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彼が魔王になった理由  作者: 真
第一話 配られたカード
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03 『格差社会』

 午後になっても午前と変わらずに、それぞれがそれぞれの仕事を全うした。カナタとトオルは廊下の雑巾がけや窓拭き。サクラは買い出しに出ている。

 トオルの魔法はあまり使いどころがなかったが、それでも水を運ぶ代わりや濡れた場所を乾かすことに一役買っていた。

 掃除の途中で「この宿、結構広いよな」とトオルが言った。事実そこそこの広さがある。しかし、それはそれで悩みの種でもある。この旅館を助けることに決めたはいいものの、カナタたちがいなくなってからもその状態を維持できるだろうかというのが、このときのカナタのもっぱらの悩みだった。この広い旅館をこの先ヒトハとフタバだけでやっていけるのかという悩みだ。今でこそカナタたちの手があるから問題はないが、たくさんの来訪者に対してこの先のことをカナタは危惧している。もちろん今の段階では狸の皮算用ではあるのだが。


 お昼を過ぎたころからぽつぽつとお客さんが入って来て、日が暮れるまでには三組のお客さんが利用することが決定した。しかしこれは決して喜ばしい数字ではない。彼らの努力はまだあまり実を結んでないようなものだ。カナタたちの考えでは外観をきれいにするだけでももう少し人が集まるだろうという楽観的な予想があった。それを踏まえてのこの状況は決して良い状況ではない。

 そして夕飯の時間が訪れた。

 三人は大広間の片隅で夕食を取りながら話し合っている。夕食の料理は何か特徴があるというものではなかったが、優しい味わいのするものばかりだ。様々な種類の料理が少量ずつ。満腹感の他に満足感もあるようなバランスで出されている。


「一つ、発見したことがあるの」


 切り出したのはサクラだ。二人の目を交互に見て目配せをしている。半ば手詰まりしているとも言えかねないカナタにとって、真剣みを帯びたサクラの瞳に少しの希望を持った。


「発見というのは?」


「この町には大きな宿が一件あって、そこが一番儲けてるらしいの。エスなんとかっていうところらしいんだけどね」


「そりゃそういうところもあるだろうよ。あんだけの旅人がいるんだ。儲かってる店があって何の不思議もない」


「トオル、たぶんサクラが言いたいのはそういうことじゃない」


 カナタは思案して見せる。

 儲かる店が存在するのはごく普通のことである。これだけの来訪者が一体どこに収容されているのかと考えれば、おのずと答えにたどり着く。


「そこのお店が繁盛している理由を調べてみればここにも応用できるかもしれない。そういうこと?」


「それもあるんだけど、話にはまだ続きがあるの。お昼の段階では半信半疑だったから言わなかったんだけどね」


「というのは?」


「――手が出ないほど高いお肉が売ってないのよ」


 カナタとトオルはその意味を考えている。世界の台所事情を二人は知らない。高い肉が売られていないことと、儲かっている店があることの、その二点が線で結ばれる糸口がすぐには見つからない。


「あ、いや、ごめんなさい。わかりづらかったよね。つまり――」


「ちょっと待て。俺にも少しは考えさせてくれよ」


 サクラは小さく「うん」と答えるトオルの返答を待つ。トオルは腕を組んでいる。魔法を使える人間というのはその知識にも長けていなければならない。筋肉と魔法だけではまだ不十分なのだ。尤も、トオルの筋肉が魔法使いにとって必要なのかどうかは定かではないが。


「手が出せないほどではない――えっと、それはつまり儲かってる店は質のいいものを使ってるから客がいるわけじゃないってことか」


 少し考える素振りを見せるサクラ。大筋では合っているのだろうが本筋ではないのかもしれない。


「だいたいそういうことだね。お肉にはランクってのがあることは話したと思うんだけど、このあたり一帯ではせいぜい『伍』くらいまでしか売ってなかったの。『四』に混ぜられて売ってただけだけどね」


「僕にはその『伍』が良いのか悪いのかすら判断ができないんだけど」


 カナタは苦笑いした。ほとんどと言ってよいほどカナタは食の知識を持ち合わせていない。高い肉と安い肉が存在することは漠然と知ってはいたが、何が高いのかだとか、どれが高いのかだとかを彼は知らない。その点についてはトオルも似たようなものだろう。


「『伍』でも相当いいものよ。でもお肉は『壱』から『拾』の十段階でランク付けされてるからそれほど高すぎるものでもないの。たぶん本当にいいものは王都に持ってくんでしょうね。ちなみにお昼に食べたものが私の見立てでは『伍』ね」


「つまり、同じものを使っているなら、いや、サクラの目利きの分いいものを使えているこの店には同じくらいかそれ以上の価値がある。こういうことか」


「私はそう思うの。何か決定的な違いがない限り――ううん、お店の大きさとかの違いだけだったらこの宿にももっと人を呼べるはずって」


「少しでも多くの人に寄ってもらえれば状況は変わってくるかもな」


 サクラは頷く。この見解において、サクラとトオルは考えは一致しているようだ。もちろん内装の違いなどもあるだろうが、こぎれいにするという点では明日にはなんとかなるはずだ。それこそ出される料理の味に明確な序列がなければ客はもっと訪れるはずである。それが一番繁盛している店までとはいかなくとも、ある程度の兆しがなければおかしい。


「明日は呼び込みでもするか」


「たくさんの人に来てもらっていい噂でも流れてくれればね」


 二人の方向性は決まったようだ。少しでも多くの人が利用すれば、そこまで違いがないことに気づき、客足も増える。そういった考えのようだ。

 その一方でカナタはある疑念を持っていた。本当に高い肉が売られていないのかということだ。行商人が多く集まるこの町で、いくら王都の途中とはいえ、高い肉がまったく売られていないという状況に違和感があったのだ。




 次の日。午前中に掃除をほとんど終わらせることができ、午後には呼び込みを始められた。

 天気はやはり快晴だ。たまに雲で太陽が隠れると涼しげで心地がいい。ただ、陽が高いうちから宿を決める客は少ない。早い出発は目的地までにかかる日数を短くすることを意味する。だから昼過ぎに早々と宿を決めてしまうことは多くない。

 三人は店先で行き交う人々の姿を眺めている。行商人が馬を牽いて歩いているのが多く目に入る。たまに「今晩の宿、どうですかー」とサクラが言っているが、人の集まる気配はない。

 そんな落ち着いた昼下がりに、中心部を軽く指差してカナタは言う。


「ちょっと見てきてもいいかな。まだお客さんも増えないだろうしさ」


「私は構わないわよ。トッくんも行ってくる?」


「俺はいいよ。休めるときには休んでおきたい」


 トオルは店先の椅子に座りながら団扇であおいでいる。日陰で涼しいとはいえ、慣れてしまうとなぜか暑さを感じてくるものだ。

 サクラはカナタのほうを向いて尋ねる。


「何を見てくるの?」


「ちょっとね。初めて来た場所だし見ておきたいものもたくさんあって」


「何か気になるものでもあったの?」


「気になるものがあるかないかを確かめに行くってのもあるかな」


 カナタの中には疑念があった。今していることだけでこの店が繁盛するのかということだ。何かもっと他に違いがあるような気がしていたし、その疑惑は昨晩のサクラの話で解消されるどころかむしろ一層強まった。


「ふーん。そっか」


 サクラも何か考えているようだ。町行く人々を眺めたり、空を眺めたり、地面を見つめたり。その視線の移り変わりからは、おそらく何も見ていないだろうことがわかる。頭の中で何かを考えることに集中しているようだ。


「私も行こうかな」


 トオルが驚いたようにサクラを見る。


「トッくん留守番お願いね」


「いや、みんな行くなら俺も行くよ」


「トッくんは呼び込みしててよ」


「いや付いてくって」


 カナタはあまり大人数で行動したくなかった。一人で周りに気を使うことなくその気になる何かを確認するのが一番やりやすいし面倒がない。そもそもカナタの考えすぎという可能性すらあるのだ。


「一人で行ってみたいんだ。二人がいるとやっぱり、こう、いつもと変わらないというか……。遠くの土地に一人でいるってなんか不思議な気分だから、それを体験したいんだ」


「……それなら、うん。カーくん、いってらっしゃい」


「お土産よろしくなー」


「楽しみにしててよ」


 冗談半分でカナタは答えた。


 カナタは町の中心へと歩を進めた。

 歩くにつれて、カナタは行商人と何度もすれ違う。彼らからは良い匂いがすることもあれば、不快な匂いがすることもある。それらは行商人の荷物からあふれ出るものだろう。良い匂いならばまだしも、刺激的な匂いなどに耐えながら歩く行商人の根性はすごいとカナタは感心した。


 中心部まで来ると、カナタはまずサクラの言っていたことを思い出した。中心から少しずれたところに市場は存在する。そして、いわゆる『伍』までしか売っていないのかをその目で確認するというのが彼の最初の目的だ。サクラが訪れたときにたまたま『伍』までしか売ってなかった可能性もある。

 カナタは市場一帯を歩いた。そして、どうやらサクラの言っていたことは本当のようだと理解する。

 売られている肉のほとんどが『四』である。『伍』はほんの一部でしか売られていない。おそらくサクラはこの『四』の中から本来は『伍』であるものを見極めたのだろうが、素人目には全く判断がつかない。


 確認が終わるとカナタは肉を売る商人に話を聞くことにした。細身で背が高くて色黒。頭髪を布で覆っている男性だ。優しそうな目つきをしているあたりでカナタは彼を選んだ。


「すみません」


「なんだい兄ちゃん。お使いかい?」


「ちょっと『陸』の肉を探してるんですけど」


「すまないねえ。『陸』の肉は仕入れてないんだ」


「売れないからですか」


「いや、そういうことじゃねえんだ。どうも『伍』以上の肉は長い付き合いのある店にしか売ってもらえねえってことでね」


「この市場で『伍』以上の肉を売ってる店はあるんですか」


 男は不思議そうにカナタを見る。突然質問攻めにされれば驚きもするだろう。


「兄ちゃん、いい肉を探してるのか?」


「ま、まあ」


「なんだってうちの店まで来て聞いてるんだかはわかんねえけど、『伍』の肉でよければ市場に入ってすぐのところにある肉屋が毎日仕入れてるはずだぜ」


 市場には入り口がいくつかあるみたいだが、カナタが入った場所のほぼ正面に肉屋があった。おそらくそこのことだろう。


「『陸』以上ともなれば俺が手に入れることはできないね。この辺りじゃ手に入れるのは難しいんじゃねえかな――いや、これはちょっと言い方が違うな。売ってるのを見たことはない、そんなとこだな。おそらくだが、仕入れてるとすればたぶんあの店くらいだよ」


 男が指差す場所は市場の外だ。入り口のさらに向こう側。大きな建物がある。白く塗られた壁は石か何かでできているのだろう。太陽の光を強く反射して少し眩しい。


「あそこはここらでも一番大きな旅館で、俺は行ったことねえんだけど噂に寄ると『玖』だとか『拾』の肉を振る舞ってるんだとかって話だ。あの店なら『陸』の肉があるんじゃねえかな」


「なるほど」


 カナタは顎に手をあてて考える。

 肉がないわけではなかったのだ。ほとんどの店は肉を手に入れることができないというのが状況としては正しい。そして、店によってはそれを手に入れることができるということだ。


「もちろん売ってもらえるとは思うなよ。この辺で『陸』以上なんて言ったらかなり貴重だ。そんなの手放すわけがねえからな」


「そうですよね」


 尤も、カナタに分けてもらいたいという意思はない。とにかく今は何か情報を手に入れるべきだという考えがカナタにはある。まだ知らないことが多すぎるのだ。コノハが栄えるために必要なのは高級肉なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。その判断がカナタにはまだできない。


「ところで、仕入れている人はどれくらいの頻度でここへ?」


「業者か? 俺の店も幾つかのルートがあるんだが、あの店が扱ってる業者なら今日来るんじゃねえかな。『陸』が欲しいんだろ? たぶん無理だと思うね。売ってはくれねえよ」


「ちょっと話を聞いてみたいと思っただけです。もし良かったら会わせてもらえませんか?」


「肉を買ってくれるってんなら会わせてもいいぞ」


 カナタはポケットに手を突っ込むが、当然銀貨なんて一枚も持っていない。その様子を見て男は「あれ、お客じゃねえのか」と言う。


「手伝ってる旅館でひいき目にするように言っておくので、なんとか」


 カナタはトオルの真似をした。両手を合わせて思いきり頭を下げる。これをされるとなぜか断りづらくなるのだ。


「ま、まあ別に構わねえよ。それなら、どうせだったらそれまで店を手伝ってくれよ」


 情報の糸口を見つけたカナタに断るという選択肢はない。カナタは店の仕事を手伝うことにした。

 肉屋というのは基本は袋単位で肉を売っている。そしてカナタはお金の受け渡しの手伝いをすることになった。袋には肉以外にも氷が入っていて、悪くなるのを抑えている。そしてその氷も袋に入っている。

 一時間ほどしたころ、先の件の行商人が姿を現したようだ。これだけ暑いにもかかわらずロープを羽織っている。人を蔑むような目をしていて、それを除けばただ物静かなだけの人に見える。


「今日は何を?」


 ロープの男は挨拶もなしに話を始める。


「いつもと同じようにお願いします。いやあおかげさまでいい商売させてもらえて」


「『参』が十五袋と『四』が五袋?」


「そうですね」


「小金貨三枚と銀貨七十五枚だね」


 小金貨を四枚。それをロープの男に渡すと、用意されていたのか、銀貨二十五枚がすぐにお釣りとして渡される。


「まいど。またよろしく」


 ロープの男は終始覇気がなく、淡々と話している。

 カナタは話しかける。


「すみません。『陸』の肉を探しているんですが、あの店にしか売ってないって本当ですか」


 カナタはさっき教えてもらった建物を指差す。

 ロープの男は軽くカナタを睨むと、カナタの指の先を確認する。


「ああ。俺はあそこには『陸』の肉は売ってないね。『玖』と『拾』を売った」


 カナタは少し驚く。サクラの話を思い出しているのだ。肉のランク付けは十段階なのだから、『玖』や『拾』などは最高ランクといっても良い。そんな肉をあの白い大きな建物は仕入れている。

 カナタは確認をする。なぜ残っている『陸』をこの市場の人たちは入手できないのかを。


「じゃあ『陸』の肉って余ってますよね」


「あるにはある」


「売ってもらえないですか」


「それはダメだ。『陸』は『陸』で人気がある。そもそも高い肉ってのは王都で売るように運んでるんだ。ここよりもっと高く売れるからな」


 行商人のほとんどは王都に行く途中としてここを通る。北側から王都に向かおうと、整備された道を進むならば必ずリパの町を通ることになるのだ。

 しかしそれにしては違和感がある。そしてそれをおもむろに言葉にする。


「『玖』と『拾』は売るけど『陸』は売らない」


 舌打ちの音が聞こえる。口元が見えにくいせいでロープの男から聞こえたのかどうかは判断ができない。


「別に売らないわけじゃない。金を出せば売ってやってもいい。『陸』の肉一袋は――そうだな、小金貨二枚もあればすぐに売ってやってもいいぞ」


 蔑むような目をしてロープの男は静かに笑う。小金貨二枚とは銀貨二百枚に相当する。子供がおいそれと出せる金額ではない。ましてや肉の価値がわからないカナタには判断がつかないし、そもそも出すお金もない。


「あの店はそれ相応の金を払ってるんだ。いい付き合いをさせてもらってるしな。子供は商売に首を突っ込むもんじゃない」


 ロープの男のやや虚ろな目がカナタを睨む。


「それに、そんだけ高級な肉が食いたいならあの宿に行けばいいじゃないか。金が払えるかどうかは知らないがな」


 宿という言葉にカナタは思うところがあった。その宿がサクラの言っていた宿なのかもしれない。

 ロープの男は不気味に笑ってその場を離れようとする。そして何か言い忘れたことでもあるかのように付け加える。


「ああ、ただ次にこの町に来たときには気が変わっているかもしれない。また聞いてくれよ」


 そして「じゃあな」と言ってロープの男は去っていく。


「ちょっと不気味だけど悪い人じゃねえと思うんだ。俺の商売仲間とも言えるだろうし、悪く思わないでくれよ」


「いえ、こちらこそご迷惑をかけてしまったみたいで」


「ちゃんとうちの店の宣伝さえしておいてくれればいい。兄ちゃん頼んだぞ」


 カナタは「はい」と答えて、市場を去ることにした。

 周りでは「あの旅館、やっぱり高級なもん仕入れてるみたいだな」と、今の会話が噂されていた。

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