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15.ふゆの森

その年の冬、二十年ぶりふった雪はしんしんとふりつもり、森中をまっしろに染め上げた。


どこを歩いてもあたり一面まっしろだ。

森の動物たちも眠りついていて、夏や秋の騒がしさが、うそのようにしんとしている。


「うおー、こいつは寒い」

足の裏が真っ赤にかじかんで、歩いてはいられない。

オレはじんじんと痛みだした前足をふると、カピンチョの背中に飛び乗って避難した。

冬の間は湖の魚も取れない。

かといって、カピンチョみたいに木の実や草なんかを食べるわけにもいかなかった。

猫には十分なたんぱく質が必要だからだ。


「あ、そこのとがった岩を左にいってくれ」

 オレはカピンチョの背中の上から指示を出す。

「そこからはまっすぐだ。すぐに例の川にだどりつく」

「はいな!」

 カピンチョは上機嫌に雪をかき分け歩いていく。 

 オレはカピンチョの背中の上でぐぐっと体を伸ばした。冷たい水に入る前に十分に体を温めておく必要がある。

「最初のころに比べると、モリオさんもずいぶんと軽くなったねえ」

 カピンチョはオレを乗せて、のしのしと歩いていく。

雪は、カピンチョの足半分を覆いつくすまで、ふり積もっていた。

「まあな。こんな質素な生活してたら、いやでもダイエットになる」

「もう鳥たちに子ブタちゃん、とか言われなくてすむね」

「えっ、そんなこと言われてたの、オレ・・・・・・?」

オレは悲しくなって、小さなため息をついた。

カピンチョは体をゆらしてクスクスと笑った。カピンチョは雪をかきわけながら、泳ぐようにして進んでいく。

「でも、今はもう立派な山ネコみたいだよ」

オレは、首を回して自分の毛並みを見ると小さなため息をついた。

 最初はふわふわとした綿毛のように繊細だったオレの体毛が、今ではごわごわとした硬いじゅうたんのような毛になってしまっていた。

ここでは誰もシャンプーやカッティングやブラッシングなんかしてくれないから、まあ当然といえば当然か。

「山ネコか、まあ子ブタちゃんよりかはマシだな」

「うん、すごくかっこいい体になったと思う――って、あれ?」

 カピンチョが顔を上げると同時に、聞き覚えのある口笛のような鳴き声が、空から重なって響いてきた。

「トンビだねぇ。でも、トンじいじゃないなあ」

 カピンチョは立ち止まると目を細めながら、くるくると周回しているトンビの群れを見上げた。

 トンビたちはオレたちを見つけると、ゆっくりと円を描きながら舞い降りてきた。

「あのトンビは・・・・・・いつぞやの・・・・・・」

 オレは思わず身をすくめた。忘れもしない、オレを宙にぶらさげて飛んだあのトンビたちだ。

「あ、マツカゼさんに、ヨシムネさんだ!」

 カピンチョが、白い息を吐き出しながら叫んだ。


「やあ、カピンチョくんにモリオくん。今年は大雪で大変ですね」

 マツカゼと呼ばれた若く凛々しいトンビは、翼をはためかせながら、オレたちの前へと着陸した。オレはカピンチョの背中で、そっと息を殺すことに決めた。

「ひゃー、ちょっと飛ぶだけで、翼がカチコチだよー」

 ヨシムネと呼ばれた、ずんぐりむっくりしたトンビは、ぶるぶるっと体をふるわせた。

「ねぇねぇ、今はなにをしてるの?」

 カピンチョはニコニコと笑いながら言った。

「パトロール中なのですよ」

 マツカゼは片目をパチリと閉じて、ウィンクをした。

「近頃はこの森も、色々と騒がしいからねー。強化パトロール中なんだ」

 ヨシムネはそう言うと、ひとりで「うんうん」とうなずいた。

「トンじいも、そんなこと言ってたけど、何かあるの?」

 カピンチョは、目をぱちくりとさせた。

「大丈夫、もし何かあったら、オイラたちがすぐに知らせるよ」

 ヨシムネは再び、うんうん、とひとりでうなずいた。

そのとき、ピーピーヒョローというひときわ大きな鳴き声が聞こえてきた。

「あ、リーダーが呼んでますね。もう行かないと」

 マツカゼがあわてて翼を広げると、ヨシムネもそれに続く。

「そうそう、そこの小さくなってるモリオくんに、もう無理やりつかんで飛んだりしないよ、って伝えといてくれるかなあ」

「それと、少々乱暴にしてごめんなさいともお伝えください。いくら命令とはいえ、かわいそうなことをしました」

 二羽はそう言い残すと、バサバサッと大きな翼をはためかせ、あっという間に大空へと飛び去っていった。

「やれやれ、あいつらのあの軍隊みたいなところは苦手だ」

 トンビたちが見えなくなってしまうと、オレはふぅと安堵の息をもらした。

「軍隊って?」

「うーん、まあ、組織的に森を守ってるやつらってことだな、うん」

「森を守るかあ。そういえば、この前山火事が起こった時、トンビさんたちが森中に知らせてくれたおかげで、一匹も怪我せずにすんだんだよ」

「ふーん、さしずめ、あいつらは空軍ってとこか」

 オレはカピンチョの背中の上で、ぶるっと体をふるわせた。

「あ、ねぇねぇ、ところでモリオさん、空を飛んだの?」

「ま、まあな」

 カピンチョのせいで、あのときの恐怖が少しずつよみがえってくる。あのふわふわした両脚が宙に浮いている奇妙な感覚が全身をかけめぐった。

オレは気分を落ち着けるために、毛づくろいをすることにする。

「えーっ、すごい! 空を飛ぶってどんな気分? ねぇ、どんな気分?」

 カピンチョは興奮気味に、体をゆっさゆっさとゆさぶりはじめた。

「あんなもん、どうということはない」

 オレはドクドクと波打ちはじめた心臓を押さえながら、指の間にも舌をすべりこませて、入念になめていく。いいぞ、だんだんと気分が落ち着いてきた。指のあとは、背中としっぽだ。その後は・・・・・・カピンチョでもなめてやるか。

「すごいなあ! ボクも空を飛んでみたいなあ!」

「お前の図体じゃあ、まあ無理だろうな」

「えー? モリオさんだけずるい」

「オレだって、好きで飛ばされたわけじゃないんだぞ」

 カピンチョはそれでも「ずるい、ずるい」と文句を言いながら、歩き出した。

冷たい風がびゅっと吹いて、雪がパラパラとふり落ちてきた。この分だと、まだまだつもりそうだ。オレはカピンチョの背中で体を丸めて、鼻先を腕の間にすべりこませた。



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