第二十一話
巫女の言葉に思わず固まる。
失敗した、だと?
「アメリアは大丈夫なのか?」
「ええ。アメリアさんは無傷ですよ。道場の剣士が数名怪我を負いましたが、重傷者はいません。今回はうまく穢れを追い詰めるとこは出来たのですが、アメリアさんでも倒しきれず、戦闘時間が長引いたため結界の維持が出来ずに逃げられてしまいました」
思わず安堵のため息が出る。
「御神刀の力が通用しなかったのか?」
「……いいえ。恐らく、ですが、本体に届けば、効き目はあると思います。ただ、今回の穢れは蜘蛛の様な多足型の魔物で、足先は堅く、御神刀に対抗できる力を帯びている様子でした。そして、素早い上に間合いが広く、今のアメリアさんの力では本体に攻撃が届かないのです」
アメリアでも手に負えない相手、か。
隠形を察知出来るアメリアですらその状況、高杉先輩はそんな相手と戦っていたのか。
「それで。どうする気だ?」
「現状、アメリアさん以上の剣士などすぐには手配出来ません。アメリアさんには暫く鍛錬をしていただく予定です。明臣様にもご協力をお願いしたいのですが……」
道場の連中じゃアメリアの相手にもならないだろうしなぁ。師範の強さは知らないが、師範代があの程度ではあまり期待出来そうにない。
「判った。俺に出来る範囲でなら力を貸すよ」
「……よろしいのですか?」
俺が即OKを出したことが意外だったらしい。
「アメリアに怪我とかさせたくないからね。予定が決まったら連絡を入れてくれ」
後々面倒な話になりそうな気はするが、アメリアのためなら仕方がない。
「なるほど。では、よろしくお願いいたしますね」
***
週末の放課後。部室で寛いでいると、巫女からメールが入った。
開いて見ていると、
「何々? 今からアメリアさんと供の者を連れて学校まで来る、だって? 誰よ、これ」
背後から琴音先輩に中身を読み上げらえた。
それに対して、
「ほほう」
部長はなんだか面白そうにしているし、
「またあの巫女!?」
奈緒は妙に警戒していた。
二人の様子に、
「……なんだ、また新しい女でも増やしたのか?」
どうしてそんな結論に至ったのか判らないのだが、琴音先輩はそんなことを言い出した。
反論するのも面倒になり、返事の代わりにため息を吐いて見せた。
部室棟からは正門が見えないので、正門前で待つことにしたのだが、何故か全員ついて来た。
暫くして、駅の方から巫女たちが歩いて来た。相変わらずの巫女装束に、周囲からやたらと見られていたが、当人は全く気にしていないみたいだ。
そして、一緒にいるのはアメリアだけではなく。スーツ姿の中年男性を伴っていた。
「ふーん……」
琴音先輩は巫女を見て、油断なく目を細めて見ていた。本能的に、恋敵であったことを察知したのだろうか?
「急に押し掛けて申し訳ありません。明臣様のご協力を仰ぐにあたって、どうしても明臣様のお力を事前に確認したいと、本部の者が……」
どうやら、早速面倒なことになっているみたいだ。
中年男性は俺の前で一礼した。
「お初にお目に掛かります。私は高柳と申します。牧嶋殿のお力、是非とも拝見させていただきたく、参上仕りました」
慇懃ではあるが、どこか高圧的に感じた。
俺の見立てではこの中年、道場の師範代と比べてかなり強そうだ。それでも、巫女たちの様な特殊能力が無いならアメリアよりは弱いだろう。
『アメリア、何か失礼なことをされたりしてないか?』
アメリアにだけ判る様に、向こうの言葉で問う。
『大丈夫です。私に対しては、全てユラを通して貰っていますので』
それなら大丈夫そうだな。
「……それで。俺はどうすればいい?」
巫女たちに連れられて、暫く歩く。
やがて、古い神社に辿り着いた。
そこは、鎮守の森に囲まれていて、出入り口は南側にある鳥居だけだった。北側の隅の方にある小ぶりの拝殿まで石畳の参道になっていて、両脇はそれぞれテニスコート一面分くらいのきれいに均された地面だった。
そして、鎮守の森の内側には、巫女の配下と思われる黒革つなぎ姿の女性たちが囲む様に佇んでいた。
「ここで、アメリアさんと手合わせをお願いします。配下の者たちに結界を張らせますので、少々騒いでも問題ありません。原さんたちは、ここでのことは他言無用でお願いします」
巫女は事務的に、俺たちにそう告げた。高柳という男は巫女の上役なのだろう。
俺が頷くと、巫女は俺に白木の木刀を渡し、アメリアには御神刀を渡した。例の力を発動していれば、御神刀の強度も増すのか、俺が少々無茶をしても普通の木刀では傷もつかないのだろう。
「──なんであなたがその木刀を持っているのよ!?」
御神刀を見て、琴音先輩が大声を上げた。高杉先輩の遺品であり、琴音先輩にはすぐに見分けられたみたいだ。
「……そう、あなたが御神刀を届けてくださったのですね。それは神木より作られた御神刀【魔祓】、私が真治さんに貸与した物でした」
「真治さん……って、あなた、一体!?」
「私は真治さんの婚約者、でした。真治さんは、私たちと共に穢れの討伐に向かって……返り討ちに遭いました」
琴音先輩は驚愕していた。普段なら巫女の胸倉にでも掴みかかるところだが、今は混乱しているのか、一歩も動けずにいた。
「……どうして、そんな──」
「私では、真治さんをお守りすることが叶いませんでした。今は、仇討ちの手筈を整えているところです」
仇討ち、という言葉に琴音先輩が反応した。
「それなら……私にやらせてよ!」
「それは、無理、です。昨日、討伐に向かったのですが、アメリアさんでも討伐には至りませんでした」
巫女の言葉に、琴音先輩は悔しそうに黙り込んでしまった。山中での対決で、アメリアには敵わないことを思い知っているのだろう。
「それでは、明臣様。お願いします」
巫女の合図で、俺とアメリアは中央まで進む。
『それじゃあ、やろうか』
『ええ』
木刀を構え、対峙する。
アメリアが先に動いた。
「えっ?」
奈緒が驚きの声を漏らす。アメリアが予備動作もほとんどなく高速で移動したのを見ていて、まるで消えた様に思ったのかもしれない。
だが俺には普通に見えている。
左側からの攻撃を、弾き飛ばす。
『くっ』
アメリアは呻きながら、反対側に移動しようとした。
俺はそれを回り込んで潰す。
アメリアは足を止め、激しく連撃を繰り出して来た。俺はそれに真っ向から打ち合い、乱打戦になった。
木刀同士が打ち合う音が響く。徐々にその音の間隔が短くなっていき、ドラムロールみたいになる。
周囲を窺うと、時代劇の殺陣の何倍も速い打ち合いに、奈緒たちが目を見開いて驚いているのが見えた。
暫くそのまま打ち返し続けていたが、途中で打ち返すのを一部受け流しに変更すると、アメリアの手数が俺に追い付かなくなっていく。
やがて、アメリアが無理をしてバランスを崩した。その隙を突いて足を払うと、アメリアはどうにか倒れまいと踏ん張るのだが、更に大きくなった隙に、俺は木刀をアメリアの首元にピタリと添えた。
「そこまで、ですね」
巫女の合図で、俺たちは構えを解いた。
「い、いやぁ、すごいですね。まさかここまでとは──」
近寄る高柳を遮って、
『アキオミが懸念していたことがよく判ったわ。アキオミ、やっぱり弱体化してるわね』
アメリアが率直な感想を漏らす。そしてそれは、俺も同感だった。体の動きが、向こうに居たころと比べて、若干だが鈍く感じたのだ。
「えっ……明臣様が弱くなっている、ですって!?」
アメリアの言葉に巫女が驚愕していた。