街へ行こう4
そんな三人を促してルースは仲間と共に一歩建物の中へ踏み込んだ。冒険者という職業は日中は出払っている者の方が多いためギルドの中はまばらであったが、決して少なくないそれらの視線が集中したかと思うと、それまで漂っていた穏やかなざわめきが瞬く間になりを潜めた。
その反応を予想していたのか、動じることなく受付へと歩を進めるルース、メルフィエ、ライラの冒険者三人。ついでに言えば後に続いて入ってきたセレスティナは物珍しい建物の様子を見回すのに一生懸命で周囲の視線に気づいている様子はない。アレイアとグウェンに至っては気づきはしてもその程度のことで意識を揺らすはずもなく、主と同じように興味を引かれている様子で中をつぶさに観察していた。
「……ルースの野郎、無事だったのか」「生きて戻ってきたのか、たいしたもんだ」「おい、ガウルさんがいないぞ?」「なんだあの三人?」
周囲が次第に様々な感情の交じったざわめきを取り戻していく中、受付にたどり着いたルースはどこか緊張した面持ちの受付嬢に固い口調で告げた。
「ついさっき、『死の樹海』から戻りました。それで、報告したいことがあるんですけど――」
「お帰りなさい、ルースさん。その件なんですけど、ギルド長からルースさん達が戻られたら直接聞きたいことがあるから呼び出して欲しいと言われているので、その時に一緒に報告してもらえませんか?」
「わかりました。いつ行けばいいですか?」
「今から確認してきますから、少しだけ待っていてください」
そう言い置くと、受付嬢は席を立って奥の階段を上っていった。言葉通りギルド長に伺いを立てに行ったのだ。
それを見送ったルースは後ろを振り返り、完全に観光しているようにしか見えないセレスティナ達に向き直った。
「すまない、ギルド長の都合次第だけど、この後詳細報告をしないと行けないかも知れない。良ければそっちの酒場で待っていてもらえないかな? もちろん、お金は出すよ」
そう言って指し示したのはギルド内に併設された小さな酒場だった。ギルドを訪れた冒険者達の休憩スペースにもなっている空間で、現に今もいくらかたむろしている荒くれの姿が見受けられる。それでも席はいくつも空いているためルース達の報告が終わるまで待つ分にはちょうどいい場所である。
「わかりました。あちらでまっています」
「ありがとう。これが終わったら街を案内するよ。アレイアさん、とりあえずこれだけ渡しておきます」
「ありがたく使わせていただきます」
素直に頷いたセレスティナに約束をして、その出自から金銭の扱いに不慣れであろう彼女ではなく常識を持ち合わせていて円滑な意思疎通のできるアレイアに数枚の銀貨を渡した。
そうして三人が空いている席へ向かうのと入れ替わるようにして先ほどの受付嬢が戻ってきた。
「――お待たせしました、ルースさん。これからすぐに来て欲しいそうなんですけど、大丈夫でしょうか?」
「わかりました。ライラ、メルフィエ、一緒に来てくれないか? 俺だけだったら何か漏れがあるかもしれない」
「あいよ。他の人間から見た情報って言うのも重要だしね」
「わたしも可能な限り補足させてもらいます」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
二人の了承を得たルースは最後にセレスティナ達の様子をうかがった。すでに三人とも一つのテーブルを囲っており、給仕を呼ぶアレイアを隣に座ったセレスティナが興味深そうに見守っており、二人の対面に座っているグウェンはメリハリのついた給仕の身体を眺めて鼻の下を伸ばしていた。
見た目からしてちぐはぐな集団だが、今ギルド内にいる冒険者達は遠巻きに様子をうかがうに留めている。それも当然、いくら珍妙で怪しかろうとグウェンやアレイアのたたずまいから腕が立つことを察せられる程度の実力者ばかりだ。一見場違いに見えるセレスティナも、そんな二人を従えている様子を見れば余計なちょっかいをかけるのは躊躇われる。
ついでに言えばどう見ても冒険者には見えない三人を相手に騒ぎを起こせば、ギルドや領主から目を付けられることだろう。冒険者にとってこの街でそれは致命的だ。
よって、よほどの事態がない限り大きなもめ事が起こることはないだろうと判断し、ルースは受付嬢の案内に従って受け付け奥の階段を上った。
「――ギルド長、ルースさん達をお連れしました」
「おう、入ってくれ」
ギルドの三階、ギルド長の執務室となる部屋の前で受付嬢が伝えれば、扉越しに野太い声が入室を促す。扉を開けると率先して入室していった受付嬢に続いてルース達が中に入れば、頑丈さ第一といった無骨な机に向かっている初老の男が出迎えた。
「よう、元気そうだな坊主。ちゃんと足が付いてるようで何よりだ」
そう言って傷だらけの顔でにっかりと笑顔を形作ったのはクランバートに拠を置く冒険者ギルドのギルド長、ベリオルズその人だった。老齢を理由に引退したものの、元は英雄級という冒険者の中でも最上級の位階までのし上がった傑物である。今でもこの街に集う腕利きの荒くれ達を束ねるにふさわしい実力を備えており、期待の若手とされているルースを坊主呼ばわりするのも頷ける相手なのだ。
「こう言っちゃなんだが、正直なところお前らが戻ってくる望みは薄いと思ってたぜ。この状況で戻ってこれたってことは、お前も冒険者として多少できるようになったってことだな……その代償はでかかったようだが」
ベリオルズはルース達を見渡し、そこにいなければならない一人が欠けていることを見て取ると幾分声を和らげて彼なりに労った。
「……すみません。俺が未熟なばかりに、ガウルは――」
「その辺のことも含めて、『死の樹海』について聞きたい。適当にかけてくれ」
顔を俯かせて絞り出すように言葉を発したルースを遮り、ベリオルズは部屋にある応接用のテーブルを指さした。そのついでにルース達を案内してきた受付嬢に通常業務に戻るように言い置くと、ルースを真ん中に三人が並んで座る対面にどっかりと腰を下ろす。
「悪いな、フェニーのヤツがちょいと手を離せないせいで満足に茶も出せねえんだ」
「いえ、大丈夫です」
「で、早速だが何があった? 『死の樹海』に何か異常はなかったか?」
単刀直入に尋ねてくるベリオルズに対し、ルースは時折ライラとメルフィエの補足を受けながらも魔境の様子について語った。今思い返せば踏み入れてから普段見かけなかった魔物を外縁部で見かけたり、本来ならもっと奥地に生息しているはずの影皇豹と比較的浅い場所で遭遇したり、そこからガウルが囮になることでかろうじて逃げ延びたりといったことだ。
「――戻ってきたら岩鎧熊なんかまでが街まで来ていたって聞いて、とても驚きましたよ」
苦い思いを押し殺し、それなりの時間をかけた報告をそう締めくくるルース。それを黙って聞き届けたベリオルズは、少しの沈黙を挟んだ後でおもむろに口を開いた。
「よくわかった。やはり『死の樹海』で魔物の異常行動があったみたいだな」
「異常行動……ですか」
「ああ。おそらくは奥地の方で上位の魔物が死んだか何かして縄張りの変動でもあったんだろう。その余波で普段の生息地を離れた奴らが流れてきたってところだな」
「それは……他の地域でなら数年単位で起こるって話も聞いたことはありますけど、ここでもそんなことが?」
「理不尽なくらいに強力な連中がごまんといるから魔境なんて呼ばれちゃいるが、ここもよそも『魔物が生息している場所』って意味じゃ変わらねえ。現にギルドや領主の元に残ってる記録にはそれらしいのがあるんだ。もっとも、ここに生息する連中がしぶとすぎるからか間隔は数十年単位みたいだがな」
長年の経験と接することのできる資料から推測し、今回の災害級魔物の襲撃の原因を『魔物の縄張りの変化に伴うはぐれの出現』だと結論付けるベリオルズ。ルースには少しばかり信じがたいものだったが、目の前の男の顔には確かな自信が浮かんでいた。
……そして実のところ、ベリオルズの予測は的を射ていたりする。
「なんにせよ、落ち着くまでは『死の樹海』に近づかない方がいいだろう。後でギルドの方から警告を出して、領主にも伝えておくか。ご苦労だったな、坊主。しばらくはゆっくりと休んで――」
「ベリオルズさん、もう一つ報告することがあります」
ベリオルズがこれからのことを口走りながらルース達に退室を促そうとしたところ、それを遮ってメルフィエが口を開いた。そしてルースやライラが疑問に思う間もなくその一言を発する。
「実のところわたし達は、『死の樹海』で死霊術師と思われる少女とその配下に助けられました」
「メルフィエ!?」
予定にない唐突すぎる暴露にルースが驚愕の声を上げ、反射的に動いたライラがルース越しにメルフィエの口を塞ぐ。しかし発せられた言葉がそれでなくなるわけでもなく、むしろそんな二人の行動が逆に隠し事の存在を肯定する。直後にそのことに気づいた二人であったが、それも後の祭りだ。
「……どういうことだ、坊主」
つい先ほどまで話は終わったという態度であったベリオルズは一転して表情を改めると、スッと眼を細めてルースを見据える。ただ静かに座っているだけにもかかわらずその身体から発せられるプレッシャーが『誤魔化しは許さない』と告げていた。
そんな歴戦の猛者からの威圧を受けて流れる汗を感じつつも、ルースはまずメルフィエを問い詰めた。
「メル、それは言わないでいいことだろう! なんのつもりなんだ!?」
「……ルースさん、今の話を聞いて気づきませんでしたか?」
問われたメルフィエは口を塞いでいるライラの手を外すと、ルースの目をしっかりと見返しながらそのことを口にした。
「今回の『死の樹海』における魔物の異常行動、おそらくですが原因は彼女達ですよ」
「なっ――」
「考えてもみてください。ルースさんの話が確かならば、あのグウェンという男性は本来一人では討伐できない影皇豹を簡単に倒してしまったのでしょう? そんな人が魔境の奥から来たんです。影皇豹と同じやそれ以上の災害級魔物が多数生息しているだろう場所を、それらとただの一度も遭遇せずに来れたと思いますか? それなら遭遇した魔物はどうなったと思いますか?」
そう問われたルースの頭に浮かんだのは影皇豹を目にも留まらぬ速さで一刀で切り伏せ、また道中で遭遇した魔物を見敵必殺とばかりに片端から打ち倒すグウェンの姿。
「……たぶんだけど、全部倒したんじゃないかな」
「まず間違いないと思います。そしてそれは先ほどベリオルズさんの言った『奥地で上位の魔物が死んだ』という条件に当てはまります」
彼女にとっては又聞きの情報と予測ばかりではあるが、にもかかわらず疑惑の根拠を整然と並べ立てるメルフィエ。その毅然とした態度からは、この考えに彼女が確信を持っていることをうかがわせる。
そしてそれはまごうことなき事実であった。前人未踏の魔境の奥地から旅立ったセレスティナ達は、襲いかかる魔物を全て返り討ちにしてのけていた。やったのはほぼ全てグウェンであるが、その数たるや『死の樹海』の生態系を一時的に狂わせるに足るほどであったのだった。
「――言い換えれば、彼女達はガウルさんを死に至らしめた原因なんですよ」
そうキッパリと言い切ったメルフィエの言葉を聞いて、突きつけられた内容にルースは愕然とした。
「加えて言えば、彼女達は災害級魔物をものともしない戦力を持っていることになります。もしも彼女達が敵対した場合、止められる人がいますか? そんな魔物以上に危険な人間が街に入ったんですよ。警戒を促し対応を考えてもらうためにもこの場で報告するのは、冒険者であるわたし達の義務だと思いませんか?」
たたみかけるように言葉を紡ぐメルフィエの胸の内には、セレスティナ達の事情を知った夜からぬぐいきれない不信が存在していた。
ひとかどの魔術師であるメルフィエは、魔術師の常として自身が得意とする魔術系統以外にも多くの知識を持っていた。それだけでなく、学研の徒であった師の影響も受けて希少とされる上位魔術や伝承に残る魔術についてもある程度理解を持っている。だからこそ仲間内では最も死霊術師を恐れていた。
死霊術の使い手は表向き根絶されて久しいものの、現代には性質の似た魔術として物体に魔力を注いで駒体とし、意のままに操る操形術というものがある。それを用いて操れる駒体の数は平均して十数体、三十を操れれば神業とまで言われている。上位魔術に分類こそされてはいないものの、扱うには難度の高い魔術なのだ。
それに対し、伝承によれば死霊術師の頂点である『死人の魔王』は自ら生み出した不死者の大軍勢を率いて世界を恐怖で支配したとある。そして配下の死霊術師も容易く軍勢と呼べる不死者の群を操ったとされている。どうひいき目に見ても規模が違う。
加えて個々の戦闘能力である。操形術で生み出される駒体はせいぜい熟練の戦士と渡り合える程度、災害級魔物を歯牙にもかけないグウェンとは比べものにならない。
セレスティナがその気になれば、容易く世界を征服してしまえる――その確信があったからこそメルフィエはセレスティナ達の同行に難色を示した。そんな相手に親しむ仲間二人を見て一線を引くことを己に課していたし、ここ数日はなるべく機嫌を損ねないようにしつつも観察するように接してきた。そして今、事実を知り脅威を知っているからこそ伝えなければならないと、半ば使命感に駆られてベリオルズにセレスティナ達の存在を告げたのだった。
しかし、メルフィエの訴えを聞いたルースは、その懸念を聞いたからこそ我に返った。
「いいや、彼女達は絶対に敵にはならないよ」
「……なぜ、そう言い切れるんですか?」
何の迷いもなく断言したルースを見て、理解に苦しむと言いたげに顔をゆがめるメルフィエ。
「……正直なところ、アレイアさんやグウェンさんが本当に敵対しないかの確証はない」
問われたルースは若干予防線を張りつつ、けれどしっかりとメルフィエを見返しながら言った。
「でも、あの娘は――セレスティナは違うよ。誰かを傷つけるなんてするはずがない。だから彼女が望まない限りは、アレイアさんやグウェンさんも」
「ですからなぜ――」
「目を見ればわかるよ」
真顔で言い切ったルースを見て黙り込むメルフィエ。そんなことは根拠にもならないと一蹴してしまうのは簡単だが、幸か不幸か相手を見極めることに関してならルースの勘は馬鹿にできないという確かな実績があるのだ。
「――まあまあ、メルも心配しすぎだよ。あんな可愛い子がたいそれたことをするように見える? ただ友達を作りに来たってだけなんだから、温かく見守ってあげようじゃないの」
黙ってお互いを見つめ合う二人の間に席を立って回り込んだライラが割り込んだ。もっとも見かけによらず可愛いもの全般に目がない彼女であり、完全にセレスティアの可愛さに骨抜きになっているため立場としてはルース側になってしまうのだが。
「……ルースさんが言うなら、あるいはそうかもしれません。ですが、彼女達が戦力となることは変わりません。それも今回のように街に万が一があった場合、それを打破する切り札になるかもしれません。そのことはギルド長にも知っておいてもらった方がいいと思うのですが」
ルースに退く気がないことを感じたメルフィエは渋々と譲りはしたが、切り口を変えてその存在を有力者に知らせておくことを認めさせようと努めた。彼女にとっては未だ危険性をはらむ人物が知られないままに街を出歩くという事態をせめて防ごうという思惑である。
その言葉に少し迷う様子を見せたものの、グウェンの桁外れた実力を目の当たりにしていたルースは正当な主張だと判断する。どのみちここまで堂々とベリオルズの目の前で隠し事の是非に対する問答を繰り広げていたのだ。このまま『何でもありません』で通せるようなことにはならないだろう。
そんなやりとりが一段落したところを見計らい、いつの間にか威圧を引っ込めて一部始終を見守っていたベリオルズが口を開いた。
「で、話はまとまったのか? 是非とも聞かせてもらいたい話が色々と聞こえてきたが、まさかここまで来てお預けってことはないよな、ん?」
「……これから話します。その前にまず一つ、彼女は死霊術師じゃなくて魂霊術師だと言っていました」
そうして再びルースを主体としてセレスティナたちに関することを報告した。危ういところで命を救われたこと、聞かされた事情――カバーストーリーのこと、そしてこれまで見た人柄。
「――今のところ、あの娘達について俺達が知っているのはそんなところです。先に報告しなくてすみません。でも、こんな話をしても混乱させるだけかと思ったので……」
「……まあその気持ちはわからんでもないか。聞いただけじゃ荒唐無稽としか思えない話だ。あの前振りがなけりゃ正直『寝言は寝て言え』って言ってるところだ」
語るべきことを語り終えたルースが最後に頭を下げると、ベリオルズは微妙な顔つきでため息を吐いた。それも当然だろう。伝承に語られていただけの死霊術師が魔境の奥地に実在し、死んだはずの人間の魂を呼び戻してみせ、致命傷すら癒す術を持つ。そんな人物が故郷を追われた哀れな幼子で、しかしそのことに気づかず心から送り出されたと信じて世界を征するために友人を作る旅を始めた。
こんな話を聞かされれば大抵の人間は笑い飛ばすだろうが、ベリオルズが漏らしたように直前であそこまで真剣なやりとりを交わされれば、この突拍子もない話を少なくとも語った本人達は真実だと感じていることがわかる。このことを重要な情報として処理すべきかどうか、伝聞でしかないベリオルズには非常に難しい判断だった。
しかしそこは元高名な冒険者、聞いて駄目ならと素早く思考を切り替えて立ち上がった。
「ここでくっちゃべってるだけじゃらちが明かん。そいつらは今下にいるんだろう? オレが直接話して判断する」
「わかりました」
そうして四人が執務室を出た瞬間、階下から建物を揺るがすような大歓声が響き渡った。ルース達は顔を見合わせると、何事が起こったのかと急ぎ階段を駆け下りた。
死霊術=恐ろしい、死霊術師=邪悪。どこの世界でもこの認識は鉄板なようです。




