第十九話
一通り話が終わって。アメリアが巫女の望みを叶えることに同意したところで、部長は先に帰って行った。
俺はアメリアの事が心配だったので、もう少し今後のことを確認するまで残ることにした。
巫女がアメリアに例の木刀を渡した。
『なるほど……何かの力を感じます。ですが……山中で感じたよくないモノの気配がこれにからも感じる気がします』
「ええ。真治さんが魔物と戦ったときに、穢れがこびりついたのでしょう。──アメリアさん、その御神刀【魔祓】に、力を籠めてみてください」
俺には力を籠めてという表現が理解出来なかったのだが、アメリアは戸惑うことなく、木刀を構えると目を閉じて、何やら精神統一しているみたいだった。
すると。
「えっ……?」
ぼんやりとだが、木刀全体が青白い光に包まれているのが見えて、思わず声を漏らしてしまった。
「牧嶋さん。ひょっとして、見えるのですか?」
巫女は驚いた様子で俺を見た。主語は省かれていたが、目の前の現象のことだろう。ひょっとして、普通の人には見えないのか?
「木刀が青白く光って見えますが……それが何か?」
「やはり……アメリアさんにも、御神刀が光っているのは見えていますよね?」
『ええ。これが光るとともに、先ほどまで感じていたよくないモノの気配は消えてしまいましたが』
それが、この御神刀の力なのだろう。そして、その力を発動するためには使い手が必要である、と。
巫女はアメリアの返事に頷いて見せた。
「それが、その御神刀の力なのです。そして素養が無い者には、その力を引き出すことも、力の顕現を見ることも叶わないのですが……」
チラ、と巫女が俺を見る。
「その素養を得るには、秘術を修行により修めるか、御神刀に認めらえるほどの剣士になるまで修行する必要があるのですよ」
巫女は、何かに期待するような目で俺を見ていた。
なるほど。高杉先輩に白羽の矢が立ったのは、御神刀に認められる剣士であった、というのも理由なのだろう。
そして、巫女に召喚されたアメリアは、魔物が感知出来て、かつ御神刀に認められるほどの剣士である必要があったのだ。《ギフト》による力にせよ、元々持ち合わせた能力にせよ、御神刀に認められることは必須条件なので、そこは巫女も疑ってはいなかった様子。
だがそこに、俺という無関係でイレギュラーな存在が現れた。召喚については話してあるし、向こうでの活動内容までは話していないが、俺が何らかの力を持っていることは予想しているだろう。そしてその力が、自分たちの役に立ちそうだと知れば、手駒に加えたく思われることも想像に難くない。
「牧嶋さん、……いえ、明臣様と呼ばせてください。今すぐとは申しませんが、いずれ明臣様のお力におすがりすることがあるやもしれません。よろしければ、私とも誼を結んでいただけますでしょうか?」
なんだか面倒なことになりそうだと思ったが、アメリアのこともあったので、ここは頷くしかなかった。
今日はこのままこっちに泊まり込むことになった。
近所の旅館に案内される。
別々に部屋を取って貰ったので、今日のところは何事もなく過ごせた。
翌日。
巫女の配下の者や道場の剣士たちに、アメリアを紹介する運びとなった。
魔物の討伐には、複数の人間で当たることになっているらしい。
直接対峙して討ち祓うのはアメリア一人なのだが、魔物を探知し、追い込んでいくために色々と手を尽くすらしい。
アメリア召喚の儀式では魔物に結界を破られてしまったが、そのときも紙の様に簡単に破られた訳ではなく、魔物は何度も突撃して抉じ開けたのだ。
高杉先輩の場合は、魔物が結界に突撃してからその存在に気付いて戦いを挑んでいたため、どうしても後手に回ってしまい、結界を守れずに突破されてしまったらしい。
だがアメリアであれば、先手を打てる。なので、結界要員との連携は有用だと判断したようだ。
ちなみに剣士たちは、結界要員を守るための盾らしい。魔物相手にどの程度役に立つかは知らないが。
剣道場にて、巫女は配下の者たちにアメリアを紹介した。
巫女の配下は皆若い女性で、身長はまちまちだが、全員同じ格好をしていた。黒色の革のつなぎ姿に黒髪のショートヘア。得物でも持っていたらレディースかと思う様な出で立ちだったが、皆可愛らしい顔立ちをしていたので迫力は無かった。
そして、全員アメリアの持つ御神刀を見て、すぐにアメリアのことを受け入れていた。御神刀から穢れが祓われていることに気付いたのだろう。
その様子を見ていた剣道着姿の男たちは、あからさまに不満を口にしていた。
「どうして余所者の女などを使う!?」
年嵩の男が、巫女に突っかかった。
話を聞いていると、どうやら彼はここの師範代の一人で、御神刀の力を扱えるらしい。この道場では、師範の宮司とこの師範代の二人だけが御神刀を扱えるらしかった。
そして扱える人間がここにいるのに、どうして余所者にやらせるのか、と怒っている様子。
巫女は穢れの発生を身内の恥と言っていたから、自分たちで雪ぎたいと思っても不思議ではなかった。
だが、巫女はにべもなく却下した。
「真治さんでも敵わなかった相手に、あなたたちでどうこう出来るとは思っていません。やはり剣術だけでなく、探知も出来る方でなければ轍を踏むだけでしょう」
巫女が言っていることは事実なのだろう。だが、師範代はただ馬鹿にされたと思ったらしい。
「そこまで言うのなら。その女は俺たちよりも強いんだろうな?」
手にした木刀をアメリアに向け、判り易く挑発してきた。
仮にも師範代と呼ばれている人物の筈なのに、えらく煽り耐性が低いな。いや、別に巫女は煽っている訳でもないのだが。
「……いいでしょう。アメリアさん、彼と手合わせをお願いします」
巫女は配下の一人に指示を出すと、アメリアから御神刀を受け取る。すぐに、指示された人が代りの木刀を持って来た。
師範代とアメリアは道場の中央へ、俺たちは壁際へ移動した。
師範代は蹲踞もせず、脇構えでアメリアを睨んだ。
アメリアは特に構えもせず、木刀を持った右手を下げたまま佇んでいた。
巫女は二人の間に立って、
「それでは、立ち合いを」
二人を見て、一歩下がった。
「始め!」
巫女が合図を出すと同時に、師範代が飛び掛かった。鋭く切りかかるが、アメリアは動じず、木刀で弾く。
師範代は回り込んで連撃を叩きこむも、アメリアは左足を一歩引いて向きを変えただけで、片手で応戦を続ける。
その後も必死に攻撃を繰り出すのだが、アメリアは片手で往なし続けた。
実力の差を認められない様子の師範代は、一歩下がった後、全体重を乗せて飛び込む様に突きを繰り出した。
アメリアは、師範代の木刀の先端に対して突きを放った。
直後、師範代は壁まで吹き飛ばされていた。
道場の門下生連中は、何が起こったのか判らない様子で、崩れ落ちる師範代を見ていた。
アメリアは右手で木刀を突きだした姿勢のまま、師範代を見ていた。
「それまで!」
巫女の合図で、アメリアはようやく力を抜いた。
「……ばっ、バカな……」
当の師範代は、呆然とアメリアを見ていた。
結局、アメリアの右足は一歩も動くこともなく。師範代は肩で息をしていたが、アメリアは全く呼吸に乱れもなく。あまりの力の差に、師範代はがっくりと肩を落とした。
召喚者が見つかったにも関わらず、結局アメリアは俺の家に帰ることになった。
師範代は大人しくなったものの、他の門下生たちからは相変わらず余所者扱いだったし、また巫女の配下はアメリアの召喚時に一緒に居た人たちではないらしく、意志の疎通が出来るのは巫女一人しかいなかった。
アメリアにとってはあまり居心地がいい場所とはならなそうだったから、巫女たちの準備が終わるまで、俺の家で預かることにしたのだ。
ここに再び来るのは、連携の訓練の準備が出来る二~三日後の予定だ。
連絡先として、巫女に家の住所と携帯の番号を教えたのだが、
「うふふ。明臣様の個人情報をゲットできましたわ」
などと呟いていたのが超不安だ。




