表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/21

9.見学希望

「ありゃ?」

 甲高い声が聞こえた。こんなバカでかいくせに、声がやたらと可愛すぎてアンバランスだ。

「にんげん以外で、死んだふりする動物、はじめてだ」

 さっきの声とは違って、野太い声も聞こえてきた。

二頭か? まさか二頭もいるのか。

 そして、そいつはオレの体くらいはあるバカでかい手のひらで、オレをゆっさゆっさとゆさぶりはじめた。全身の毛が逆立つのを感じる。

「あ……ん……ころ、もち……」

 なぜあんころもちかわからないが、とにかくオレはそうつぶやいた。何か言葉を発しないと、恐怖で身が持たないと思ったのだ。激しく波打つ心臓が、耳から飛び出そうだ。

「あん、ころ、もち? なんだ、それ?」

 野太い声が声を上げた。

「……もちを、あんこで包んだ和菓子……とても、おいしい……ばあさんの……大好物……」

 オレは息も絶え絶えに、返事をする。

「へー、さすが街から来たネコは、グルメですね」

 甲高い声の主はそう言うと「チッ」と短く鳴いた。

「あの、おどかして、ごめん。でも俺、お前、食わないから、安心しろ」

 野太い声の主は、オレの顔を大きな舌でべろりとなめあげた。オレは思わず身震いをした。

甲高い声の主が続ける。

「まあ、とにかく顔をあげてくださいよ。僕たち、動くサクラの木を見に、となりの森からやってきたんです。そのもさもさしたとした白い毛、あなたモリオさんでしょ?」

なんでオレの名前を知ってるんだ? そう言って油断させる作戦か?

オレは薄目を開けて、ちらっとそいつらに目を向けた。

丸太のような太い手足に、むくむくとした大きな茶色い体。これはまぎれもなくクマという動物だ。オレが森の中で、最も出会いたくなかった動物だった。そのぶっとい腕のひとふりで、オレなんかあっという間にあの世行きだ。

「うわさでは、かなりの豊満な体つきのネコだと聞いていたのですが、ずいぶんとスマートですねぇ」

 そのクマの頭の上に、ちょこんと座りながらそう言ったのは、小さな白ネズミだった。いやネズミにしては、やけにふっくらと丸い体をしている。

「俺、お前は、食わない。もう動物は、食わない」

 クマはそう言うと、口の端をぐいっと上げて歯をむきだしにした。あれは笑顔のつもりなんだろうか。笑顔にしては、怖すぎる。 

「お、おう……」

 オレはゆっくりと体を起こすと、耳をふせたまま、注意深くそいつら観察した。なんにせよ、変なやつらには違いない。

「うーん、まだ笑顔がぎこちないですねぇ。ほら、モリオさんが怖がってる。まだまだ、練習の余地がありますね」

 白ネズミはクマに向かってそう言うと、はっと顔を上げてオレを見た。

「あ、自己紹介するのを忘れてました。僕はハムスターのしもぶくれ、このクマは、十兵衛と言います」

 しもぶくれと名乗った白ネズミは、ピンク色の小さな鼻をヒクヒクと動かした。

そうか、あれはネズミではなくハムスターだ。

 しかし、ハムスターがなんでこんな森にいるんだろう。しかもクマの頭に乗って。

どう考えても、おかしな二人組だ。

「ネコのモリオ、ウルシハラ・モリオです」

 オレは軽く頭を下げた。

「モリオさんのお名前は知ってますよ、それとカピバラのカピンチョさんも。おふたりで、動くサクラの木の下に、暮らされているのですよね?」

 しもぶくれは、十兵衛という名のクマの頭から、身を乗り出すようにして言った。

「ま、まあな」

 オレはその十兵衛の威圧感に、身をすくめながらうなずいた。こいつはさっきから、ずっと不自然な笑顔で、オレを見ている。

「あの、ぜひそのサクラの木を、見せていただきませんか?」

 しもぶくれがそう言うと、十兵衛はさらに口角をめくりあげて、こちらを見た。

「う、うん、まあそれくらいならいいと思うけど……」

 こいつら、わざわざサクラの木を見にやってきたのか。

「じゃあ、行こうか・・・・・・。案内するよ」 

とにかく身の安全を確信したオレは、ほっと息をつくと、サクラの木に向かって歩き出した。後ろからヒタヒタと、十兵衛の足音が聞こえてくる。正直、あまりいい気分はしない。

「いやぁ、楽しみですねぇ。ようやく、あのサクラの木が見れるなんて」

 しもぶくれがひときわ甲高い声を、十兵衛の頭の上であげている。

空はいつのまにか群青色に染まり、銀色の月がうっすらと輪郭をのぞかせはじめた。

「あのさ、しもぶくれ君。君はオレのこと怖くないの? 食べられないとか思わないの? いや、まあ、食べる気はさらさらないんだけど」

「僕には十兵衛がいますので、とくに心配はしていません」

 しもぶくれはそう言うと、十兵衛の耳に前足を置いた。

 確かにあのクマは最強のボディガードだ。そもそも、なぜハムスターとクマが一緒にいるのか気になったが、今は立ちいった話をしないほうがよさそうだ。

 やがてサクラの木が見えてくると、しもぶくれが歓声をあげながら、十兵衛の頭の上で飛び跳ねだした。

「うーん、カピンチョになんて説明をしようか」

 オレは頭をひねりながら、サクラの木の根元まで歩いていく。そのあとを、十兵衛たちがついてきた。

「あ、おかえりなさい、モリオさん」

 カピンチョが口を、もにょもにょと動かしながら、木の中から出てきた。きっと木の実を食べていたに違いない。そしてオレの後ろにいる十兵衛に気付くと、急に動きを止めた。

「カピパラですよ」

 カピンチョは体を硬直させたまま言った。

「ネズミじゃないよ。カピバラですよ。だから食べないで」

 カピンチョは体をかすかにふるわせながら、十兵衛を見た。

「食べるなんて、とんでもない!」

 しもぶくれが声をあげると、カピンチョは「あれっ?」という風に目を見開いた。

「俺たち、サクラの木を、見に来た」

 十兵衛が例の不気味な笑顔を浮かべている。

「サクラの木を?」

 カピンチョの表情が一瞬曇った。

「ええ、歩きたがっているサクラの木がいると聞きまして、ぜひその光景を見学させてもらいたいと思い、となりの森からやってきました。僕はハムスターのしもぶくれと言います。これはクマの十兵衛。図体はでかいですが、とても気のいいやつです」

 しもぶくれは、十兵衛の耳をつかみながら立ち上がると、「チュッ」と短く鳴いた。

「ぜひ、見せて、ほしい。サクラの木が、動くところ」

 十兵衛が低い声でそう言いながら、さらに口をめくりあげるようにして笑った。その奥にするどいキバが、見え隠れしている。

「まあ、そういうわけなんだ」

 オレがカピンチョを見ると、カピンチョが珍しく鋭い目つきで、しもぶれと十兵衛をにらんでいた。

「帰って」

 カピンチョは全身の毛を逆立てると、二匹に向かって言い放った。

「えっ、あの、えっ?」

 しもぶくれは、口をもごもご動かしてうろたえた。十兵衛も、オロオロしながら、もともとひきつった笑顔を、さらにひきつらせている。

「サクラの木は見世物じゃないよ。そんな風に、面白半分に、サクラの木を見るのはやめて」

 カピンチョの口元が、わなわなとふるえだした。

オレはカピンチョの意外な反応を見て、しまったと思った。コイツはサクラの木がバカにされるのを、誰よりも嫌がる。

「なあ、カピンチョ、別にコイツらは面白半分というかさ、サクラの木をバカにするとか、そんな感じじゃないと思うぜ」

 オレがそう言うと、しもぶくれも首をカクカクと上下させて、うなずいた。

「そ、そうです。僕たちは真剣にサクラの木を見たいと思って、はるばるやってきたのです。その、木が動きたいだなんて、歩きたいだなんて、きっとすごい理由があるに違いないと純粋に、そのなんというか……」

 しもぶくれはしどろもどろで説明しだしたが、カピンチョは顔をこわばらせたまま、口を一文字に結んでいる。

「ごめん、カピンチョ、おこらせた。でも別に、バカにするつもりは、ない」

 十兵衛はか細い声でそう言うと、頭をうなだらせた。

「帰って」

 カピンチョはもう一度繰り返した。

 それにしても、こんなバカでかいクマ相手に、キッパリNOと言えるなんて、たいした奴だ。

「とりあえず今日のところはさ、引き下がってさ、また日をあらためて来るといいんじゃないかな」

 オレはカピンチョを横目でうかがいながら、ヒソヒソ声で言った。

「は、はい、そうします。なんかご機嫌を悪くされたようで、すいませんでした」

 しもぶくれは申し訳なさそうにそう言うと、十兵衛と共に、夜の森に消えていった。


二匹がいなくなってしまうと、カピンチョは何も言わずに、サクラの木の中へと入った。オレもその後に続く。

「前もあったんだ。アライグマの家族が、サクラの木を見せてくれって、やってきて」

 カピンチョがぼそりとつぶやいた。

月明かりが、幹の割れ目からさっともれて、カピンチョの横顔を照らした。リルリルと平和な虫の鳴き声が響いてくる。

「そのときは、ボクは別に何も思わなかったんだけど、サクラの木が動き出すとね、その家族は木の実とか食べながら、ワーワー騒いで、それでいいもの見れたねぇって、みんなで言い合いながら、帰っていったんだ」

 カピンチョはサクラの木を見上げた。

「それで、その家族が残していった木の実の殻とか見てたら、なんだか、ボクくやしくて。なんだか、サクラの木をバカにされたような気がして。でね、それからちょっとしたら、またアライグマが、今度はもっと大勢つれて、見物させてくれってやって来たから、ボク、怒って追い返したんだ」

 カピンチョはそこまで言うと、大粒の涙をぽろりとこぼした。

「ボク、間違ってるかなあ? ひどいことしちゃったかなあ?」

 カピンチョは、体をふるわせながら泣きだした。

「いや、間違ってはないぞ。お前の言うとおり、サクラの木は見世物なんかじゃないさ」

 オレがそう言うと、カピンチョは「ありがとう」とだけつぶやいて、目を閉じて、寝息を立てはじめた。オレもカピンチョの横にそっと寝転ぶ。

 ふとサクラの木が、かすかにふるえているのに気づいた。オレはその振動を、苔を通して感じる。なんとなくだけど、サクラの木の気持ちが、わかるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ