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彼が魔王になった理由  作者: 真
第二話 踏み出す一歩
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19 『進む or 進む』

「君たちの連れの、サクラと言ったか。彼女のことなんだが――」


「サクに何かあったんですね?」


 カナタは尋ねた。トオルもリクの答えを待っている。


「俺たちはとある団体の下で働かされてるんだ。おそらくだがその連中にさらわれたのだと思う。ミナトがそれを目撃したと言っている」


 ミナトは言葉を出さずに首を縦に振っている。おそらくその現場を目撃したことが相当ショックだったのだろう。今にも泣きだしそうなその顔は見ていて辛くなる。

 トオルは一言だけ言う。


「ブラック」


 その言葉にリクは驚いている。最近来たばかりの若者が、この町の真相にたどり着いているとすれば、驚いて当然なのかもしれない。


「なぜそれを?」


 リクは疑問を呈したが、カナタはその質問には答えなかった。


「今はその質問に答えてる状況ではないはずです。場所はわかりますか」


「場所? どういうことだ?」


「俺たちはそのブラックってやつがいる場所を知りたいんだ」


「行ってどうする。まさか君たちがあいつと戦おうっていうのか? あいつに君たちみたいな子どもが敵うわけがないだろう」


「それはやってみないとわからない」


 トオルは手に火球を出して答えた。魔法使いであることは誰にも話していなかったのかもしれない。


「君は……いや、しかし君たちだけで敵うような連中ではない」


 リクは躊躇っている。何か心の中で葛藤があるのかもしれない。


「それでも俺たちは行きますよ。場所を教えてください」


 リクは二人から目をそらすと、下のほうを見る。何か場所を教えたくない理由があるのかもしれない。何か思い詰めているように床のほうを眺めるばかりだ。


「俺には、できない……。もし君たちが行って、敵わなかったとき、危害が加えられるのは町の住人だ。俺はそれを見過ごすことはできない」


「それでも現状を変えたいのなら戦うしかない」


「リクさん、これはもうあなた方だけの問題ではない。僕の仲間も巻き込まれたんです。場所を教えてください」


 リクは無言のままだ。決断が出せないでいるのか、あるいはカナタたちを説得しようとしているのか。それはわからないが、この町の住人は彼にとって大切な存在に違いない。カナタたちのような外部の人間が犠牲になったところであまり状況は変わっていないというところなのかもしれない。


「リクさん、僕はあなたのことはあまり知りません。この町のこともあまり知らない。ただサクは僕の仲間で、助けたいんです。それにミナトくんはどうするんですか。このまま一人で育てるんですか。あなたは耐えられるかもしれない。だけどミナトくんはどうですか。僕には母親がいません。物心ついたころにはもうすでにいませんでした。それどころか父親も最近亡くしました。だからこそわかることがあります。子どもにとってお親というものほど大切なものはないと。あなたはそれをミナトくんから奪っているんですよ」


「……そうだ。君の言っていることに間違いはない。ただ、俺が動けば少なからず迷惑に思うやつが出てくるさ。この町の住人は今まで一緒に戦ってきた大切な仲間だ。彼らを裏切ることはできない。もしここで場所を教えたことが連中にばれれば、この町は今よりもっとひどい状況になりかねない」


「ではこの町はこのままの状態で存続したほうがいい、と?」


「そういうことを言っているわけではない。わかるだろう?」


「リクさん、僕は時々トオルのような体力があればと思います。今、僕はまさにその状況です。これだけ疲弊しているのは普段何もしていなかったからこうなったんです。いわゆる自業自得ですが、だからといって僕に運動させなかった環境を恨んだりはしない。なぜだかわかりますか」


 リクはカナタの言葉を測りかねているようで無言のままだ。


「それは、何もしないという選択肢を選んだのは他ならぬ僕自身だと思うようにしているからです。人は何か選択に困ったときに先延ばしにしたがる性質がある。それは選択するという現実から逃れようとするからです。選んだものが必ずしも良い結果を生まないとき、選択することは時に苦痛です。だから選択しないことで傷つく可能性から逃げるんです。本人はそれを選んでないと言い張るかもしれない。しかしそれは紛れもなく選んでいるんです。何もしないという選択をね」


 カナタは思いのたけをぶつける。


「この選択はどちらを選んでも苦痛を伴う可能性がある。それは間違いない。だからこそもっと良い状況に、好転するような選択肢を選ぶべきだ。そしてあなたは一つのことを既に選択している」


「俺が、すでに?」


「僕たちの家に来たことですよ。何も思っていなければ来る必要なんてない。真相は闇の中という可能性すらあった。それなのにあなたは僕たちに教えてくれた。本当はあなただって心のどこかでは助けたいと思っているはずだ。だからその選択をした」


 リクは口を手で覆い、目線を下げる。何か考え事をしているのだろう。

 カナタとトオルはリクの出す結論を待つしかない。闇雲に探すのではさすがに時間がかかりすぎる。すでに空が赤みがかっている以上、完全に夜になる前には決着をつけることが望ましい。制限時間はおよそ九十分といったところだろう。

 リクが顔を上げる。そして二人に視線を合わせた。その目は透き通っていた。一点の濁りもなく、澄んだ黄色の瞳をしていた。


「五分後、俺の家の前に集まってくれ。できるだけ腕の立つものに声を掛けてくる」


「それって――」


 カナタは少し表情を崩す。リクが提案を受け入れてくれたように思える。


「暗くなるまでにもう時間はない。早く準備を進めてくれ」


 リクはそう言うと急いで出て行った。扉の閉まる最中、その奥でミナトが二人を見ていたのがカナタの目に映った。何か嬉しさのようなものを訴えられているような、そんな気がカナタにはしていた。




 五分とかからずに二人は部屋を出た。特に必要なものなど持ってはいなかったが、あくまで護衛用として持っていた木刀をカナタは手にしていた。使いどころはないかもしれないが、トオルと違って丸腰でどうにかなるなんて都合の良いことははないだろう。トオルはむしろ邪魔になるかもしれないということで、武器となるものは何も身に付けていない。尤も、一番武器になり得る魔法を使えるのだから、身に付けていないというのは語弊があるかもしれない。


 集まったのはカナタとトオルを合わせて二十人ほど。相手の数もだいたいそれくらいということで、数としては問題ないだろう。多くの人間で行動できればそれだけ有利ではあるが、やはりブラックという人間を恐ろしいと思うものも少なくなかったということだろう。元々無理に働かされているものも少なくないのだろうから仕方ないのかもしれない。

 町の東の麦畑は赤というよりは黄金に染まっている。極めて美しい黄金色。麦は彼らの決意と呼応するかのように隆々と大地から伸びているようにも見える。風が穂を撫でていく様は圧巻で、見るものの視線をすべて奪ってしまうほど美しい。

 彼らはその麦畑の合間にある道を通り、目的地へと向かって行く。そこは麦畑のおよそ北東部であり、山に入るであろうかという麓に、小さな村のような集落がある。

 一行は大地を踏みしめ、歩いた。体力を温存し、気持ちを整えるために歩いた。歩調や歩幅はそれぞれが違うものだったが、厳かなその足取りは近くを通る獣たちすら平伏すほどだった。

 カナタの体は緊張と興奮の間にある。足の疲れなどに目をくれる暇すらない。

 この短い旅の目的地は目の前だ。

 集落の前にリクが立つと、彼は叫ぶ。


「ブラック出て来い!」


 その声が響き渡る。その村には若い女性がたくさん見える。おそらくここがブラックのアジトと言って間違いないだろう。

 少し経つと奥の建物の扉が開き、そこから男が現れる。ゆっくりと中央の道を歩いて来ると、少しずつその体格がわかってくる。とても背が高く、服の上からでも十分わかる筋肉の隆々さは恐れるに値して不思議ない。その男はしばらくするとリクたちの前で足を止める。

 背の高いリクよりもさらに少し背の高い男が一行を見下ろす。髪はすべて剃られている。そしてその目つきはやや虚ろだが時折鋭くなる。低く渋い声が男の口から放たれる。


「何か用か?」


「村の住人を返してもらいに来た」


「ほう? それはどういった見解で」


「返すつもりがあるのかないのかを聞いている」


「返すも何もないだろう。俺は奪ってなどいない。あいつらが自主的に戻らないだけだ」


「戻ろうとするものには暴行をはたらく癖に、何が自主的だ」


「まあ別に構わない。取り返せると思うのであればやってみればいいさ」


 ブラックは右手を掲げた。すると奥の扉が開き、男たちがぞろぞろと出てくる。

 リクはそれを見てもう一度叫ぶ。


「みんなは部屋の中に退避してくれ!」


 その声に応じて、村にいる女性はみな家に入っていく。ばたばたと音を立てて扉が閉められる。

 男たちが村の前に押し寄せると、そこからが本当の闘いだった。

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