第十四話
害意は感じられなかったので抱き付かれるがままにしていたのだが。
「……どういうことよ?」
駆け寄って来た奈緒が、俺たちの様子を見て不満気に呟く。
琴音先輩は唖然としていて。
部長は、困ったやつだ、みたいな顔で俺を見ていた。……奈緒を部に引き込んだ辺りから、妙なイメージを持たれている気がする。
「説明は……キャンプ場に戻ってからにしましょう」
「……それで?」
琴音先輩から胡乱な目で説明を促される。
部長は楽し気に、奈緒はつまらなそうに俺を見ていた。
どうしてそういう風に見られているかと言うと、銀髪女性が俺の腕にしがみついて離れないから、だと思う。キャンプ場に戻ってくるまでの間、ずっとこうしていたのだ。
「その前に、この人から事情を聴かせて貰いましょう」
彼女の周囲に誰もいなかったことから大凡の状況は察していたのだが、当人に確認した方がいいだろう。
「まずは名前から。『俺の名前は明臣。君の名前は?』」
『……アメリア』
ようやく自分が判る言葉が出て来たからか、アメリアは安堵した様子で俺を見返した。
『事情を聴かせて欲しい。……俺の想像通りなら、君が探している相手は、俺では無いだろう』
急転、アメリアの表情が曇る。
『そんな……私も状況を正確に把握出来ている訳では無いけど、召喚に纏わる話は我が家に代々伝えれられているわ。今の私は、召喚されたものと見て間違いないでしょう。そして、その私と意思の疎通が出来ているあなたは、召喚者でしかあり得ない』
まぁ、そう思うよね。だけど、
『その意志の疎通だけど。もし俺が召喚者であるなら、俺がどんな言語を使っていても、アメリアには理解出来る筈だろう?』
《ギフト》によって意思の疎通が図れているのなら、俺とエリスたちみたいに、言語に関係なく自分に理解出来る形で脳内に言葉が響く筈なのだ。
その説明でようやく、アメリアは俺が向こうの言葉を発していることに気付いた。
『では、あなたは……? それに、私を召喚した者は一体どこに……?』
『俺が君と同じ言葉を話せるのは、つい先ほど君の世界から戻って来たばかりだから。そして、君を召喚したのが誰でどこにいるのかは、俺には判らない』
俺の返事に、アメリアはがっくりと肩を落とした。途方に暮れているのだろう。
ようやく言葉が通じる相手を見つけたと思ったら、実はただの偶然だったのだ。脱力しても仕方がない。
『それで、だな。とりあえず、困っているみたいだから……俺に手助けさせてくれないか?』
アメリアは怪訝そうに俺を見た。召喚者でなければ、ただの無関係な他人に過ぎない。怪しくも見えるだろう。
『現状、君を手助け出来るのは俺しかいないみたいだし。それに、俺が召喚された所から君が来たのも何かの縁だと思う。俺は、俺を召喚した連中の事を今では仲間だと思っているんだよ。向こうにも悪人はいたけど、俺には君が悪人だとは思えない。こっちでは不自由しているのだろう?』
俺の言葉に、アメリアは気が抜けた様に苦笑いをしていた。
『《ギフト》のおかげで、それほど不自由はしていません。私の《ギフト》は、どうやらサバイバル能力の様です。召喚者に求められている能力では無いかもしれませんが、ここでの生存には役に立っています。ただ、私の能力が正しければ……この辺りの山の中なんですが、どうやらよくないモノが棲んでいるみたいですね』
『よくないモノ……?』
『ええ。正体は判りませんが、悪意の塊の様に感じます。おそらく、人に仇なすモノでしょう』
アメリアが感じているモノについてはよく話が見えないが、それはとりあえず置いておく。
『それも含めて、だな。そもそも生存に《ギフト》の力が必要な状況はおかしい。君にはそんな苦労を強いられる様な謂れは無い。先のことは判らないが、当面は俺を頼ってくれ。意志の疎通が図れない状況では、召喚者の捜索もままならないだろう?』
アメリアにしてみれば、俺は言葉が通じるだけの、どこの馬の骨とも判らない相手でしかない。だが、困り果てているのは事実だろう。
そして俺は、エリスを救えたことで気が大きくなっているのか、アメリアのことも助けたいと思った。その容姿や立ち居振る舞いが、エリスたちを彷彿とさせることも要因だろう。──アメリアが美人であることも一因かもしれないが。
力を得て図に乗っているのかもしれない。だけど、目の前に困っている女性がいて、俺に助ける力があり、かつ相手を助ける理由が少しでもあるのなら、自重しなくてもいいだろう。
俺の指摘に、アメリアは暫し考え込んで。諦めた様にため息を吐いた。
『……判りました。この命、あなたに預けるわ』
言動が大げさだと思うが、アメリアにとってはそれくらい覚悟が必要なことなのかもしれない。
話が一段落したので、仲間の方に向き直る。
「彼女の名前はアメリアと言うらしい。そして、異世界から誰かに召喚されて、この世界に来たみたいだ」
俺の言葉に、三人ともポカンとしていた。
まぁ、いきなりこんな話をされて、信じろと言う方が無理な話だろう。だけど、俺にはこれ以上的確な言葉は思いつかなかった。
「……それを信じろって?」
奈緒はあからさまに疑っている様子。
「それ以外に言い様が無いんだよ。俺も彼女も、確証がある訳じゃないんだ。ただ、状況から察すると、そういう事らしい」
「牧嶋君がそう判断するだけの理由は……君自身の経験によるものか?」
部長がそれを察して指摘する。
「ええ。俺が、こちらの時間で言う一昨日の深夜、あの場所から消えたのは、他の世界に召喚されたからなんですよ。それも、アメリアが居た世界に」
「その言い方……そちらの世界では時間の流れが違うのか?」
「時間の流れが違うのか、行き来する際の同期が取れていないだけなのか判りませんが。俺、向こうの世界に一か月近くいたんですよ」
部長が俺の言葉を全く否定しない様子に、奈緒は呆れ顔。
琴音先輩は訝し気に俺を見て。
「一か月もかからず、十分な会話が出来ているどころか、あり得ないほど強くなって帰って来たって? 牧嶋ってそんなに優秀だったか?」
琴音先輩は俺が中学一年の間、剣道の腕が殆ど上達しなかったことを知っていたから、異様に強くなっている俺の状況が信じられないみたいだった。
「実際には二週間も掛かりませんでしたけどね」
自嘲気味に笑う俺に、部長が眉を顰める。
「《ギフト》のおかげなんですよ。異世界から召喚された者は、召喚されている間だけ《ギフト》と呼ばれる強力な特殊能力が与えられるんです。そして俺の《ギフト》は学習能力だったみたいで、短期間で言葉も覚えられたし、体も鍛えられたんですよ」
「でも、牧嶋が召喚されたとき、そもそも言葉が通じなかったんじゃないの? その状態から二週間以内って……」
「それも、《ギフト》のおかげなんです。学習能力とは別に、召喚者とその仲間相手にだけ、意志の疎通が出来たんですよ。まぁ、縁を映す鏡と同様の力と思っていただければ判りやすいですかね。俺が呼び出した相手とも意思の疎通が出来ていたでしょう? あれも実際には言葉ではなく、頭の中で会話が成立していたみたいです。あの時は、相手が発する言葉自体は聞こえてませんでしたが。向こうでは、相手の言葉は耳で聞こえている状態で、頭の中では日本語に変換されていたので、自然に覚えてしまったんですよ」
その説明に、琴音先輩は納得してくれたみたいだ。「通販でやっている学習装置みたいだな」なんて呟いている。
「それはともかく。彼女のことはどうするんだ?」
部長がアメリアに視線を移す。アメリアは、今は不安そうにはしていない。俺を信じてくれているみたいだ。
「当面、俺が面倒見ようかと」
「なんで明臣が!?」
俺の返事に奈緒が過剰に反応した。
「アメリアは、突然異世界に放り出されてしまって、困っているみたいなんだ。と言うのも、彼女の召喚者がどこにも居ないんだよ。だから、彼女の召喚者を探す手伝いをするつもりだ。そして、それまではうちで世話をしようと思う」
「犬や猫じゃないんだから……相手は人間の、それも若い女性なのよ? 得体の知れない相手ということを除いても、問題あるでしょ」
「ん? ……ああ。そっちの心配は全然してなかったな」
奈緒の言葉に、思わず苦笑い。
「何よそれ? あの人は強いみたいだけど、今は明臣の方がもっと強いみたいだし。無理やり手篭めにでもするつもりなんじゃないでしょうね?」
「いや、同意も無しにそんなことをするつもりは無いって。何せ向こうでは……」
対価の話をしようとして、余計に変なことになると思い直して口を噤む。
奈緒はまだ怪しんでいる様子。
「とにかく、アメリアの手助けが出来るのは現状俺しかいないし、向こうの世界とは俺にも縁が出来ているからな」
奈緒が何故そんなに喰いついてくるのか判らないが、面倒なのでそれで押し切ることにした。