第十八話
翌土曜日の朝、部長から連絡が入った。
情報源の人は、怪我で入院していたため連絡が取れなかったらしい。
昨日退院して、現在は衣空神社というところに滞在しているとのことで、部長から簡単にだが事情を話したところ、アメリアを連れてきて欲しいと言われたらしい。当然、俺も同伴することになった。
アメリアを連れ、電車に乗る。
途中で部長が合流してきたので、事情を聴くことにした。
「部長、衣空神社って──」
「ああ。鷲塚君の想い人が言っていた神社だよ。場所は、先日のキャンプ場がある山の、反対側の麓にある。木刀については、牧嶋君が消えた次の日に奉納してきているよ」
やはり、あのとき高杉先輩が言っていた神社だったか。でも、何故?
「詳しい事情は教えてくれなかったので、これはただの推測なのだが……ひょっとしたら、アメリア君の召喚に、鷲塚君の想い人も絡んでいるかもしれない」
「……えっ?」
思いも寄らない話に戸惑う。
どうしてそこで、高杉先輩が?
「どうやら衣空神社というところは、特殊な組織に属しているみたいでな。詳しいことは、現地に行けばある程度は教えてくれるだろう」
衣空神社には本殿がなく、背後の山が神体らしい。神奈備、というやつか。
拝殿は小規模なのに、社務所の裏に何故か大きな建物があった。
神楽殿かと思ったら、剣道の道場だった。宮司が師範らしい。
俺たちは道場脇にある、社務所とは別の建物に案内された。
そこには、巫女姿の若い女性が待っていた。
「ようこそ。私のことは、古部由良とお呼びください」
その取って付けたようなネーミングに思わず吹き出しそうになる。絶対偽名だろう。
『えっ……』
アメリアの呟きに気付いて振り返ると、目を見開いていた。
「あなたがアメリアさんですね。私が言っている言葉は判りますか?」
『判ります』
アメリアが諤々と頷く。
「どうやら、あなたが召喚者なんですね」
この古部と名乗る巫女は日本語で話しているのに、アメリアとは意志の疎通が出来ている様子。これは召喚者でしかありえない。
巫女は俺の発言に、怪訝そうにこっちを見た。
「……あなたは?」
「彼は私の後輩の、牧嶋明臣。困っていたアメリア君を保護していたんだ」
俺の代わりに、部長が答えた。……何だか面白がっているみたいだな。
「それは、どうもありがとうございました。……でも、何故、牧嶋さんが?」
事情を知らなければ、当然疑問に思うよね。
部長はニヤリと笑って、
「アメリア君が、言葉が通じなくて困っていたからさ。牧嶋君は、アメリア君が使う言語を喋れるんだよ」
楽しそうに事情を説明した。
巫女は一瞬、ポカンとした表情になって、
「え……えええええぇーっ!?」
部長の期待通り、すごく驚いていた。
簡単に俺の事情を説明したのだが、巫女は更に驚いていた。
「そんなことが……いえ、こうしてこちらに召喚出来るのですから、逆があっても不思議ではありませんね。勉強になります」
巫女に頭を下げられるが、別に俺が何か示唆した訳でもなく、居心地が悪い。
「まぁそんな訳で、アメリア君を連れて来た訳だが。こっちからも質問がある。先日、我々がここに奉納した木刀、出所は君のところだろう?」
部長には何か心当たりでもあるのか、決めつけた様にそれを問う。
巫女は、一瞬眉根を上げてしまう。そして、反応してしまったことに嘆息した。
「……柄の紋で判ってしまったのかしら? アレは、私が真治さんに貸与した物でした。そして、真治さんは……穢れと呼ばれる魔物の手によって……」
巫女は説明の途中で言葉に詰まり、静かに涙を零した。
いきなり魔物などと言われて、十秒くらい頭が真っ白になってしまった。
『魔物、とは?』
アメリアが問う。それが、自分が召喚された理由に関係するものと推察したのだろう。
「……この神社の御神体である山の中に、穢れが発生したとの知らせがあったのです。この神社は、私が属する組織の下部組織でして。御神体が穢されるという身内の不名誉、秘密裡に祓うよう指示を受けていたのですが、穢れの力が埒外に強くて。供の者たちでは太刀打ち出来なかったことから、真治さんを招くことになりました」
「どうして、そこで高杉先輩が?」
そもそも、そこが判らない。確かに、高杉先輩は物凄く強かった。だけど、それは剣道での話だ。
「……真治さんの家は、傍系ですが、魔物退治を生業としていた一族なのです。現在では本家の方でも戦える者は少なく、また私の婚約者でもあったことから、真治さんに白羽の矢が立ったのでした」
……ちょっと待て。何やら色々気になる情報が出て来たぞ。
「婚約者、か。鷲塚君を連れて来なくて正解だったな」
「そんなことより。高杉先輩には、魔物と戦うだけの力があったのですか?」
剣の腕は確かかもしれない。だが、それは人相手の場合だ。魔物がどんなものかは知らないが、普通の力で太刀打ち出来るとは思えない。
「……いいえ。正確に言えば、真治さん一人では難しい、ですね。穢れを祓うための直接的な力は、神木から作られたあの木刀があれば大丈夫なのですが、魔物は特殊な能力を持っていることが多いのです。今回の魔物も隠形能力が高く、探知系の特殊能力が無ければ戦いになりません。そして真治さんには、そういった能力はありませんでした」
「それなら、どうして……」
「単純に戦闘能力の問題でした。私の配下の者やこの神社の剣士たちでは、あの木刀を以てしても魔物に太刀打ち出来なかったのです。そこで、戦闘能力が高い真治さんを、探知能力を持つ私や配下の者でサポートする作戦が採られました。私は反対したのですが、本部からの指示には逆らえず……結果はご存知の通りです。魔物に山を崩され、分断されてしまい……それでも真治さんは戦い続けたのですが、隠形からの奇襲を防ぎきれず、崖から転落してしまったのです」
そういう流れだったのか。しかし、高杉先輩ってどれだけ強かったんだろう?
「それで、召喚という神秘に頼ろうとしたのか」
「ええ。幸い、霊的特異点が山の中腹で発生することが判っていましたので。あまり成功率が高い儀式ではありませんでしたが、藁にも縋る思いで、急遽結界を張り、神籬を用意して召喚の儀式を執り行ったのですが……その最中、魔物に襲撃されてしまって。儀式は失敗したものとばかり思っておりました」
「そこであなたが怪我をされたのであれば、あなたの血が贄となって儀式が成立したのかもしれませんね」
「えっ……?」
俺の言葉に、巫女が驚いていた。
「ひょっとして……召喚には贄が必要なのでしょうか?」
あれ? 話が合わないな。
「詳しいことは知らないけど。俺を召喚した人は、魔法陣を用意して、贄として血を捧げることで、仮初の縁を結ぶのだと言っていました」
俺の説明に、巫女は暫く考え込んでいた。
「……その話が正しければ、今後の儀式での成功率が格段に上がるかもしれません。貴重な情報、ありがとうございます」
また頭を下げられてしまった。




