第二十七話
『やったな、アメリア』
動きを止めた魔物の欠片は、空気に溶ける様に消えていった。
先に切り落としていた足は残っていたが、魔物の本体と繋がっていた足は、本体と一緒に消えてしまっていた。
『完全にアキオミのおかげだけどね』
アメリアは素直に喜べないみたいだ。
『援護はしたけどさ。魔物を隠形に逃げられなくして追い詰めたのはアメリアだし、止めを刺したのもアメリアだから』
『止めを刺せたのは、アキオミが足を切って追い詰めたから出来ただけだもの』
『いいじゃないか。俺とアメリアの共同作業で』
初めての共同作業がケーキ入刀じゃなく魔物入刀というのも俺たちらしいな、などと益体も無いことを考えていると。
「明臣様、アメリアさん、お疲れ様でした。念のため、穢れが一体だけではない可能性も考慮して、明日も調査を行うことになります。今日のところは、昨日と同様に警戒しながら戻ってください」
由良が俺の傍まで来て、そう告げた。
「由良は?」
「穢れが何か残していないか、確認してから戻ります」
由良の背後には、配下の女性が四人ほど佇んでいた。
「そういや、先に切った足だけ消えてないみたいだね」
言いながら、近くに転がっていた魔物の足に向かって、法力を籠めた槍を突きつけてみる。サンプルなら昨日渡してあるから、これは俺に遊ばせて貰おう。
俺の槍でも御神刀の力でも傷一つ付かなかった、爪状に尖った足先に槍が刺さった。軽くひねると簡単にもげる。
「これも、魔物の力によって強化されていたんだろうな」
もげた五十センチほどの足先を拾って断面を確認すると、中に空洞や体組織らしきものは無く、表面と同じような物が詰まっている感じだ。
試しに槍と同じように法力を籠めて見ると、槍の加護の様な力が感じられた。
「あ、明臣様……それは一体!?」
その力を由良も感じたのだろう、驚いた様子で詰め寄られた。
昨日のサンプルで試していないのだろうか?
「えっと、槍と同じようにやってみたんだけど、何か不味かった?」
「そう言う訳では……いえ、そうですね。今のことは、内密にお願いします」
よく判らないが、魔物の足を俺が強化出来たこと自体に驚いているのか。そして、それはあまり公にはしない方がいいらしい。
まさか、俺の力が魔物に通じてている、イコール俺も魔物の一種である、などと言い出さないとは思うが、何も判らず全てを放り出すのも不味い気がした。
「あ、ああ。判った。……これ、俺が貰ってもいいかな?」
「……そう、ですね。元々、明臣様が確保された物ですし」
由良は渋々といった感じだったが、それを認めた。サンプルが採れたこと自体が俺の成果だったので、上を説得することは可能だろう、と。調査中のサンプルからも、今のところは危険な兆候は見られないらしい。
討伐は果たされていたが、念のため結界で守りを固めながら下山した。
下山組には麻由里も入っており、道中ずっと話しかけられていたのだが、妙に熱の籠った様子の麻由里にちょっと引いてしまった。今回の討伐のこと以外に合う話題もなく、俺はただ相槌を打つだけに終始した。
衣空神社に到着しても、麻由里はまだ話をしたそうにしていたが、アメリアに拉致られて、そのまま旅館で寝ることになった。
***
翌朝、由良から現状報告を受けた。
あの後行った探索では、穢れやその痕跡は見つからなかった。
この後は大規模探知を丸一日行い、続けて個別の探索をまた丸一日掛けて行うとのこと。
その結果、何も見つからなければ、今回の討伐は完了となるらしい。
俺とアメリアは、家に帰って結果を待つことになった。
移動中、学校に連絡を入れて、少し遅れて登校すると伝えた。
奈緒からはまた着信やメールがいくつか来ていたが、「少し遅れて登校する」とだけメールを入れてまた電源を切った。
一旦自宅へ戻り、制服に着替える。
アメリアの昼食の準備をして、学校に向かった。アメリアは「やりたいことがあるから、このまま家に居る」と言っていたのだが、何をやるんだろう?
二限目が終わったのを見計らって教室に入ると、奈緒からジト目で睨まれた。
「牧嶋君、勘弁してよ~」
汐見さんが近寄ってくるなり、教室の後ろの方に引っ張って行かれる。
「どうしたんだよ」
「牧嶋君が電話に出ない、メールも碌に返信して来ないって、当たられるこっちに身にもなってよ。この前の彼女? としっぽりよろしくやってるのは構わないけど、奈緒っちへのフォローはちゃんとやってよね」
「そんなことを言われてもな。俺と奈緒は、そういう関係じゃないし」
そもそも、俺のことで奈緒からとやかく言われる謂われはないし、奈緒にも理由は無い筈なのだ。
「じゃあどうして奈緒っちはあんなに不機嫌なのよ?」
「判らねぇよ。幼馴染が他の異性と仲良くしているのを見てると、兄弟を他の女に取られたみたいな気分にでもなるんじゃないの? 俺も奈緒が他の男とイチャコラしてるの見て、同じ様な事を思っていた時期もあったし」
当時の俺は、それ以上に愕然としていたけどな。どうして自分じゃないのか、なんて、ガキみたいなこと思っていた記憶がある。
汐見さんとそんなことを小声で話し合っていると。
「──なんで過去形なのよ?」
背後から、小さく、だけど鋭い声が掛けられた。
振り向くと、奈緒が近くまで来ていた。どうやら、俺たちの会話は聞こえていたらしい。
「……過去の事だからさ。今はそんな気持ち、持ち合わせていないぞ?」
なんとなく、だが。当時と立場が逆転している状況なのは判る。だが、俺としては特に思うところは無かった。
「なん……で……」
奈緒は俺の物言いにショックを受けた様子で、フラフラと教室から出て行った。
「……追いかけないの?」
汐見さんに睨まれる。だが、俺はそんなことをするつもりは無かった。
「それは俺の役目じゃない。……汐見さん、頼む」
汐見さんは、ちょっとだけ思案して。深くため息を吐くと、奈緒の後を追って行った。




