002《奇跡》
ダークスーツを着た青年は椅子に座らせたまま縛られていた。
頭から布の袋を被され、首の所で袋が脱げないように口が縄で縛られていた。
意識を失ったままなのか、下を向いている。
更に腕は背後に回された状態で椅子に固定され、脚は椅子の脚に固定されている。
意識があったとしても身動きが難しい状態と言えるだろう。
「うっでー」
(くそ、頭が痛てー)
ようやく、意識を取り戻したのか青年は頭をゆっくりと上げた。
そして首から上に何かが被さっている事に気が付き、首を振った。
(息苦しいし暗い。
腕も脚も動かねー。
つか、口に違和感があるし。
何が起こってやがる)
布の袋が取る事をひとまず諦めた青年は気絶する前の記憶を思い出そうと躍起になった。
(確か、白の検査が終わって家に帰ったんだよな?
家に帰って、どうなった?)
青年は必死に記憶を辿ろうとするが、頭に鈍痛と痺れのようなモノを感じた。
まるで薬を嗅がされた後のような……
(あぁ、そうだ。
思い出した。
コスプレ集団が家に居て薬か何かを使われてたんだっけな。
不法侵入に監禁か。
大胆な事をする輩だな)
青年は思い出すと同時に怒りが湧いてきた。
何故、自分達がこんな目に遭わなければならないのか。
心当たりはあるが、理不尽だ。
椅子に縛られたままガタガタと動く青年。
(チッ。
しっかりと縛られていやがる。
今回はちとヤバそうだ。
白の奴、何もされてないだろうな?
見た目は良いからな、あいつは)
青年は庇っていた少女の事に意識を傾けていると何処からか音が聞こえ始めた。
(これは…足音か?
誰か来てるのか?)
音はだんだんと大きく聞こえる。
近付いているのだろう。
それも、1人ではなく、数人で。
1人だけ、走って来ているような音が青年の耳が捉えた。
「兄上!
無事か!?」
「いろ!?」
それは青年がコスプレ集団に何かされていないか心配していた者の声だった。
「さぁ、迅速に兄上の呪縛を解け!」
「はっ!」
少女の声に従う誰かが、青年に近付き、縛っていた縄を解き始めた。
青年が返事を聞いた限りでは若い男性の声としか分からなかった。
「くっ、兄上、悪魔も恐れる強面だからと四肢をもがれ罪人のように扱われるとは!
しかし、我が来たからにはその呪縛を解き放ち真の自由を…」
(四肢をもがれてねーし。
こんな事態になってまでも変わらねーのかよ、お前は)
青年は心中で少女にツッコミながら現状の把握を進める。
今、青年を縛っていた縄を解いているのは誰だ。
声は聞いた事が無い。
少女の言葉に従う所を考えると知り合いかと思うが、病院通いの少女の人脈などそう広いモノではない。
まさか、ネットで知り合った見ず知らずの男じゃないだろうかと青年が邪推していると頭に被されていた布の袋が外された。
しばし、明るさに目を瞬かせ、見えてきた光景。
(あ?)
そして、青年はその光景に絶句した。
目の前で少女が自らの脚で立っていたからだ。
何の支えも無しに、堂々と立っていた姿を見たからだ。
口を塞いでいたモノも取れたが青年は言葉を出す事ができなかった。
それほど、驚いていたからだ。
縄や布の袋を外してくれた若い男性には目もくれず少女の立っている姿を凝視していた。
何せ、少女は。
少女は病気で一生立てない身体だったのだから。
「し、白!
おい、お前、なんで脚が…」
「くっふふ!
やはり、兄上でさえも驚くか。
見よ、卑しき神の呪いは解かれ我は完全なる姿となったのだ!
くふ、くはは、くぁははは!」
腰に手を当て、ふんぞり返りながら高笑いをする少女。
その様子に言葉を失う青年に、青年の背後で少女の言葉が分からず若い男性はオロオロとしていた。
「何が、あったんだ」
青年は求めていた希望、そして諦めていた奇跡が目の前で実現している事に呆然と椅子に寄りかかるしかできなかった。
「兄上、我らは遠き、異なる世界に呼ばれたようだ!
我らを選ぶとはこの世界の神も見る目はあるようだ!」
(こいつ、何を言ってんだ?)
青年は冷たい視線を少女に送っていたが当の本人は気付かず、更に荒唐無稽な話を興奮気味に叫んでいた。




