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彼が魔王になった理由  作者: 真
第二話 踏み出す一歩
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21 『穏やかな日々と小さな悪戯』

 カナタが目を覚ましたとき、すでにいい匂いで部屋は包まれていた。あんなことがあった次の日だというのにサクラは三人の朝食を作っていた。室内は美味しそうな香りで満ち、ぐつぐつという音、それとサクラの靴音が聞こえる。その日常はとても穏やかで、改めて感じるとそれだけでも幸せだと思えるほどのものだ。開けられた窓から聞こえる小鳥のさえずりもなんとなく心地がいい。カナタは一つ欠伸をして起き上がる。昨日は部屋に入るとすぐに寝てしまったため、倉庫が寝室の役割を果たすことはなかった。寝袋も何もなかったからか、体のあちこちが悲鳴を上げている。それは鉱山での労働のせいなのかもしれなかったが、それはすでにどちらでもよいことだ。町の生まれ変わる瞬間を目にしたカナタにとって、体の痛みなど些細なことでしかない。


「カーくん、起きた? もうすぐできるよ。トッくんもそろそろ起こしてあげて」


 サクラがカナタに気づいて声をかける。カナタは体の節々を労りながら答える。


「なんかいつも悪いね。今日ぐらいは別にゆっくりしていても良かったんだけど」


「いいのいいの。私にはこれくらいしかできないから」


 サクラは今回の一件で自分が迷惑をかけたと考えているのかもしれない。しかし、カナタはむしろ逆の考えだ。これまで食事を用意してきたサクラはこの旅には大きく貢献できていると考えていた。どちらかといえばむしろカナタ自身のほうが貢献できていないとすら考えている。


「トオル、朝だぞ」


 カナタはトオルの肩を揺らす。寝言のようなよくわからない返事をしてトオルは目を開ける。


「……朝か」


「そうみたいだ」


 トオルは半身を起こすと伸びをして、ゆっくりと息を吸う。そして欠伸をしている。

 カナタは立ち上がって椅子に座ると、トオルも同じように椅子に座る。


「今日の予定は?」


「出発の準備」


 トオルは気だるげに答えた。まだ眠気と戦っているようで言葉数が少ない。


「次はいよいよルシオって町だっけ?」


「そうなるな」


 彼らの旅はまだ続く。目的地はそう遠くはないものの、この町に留まり続けるという選択肢はない。体を休ませて準備が整えば、彼らはまた次の場所へと向かって行く。


 三人が朝食を終えて町に出ると、少しばかり賑やかなように思えた。それはきっと勘違いではない。この町は新しく生まれ変わったのだから。

 まず彼らが向かったのは雑貨屋だ。近隣の町までの簡単な地図を購入した。この町を出て、東北東に進めばまず関所という場所がある。三人がそれについて店主に尋ねたところ、荷物の検査を受ける場所だとの答えが返ってきた。そしてその関所から北の方角に進めばルシオの町に着く。トオルは地図を眺めながら、かかる日数を計算しているようだった。

 次に向かったのは食料店で、そこではパニーの元になる麦を購入。この町の東側にある広々とした麦畑は、今収穫の真っただ中だ。すでに収穫されているものもあれば、少し時間をおいて収穫するものもあるらしい。そうやって順に収穫されていくという話だが、店内のものは収穫されたばかりのものとのことだ。新しい麦の粉は香りが高く、焼いた後も良い香りがするというのが特徴のようだ。トオルによるとルシオの町まで十日ほどだということから、それなりの量を購入した。尤も、サクラが言うには「設備が整ってないから結局そんなに味は変わらないと思うけどね」とのことだったが。

 他にも馬の餌、護身用のナイフ、少し暖かい服などを購入した。中でも面白かったのは少し温めた石を持つことで寒さから身を守るというホットストーンという考えだ。これは先日サクラが購入したマグマライトという石の使い道の話で、温めたマグマライトを布で包み、それを服の内側に忍ばせることで寒いところでも比較的暖かく過ごせるというものだ。料理用では少し大きな塊として売られていたが、このホットストーンで使う鉱石は小石くらいの大きさで、それを二、三個布で包んで使う。これも寒さへのいい対策だということで購入に至った。


 何度か店と家とを往復しているうちに昼食の時間となった。必要そうなものはたいてい手に入り、出発に向けて調整が必要なことはあとは体調の問題だけだ。最も疲弊しているのはカナタで、早くても明日あるいは明後日出発が最速だろうという結論になった。

 橋のあたりで昼食について話をしていると、三人は一人の女の子に声をかけられた。スカートを身に付けた緑の髪で、サクラよりも少し背が低い。その笑顔はどこかで見たことがあるようなものだったが、カナタにはうまく思い出せなかった。彼女が「ねえねえ、お姉ちゃんたち。お父さんがお礼をしたいからお家まで来てほしいって」と言われ、彼らは家に招待された。


「俺らも有名になったもんだな」


 そうトオルは得意げにしていた。女の子が「こっちこっち」と言って三人を案内する。彼らが彼女に付いて行くと一つの家に着く。


「ここは確かリクさんの……」


 トオルはそう言って少し考え事をしていたようだったが、すぐに結論が出たようだった。


「そうか。リクさんの家にも奥さんとか戻ってきたわけだもんな。というかこんなかわいい娘さんもいたんだな」


 トオルは納得しているようだ。女の子はその様子を見て笑っているようだった。カナタも二人を見ながら町が平和になったことを喜んでいた。

 家に入るとすぐそこにテーブルが置かれていて、その上には料理が並べられている。そしてその椅子の一つにリクは座っていた。

 リクは立ち上がって言う。


「ようこそ。トオルもカナタも、あとサクラちゃんと言ったかな?」


「あ、はい」


 サクラは恐縮そうにそう答えた。


「三人には感謝の気持ちを伝えておかなければと思ってね。座ってくれ」


 テーブルのそばに椅子が並べられている。それらに座るとトオルは尋ねる。


「今日は、鉱山はお休みなんですか」


「むしろ今日くらいは休ませてくれよ」


 リクは笑いながらそう答えた。その笑顔を見て、やはり笑顔はあるべきだとカナタは再確認した。

 今度はサクラが目の前の料理の数々を見て言う。


「今日はありがとうございます。わざわざ用意してもらっちゃったみたいで」


「構わないよ。俺も君たちにちゃんと感謝を伝えておきたかったしな。本当にありがとう」


 リクは大人の男らしく、堂々とした態度で感謝の意を伝える。ここまではっきりとした態度で感謝を伝えられてしまうと、三人も嬉しさを感じずにはいられないだろう。

 そんなことを話していると、キッチンのほうから一人の女性が現れた。青い髪の細身の女性だ。手に持っている料理をテーブルに置くと、リクが紹介する。


「妻のウミだ」


 ウミは深々と頭を下げる。


「このたびはありがとうございました」


「僕たちはやれることしかできませんでした。最後に決着をつけてこの町を救ったのはリクさんです」


 ウミはその言葉に顔を上げると笑った。


「本当にあなたの言っていた通りの方々のようね」


 リクはウミに笑顔で答えているようだった。


「ところで、そちらの子は?」


 トオルが尋ねる。カナタたちを呼びに来た一人の女の子。カナタたちを呼びに来たということが少し引っかかるところなのだ。この町で彼らを認識している人間は少ないはずだ。そして呼ばれたのはリクの家。その答えの示すところ。それはつまり――

 劇の挨拶のようにスカートの裾をちょんとつまんで、女の子は頭を下げる。


「私はミナト。カナタ兄ちゃんとサクラ姉ちゃんは気づいてたみたいね」


「え? え?」


 トオルはカナタとサクラを見て驚いている。


「いや、僕たちも今の今まで知らなかったよ」


「なんとなく思うところはあったけど、確信はなかったかな」


 ミナトは可笑しそうに笑っている。トオルはしばらく驚いていた。


「でも、なんでこんなことを?」


 リクが質問に答える。


「この町は知っての通り若い女は大人子ども関係なく連れ去られていた。当初運良く見つからなかったミナトを守るためにはこの方法しかなかったんだ。ミナトには悪いことをしたと思っているけど、方法がこれしかなかった。子どもたちの間ではなぜミナトだけ連れ去られてないのか不思議に思うものもいたようだけど、さすがにその辺りまではブラックも把握してなかったようで助かったよ。尤も、彼らとしてみればある程度人質がいれば問題なかったのかもしれないけどね。ただ、ミナトももうしばらくすればさすがに鉱山で働かされていただろうから、それより前に解決できて良かった」


「そうだったんですね」


「『ボク』って言うの、私はちょっと楽しかったよ」


 ミナトはそう言った。ミナトは首を左右に傾げながら満足そうに笑っている。今まで三人に少しでもいたずらできたことが楽しかったのかもしれない。ミナトは確かによく見れば女の子と言われたほうが納得がいく。その可愛らしい見た目もそうではあったが華奢である体型もそうであるし、男の子というには少し筋肉がない印象もある。男の子だと言われればそう思わないこともないが、女の子だと言われればそのほうがしっくりくる。そして今日は服装が服装なだけにその印象が強い。スカートが女の子らしさを強めているのかもしれない。


 昼食をご馳走になった三人は、そのままリクたちと話をした。この町のことや三人の旅の目的、ミナトのことも話した。そしてしばらく会話を楽しんだあと、三人は改めて礼を言って家を出た。

 出発の準備に必要なことはもうほとんどなく、残っていることはといえば、例えばテントなどが壊れていないかを確認するなどの作業だけだ。それらをこなせばもう出発も目前となる。

 この町に滞在するのもあと二日がいいところだ。

 カナタは少し名残惜しくも思ったが、次の場所へと馳せる思いもそれ以上に持っていた。




 そして出発日当日。

 最後の確認を済ませると、彼らは町の入り口に立っていた。リクは仕事のため見送りには来なかった。それでも三人が前日に出発を伝えたところ、別れを惜しんでいた。

 彼らはこの一週間ほどを思い出しながら町を見ている。この町に来たときとはまた違った、活気のある町になっている。見かける人の数も多く、楽しそうな笑い声も聞こえる。

 そして何より笑顔がある。


「また来てね」


 ミナトが笑いかける。隣にいるウミも笑っている。

 サクラはミナトに答える。


「帰り道には寄るからね」


「うん」


 ミナトは元気よく返事をした。

 トオルはウミに最後の挨拶をする。


「リクさんにもよろしく言っておいてください」


「もちろんです。お気をつけて」


 トオルは「はい」と返事をする。そして馬のほうを見て、手綱を引っ張り、馬を歩かせる。

 トオルに続いてカナタとサクラも歩く。


「またねーっ」


 カナタたちの背後には手を振る少女。それをちらりとカナタは振り返り、また前を向く。

 彼らの旅はまだまだ続くのだ。


 町の中からはカンカンカンというハンマーの音。

 流れる川の涼しい香りと、火の燃える匂い。人々の笑い声と、トロッコの音。

 それはまるで一つの小さな劇のよう。

 支配から逃れ自立したこの町は、今日も人々の思いとともに生きている。

 活気と笑いにあふれる町ディーモ。そこは鉱山の町である。

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