表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

14.雪化粧

冬が本格的にやってくると、森はよりいっそうの寒さに包まれた。


湖は完全に凍って、まるでガラスが張ったように、水面はカチコチに固まった。

 それでもサクラの木は毎朝、体をゆすり続けた。体にうっすら張った霜をはじきとばすように、サクラの木は枝をしならせ、幹を上へ上へと伸ばしていく。


 十兵衛は相変わらず、眠そうに体を動かしながら、雪を待ち続けていた。

 しかし、寒さが一段と厳しいある晴れた日の午後、サクラの木の下で、木の実を前足で転がしていた十兵衛が、バタンとあおむけに倒れた。

 オレとカピンチョがあわてて走り寄ると、十兵衛は大きな寝息をぐーぐーとたてて眠りはじめた。

「どうする? 起こす?」

 カピンチョが困ったように、耳をパタパタと動かしながら、オレを見た。

「もう限界じゃないかな」

 十兵衛は、とても気持ちよさそうに目を閉じて眠りこけていた。起こすのがためらわれるような眠り方だ。


最初に気付いたのはサクラの木だった。


サクラの木は、枝をゆっさゆっさとしならせた。

続いてカピンチョが顔をあげた。最後にオレが空を見上げる。


 最初は小さな白い葉っぱが落ちてきたのだと思った。

それは、ゆらゆらと宙を舞いながら、ゆっくりとふり落ちてきた。

やがて地面に当たると、さっと溶けてなくなった。


「あれ、これって……」


 オレはもう一度空を見上げる。それは、ふわふわと目の前まで下りてくると、やはり地面にぶつかって消えた。


「モリオさん、これって……」


 カピンチョも、目をまん丸にして見上げている。


「雪だ」


 オレが、ぼそりとつぶやくと、カピンチョは「すごい! すごい!」と飛ぶように、はしゃぎだした。

「あ、十兵衛!」

 オレとカピンチョは同時にそう叫ぶと、十兵衛の鼻を交互にバシバシと叩いた。

「おい! 雪だぞ!  お前が待ちかねた雪だ! 起きろ!」

「十兵衛さん! 起きて! 雪だよ、本当に、雪がふってきたんだよ!」

 しかし、十兵衛は、ぴくりとも動かず寝息をたてている。

十兵衛の顔が、ぐわんぐわんゆれるくらいに叩いたが、起きる気配がない。

さらにオレとカピンチョは、十兵衛の上に登って飛び跳ねたり、耳元で叫んだりしてみたが、一向に効果がない。

「まいったなあ、十兵衛さん、全然起きないや」

 カピンチョは白い息をふうと吐き出した。

オレは何かいい方法はないかと、あたりを見回した。すると、折れた小枝が目に付いた。

「よし、オレにまかせろ」

 オレは小枝を口にくわえると、そのまま、十兵衛の鼻の穴に、ずぶりとつっこんだ。さらにこちょこちょと、細かくかきまわすようにして動かした。

 しばらく続けていると、十兵衛は鼻をぴくぴくと動かしはじめた。そして、ぶしゅん、と大きな音を立ててくしゃみをした。

同時に、ものすごい量のつばがあたりに飛び散った。

「うおっ!」

オレはあわてて飛び下がったが、カピンチョはよけ損ねて、つばを全身に浴びた。

「ん、俺、また、寝てた」

 十兵衛は「ぶあああ……」と大きな口を広げて、大あくびをした。

「うう、十兵衛さんのつばが、鼻水がぁ……」

 カピンチョは泣きそうな声をあげた。

「おい、十兵衛! 空を見てみろ!」

 オレがそう叫ぶと、十兵衛は、きょとんとした顔で顔を上げた。


一粒の雪がふわふわと舞い降りて、十兵衛の鼻先に落ちた。

「……ふわふわしてて、白くて、冷たい……」

 十兵衛は、手のひらを広げると空にかざした。

「雪だ。俺、とうとう、雪を、見れた」

 十兵衛は、うれしそうに眼を細めると、鼻をひくひくと動かして空を見上げた。


雪は次々にさらさらと舞い降りてきた。

オレたちは無言で空を見上げ続けた。

「オレの言ったとおりだったろ?」

オレはヒゲをぴくぴくと動かしながら言った。

はじめて触った雪は、やっぱりふわふわして、白くて、冷たかった。

「うん。なんかね、雪ってサクラの花びらにそっくりなんだ。春になると、こんな感じでサクラの花がふわふわーって、ふってくるんだよ」

カピンチョは目の前の雪を不思議そうに見ている。

「ありがとう、カピンチョ、モリオ。おかげで、雪を、見れた。ありがとう」

 十兵衛はもう一度、大きな口を開けてあくびをした。

雪が何粒か、その口の中へ吸い込まれていく。


最初はゆらゆらと舞うようだった雪は、やがて森全体を埋め尽くすような激しさでふり落ちてきた。

地面がうっすらと雪で埋め尽くされるころ、十兵衛は雪をぎゅっぎゅっと踏みしめながら、サクラの木のそばの巣穴へと戻って行った。十兵衛の大きな足跡が、点々と残った。

カピンチョは白い息を吐きながら、サクラの木のまわりをぐるぐるとかけまわっている。

オレはぶるっと身震いをすると、木の中へともぐりこんだ。

やっぱり寒いのは苦手だった。

こういうとき、自分がネコなんだとしみじみと思う。

ネコはこたつで丸くなるのが一番だ。

サクラの木の中で体を丸めながら、大きなくしゃみをひとつした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ