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最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~  作者: 十月隼
一章 せかいせいふくの第一歩
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旅立ちます

 新連載始めました。楽しんでもらえれば幸いです。

 ラーブル大陸の辺境に位置する小国の、さらに辺境にある深い森の中。外界と完全に隔絶された場所にひっそりと、名もない小さな集落が誰にも知られず存在していた。

 そこにはかつて世界を恐れ戦かせたある術を受け継ぐ者達が暮らしていた。死したる者達と言葉を交わし、物言わぬ鋼鉄の人形を創り出し、恐怖を知らぬ骸の軍団を従えたその魔術は『魂霊術』と呼ばれた。遙かな昔、無尽に生み出される不死者の大軍勢を以て国という国を支配下に置き、恐怖と絶望を振りまいた史上最悪の魂霊術師(ネクロマンサー)『死人の魔王』の名と共に、恐怖の代名詞とされている凶悪無比な魔術である。

 尽きることない不死の軍団を以て世界をも制した『死人の魔王』とその配下にいた死霊術師達。しかし、永遠に続くかと思われた隆盛も時の勇者が立ち上がったことで終わりを迎えた。

 聖なる加護を受けた勇者との決戦の末、すでに自ら不死者となっていた『死人の魔王』はその身を討ち果たされ、致命的な対抗手段を得られてしまった魂霊術師達は抵抗むなしく次々と屠られていった。

 諸悪の根絶の意志を体現するかのように執拗な追撃を辛くも逃れたわずかな魂霊術師達は、人の生存領域の端の端のさらに片隅にまで流れ着き、そこに身を寄せ合うことでかろうじて生きながらえた。

 世界が恐怖と絶望からの解放に沸き立つ中で、そこから隔絶された彼らは細々と知識と技を繋いでいった。しかし彼らが扱う秘法の性質上、個々人で秘匿されていた物も多く、それらは容赦ない追撃の中で失われ、良くても断片的な物しか残っていなかった。

 しかしながら、それでも彼らは諦めなかった。歳月を重ねて組み直し、導き出し、時には新たに生み出しすらして、魂霊術をかつて最も栄えた頃の高みへと少しずつではあるが押し上げていった。いつか再びその手に栄光を取り戻すことを夢見て。

 そして世代交代を繰り返し三百年の時が過ぎた。ついにはこの小さすぎる集落の限界が見え始め、しかし新たな王となるべき資質を備えた者が現れる兆しも見えず、彼らの間に諦観が漂い始めた時、その娘が生を受けた。

 五つに見たぬ年の頃から当たり前のように死者と言葉を交わし、同世代の子がようやく一族に伝わる秘技を学び始める頃にはすでに喚び出した魂霊を仮初めの肉体に降ろすことすらして見せた。

 その天賦の才に誰もが期待を募らせた。この娘こそが死者達の、そして自分達の新たな王となり、もはや伝説と化している栄光の時代を再びもたらしてくれるのではないか、と。

 そしてその期待は、再び見出しながらも未だかつて誰一人として成功することのなかった秘法を、その娘が齢十四を目前にして成し遂げて見せたことで確信へと変わったのだった。



 そしてその娘が秘法を会得してから早三ヶ月が経った日の朝。澄み渡るような青い空の下、闇を塗り固めたような艶めく黒髪が背中を覆うやや小柄な少女の姿があった。先日十四歳となったばかりの彼女は精一杯の旅装束を身に纏い、自らの生み出した二体の下僕(ゾンビ)に荷を持たせて背後に従え、集落の外れで見送りに来た一族の皆と向かい合っていた。今日は彼女が世界より隔絶された集落から旅立つ時なのだ。

 全身に緊張をみなぎらせながらも使命感に燃えた目をしている娘の前に、一門の長である年老いた男が大儀そうな足取りで進み出る。


「……セレスティナ・ヴォルフシュトラ・グルーツェンラッドよ、我らが希望の子よ。そなたは幼き身の上にして我らが伝え磨いてきた(わざ)を余すことなく己の物とし、それどころか遙かな伝承に生きた我らが祖でもごくごく一部の方々しか扱うことのできなかった秘法すら成し遂げた。これは我ら一門がこの地に落ち延びて以来、かつてなかった誉れ高きことである」

「お、お褒めいただき、ありがとうございます、総領様」


 魂霊術師の一門(グルーツェンラッド)の最高責任者である老人の仰々しくもこれ以上ない称賛に、緊張でガチガチになりながらもペコリと頭を下げる娘ことセレスティナ。


「そなたならば、あるいは我らが悲願を成就することも可能やもしれん。だがしかし、かの偉大なる『死人の魔王』陛下には未だ及ばぬことであろう。我らの伝えし魂霊術には未だ届かぬ高みがあり、しかしながらそれらは祖が世界より追われた時に失われてしまった。ゆえにこそ、この地に留まっていてはそなたの才はこれ以上を見出すことは難しかろう」


 総領はそう口惜しげな様子で首を振ると、まるで空を抱えようとするかのように大きく両手を広げて見せる。


「だからこそ、そなたは我らの手を離れ、外の世界を知る必要がある! かつて我らが祖も師より全てを受け継いだ後は一人旅立ったと伝え聞く。なればこそ、そなたも祖がその力を以て征した見果てぬ世界へと旅立たねばならぬ! さすれば魂霊術の新たな境地に至れるやもしれぬ、はたまた祖の編み出した秘法の断片があるやもしれぬ。そしていずれは偉大なる『死人の魔王』陛下に並ぶとも劣らぬ高みへと辿り着くであろう! その時にこそ我らの悲願は成就され、かつてそうであったように我ら魂霊術師(ネクロマンサー)が世界に覇を唱えるのだ!」


 その言葉を聞いたセレスティナは小さく息を呑んだ。一門の中で比類なき英雄と幼い頃より語り聞かされていた伝説の存在に並ぶことができるかもしれない。そう告げられて皆から自分に向けられている期待の大きさを改めて思い知ったのだ。例えまともな第三者がこの場にいれば誇大妄想と一笑に付しただろう話でも、隔絶された小さな世界においてはそれが真実なのだから。


「そなたはこれより、栄光の旅立ちを迎える。だがゆめゆめ忘れるな、『死人の魔王』陛下はその偉大さに恐れを成した愚物共により、卑劣きわまりない手を用いられ討たれてしまわれた。その後に起きた祖の迫害はそなたも聞かされてきたであろう。祖がこの地に逃れてより三百の年月が巡ったとはいえ、我らの誇る魂霊術は未だに恐れられているやもしれぬ。我らの秘技が至高の物とはいえ、容易く気を緩めるでないぞ。目下の幸いは、そなたの下僕は傑作であることだ。愚物共に容易く害されることはなかろうが、わずかな油断こそが最も危ういのだ」


 そう言いながら族長はセレスティナの背後に控える存在に目をやった。人間の形を持つ、魂霊術で生み出された主の忠実なる下僕(ゾンビ)達は、先ほどから変わらず不動の姿勢を貫いている。それは生物としてはあまりにも不自然なほどであるが、この場にいる誰もがそれを当然のこととして受け流していた。それもそのはず、彼らがまっとうな生物でないことは周知の事実なのだから。


「セレスティナ・ヴォルフシュトラ・グルーツェンラッド。世界をその目で見据え、己を高めよ! そしていずれは世界を征服せしめるのだ! それがそなたに与えられた使命であると心得よ!」

「は、はい! うけたまわりました!」


 緊張に身を固め、それでもしっかりと頷いて見せたセレスティナを見て族長は満足げに頷くと、見送る一門の元へと戻っていった。入れ替わるように彼女の元へ駆け寄ってきたのは、同年代に見える少年少女達だ。


「セレスティナ様、おめでとうございます!」

「この良き日に巡り合わせていただけたこと、深く御礼申し上げます!」

「セレスティナ様は我らの誇りです!」


 使命を帯びて旅立つこととなった自身を取り囲み、親愛と憧憬の籠もった眼差しと共に激励を授けてくれる友人達に、セレスティナは照れと誇らしさに頬を上気させながらも努めていつものように応じる。


「みなさまが今まで共に励み、支えてくださったからこそのことです。みなさまと共にあれたことはわたしの誇りであり、感謝の念が尽きません。これからは共にあることは叶いませんが、どうか健やかにお過ごしください」

「セレスティナ様こそ、どうかご無事で!」

「この地より幸ある旅路と使命の成就を、およばずながらみなでお祈りいたします!」


 そんな子供達が互いに互いを励まし合うという微笑ましい光景へと静かに歩み寄る一組の男女の姿があった。それに気づいた子供達は旅立つ友との会話を切り上げ、率先してその二人に道を譲る。セレスティナもさっと道を空けた友人達の間を歩いてくる男女を認め、少しだけ居すまいを正した。


「……セレスティナ、我らが最も愛する、最も誇らしき至宝よ。今日この日を迎えたこと、私は一族の者として無上の喜びを感じると共に、父として未だ幼いそなたを未知なる外の世界へ送り出さなければならぬことをこの上なく憂えている」

「父様……」

「だが我らが祖より伝わる逸話には、強き者は愛する子を思うがこそ、あえて試練を課すとある。ゆえに私は娘であるそなたを愛する父として、心を鬼としてあえて険しき道のりへ送り出すこととする。恨むならば存分に恨め、それがそなたの力となるならば喜んで引き受けようぞ」


 そう堂々と誇らしげに告げる父親の姿を見て、常のように厳しさの中にも確かにある深い愛情を思いセレスティナはふんわりと笑みを浮かべた。


「わたしがみなさまに認めていただけるようになったのは、父様のご指導あってのことです。言葉に尽くせない感謝を感じこそしても、恨むなんて夢にも思えません」


 その言葉を聞いた父親は、何かをこらえるかのようにグッと身体に力を込めた。


「……そなたは誠に良くできた娘であった。私には過分に過ぎるほどであった。そなたの父であれたことを、私は未来永劫誇りに思うことであろう」


 微かに震えを滲ませつつもなんとか言い切った様子の父親であった。

 そしてそれまでは父親に場を譲って一歩後ろで慎ましく控えていた女性が進み出ると、ゆったりとした優雅な動作でセレスティナの前にしゃがんで優しく抱き包んだ。


「セレスティナ、愛しの娘。この先は見知らぬ地と見知らぬ者しか居ないことでしょう。何か不安はなくて? あなたの旅路が少しでも心安らかでいられるよう、母にも何か助言をさせてもらえないでしょうか?」

「母様、えっと、その……」


 いつも安らぎを与えてくれた柔らかな母親の声に、セレスティナは躊躇いがちながらもおそるおそると抱いていた不安を打ち明ける。


「族長様はわたしがいずれ世界を征するのだとおっしゃいました。それが父様や母様、他のみなさまが望んでいらっしゃることも、なんとなくですがわかります。でも、私ができるのは教えていただいた一門の秘技である魂霊術だけで、『世界を征する』というのがどうすればいいのかわからないのです」


 セレスティナのその言葉を聞いた瞬間、背後で今まで微動だにしなかった二体の下僕が微かに身体を強張らせ、素早く視線を交わしていた。しかしその動きはこの場にいる人間の全てがセレスティナを見ていたことと、誰も下僕がそんな反応をするなどと露ほども考えていなかったことで誰の目に留まることもなかった。

 そして娘の悩みを聞いた母親は簡単なことだと言わんばかりに優しく微笑み、視線を合わせて唄うように言い聞かせる。


「かつて栄華を誇った祖の方々は、自らの下僕を扱うがごとく愚かな人々の上に立ち、あまねく世界を征したと伝わっています。なればあなたも祖の方々に倣い、旅路で出会う人々を下僕とするのです。そうすれば、自ずと世界を征することとなりましょう」


 聞く人によれば耳を疑うようなことを当然の摂理のごとく語る母親に、しかしセレスティナは真摯な表情で言葉を反芻する。


「人々を下僕に……わたしにできるでしょうか?」

「自らの下僕に行ったようにすればよいのです。一族の誰よりも多くの死したる霊魂を従えることのできたあなたならば、例えそれが未だ生ある魂であろうとも容易いことでしょう」

「自らの下僕に行ったように……わかりました。貴重なお言葉、大変ありがたく存じます」

「どうか私の言葉を忘れることなきように。母はいついかなる時も困難に臨むあなたの身を案じております」


 与えられた助言を自分に刻み込むかのようにしっかりと頷くセレスティナに、母親は再びの抱擁を送った。その後ろで彼女の下僕が強張っていた身体から力を抜いて再び不動となっていたが、それは相変わらず誰からも注意を払われていなかったために見逃されることとなった。


「……アルマエニア、名残惜しい気持ちはわからなくもないが、このままではいつまで経ってもセレスティナが旅立てぬ。良い加減、我らが至宝を送り出すこととせよ」

「申し訳ありません、ラドルマーファ様。セレスティナ、最後にこれを」


 なかなか抱擁を解こうとしない母親に痺れを切らした父親が離別を促せば、寂しげに身体を離した母親が懐から紋章を模った細工物を取り出した。優美な造りの剣を取り巻く蔓薔薇という図案を精緻な細工で表現したメダリオンだ。


「これは直接の祖であらせられるグラーケンラッハ様が、いにしえに『死人の魔王』陛下より直接賜れた『力と美(ヴォルフシュトラ)』の証です。旅路のいずこかに縁ある地があらば、何かの助けになるやもしれません。持っておゆきなさい」

「母様、これは以前家宝とおっしゃっていたものでは……」

「いずれ王となるべきあなたへならば、託すに不足がありましょうか」


 驚くセレスティナにやんわりと言い聞かせると、母親は未練を断ち切るかのように立ち上がり父親の隣に並んで立った。気づけば総領や友人達を始めとした一門の皆が整然と並び立ち、娘が迎える栄光の旅立ちを見送らんとしていた。


「行くのだ、魂霊統べる者(グルーツェンラッド)の新たなる星よ! 征くのだ、『死人の魔王』陛下の再来たる魂霊術師(ネクロマンサー)よ! 未だ果てぬ魂霊術の高みに上り詰め、この世界に我らがあることを知らしめるのだ!」


 族長の言葉を皮切りに、口々に激励の言葉を投げかける一門の皆。それをこの上なく頼もしいものと受け取ったセレスティナは小さな身体で精一杯胸を張り、思いの丈をありったけの声に載せた。


「みなさま、いつか必ず、セレスティナは世界を征してご覧に入れます! その日までのお別れですが、どうか、どうか健やかにお待ちください!」


 そうして優雅に深々と腰を折って最大限の敬意を示した。そして顔を上げるとその場にいる人全ての顔を刻み込もうとするようにしばらく見つめた後、くるりときびすを返して集落の外に広がる樹海へ決意と共に足を踏み出した。

 その小さな背中が自分達の間を通り過ぎるのを合図に、ずっと待機していた下僕達もそれぞれの荷物を担ぎながら主の後に続く。


〈……やれやれ、ようやっとこの集落から出られるのか。さほどの時でもなかろうに、ずいぶん長く感じたものよ〉

〈翁がそれを言うなら、私はどうなるのです?〉

〈すまんの。だがワシのような真人間にはちとこの地は堪える〉

〈その自己評価は片腹痛いことですね〉

〈そなたに痛む腹があるとは驚きの事実であるな〉

〈ものの例えです。それに、抱く感慨ならば私の圧倒的に上でしょう〉

〈はっはっは、さもありなん〉


 絶える様子のない一門の言祝ぎを背に、互いに届く程度に交わされた言葉はこの世ならざる儚きもの。交わしたのは本来自ら語ることのない下僕たる二体。


〈とはいえ、ようやっとおぬしの待ち望みし時が来たことに違いはあるまいて。ワシは一番の新参なれば、未だその企みの全貌を示されてもおらんが、ここからいかがするか?〉

〈企みなど必要としませんよ、翁。ここまで来ればこちらのもの。我らが愛しき主の御心のまま、成すべき事を成すだけです〉


 傍目にはあるべき下僕らしく振る舞う二体の、主にすら秘された会話は他の誰にも届くことなく消えていき、やがて娘と二体の下僕の姿は鬱蒼と生い茂る木々の間に紛れていった。




 ――こうして幼き魂霊術師(ネクロマンサー)、セレスティナ・ヴォルフシュトラ・グルーツェンラッドは一門の期待と望みを一身に背負い、自らが最も信頼する二体の下僕と共に世界へと旅立った。

 ……だが彼女はおろか、一族の誰一人として気づいていなかった。

 それは魂霊術という秘技の実践が必ず一人で行われていたことに起因する、単純ながら根本的な勘違いであった。

 彼女の秘技を受けた魂霊達ならば当然のごとく知り得ていたものの、彼らが残らず結託して秘匿し、人目のある場ではありふれた下僕に徹していたために結果として今日までずっと見過ごされた。

 それでも彼女の為人(ひととなり)を知っていれば察することもできたかもしれないが、一門の者はすべからく彼女の性質と魂霊術の才能は別のものだという思い込みがあったため、今の今まで関連づけようとする者は誰一人としていなかった。

 伝説に唄われる彼らの英雄の再来と言われるほどに、誰よりも魂霊術への才能を示した彼女は――




 一門の過去に未だかつてなかったほど、誰よりも『優しい』娘だったのだ。


 今後の投稿は不定期になる予定です。最低でも月に二回は投稿するつもりですので、どうか気長にお待ちください。

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