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5.モリオの尻に

口の中に大量の砂が入っている。口の中の砂を残らず吐き出し、体を激しく左右にふって、体中についた砂を落とした。

空を見上げると、トンビたちは悠々とオレの頭上を周回し、やがて沖合めがけて、飛び去って行った。

「バカヤロー! 焼き鳥にされて食われちまえ!」

オレの罵声は、激しく吹き荒れる風と波の音でかきけされた。

波はドッパン、ドッパンと腹に響くような大音量を響かせながら、休むことなく砂浜に打ち寄せている。目の前を大きな木の枝が、ゴロン、ゴロンと転がっていった。

強風で狂ったように波を砂浜に叩きつけている海は、雄大さのかけらもなかった。この光景をサクラの木が見たらなんて思うだろうか。

「ああ、そうだ、カピンチョを探さなきゃ」

 オレはそうつぶやくと、砂浜をゆっくりと歩き始めた。足が砂にめりこんで歩きにくい。さらに砂をふくんだ風が容赦なくふきつけてきて、目をギリギリまで細めながら歩かねばならなかった。

「ああ、それにしても、腹が減った……」

 そういえば、もう丸一日なにも口にしていない。何か食べれそうなものがないか、あたりを見回してみた。すると、遠くのほうに、テカテカと光っているものが見えた。

オレはそばまで駆けていって、その物体に鼻を近づけた。それはゼリーのような、ぷるんとした質感で、水ようかんにも見えなくはない。鼻をフンフンと鳴らして、かいでみると、潮臭い匂いがした。

「食べれなくもない、かもしれない……」

とにかく口に入ればなんだっていいような状況だ。オレは意を決して、ガブリとかじりついてみた。

「うっ」

 ひと噛みした瞬間、ゼリーの中から薄い塩味の水が、ぶちゅっと出てきて、歯ぐきのすきまからしたたり落ちた。おまけにゼリーについた砂が、ジャリジャリと音を立てている。

まずい。こいつは予想以上のまずさだ。なまあたたかくて、ぶにょぶにょとしていて、おまけに臭い。生ゴミを薄めた匂いがする。それでもオレは口をごにょごにょと動かして、なんとか飲み干した。

「ああ、ばあさんのわらび餅が食べたい……」

 オレは涙目になりながら、それを半分ほど無理やり腹に入れると、再び歩き出した。

「カピンチョ!」

 大声を張り上げながら、砂浜をとぼとぼと、あてもなく歩いた。しかし、その声もふきあれる風の音と、波の轟音でかき消されていく。そもそも、なんでこんなことになったんだろう。そうだ、カピンチョが海に行くって言い出したから、こんなことになったんだ。

「あいつのせいで、こんなことに……」

そう思ったら、頭の中にカピンチョの、のほほんとしたマヌケヅラが浮かんできた。オレは無性に腹が立ってきて、後ろ足で足元の砂を蹴飛ばした。ばっと舞い上がった砂は、吹き荒れる風でもどされて、オレの顔にビシビシと当たった。

「くそったれ!」

今度カピンチョに会ったら、あの、のんきな馬ヅラを思い切りはりとばしてやる。そして、あの無駄にでかい鼻の穴に、前足をつっこんでやろう。きっとフゴフゴ言って、目を白黒させるに違いない。

 オレは頭の中で、カピンチョへのおしおきを次から次へと考えていった。すると、少しずつだが、愉快な気分になっていった。

「あのぼってとしたおなかに、オレのネコキックをくらわしてだな……」

オレは「ぬふふ・・・・・・」と笑いながら、岩場に足を踏み入れた。岩の上にいた黒い小さな虫たちが、いっせいに道を開けた。

「そして、ローリング・ネコパンチでフィニッシュだ」

波が岩場に打ち寄せて、ハデに砕け散っている。波しぶきが風にふかれて、パラパラと顔にかかった。

「ふふふ、覚悟するがいい、バカピンチョめ」

 オレはハイな気分になって、その場で垂直にジャンプすると、空中でくるりと一回転した。オレの背後でドッパーン、と波が再び砕け散った。我ながら、今のは決まった。

いかにでぶっちょと言われようが、オレはネコなのだ。フットワークの良さで、ネコの右に出るものはいない。このフットワークを武器に、バカピンチョを完膚なきまでに叩きのめしてやる。

 そう思いながら、華麗なステップを踏みつつ歩いていると、ふいに後ろから叫び声が聞こえた。

「うわああ! ど、どいてください!」

「ん?」

 声のした方をふり向くと、全身がトゲでおおわれた真っ黒な野球ボールのようなものが、くるくると回転しながら、猛スピードでこちらに向かって飛んできた。

「うおっ!」

オレは飛び上がって交わそうと思ったが、すでに遅かった。それはオレの尻にぶつかると、グサッと嫌な音をたてて、深々と突き刺さった。

「イデエ!」

 ビリッとした鋭い痛みが、尻から頭に流れた。痛みのあまり体が硬直して、その場から固まったように動けない。

「うわあ! すいません、すいません! 今、抜けますから!」

 その物体は、声をあげながら、体を左右にふり始めた。しかし、トゲはしっかりと突き刺さったまま、ピクリともしない。しかもそいつが動くたびに、激痛がオレの体を突き抜ける。

「やめろ! 動くな、バカ!」

 オレがそう叫ぶと、その物体はぴたりと動きを止めた。

「本当にすいません……」

オレはゆっくりと、首を後ろに向けた。海水で黒光りしたトゲトゲの物体が、オレのしっぽの付け根の右側に刺さっていた。

「くそ、がっちり刺さってやがる……泣きそうだ……」

「すいません、でも、あの、毒はありませんから、大丈夫ですん……」

「大丈夫ですん、じゃねえだろ……。おめえ何者だ……。オレになんの恨みがあって、こんなことを……」

「ひいっ! あの、ぐ、偶然です! 恨みなんてありません! あの、わたくし、ただのしがないウニです、本当にすいません……」

「ウニだと……?」

 オレの知っているウニは黄色がかったやわらかな形をしていて、口に入れるとほんのりと甘い。少なくとも、こんな凶暴な形はしていない。

「嘘つけ! ウニがこんな物騒なトゲもってるわけねぇだろ! ウニはなぁ! もっとやわらかくて、しっとりとしていて、それでいて、濃厚なんだよ!」

「ああ、やっぱり物騒ですよね、ホントすいません……」

その物体は悲しそうに、全身をふるわせじめた。その振動がさらに痛みを刺激する。ただでさえ、ふきあれる強風でそのトゲトゲが、グラグラと動いて痛いのだ。

「おい、動くなバカ! じっとしてろ!」

「すいません、すいません……。ああ、こんなトゲさえなければ……。いまいましいトゲめ……消えてなくなれ!」

「お前自身が消えてなくなれ!」

 そう叫んだどころで、このトゲ野郎が消えてなくなるわけでもない。オレは深いため息をついた。

「くそう、なんでこんなことになるんだよ……」

 尻に突き刺さったトゲ野郎は、「すいません、すいません」とくりかえす。

カピンチョを探すどころではなくなったオレは、とにかく風の届かない安全な場所に避難することにした。

「おい、てめえ、どこか風から身を守れる場所を知らないか?」

「えっ、あ、はい、この辺でしたら、大きなブナの木の中が、避難場所になっていると、カモメたちが言っておりました」

「よし、案内しろ」

「は、はい。えっと、とりあえず、その三角形の岩の横をですね、通り抜けていただいてですね」

 そいつの言うとおりに、ゴツゴツした岩場をそろりそろりと、注意深く歩いていく。

しばらく歩くと、目の前に切り立った巨大な絶壁が現れた。その上に、灰色がかった大きな木の幹が見える。

「あれがブナの木か?」

 オレは眉間に皺をよせながら、その断崖絶壁を見上げた。これを登るのは一苦労だ。

「あ、はい、そうだと思います。でもこの崖は登れませんよね……迂回しましょうか?」

「ふん、このモリオ様をなめるなよ。こんな崖くらい朝飯前さ」

 オレは崖をキッとにらみつけると、前足を岩にかけた。

 しっかりと爪を岩肌につきたてながら、慎重に登っていく。しかし、風は容赦なくオレの体を右へ左へと、ゆさぶっていく。背後でひときわ大きな音を立てて、波が砕けた。背筋にひやっとした冷たさが走る。

「やっぱ、やめときゃよかったかな……」

実際に登ってみると、崖は想像以上に険わしく、早くも心が折れかけたが、オレは歯を食いしばりながら、手足を懸命に動かした。尻の痛みは、徐々に鈍いしびれへと変わっていく。脚の感覚がさっきからおかしい。

「ひええ、こんな高いところに登るのは初めてです」

 トゲ野郎が声をふるわせながら言った。

「でも、モリオ様は怖くないのですね。さすがであります」

「ふん、当然だ。木登りや崖登りは、ネコのお家芸だからな」

そう答えたとき、ふいに激しい突風がぶおんと吹いた。

「あっ、ヤバイ」

そう思って岩にしがみつこうとしたときには、もう遅かった。オレはいとも簡単に宙に放り投げられた。

目の前の景色がくるくると回転する。そして、激しい衝撃が全身を襲った。


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