?」

「では、魔術に関する触媒や道具類を扱っている場所をお願いします」


 気を持ち直したルースが聞けば即座にそう答えるアレイア。今は廃れた魂霊術師(ネクロマンサー)とはいえ、根源的には魔術の一つである。セレスティナはほとんどの魂霊術を身一つで行使できるほどには修めているものの、適切な触媒や道具を用いれば負担が軽くなったり、あるいは術の効果をより高めることもできる。

 加えて魂霊術師の一門(グルーツェンラッド)が世界と隔絶されてから三百年が経っているのだ。当時は存在しなかった道具やより効能の高い触媒が店に並んでいたとしても何ら不思議はない。それらを合わせて考えれば、彼女達にとってかなり優先度の高い案件であった。


「それなら詳しいのはメルだな。どうだ?」

「……ええ、わたしの利用するお店をいくつか案内しましょう」


 ルースの確認に一瞬言いよどんだメルフィエ。一魔術師としてなぜそういった物資を必要とするかを熟知していた彼女は、未だ驚異と見なしているセレスティナがより力を持つことになるのを危惧したのだ。しかしながら例えここで断ったところで遅かれ早かれ辿り着くであろうことを考えれば、まだ自身の目で行動を監視しておく方が良いと判断して肯定を返したのだった。


「――それにしてもすごいわね、セラちゃん」

「? なにがですか?」


 メルフィエの案内に従う道すがら、どこかしみじみとした様子で呟かれたライラの言葉にセレスティナが首を傾げる。


「いやね、クリスティーナってあんな格好でしょ? そのせいで初対面の相手にはたいてい怖がられるってぼやいてたこともあったんだけど、セラちゃんは全然そういうのがなかったから」


 内心では『気にするならせめてらしい服を着ればいいのにねー』などと考えながら言ったライラであったが、対するセレスティナはキョトンとした表情で首を傾げた。


「なにか、こわいかっこうなのですか?」


 それを聞いたライラはもちろん、聞くともなしに聞いてしまったルースとメルフィエも揃って足が止まるほどに絶句し、下僕二人はなんとも言い難い表情でお互いに顔を見合わせた。

 先に述べたとおり、セレスティナにとって衣服はローブと寝間着の二択であり、例えクランバートでは一般的な服装であったとしても彼女にとっては全てが目新しいものだ。逆に言えば形状による男物と女物の区別など付くはずもなく、クリスティーナのように筋骨隆々な偉丈夫が、特別にあつらえられているとはいえ、女物の衣服を身につけていることすら『そういうもの』だと素直に受け止めてしまっていた。

 蛇足ではあるが、集落でもやはり男物と女物の区別自体はあった。しかしそれもローブに施された刺繍の図柄によって判断されていたため、そもそも形状による区別という発想がなかったりする。さらには冒険者としてギルドに出入りしていた男性魔術師がたしなみとしてローブを身につけているのを目撃していたため、『外の世界でも男性が裾の長い服を着ている』という認識があったのも原因の一つであろう。


 世間知らずって、一周まわるとある意味最強だと思います。

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