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6.トゲ野郎を連れて

「あの! 聞いてください! おかげでトゲが何本か折れました! あれだけ岩にぶつかっても折れなかったのに! すばらしい! これは、すばらしいことなのです!」

 トゲ野郎が興奮した様子で騒いでいる。オレはゆっくりと目を開けた。どうやら、まだ生きているらしい。

「これでほかの魚たちとも仲良くなれる! すばらしい! すばらしい!」

 トゲ野郎は甲高い声で叫び続けている。

オレは体を起こすと、怪我をした個所をさぐった。体がぐっしょりとぬれていたが、とくに致命傷は見当たらない。運よく岩場の水だまりに落ちたのが幸いしたようだ。

「おい、黙れ」

 オレはドスを利かせた声でそう言うと、ふらふらと立ちあがった。右の後ろ足が多少痛んだが、歩けないほどではない。

そのとき空がゴロロロロ……と低くうなった。そして次の瞬間、大粒の雨がいっせいにふり出してきた。オレの全身を大きな雨粒が容赦なく叩く。

「すいません! でも、わたしはずっとこのトゲを折りたかったんです! この嵐を利用して、何度も岩にぶつかったんですが、なかなか折れなかった! この鋭いトゲのおかげで、誰も友達になってくれなかったんです! 魚たちも! イルカたちも! でも苦心の末、ようやく折ることができました! 残りもぜひ折っていただきたい! さあもう一度、崖から飛び降りて! さあ早く!」

 トゲ野郎はうれしそうにそう言った。

 オレはなぜか無性におかしくなって、雨に打たれながらゲラゲラと笑い声をあげた。怒りが限界を通りすぎると、どうやら笑いたくなるものらしい。

「どうして、笑っておられるのです? どうして崖に登らないのです? 頭をうたれたのですか?」

「そうか、お前はトゲを折りたかったのか」

 なんとなくこいつの言うことがわかるような気がした。

オレは崖を迂回する道を進んだ。雨ですべりやすくなった岩肌を、しっかりと踏みしめながら歩いて行く。

「お前に似たやつをオレは知ってるよ」

 オレがそう言うとトゲ野郎は「へーえ!」と素っ頓狂な声をあげた。

「そいつはさ、バカでかい体をゆらしてさ、毎日、毎日歩く練習をしてるんだよ。絶対、歩けやしないのにな」

「いいえ、この世の中に絶対なんてものはありません。努力すれば、願いは叶うのです。その御方も、きっといつの日か歩ける日が、来ることでしょう。現に私も、ようやくいまいましいトゲが折れました。早く、努力して残りも折りたいものです」

「お前のトゲは、お前を守るためについてるんだろう? トゲがなかったら、お前はでかい魚に、ぺろっと食われちゃうんじゃないか?」

「仲間たちもそう言っておりました! ウニはウニらしく生きろ、トゲをめいっぱい逆立てて食われないようにしろ、と。でも私はイヤなのです! たとえトゲがなくなった瞬間に、ぺろっと食べられてもいい、ほかの生き物たちとお話をしたいのです! お友達になりたいのです!」

「ありのままのお前でいいと思うけどな。それにもうオレと話してるじゃないか?」

 比較的ゆるやかな岩の傾斜が続いた。雨に濡れた体をひきずって、歩いていく。この岩場を通り抜ければ、あのブナの木まであと少しだ。

「そ、そういえば、もうあなた様とお話できておりました。これは快挙です。私は初めてウニ以外の生き物とお話をしました! 今の今まで、私が話しかけても誰も答えてはくれなかったのに! これは快挙です! ああ、あなた様の御尻まで運んでいただいた、あの大波に感謝であります!」

トゲ野郎は、やたらと感動したがる性格のようだった。オレは小さくため息をつきながら、その岩を登り切って、ようやくブナの木が見えるところまできた。

そのブナの木は、サクラの木に負けないくらい太い幹を、どっしりと大地に食い込ませていた。幹の根元に長方形の亀裂が見える。どうやら、あそこから中に入れるらしい。

「やれやれ、ようやく一休みできそうだ」

全身が雨でぐっしょりと濡れて重い。オレは最後の力をふりしぼって、ブナの木へと近づいていく。

崖の上からふと海を見下ろすと、来た時よりも一層激しく海面はうねっていた。まるで海の底で、巨大な化け物が暴れ狂ってるかのようだ。もしカピンチョがあの中にいるとしたら、もう絶望的かもしれないな、とぼんやりとした頭で思った。でもオレにはどうすることもできなかった。運を天にまかせることにして、ブナの木の割れ目をのぞいた。

「おい、ここはもういっぱいだ」

ずんぐりとしたビーバーが、のそりと中からはい出てきた。

ちらっと木の中に目線をやると、ブナの木の中はビーバーの言うとおり、様々な種類の動物で埋め尽くされていた。ウサギにリスにネズミ。それにシカやアヒルなんかもいた。たくさんの大小の瞳が、いっせいにオレを見ている。

「それに、お前は肉食だろう? ここは草食動物専用の避難所だ」

「そうなのか?」

 オレがそう言うと、そのビーバーは「そんなことも知らないのか」といった感じに、大げさにため息をついた。

「どうしても、だめか?」

「だめなものは、だめだ」 

ビーバーはずんぐりとした図体に似合わない鋭い眼で、オレをにらんでいる。

 そのとき、辺りが一瞬パッと明るくなった。地響きとともに爆音が鳴り響く。オレは思わずぺたっと耳をふせて、さっと地面に伏せた。

「そんなこと言わずに、どうか入れておくんなまし」

 オレの尻でトゲ野郎が情けない声をあげた。オレも一瞬迷ったが、背に腹は変えられず「お願いだから、入れてほしいニャ~」と地面に這いつくばりながら、ネコなで声をあげた。

「そんな気持ちの悪い声出したって、無理なもんは無理だ。ルールは守らねばならん」

 ビーバーが冷たく言い放つと、奥にいたシマリスが声をあげた。

「その白いネコさん、ひょっとして、カピンチョさんとこの迷いネコじゃないかな?」

「あー、あのサクラの木のカピンチョか」

「ギャハハ、こいつバカピンチョんとこのネコかよ!」

 ほかの動物たちも口々に声をあげた。 

「お前がバカピンチョって言うな!」

 オレはキバをむき出しにして、フーッと威嚇した。カピンチョをバカにしていいのはオレだけだ。そのとき、再び地面がグラグラゆれた。また雷かと思って、さっと身を伏せたが、地面はゆれ続けている。

「お、おい、ブナの木が怒ってるんじゃないか?」

 シマリスがキョロキョロと辺りを見回しながら、おびえた声をあげた。

「だから、サクラの木とカピンチョの話はダメだって言ったろ」

 木の中でヒソヒソ声がささやかれ、ブナの木がミシミシと音をたてながら、ゆれはじめた。

「おい、お前、特別に中に入れてやるけど、この中での殺生は一切禁止だからな。それを守れるんなら、入れてやる」

 ビーバーは、ブナの木をチラチラとうかがいながら言った。

「お安御用だ」

 オレはこくりとうなずく。そしてトゲ野郎に「お前はしゃべるんじゃないぞ」とささやいた。「は、はい、すいません」とトゲ野郎は返事をした。

「よし、じゃあ誓え」

 ビーバーが言った。

「なんて誓えばいいんだ?」

「この森で、一番大事な仲間の名にかけて誓うんだ」

「大事な仲間か……」

オレはしばらく首をひねって考えたが、どう考えてもカピンチョ以外思い浮かばない。ここは癪だが、カピンチョの名前を拝借するとしよう。

「カピバラのカピンチョの名にかけて、私は不殺生を誓います」

 口をモゴモゴさせながらそう誓うと、ビーバーは「よし」とうなずいた。

「おい、家ネコが一匹はいるけど、宣言はきちんとさせたから大丈夫だ。少し奥に詰めてやってくれ」

 ビーバーがそう言うと、木の中の動物たちはごそごそと動いて、ネコ一匹分のスペースをあけてくれた。

「ありがとう、助かったよ」

ああ、これでようやく一息つける。オレは体を左右にふって水を飛ばし、木の中へと足を踏み入れた。

中に入ると、激しい雨音がすっと薄れて、やわらかな静寂に包まれた。

オレは空いたスペースへと腰を下ろすと、ふぅと息をもらした。前足をアゴのしたに入れて、背を丸める。

ブナの木の中はいろんな動物の匂いが漂っていた。普段なら落ち着かないはずなんだけど、こんな日は逆にとても心が安らぐ気がする。

「礼なら、ブナの木に言うんだな」

 ビーバーはそうぶっきらぼうに言うと、オレの隣に座り、警戒するようにじっとこちらを見ている。

「おい、お前。しっぽにつけてるそのトゲトゲはなんだ? 今にも刺さりそうで、危ないんだが?」

 ビーバーがトゲ野郎をにらみつけた。トゲ野郎は体をふるわせて何か言おうとしたが、オレは大きな声をあげてそれを制した。

「ファッションだ」

「ファッション?」

 ビーバーの後ろにいた野ウサギが、いぶかしそうに、両耳をピンと立てた。

「ああ、都会のセレブアニマルの中で、大流行のファッションだ」

 オレがそうホラを吹くと、木の中の動物たちは「おーっ」と歓声をあげた。トゲ野郎は「えっ? えっ?」と、とまどっている。

「トゲが折れているのも、ワザとなのかしら?」

 アヒルがオレの尻を興味深げに見ている。

「ああ、ユーズド・テイストってやつさ」

 さらに「おおーっ」と歓声があがる。

「そういえば、お前は街の方から迷い込んだという噂を聞いた。都会ではウニをしっぽにつけるのが流行っているのか?」

 ビーバーも感心したように、トゲ野郎をながめている。

「ウニ?」

 オレは首をひねって、トゲ野郎に目をやった。

「はい、ウニです……」

トゲ野郎は蚊の鳴くような声でつぶやいた。しかし何度見ても、やっぱりオレの知っているウニとは、似ても似つかない形をしている。やれやれ、世の中にはオレの知らないことが多すぎる。

「ああ、でもオレにはもう必要ないから、抜いてくれないか?」

 オレがそう言うと、そばにいたビーバーと野ウサギが「いいだろう」とうなずいた。そしてトゲ野郎を、しっかりとくわえた。

「あの、わたし、このままあなた様の御尻に、いさせてもらいたいのですが……」とトゲ野郎はつぶやいたが、オレは聞こえないふりをして声をあげた。

「いいか、いっせいに力を入れて抜いてくれ。いち、に、の さん!」

 動物たちは力を入れて、トゲ野郎をひっぱった。

「イデデデデデ!」

次の瞬間、体がバラバラになってしまいそうな痛みがオレの全身をつきぬける。激痛なんて生やさしいものではなかった。トゲはぎっちりと、オレの体内に刺さっていてなかなか抜けない。

「イヤですよ! 抜かれてなるものですか!」

トゲ野郎はイヤイヤという風に体をゆすった。さらに痛みが増し、全身がブルブルとけいれんしだして、息が荒くなる。オレは歯を食いしばって耐えた。

「うーん、なかなか抜けそうにないですなぁ」

 そばで見ていたシマリスが、間の抜けた声をあげた。

オレは「ふぬおおおおお」と我ながら情けない声をあげた。よだれが泡になってしたたり落ちた。

「オシャレも命がけなんですわねぇ」

 アヒルのあきれた声も聞こえてきた。そのときわずかだが、体のトゲがゆっくりと抜けていくのを感じた。

「いいぞ、そのままひっぱってくれ!」

 オレはあらん限りの力をふりしぼってそう叫んだ。

「イヤだぁ! あなた様のそばに! そばにずっといさせてください!」

 トゲ野郎も必死に抵抗をする。

「ひっひっふー、ひっひっふーと呼吸をするんだ。少しは楽になるから」

 ビーバーがオレの耳元でささやいた。

オレは言われた通り「ひっひっふー」と息を吐き出しながら、ぎゅっと目をつぶった。

やがてトゲはズルズルとオレの尻から抜けていく。

「いやあああああああああ!」

そしてトゲ野郎の断末魔ともに、とうとうオレの尻からいまいましいトゲが抜けた。悪夢は去ったのだ。

そう思うと、急に全身の力が抜けた。オレはぐにゃりと地面に倒れこんだ。

「あ、死んだ」

誰かの声が聞こえたと同時に、オレの意識がバチン、と音を立ててシャットダウンされた。


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