表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
13/33

街へ行こう7

 とうとう来ましたこの季節。杉は滅びればいいのに!

「――できました。うごかせますか?」


 一息ついて緊張を解いたセレスティナの無垢な声が無音となったギルドの中に澄み渡ると、あちこちから息を呑む音が聞こえてくる。

 そして当のノルドは夢でも見るかのように失ったはずの手をマジマジと見据え、緊張からゴクリと喉を鳴らすと、ようやくアレイアの拘束から解放された腕を引き寄せて、おそるおそる力を込めていった。

 人差し指――ピクリと動く。慎重に曲げ伸ばしを試みれば、ノルドの意志に応じてゆっくりと、しかし確かに動いた。

 中指、薬指、小指、親指――動く。手首――動く、捻れる。軽く握り、素早く開き、拳を作り、また開いて手首を振る。前後、左右、回して一周、逆に一周。

 何度も何度も確かめ、その度に彼が思った通りに動く新たな右手。


「……動く。動かせるぞ!!」


 呆然としたのはわずか。ノルドはこみ上げる歓喜のままに椅子を蹴飛ばして立ち上がり、握りしめた右の拳を高々と掲げながら大音声に叫んでいた。

 一拍の間を挟み、次の瞬間割れんばかりの大歓声が轟いた。それに驚いたセレスティナが小さく悲鳴を漏らして椅子の上でバランスを崩し、転がり落ちそうになったところですでに剣を収めていたグウェンに支えられて事なきを得た。


「奇跡だ! こんな、こんな――ああ、ありがとう!!」

「よかったです」


 目に涙すら浮かべながら、ノルドはセレスティナの手を取り感極まった様子で礼を述べる。当のセレスティナも自分がちゃんと役に立てたことを純粋に喜んでいた。しかしながら術を施した者としての忠告は忘れない。


「あたらしいては、ひだりてを、まねしました。にくとほねも、まもののものだから、つよくなってます。まえとはちがうので、きをつけてください」

「ああ、わかった! ありがとう、ありがとう!」


 しかしながら歓喜にうちふるえているノルドにそれが届いたかどうかは怪しいところだった。セレスティナは少し困ったように眉をハの字にしたが、とにかく『わかった』という言葉は聞こえたし、本当に理解していなくともその時改めて伝えればいいだろうと考えて笑顔に戻った。

 ちょうどその時、ベリオルズを伴ったルース達が戻ってきた。彼らは降りて来るなり祭もかくやと言う大騒ぎに直面して目を白黒とさせ、真っ先に我に返ったベリオルズが近くにいた受付嬢を問いただした。


「おい、こりゃいったい何の騒ぎだ?」

「ギルド長! すごいんです! ノルドさんの手が黒い塊からできて!」

「待て待て、落ち着け」


 興奮冷めやらぬ様子の受付嬢をなんとかなだめて一部始終を聞き出すベリオルズとルース達。そんな中、渦中のノルドはようやく落ち着いてきたらしく、真剣な表情で笑顔のセレスティナを見据えた。


「お嬢ちゃん、あんたはオレの恩人だ。なんてったって、これで冒険者から足を洗わずにすむんだ。この恩をどう返したらいい?」

「えっと……」

『……セラ、彼はぜひとも何かお礼がしたいそうです』


『恩を返す』という言い回しの意味がわからず首を傾げたセレスティナにアレイアがあえて一門の言葉で補足を加えれば、理解したからこそむしろキョトンとした表情になっていっそう首を傾げた。


『わざわざお礼をもらうことほどのことでもないでしょう?』


 アレイアに合わせて一門の言葉に戻して言ったセレスティナ。彼女の故郷は住人全員がもれなく魂霊術師(ネクロマンサー)である。加えて危険の蔓延る魔境の奥地であり、ある程度魂霊術を修めた人間ならば誰もが打撲切り傷を治療する感覚で身体欠損を修復してしまえる。そのため言葉以上の感謝を表すことがまずないのだ。セレスティナも修復を行うこと自体に緊張は伴うものの、それは生者が相手なら適切な処置を施さなければならないという気負いからくるもの。手段自体は非常に慣れ親しんだものであり、彼女が実に気軽に欠損の修復を申し出たのもその感覚があったからである。

 しかしながら、それを聞いたアレイアはゆっくり首を振りながら改めてやんわりとセレスティナを諭した。


『先ほども申し上げたとおり、外の世界では欠損した身体の修復は非常に難しいのです。そうですね、例えばですが――セラが先ほど召し上がっていたスープがありますね?』

『はい、今まで食べたことがないほど、とても美味しかったです』

『ではそのスープを集落で食べることができるとしたら、対価として何が必要になると思いますか?』

『そうですね……一族の秘術を一つ二つ公開しなければならないと思います』


 問いかけに少し考えてから答えるセレスティナに対し、アレイアは我が意を得たりとばかりに頷いた。


『おそらくはそうなるでしょう。ですが、このスープは外の世界では銅貨――儀式部屋の清掃程度の価値です』

『ええっ!?』


アレイアから告げられた事実に対してまん丸に目を見開くセレスティナ。ちなみに彼女の故郷は閉じられた集落のため貨幣が存在せず、代わりになにかの価値に対して魔術研究の情報や、研究に対する補助などの労力といったものが提示される。

 その中でセレスティナが述べた『一族の秘術の公開』は最上級の対価であり、一般的な価値観に合わせるなら最高額の貨幣数十枚といったところだろう。ろくな食べ物のない魂霊術師の集落では、質より量のごった煮スープがとんでもない価値になってしまうのだ。

 一方でアレイアの述べた『儀式部屋の清掃』は魂霊術を学び始めた幼子がまず課される仕事――つまりは子供のお手伝いだ。一般的に言えばそれこそ子供の小遣い程度である。実際のスープの値段としては少々極端に過ぎるのだが、『最も安い』という意味合いではあながち間違いではない。


『このように、同じものでも一門の中と外では大いに隔たりがあるものなのです。欠損の修復ならば逆に外の世界では対価を秘術の公開と同等にするのが適切でしょう』

『そ、そうなのですか……』


 予想外のカルチャーショックに半ば呆然とするセレスティナ。そしてここぞとばかりにアレイアはたたみかける。


『ですので、遠慮すればかえって失礼になることでしょう。ここはセラが最も欲するものを要求すれば良いかと』


 それを聞いたセレスティナはハッと我に返った。遙か昔とはいえ、元々は外の世界で暮らしていたアレイアの言うことである。少なくとも一門の集落しか知らない自身よりは詳しい相手の言い分は聞くに値するし、彼女がセレスティナに不利益をもたらすはずがない。

 全幅の信頼を寄せる下僕(ゾンビ)の言葉を信じたセレスティナは、今自分が何を最も必要としているかを思い返した。しかしながら、そう考えるほどのことでもない。


『……アレイア、外の言葉で下僕(ゾンビ)はなんと言うのですか?』

『「お友達」が適当かと』


 主人の問いかけにしれっと即答するアレイア。直訳するならばもっとふさわしい言葉はあるだろうが、ことセレスティナに限ってはこの訳し方がある意味正しい。

 そして信頼する下僕の言葉を鵜呑みにしたセレスティナは頷くと、突然聞いたことのない言語でやりとりしだした二人に目を白黒させていたノルドに向き直り、言葉に緊張を滲ませながら切り出した。


「では、おれいに、おともだちに、なってください!」

「……え?」


 そしてセレスティアに要求を告げられたノルドは目を点にした。人生を左右する恩に対しての要求にしては意外に過ぎるのだから無理もない。それ以前に成人にも満たない可憐な少女が四十路間近のむさ苦しい男に向かって『友人になって欲しい』など前代未聞だろう。一歩間違えれば変態の烙印を押されること間違いなしの事態である。

 一般的に見れば当然であろうノルドの絶句を、しかしながら当のセレスティナは別の意味に捉えて表情を曇らせた。


「……だめ、ですか?」

「――い、いや! そんなことはないぞ! 喜んで友人になろう!」


 彼女にとって普段は魂霊相手に未練を晴らす代わりに願うことである。たかが新しく手を作る程度の対価にはやはり大きすぎただろうかと不安になっていたのだが、そんな見るからに悲しげなセレスティナの表情を見て我に返ったノルドは慌てて否定した。彼にとってすでにセレスティナは恩人だ。その願いを無下にする選択肢など端からない。いくらその内容が端から見てこっ恥ずかしいもので、後で周りの人間から色々言われるであろうことでも、それくらいは甘んじて受ける覚悟を決める。


「ただ、それだけだとオレの気持ちが済まない。何か他にないか?」

「では、今回の治療に対して料金をお支払いください」


 しかしながらさすがに『お友達になる』程度ではノルドの価値観からすれば明らかに安すぎるために重ねて聞けば、その反応を予測していたアレイアは世間知らずな主人が何か言う前に割り込んで答えた。


「なにぶん、路銀に乏しい身ですので、現金を提供していただければ我々としても非常に助かります」

「おお、そう言うことなら喜んで払うぜ! いくらだ?」


 慣れ親しんだ最もわかりやすい価値観で対価を求められたノルドはいくらか安堵した様子で聞き返したが、それに対してアレイアは朗らかにも聞こえる声でこう言った。


「では、あなたが今回の治療に対して適正だと考える金額を頂ければと」


 暗に『いくら払うかはあなたが決めてください』と言われ、戸惑いながらも考え込むノルド。アレイアがそんな突拍子もないことを言い出したのは、現代で流通する貨幣の価値がわからなかったから――ではない。その辺りのことは基礎知識としてガウルを問い詰めて――もとい確認してある程度は把握していた。

 にもかかわらず試すようなことを言う理由は単純。敬愛すべき小さな主の外の世界で初の友人(ゾンビ)として――本当ならば同年代の少女が望ましかったが、この際贅沢は言っていられない――好ましい相手であるかを見定めるためであった。

 そして当のノルドはというと、要求した以上の対価を払おうとしている状況に首を傾げるセレスティナにアレイアがその程度では釣り合わないと相手が考えているいうことを説明している間、提示された条件に対して真剣に考え込んでいた。

 やがてセレスティナが納得した頃、おもむろに懐に手を入れたノルドが自らの巾着袋を取りだし、中身をあらためた後で硬貨をつまむと静かにテーブルの上へ並べて見せた。


「……金貨三枚、これでどうだろうか?」

「その理由をうかがってもよろしいでしょうか?」


 言葉通りに光を反射し黄金に輝く三枚の硬貨を見てアレイアが尋ねれば、ノルドは真剣な表情で口を開いた。


「正直なところ、オレの有り金全部渡したところで到底釣り合わないと思ってるんだが……この街にはオレみたいに体の一部をなくしちまって冒険者稼業を続けられなくなったヤツがかなりいる。こんな状況だ、オレが無くした手を取り戻したって話はそいつらにも伝わるだろう」


 冒険者は荒事の絶えない生業――しかもここは魔境に挑むような猛者達の拠点である。当然ノルドのように手足を失う者も多く、そのほとんどがどうにか危険の少ない依頼や日雇いの仕事で食いつないでいる。そんなやむを得ない事情で半ば冒険者の廃業を余儀なくされた人間にとって、新たな右手を得たノルドの話はまさに福音になるだろう。当然、自らもその恩恵にあずかりたいと縋る人間が続出するはずである。

 初めこそは全財産を要求されても喜んで差し出すつもりだったノルドは、しかしアレイアに対価の設定をゆだねられて冷静になり、そこまで考えが至ったため大いに悩んだ。

 おそらくは自身の決めた値段が今後の料金の基準になる。一時とはいえ利き手を失っていた身としては同じ境遇の仲間が救われて欲しい。しかしながらあまりにも高額に設定すればその妨げとなり、かと言って安すぎればそもそもである恩義の対価になり得なくなる。


再生術師(リジェネレーター)の仕事なら大金貨の二枚三枚はするって聞くが……もしそいつらがお嬢ちゃんに無くした手足を生やしてくれって頼みに来ても、到底払えるもんじゃない」


 この世界で大金貨が一枚あれば、一般的な家族が優に一年は暮らしていける。それが二枚三枚になれば魔境に挑むような一握りの冒険者でもそう容易く稼げるような額ではなく、ましてや日銭を稼ぐ元冒険者では言うまでもない。

 対して金貨一枚なら一般的な家族が一月、節制すれば二月暮らせる程度だ。高くないとは言えないが、決して払えない額ではない。知己を頼れば二、三枚なら借金することもできるだろうし、復帰したならそう遠くない内に返済も可能だ。


「自分から言い出しておいて、勝手な言い分ですまん! だが、この通りだ! 差額はオレが体で払おう! お嬢ちゃんのためならいつでもどこでも、何を置いても力になることを誓う!」


 そう言って深々と頭を下げるノルド。それに対して当のセレスティナは目をパチクリとしているだけだが、アレイアとグウェンは一度視線を交わすと小さく頷き合った。婉曲に『無償で構わない』と告げたにもかかわらず自ら言い出したことを貫徹しようとする誠実さに加え、同じ境遇の人間にも配慮する視野の広さと良識を持ち合わせている。友人(ゾンビ)として迎えるに申し分ない。


「結構です。その心意気、確かに受け取りました」


 そう言ってアレイアはテーブルに並べられていた三枚の金貨を回収すると恭しくセレスティナに差し出した。


『セラ、あなたがこれを受け取れば契約は成ります』

『わかりました! ……ところでこれはなんですか?』

『「貨幣」というものです。後ほど詳しくお話ししましょう。まずは新たな下僕(ゾンビ)となったこの男に声をかけてやってください』


 不思議そうな顔をしながらも三枚の金貨を受け取ったセレスティナは、アレイアに促されて再びノルドを見やるとにっこりと笑いかけた。


「けいやくは、できました。たましいが、きえるひまで、よろしくおねがいします」

「――! ああ、恩に着るよ、お嬢ちゃん!」

「どうか、セラと、よんでください」

「ああ、わかったよ。よろしくな、セラ嬢ちゃん」


 少し混ざった重いフレーズに気づくことなく、ノルドは再生したばかりの手を差し出した。それを見てセレスティナは少し驚いたものの、さすがに握手の習慣は集落でも存在していたためすぐに笑顔に戻って自らの小さな手を添えた。

 そんな年齢を超えた友誼が結ばれる瞬間を、ことのあらましを聞き出したルース達がそれぞれに表情を浮かべて見守っていた。


「……で、あれを警戒しろって?」

「……ええ、まあ」

「だから言ってるでしょ、大丈夫だって!」


 完全に毒気を抜かれた様子のベリオルズがそう聞けば、なんとも言い難い複雑な顔をしたメルフィエが絞り出すように答え、とろけきった表情のライラが得意げにのたまう。


「大丈夫ですよ。あの娘達なら絶対に」


 そしてルースは確信を得たとでも言うように断言すると、目の前の光景がまるで尊いものであるかのように眼を細めて柔らかな笑みを浮かべた。


 セレスティナ は 新鮮なゾンビおともだち を てにいれた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ