第十二話
大会当日。
今日は念のため、こっちに来たときの衣服を着ていた。送還がいつ行われるか判らないからだ。
アーシュら三人を送り出すと、俺とエリスは割り当てられた観覧席に入った。
そこは二十畳ほどの小部屋だった。椅子が十二脚ほど並んでいて、会場側が全面ガラス張りになっていた。ここを含め観覧席は会場を円形に囲んでいて、また階段状に並んでいた。スタジアムとかコロシアムの様な構造だ。
会場の中は、高さ一メートル、縦横二十メートルくらいの舞台が縦横三つずつ並んでいた。それぞれ部門ごとに割り当てられているのだろう。空いている箇所はなく、九部門の大会が行われるらしい。
他の部門がどういう武具を使うのか知らないが、舞台周辺には両手持ちの武具や盾と鎚を持った連中がうろついていた。まぁその辺りは関係ない。アーシュらの会場はこの観覧席から近い場所にあった。
アーシュが俺たちに気付いて、こっちに手を振っていた。
大会が始まって暫くして、部屋の中に誰かが入って来た。
エリスの従伯父だと耳打ちされる。
男は俺を訝し気に睨んで、誰何してきた。エリスは「友人だ」とだけ告げていた。
「……胡散臭そうなやつだな」
小声でだが、日本語で話す。これなら万一聞かれたとしても、何を言っているか判らない筈だ。
「……そう、よね」
落胆しているところを見ると、あの男のことはあまり疑ってはいなかったのか。エリスは、ここで接触してきたやつが犯人だろうと予測していたし。
暫くは何事もなく、大会の様子を一緒に眺めていた。
初めのうちは、アーシュらの勝利を褒め称えていたのだが、勝ち進んでいくにつれ、口数が少なくなっていく。
全員の準決勝での勝利が決まったところで、従伯父は部屋から出て行った。
「怪しいな」
「……やはり、そういうことなのね」
予想していたとは言え、やはり身内に嵌められたという事実に、エリスは残念そうに深くため息と吐いた。
暫くして、従伯父は手勢を五人ほど率いて戻って来た。焦った様子でこちらに詰め寄ってくる。
「エリス、一緒に来るんだ」
「お断りします」
間髪入れない拒絶に、従伯父は顔を歪ませた。
「……お前もわしに逆らうのか。お前の母親も、わしに逆らった挙句、どこの馬の骨とも判らない輩の子供を身籠りおって。それでもわしに家督を譲ろうともしなかった。今度のことも、苦労してここまで漕ぎ着けたのだ。邪魔はさせん!」
従伯父は一歩下がると、配下の連中を嗾けた。
ようやく俺の出番が来た。
エリスに迫る二人の間に入り、側頭部を殴って吹っ飛ばすと、二人とも壁にぶつかって動かなくなった。
「なっ!?」
従伯父には俺の動きが見えなかったのだろう。慌てた様子で飛び退っていた。
残りの三人が前に出てくる。一人はアーシュが使っていた様な木の棒を持っていた。
俺は棒を持つやつに飛び付いた。棒で突いてくるのを躱しながら掴み、体に巻き込むように捩じりながら顔面を蹴り飛ばすと、相手は簡単に棒を手放した。
直後、着地と同時に奪った棒で残り二人の喉を突くと、ひっくり返って動かなくなった。
「ザガンっ! 早く来い!!」
従伯父が叫ぶと、外から大男が入って来た。
いかにも用心棒っぽい人相。二メートルを超える身長に、グレン並みの筋肉。さっきの連中とは比較にならない。
「気を付けて。そいつは従伯父の懐刀よ!」
切り札、というやつか。
大男は自信満々に笑みを浮かべている。
俺はと言うと、今の自分がどれくらい戦えるのか、試してみたくなっていた。
棒を振るい近くの椅子を部屋の隅に飛ばすと、大男が迫って来た。
俺は連続して棒を繰り出す。全力だと秒間十六連打どころじゃなかった。
「がっ……」
大男は、顔への攻撃を中心に十発くらいは手で防御していたが、残りは防げず喰らって、うめき声を上げて仰け反っていた。
俺はその隙に右へ回り込んで、横から再び連打を繰り出す。
態勢を崩していた大男は躱しきれず、まともに喰らって崩れ落ちた。
「ばっ、バカな……!?」
従伯父は慌てて逃げ出そうとしたが、アーシュら三人と看守たちが駆けつけて来て取り押さえられた。
決勝戦は見ていなかったが、三人とも無事優勝出来たらしい。
従伯父は看守に対して、嘘を並べ立ててエリスを悪者に仕立て上げようとしていたが、どうやら監視されていたらしく全く取り合って貰えずそのまま連行されて行った。
名誉の証明のための武術大会ではあったが、一応正式な大会でもあるらしく、アーシュたちは国から表彰を受けていた。
それが終わると、エリスの釈放が正式に決まった。
「皆……よくやってくれました」
エリスが皆に感謝を告げる。
「お嬢様……我々は、ただ務めを果たしたに過ぎません」
アーシュの言葉に、エリスは泣き出してしまった。
気丈に振る舞ってはいたが、俺より小さな女の子が濡れ衣で死刑判決まで受けていたのだ。よく、今まで泣かずに我慢していたものだと思う。
そして、俺はその彼女を救うための一助となれたのだろう。そのことを、素直に嬉しく思う。
「……終わった、な」
俺の言葉に、エリスはハッと息を呑んで、顔を上げた。
俺の周囲で、何かがチカチカと明滅し始めた。
「待って! 私、まだあなたに何も対価を支払っていないじゃない!!」
「ええっ!?」
エリスの言葉に、アーシュらが驚いていた。
──こいつら、俺がエリスに手を出しているものとばかり思っていやがったな?
「気持ちだけ受け取っておくよ。──そうだな、これくらいは貰ってもいいだろう」
俺はエリスの顎を指先で軽く持ち上げて。彼女の唇に自分の唇を重ねた。
エリスは俺の頭を両手で抱きしめて、俺に応えた。
次第に、霞む様に視界が悪くなって。
やがて、自分の姿以外何も見えなくなった。