プロローグ4 『はじまりは突然に』
カナタの父親の葬儀は、あの襲撃のあとすぐに行われた。あのとき駆け付けた救急隊の懸命な処置もむなしく、為すすべがなかった。
それからというもの、町全体には不安が駆け巡った。今もいつモンスターの襲撃があるかわからないという状況の中にある。しかしながらそれは一方で、緊迫感のせいか以前の活気を取り戻しつつもあった。
「その、なんて言っていいかわかんないけど、元気出して」
カナタはサクラのいる料理屋にいた。あの騒動から十日ほどが経過したが、カナタはそのショックをぬぐえきれていない。目の前で唯一の肉親が無残な殺され方をしたのだから当然だ。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
カナタにとっては本音とは言い難い言葉だった。その取り繕った笑顔に、サクラは少し悲しそうに笑顔を返した。
気を利かせてくれたサクラの両親が、あれからずっとカナタに毎日の食事と居場所を用意してくれた。南東部の復興まではしばらく時間がかかるとされたからだ。このようなボランティアは町全体で行われていて、その一環でもあった。町全体が今は一つになっている。教会もしばらくは休業し、その人材は復興にあてられている。
カナタが昼食を食べ終えた頃、トオルが現れた。彼も彼なりにショックを受けていたはずだが、カナタほどではないだろう。
「うぃーっす。カナタ、面白い話持ってきたぞ」
「ちょっと、カナタは今それどころじゃ……」
「いいよ。面白い話って?」
「実はな――」
そう言うとトオルは合掌して思い切り頭を下げる。
「またかよ」
カナタは久しぶりに本当の笑みをこぼした。これは例のお願いごとのパターンだ。
「旅に出よう!」
カナタはもちろん驚いたが、サクラも同様に驚いていた。いきなり旅に出ようと言われて驚かないほうが無理があるというものかもしれない。あるいは本気で言っているのかどうかすら怪しい話だ。
「ほら、俺も十五歳になっただろ? なんかうちのしきたりで、十五歳になったら外の世界を回らないといけないみたいで。可愛い子には旅をさせよってやつ? 自分で一人前になれたと感じたら戻ってきなさいって言われてさ」
「トオルが一人前って、ずいぶん先の話ね」
「俺のことだから一日で終わるかもな」
サクラが茶々を入れてトオルがそれに返す。二人は相変わらずだ。
「面白そうだね」
カナタは答えた。あるいは、そう答えるしかないような気もしていた。
「へ?」
トオルは素っ頓狂な声を上げた。思ってもいない回答だったのかもしれない。
「面白そうだよ。すごく面白い話だ」
カナタはこの先のことを考えていた。このままサクラの家のお世話になり続けるわけにもいかないし、自分のことを自分でやらなくてはならないこともわかっている。その中でどの方法に身をゆだねるべきかを思案していた。城の兵として働くことも考えたし、どこかの鍛冶屋で働かせてもらうことも考えてみた。ただ、そのどれもが自分の為すべきこととは思えなかった。
――「カナタ、そろそろお前も外の世界を見て来たらどうだ?」
父親の言葉をカナタはたびたび思い出していた。その父親が今自分の背中を押してくれているようにも思えるのだ。
「このままここにいるわけにもいかないし、一緒に行かせてほしい」
真剣に頭を下げて二つ返事をするカナタに、トオルは「も、もちろん」と呆気に取られていた。
「ちょ、ちょっと待ってよー。私も行く。私も行く!」
「サクはちゃんとご両親に聞いてきてからのほうがいいよ。仮にも女の子なわけだし、心配するよ」
「仮にもってどういうこと!?」
「確かにサクラは仮にも女の子なわけだし、両親が心配するかもしれねえな」
「殴るわよ?」
サクラは右ストレートをトオルの左頬にシュートした。超エキサイティングだ。
「もうなふってるしゃないはよ」
「殴るわよってのは確認じゃなくて、宣言だからいいの。でも、確かに聞いてこないといけないかな。さすがに黙って出ていくわけにもいかないし」
「いつ出発する? 明日にでも?」
カナタは居ても立っても居られなかった。唯一の希望がそこにあるような気がするのだ。
「いや、準備もあるからすぐには無理だな。三日後……いや念のため一週間後くらいにしよう。サクラも来たかったらきちんとそれまでに承諾をもらっておけよ」
「わかった。私も絶対に行くからね」
サクラは二人の目を見つめながら言った。
各々の思いを胸に、その日は来た。
サクラの両親は最初こそは反対していたものの、最後には「どうせだったら世界中の食材をその目で見て来い」と背中を押してくれたようだ。
「よし、集まったな」
三人は必要最低限の荷物を持っていた。
「サクラの荷物多くないか」
「乙女には必要なものがたくさんあるの」
「……まあいいか。馬は一頭借りてきた。なんでも特別な訓練がしてあるようで、相当量の荷物を持てるらしいから、たぶん荷物については大丈夫だろう」
普通の馬とは違う大きさ。はち切れんばかりの筋肉。その辺にいる馬とは思えないほどの佇まいは、説明を受けなくてもわかるほどの剛健さを感じる。
「目的地は?」
「北東に位置する町ルシオに、とりあえず向かおう」
「ルシオといえば鍋が有名な場所ね。でもここからだと結構遠いよ?」
「途中で何か所か寄り道はする予定」
「僕は行く先なんて全然考えてなかったから特に異論はないかな」
「私も」
「それじゃ出発しよう。長い旅になるぞー」
こうしてカナタたちの旅は始まる。希望に溢れた道のその先がどうなっているのか、それはまだ誰もわからない。もちろんこの三人にも。