第十五話
翌日。予定していた日程の通り、帰ることにした。
アメリアがちょっと目立ちそうだったので、俺が着替えに持って来ていたパーカーを着せ、フードで髪も隠して貰った。
革のブーツがちょっとゴツくて目を引くが、俺たちと混じってもそこまで違和感はないと思う。
山を下りると、アメリアは御上りさんよろしく周囲を物珍しそうに見回していた。そういえば、あっちの世界がどの程度の文明社会だったのかよく判っていない。裁判所の施設から出ていないし、窓から施設外は見えなかったのだ。
アメリアに聞いてみると、交通機関については断然こちらの方が進んでいるらしい。飛行機を見たらびっくりしそうだな。道具類に関しては、魔術もある世界だから、そこまで利便性は変わらないのかもしれないが。
通貨や切符の買い方・使い方、バスの運賃の支払い方などを説明しつつ、交通機関を乗り継いで自分らの住む町まで戻った。
利用駅が違う部長だけ、ホームで別れる。部長は家に戻ってから、アメリアの召喚者について伝手を頼って探してくれると言っていた。実は、『縁を映す鏡』の情報をくれた人と連絡が取れなくなっているらしい。その人なら、召喚についても知っている可能性はあるし、それを実行するような人物にも心当たりがある可能性もある。
駅から出て。アメリアを連れて家に戻ろうとしたのだが、何故か奈緒と琴音先輩が付いて来た。
暫く無言で歩いて、いくつかの交差点を過ぎる。
「どこに行くんですか?」
琴音先輩の家がどこかは知らないが、奈緒の家はさっきの交差点を右折した先にある。
「……明臣の家よ」
「突然女の子連れ込むんだ、牧嶋だけでは家の人にうまく説明できないだろうと思ってね」
家までついて来る気か。一応、気を遣ってくれているのかもしれないが。
やがて、俺の家まで辿り着いた。
「平屋の割に大きな家だな。鉄筋? 病院か何かに見えるわね」
「店舗とかじゃないんですけどね。広さはありますが、俺が入れる部屋は少ないんですけ」
学者の両親はそれぞれ家の中に仕事の資料類を抱え込んでいて、外部に出せない代物とか未発表の論文やその資料などが山積みになっており、それらが置いてある部屋には俺は入れない。外観からは判りにくいが、家自体の防犯設備も充実していて、小さいころはそれが普通だと思っていたから、奈緒の家の防犯意識が気になって仕方がなかった。
玄関の鍵を開け、皆を家の中に招く。
「……懐かしいな」
「おじゃましーす」
『失礼します』
玄関から先は廊下があり、右側は父親のテリトリーで、左側は母親のテリトリーだ。
そして、その先に普通の一DKの家がある感じだ。
「なんかここだけ狭っ、なんでこんな造りなのよ?」
ダイニングに案内すると、琴音先輩が素直な感想を漏らした。
「うちは、父の書斎兼寝室兼倉庫で四割、母の書斎兼寝室兼倉庫で四割、残りが俺の部屋と各種水回りなんですよ」
「……夫婦仲が悪かったりするの?」
「いえ、仲は良いですよ。ただ、二人とも家の中でも仕事してますからね。双方とも外部に出せない仕事を抱えていて、夜中寝る寸前まで仕事してたりしますし」
家庭内別居に近い状態だったが、俺の知る限り夫婦仲に問題はない。……知らないだけかもしれないが。
それはともかく。今現在、両親とも不在だったりする。
「えっと、おじさんは単身赴任してるんだっけ。おばさんは?」
「……お袋は、長期出張中」
「ほほう?」
琴音先輩の目が光った。からかう気満々だな。
「今日は親がいないから泊まって行きなよ、って感じ?」
……高杉先輩のことがあるので、空元気でも出せているのならからかいも受け止めるべきだろう。
「どこのチャラい大学生ですかそれは」
苦笑いで応じるも、琴音先輩は俺の思考を読んだ様子で、優しく微笑んでいた。
「それで。おばさん居ない状態で、ここでアメリアさんは生活できるの?」
「寝るのは俺の部屋を使って貰えばいいだろ。俺はどこででも寝れるし」
「……その様子だと、着替えとかも考えてないでしょ」
「その辺りはこの後買いに行こうと思ってるよ」
俺と体格はあまり変わらないから、トップスの類なら俺のやつを使って貰えばいいけど、下着はいくつか必要だろうし、靴とボトムスも買い揃えた方がいいだろう。
「アウターはともかく、インナーとかこっちの物でも大丈夫なの?」
「それは多分大丈夫だろう。向こうの下着もこっちの物と大差なかった……あれ?」
エリスとアーシュが身に着けていた下着も、手触りとかは注視してなかったから判らないが、見かけはこっちの製品とそう変わらなかったのを思い出して返事をしたのだが。途中から奈緒と琴音先輩にジト目で睨まれてしまった。エリスの下着を確認したのだと思われているのか。正解なので否定も出来ない。
『……なんだか、私のせいで険悪になってないか?』
放置されていたアメリアが、俺たちの様子が妙な風になっているのを見て声をかけて来た。
『……気にしなくていいから。アメリアの衣類とかを買いに行こうって話をしていたんだ』
近所の量販店に向かおうと家を出たのだが、正午を過ぎていたのでファストフード店で昼食を済ませた。
量販店には靴も衣類も揃っていたので一度で済む。ファッション性はとりあえず無視した。アメリアはブラのパッドを見て不思議そうにしていた。
ついでに、食料品も買い込んだ。
買い物から戻るも、奈緒と琴音先輩はまだ一緒について来ていた。
とりあえず、今後のことについて簡単に話し合う。
暦の関係で、今年のゴールデンウィークは五連休。今日は四日目で、『縁を映す鏡』は初日から三日目までの間に顕現するだろうという予測だったので、元々今日戻る予定だったのだ。
アメリアが召喚されたのはあの山の中だったので、直接の手がかりは山周辺にしかないだろうが、ここからだと平日に日帰りで行くのは無理。土日なら俺も手伝えるが、平日にアメリア一人で行き来させるのは不安。
別口で、部長の伝手で神秘関係の情報を調べて貰っている。
それらのことをアメリアに伝え、どうしたいか聴く。
とりあえず、明日は俺と一緒に山へ行く。交通機関についてもっと詳しく説明して、アメリア一人でも行けるように出来るか確かめる。あと、公衆電話の使い方を教え、いざという時に交番などで俺に連絡して貰えるように書いたメモ紙を用意する、などの方針を決めた。
その後は、俺の家の設備について、一通り説明した。……アメリアが催さなかったからよかったものの、トイレくらいは先に説明しておくべきだよなと反省した。
一通り説明が終わったところで、奈緒は琴音先輩に引き摺られて帰って行った。