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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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街へ行こう6

「はい! では、やります!」


 言うやいなや席を離れたセレスティナはいそいそとテーブルを回り込み、無言のまま後をついてきたグウェンを背後に従えたままノルドのすぐ脇にまでやってくる。


「てをみせてください!」

「え、いや……」


 失った手を取り戻すなど、普通に考えれば大事である。対価のこともあるため少なくとも何かしら準備は必要だろうと考えていたノルドであったが、どう見ても今この場で行おうという姿勢を見せるセレスティナに戸惑った。助けを求めるように背後のグウェンを見やるが、スイッとあからさまに視線を逸らされる。


「では、新たな手の質はどのようにしますか? 以降も荒事に従事されるつもりならば良質な物の方が良いかと思いますが」

「お、おう。じゃあそれで」

「わかりました。魔物の骨肉の調達は――そうですか、ではそうしましょう」


 トドメとばかりに投げかけられたアレイアの問いかけに半ば混乱したままノルドが答えると、アレイアは一人呟いてからギルドの奥――魔物の素材を扱うカウンターへと向かった。共にいる魂霊の中でも現代のギルドに詳しいガウルから、魔物の骨肉なら交渉すればそこで手に入るかもしれないと教えられたためだ。

 何が何だかわからないうちに求められるまま右腕を差し出すノルド。


「そっちも、おねがいします」

「え、いやこっちはまともなんだが……」

「おねがいします」

「お、おう」


 意外なほどキッパリとしたセレスティナの態度にさらに戸惑いを深めつつも大人しく両の手を差し出すノルド。それを受けてにこっと微笑んだセレスティナは、自身の手を目の前にある腕のそれぞれに沿わせるようにすると魔導言語を口ずさんだ。


「《魔の波動よ。かの身の重ねし数多の月日、余すことなく紐解きて我が前に示し表したまえ》――《身体精査(ハイインスペクション)》」


 そしてその両手から放たれた魔力の波がノルドの両腕を覆い尽くした。基本はルース達の怪我の具合を確認したものと同じだが、より精度の高い情報を得るために改変されたヴォルフシュトラの血脈に伝わる魔術の一つだ。今、セレスティナの元には魔術によって走査されたノルドの両腕の詳細な情報が次から次へと流れこんでいる。

 これが並の人間ならそのあまりの量に目眩や吐き気を起こすほどのものだが、セレスティナは情報の処理に集中しているためか目の焦点が合ってはいないものの、逆に言えばその程度の症状で全ての情報を受け取っていく。その様子は端から見れば幼い身にも関わらず神秘の御業を行使しているようで、間近で目にするノルドはどこか呆けたような表情になっていた。


「――ふぅ」

「お待たせしました、セラ。素材の用意はできましたよ」


 しばらくして魔術を止めたセレスティナが軽く目を閉じて息を吐く。それを見計らったように戻ってきたアレイアが手にしていた器をテーブルに置いた。置かれた器の上には大人の握り拳よりは少し多い程度の肉片と骨片が盛られている。


「ありがとうございます、アレイア。これは、どのようなまものですか?」

岩鎧熊(ゴルガブスス)という名だそうです。聞いた特徴からして『ガズゥバス』と同じものでしょう」


 素材の詳細を尋ねるセレスティナに対して、アレイアは主にも馴染みのある名称を交えて説明する。その名前の通り、大元はつい先日この街を襲った災害級魔物の端材であった。アレイアが素材カウンターでなるべく鮮度の高い魔物の肉片を要求した結果、ちょうど良く解体の際に出た端切れなどが処分されずに残っていたのである。

 魔境の奥地で暮らしていたセレスティナにとっては時折出くわす程度には馴染みのある魔物だが、一般的には災害級魔物の素材となれば非常に希少である。常ならかなりの高額になるのだが、さすがに端材では使い道もほとんどないため二束三文程度で買い取ることができたのだった。ちなみに代金はルースから渡された分から出している。

 そして準備が整ったと知れたセレスティナは小さな身体にやる気をみなぎらせて肉片が盛られた器のそばに回り込んだ。しかし器に手をかざそうとして腕を伸ばしてみたところで背丈がやや足りないことに気づく。ちょうど胸の前にテーブルの天板が来るため、そこからかざすように手を伸ばせば少々苦しい体勢になってしまう。


「セラ、この上にどうぞ」

「あ……ありがとうございます、アレイア」


 しかしどうしようかと悩んだのもつかの間、アレイアが移動させてきた椅子の上で膝立ちになればちょうど良く器を見下ろせる位置に納まった。


「ノルドさん、なくしたてを、だしてください」

「え? ……ああ、そうか。わかった」


 一瞬言葉通りに受け取ったノルドは戸惑いを見せるが、すぐに『手を無くした腕を出してほしい』と言われていることを察した。右腕を覆う革手袋に手をやり、そこで躊躇うように手を止めてセレスティナを見やる。欠損部位を見せることで幼い少女にトラウマを刻むことになるかも知れないと思ったのだが、当のセレスティナは見られたことに対して小首を傾げた後で、よくわからないままとりあえずにっこりと笑ってみせる。

 それを見てノルドは自分の心配が急に馬鹿馬鹿しく思えてきたのだった。なぜなら出すように言ってきたのはセレスティナの方からであるし、そもそも一貫して『手を無くしたのなら新しく生やすのが当然』と言った対応をしているのである。手が欠けているくらいは見慣れているのだろうと思い至るのはごく普通だろう。

 そして実際その考えは正しい。なにせ血みどろのルース達に魔術を施す際も顔色一つ変えなかったのだ。そもそも屍肉から下僕(ゾンビ)を創り上げるのが魂霊術師。血肉や臓物への嫌悪感などはとうの昔に超越している。

 ノルドは意を決して革手袋の留め金を外すと一息に脱いだ。そうして現れたのは鍛え抜かれた前腕部と、無惨な跡を残す手首であった。そこより先は一切残っておらず、革手袋の方に詰め物をしてまるで手があるかのように形を保っていたのだ。


「てを、にくのほうに、もってきてください」


 そしてセレスティナは毛一筋ほども笑顔を崩すことなく指示を出し、ノルドが大人しく手首から先のない腕を肉片の盛られた器の前まで持ってきたことを確認してから準備の仕上げに取りかかった。


「アレイア、おねがいします」

「はい、セラ」


 セレスティナの一言で支える――と言うよりも確実に拘束するように差し出されたノルドの腕を保持するアレイア。その気合いの入りようにノルドの頬が微妙に引きつる傍ら、両手をかざしたセレスティナは器上の肉片を中心として八つの頂点を持つ魔導陣を浮かび上がらせた。

 その瞬間、周囲からザワリと動揺が巻き起こる。


「な――魔導陣!?」「八芒陣!? あんな子が!?」「嘘だろ!?」


 驚愕の発生源はここまで成り行きをうかがっていた冒険者――その中でも魔術の扱いに長ける者達。それもそのはず、セレスティナは何の気負いもなくあっさりと使っているが、一般的に魔導陣の描画というものは高等技術に分類されているからだ。

 元々魔術とは魔導言語での発声に自らの魔力を練り込んで発動するものである。そのため慣れれば体内の魔力を意識して動かすことができるようになるのだが、それを体外で行うとなると途端に難易度が跳ね上がる。ましてや『陣』と呼べるほどに整然と魔力を配置し収束させるには才能と血の滲むような努力が必要であり、それをどうにか簡易化しようと『魔導陣を描くための魔術』という長大な術式すら編み出されるほどである。

 それでも賢者や大魔導と称えられるほどの達人ならば当然のように魔術なしで魔導陣を描くのだが、しかしながら目の前にいるのは未だ成人すらしていなさそうな少女。しかも用いるのは小さいとはいえ八つの頂点をいくつもの線が行き来する陣。その形が複雑化すればするほど難易度も指数関数的に上昇することを考えれば、ある程度魔術の知識を持つ者なら誰もが『あり得ない!』と絶叫する光景である。

 しかしながら外野のそんな心境を、根幹となる魔術の多くが魔導陣の使用を前提としている魂霊術しか知らないセレスティナに察せられるはずもない。周囲が動揺している様子を不思議そうに見回していたが、すぐに今は気にすることではないと気持ちを切り替えてノルドの方を向いた。


「ノルドさん。てをあたらしくするので、いちどきずをつくらないといけません」


 急に笑顔を引っ込めた真剣な様子で告げられて、しかし意味を計りかねたノルドは眉を寄せると自分の腕をがっしりと掴んでいるアレイアに疑問の目を向けた。


「セラが言っていることはこうです。『新たな手をすげるためには、塞いだ傷口を一度開く必要があります』」


 何の感情も込めず、ただ淡々と事実を口にするかのようなアレイアの言葉を遅れて理解したノルドは顔を引きつらせた。誰が好きこのんで癒えたばかりの傷口を再び抉るだろうか。思わず身体を引こうとしたのだが、決して逃がさないとばかりにガッチリと拘束しているアレイアの手はビクともしない。


「念のためにお伝えしますが、これはあなたの手の再生に必須の行程です。加えて言えば、当事者の血肉を混ぜ合わせた方が新しい身体の馴染みが良くなるようです。その上でセラに代わって重ねて問いますが、あなたは新たな手を望みますか?」


 見た目に反した剛力にノルドが戦慄している中、その当人から最終勧告じみた通達が下った。しかしながらそう言われてもこれから行われることがいったいどのようなものか見当も付かないノルドが感じるのは恐怖ばかりであり、救いを求めるかのように彷徨った視線が偶然セレスティナを捉えた。

 そこにあったのは真剣な中にノルドへの気遣いを覗かせる少女。せっかく癒えている部分を再び傷にしてしまうことに対する申し訳なさと、そうまでするからには確実に新たな手を与えると言う気概――そんなものを感じ取ったノルドは数度深呼吸を繰り返してから絞り出すように声を発した。


「……ああ、かまわねぇ。やってくれ」


 ここまで来たら毒を食らわば皿までの心境が半分、年端もいかない少女が毅然としている前で醜態をさらすことを恥と思ったことが半分。半ば自棄になった状態でなるようになれとばかりの後ろ向きな覚悟だった。


「わかりました! グウェン、おねがいします」


 しかしながらセレスティナにそんな心境まで伝わるはずもなく、最終承諾を得た彼女は再びやる気をみなぎらせて背後に控える下僕(ゾンビ)に声をかける。そうすればグウェンは心得たとばかりに頷くと腰の剣をゆっくりと抜き、アレイアに固定されて動くことすら叶わない腕の無惨な傷跡へ静かに刃を置いた。


『ぴたりと合わせますゆえ、いつでも始めてくださって構いませんぞ、(ひぃ)様』

『わかりました。では、始めますね』


 主従で軽い打ち合わせを終えたセレスティナは目を閉じ一度深く息を吸い、朗々と魔導言語を紡ぎ出す。


「《骸となりし者よ。その身はあまねく糧となりて、今に在りし者の支えとならん》――」


 そして詠唱の終わりとほぼ同じくしてグウェンの握る剣が霞み、ノルドの無惨な手首がぽろりとはがれるように器の上の肉片に落ちた。本来なら同時に大量の血も溢れ出すところだが、腕の拘束を行っているアレイアが合わせて圧迫止血も担当しているために意外なほど少ない。


「――《屍肉還元(リダクション)》」


 直後に唱えられた発動句により器の上の肉と骨はまとめて溶け崩れ、なれの果てたる赤黒い液状の物体がかざされた手に引かれるように中空へと浮かび上がる。

 そのあまりにも不吉な光景に周囲がざわめく中、内心では完全に腰の引けていたノルドが遅れてやってきた激痛に悲鳴を上げまいと歯を食いしばる。


「《糧となりし者よ。我が魔の導きに従いて形と成し、その身新たな息吹宿して受け継ぎし役目まっとうし給え》――《肉体再現(リヴァイヴァル)》」


 しかしすかさず唱えられたセレスティナの魔術によって赤黒い液体が傷口を覆うように形を成すと、今度はなんとも形容しがたい違和感に襲われるノルド。反射的に逃れようと身体を捻るが、そうはさせじとばかりにアレイアの見た目に反する剛力に押さえ込まれて腕から先は微動だにできない。

 そんな密かな攻防に気づく様子もなく、セレスティナは術式の維持に集中していた。閉じたままの彼女の目の裏には先ほど集めたノルドの腕の情報が所狭しと浮かんでおり、それらを一つ一つ参照しながら丁寧に魔力を操っていく。

 ほどなくして変化は現れた。セレスティナのかざした両手の中で、ノルドの腕と繋がった赤黒い液体は徐々にその輪郭を確かなものにしていく。それは厚く大きな手の平と無骨な五指を模った、色合いを除けば誰が見ても『手』だと答える形。

 変化はそれだけに留まらず、やがて付け根の方からゆっくりと、しかし確実に人肌の色合いへと変じていく。同時にノルドが感じていた違和感も合わせるように少しずつ引いていった。

 いつの間にか周囲もシンと静まりかえる中、やがて全ての指先までが肌の色を取り戻す。そこにあったのは歴戦の冒険者にふさわしい、無骨ながらも鍛え上げられた力強い手だった。


 セレスティナのグロ耐性は天元突破しています。具体的に言えば家畜の解体を生で見ながら平然と食事ができるレベル。

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