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彼が魔王になった理由  作者: 真
第二話 踏み出す一歩
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18 『ポテンシャル』

 家に戻るとサクラは無言で料理を作り始めた。

 カナタはといえば、こんな状況でも空腹を感じてしまう自分にいらだちを感じていた。自分がとても冷たい人間であると自己嫌悪している。

 今回は問題がはっきりしているゆえに質が悪い。自分たちで太刀打ちできるかどうかの判断が明白にできてしまうからだ。それによって陥る状態は一つ。自分の未熟さを嘆くだけだ。


「カーくんが悪いわけじゃないよ。そんなに落ち込まないで」


 カナタはリパの町の一件から慢心しているところがあったのかもしれない。自分なら何かをしてあげられるのではないか。彼がそんな気持ちを持って話を聞きに出かけたのは確かだ。それが見事に返り討ちにあってしまった。期待していたゆえにその反動は大きい。


「何か手伝えることを探したい。僕にしかできないことがきっと一つくらいあるはずなんだ」


「私も何かできればいいけど……」


 サクラはカナタ以上に自分の非力を嘆いているかもしれない。カナタはそれを思って「ごめん」と一言だけ言った。

 この町にもっと人がいれば話は違っていただろう。数の暴力ではないが、人さえいればブラックという男も反乱を起こすには躊躇したかもしれない。あるいは、アイリスの騎士がまだ残っていれば。カナタはアイリスが無慈悲な町だと感じ始めた。何かのせいにしても何も解決しないことはわかっている。それでも何かのせいにすることで多少なりとも落ち着くのだ。


「ちょっとその辺歩いてくる」


 カナタは家を出て外を歩くことにした。居ても立っても居られないのだ。しかし、だからといって何かができるわけでもない。その状態にいらいらする自分から解放されたくて、町を歩く。

 外に出て歩くと少しだけ気持ちが楽になる。部屋の中にいると心まで塞ぎ込んでしまう。気持ちが自然と暗くなり悪いことばかり考える。その点、外を歩くと少しばかり気分転換できる。なぜ外を歩くだけでこれほど気分を変えられるのかをカナタは知らない。ただ、今の状況をこれ以上悪く考えないように、その正体不明の気分転換に身を委ねる他にない。


 この町はとても静かでいい町だ。争いごとなど微塵も感じさせなく、穏やかで落ち着いている。人々も根っこの部分では優しい。表情にばかり目がいってしまうためその本質を見抜きづらいが、今までカナタが会って来た人はみないい人だったと言っていい。彼らの心の中には他人のためを思う心が少なからず存在している。だからこそ、そんな心の隙間を突くようなよこしまな考えにカナタは辟易しているのだ。なぜこんなことをするのかという、非難する気持ちが湧き続けているのだ。


 カナタは昔からそうだった。いじめっ子が弱いものいじめをしているのを見たときも、一目散でその間に入った。もちろんそれでどうにかなるわけではなく結局喧嘩になる。複数人を相手に勝てるわけもなく、彼はむしろ格好の的だ。そして一方的に殴られる彼を助けたのはいつもトオルだった。サクラはそんなカナタをいつも励ましていた。やり返せなくても守ること自体が偉いことだ、と。カナタは嬉しさを感じる反面、悲しさも感じていた。自分の行動が少なからず状況を変えたことは嬉しかったが、結局何もできないことには悲しかった。自分が非力であることを痛感するのは痛恨の極みだ。しかし、カナタはどんなときでも一度も泣くことはなかった。どんな逆境に立たされても涙を見せることはなく、必ず立ち向かっていくような、そんな気概だけは誰にも負けないくらいに持っていた。それを勇気と呼ぶのか無謀と呼ぶのかはわからない。ただ、力のあるものが力のないものを一方的に叩くというのはあまりにも虚しすぎる。その力はきっとそんなことに使うためのものではないという気持ちが強かった。力を持たない彼にとっては。

 だからこそ、このやり口にカナタは憤怒している。強いものはその力を正しく使うべきであり、誤った使い方をしていては世界はダメになってしまうと考えているのだ。

 昔のことを思い出していたカナタは、鐘の音で現実に戻された。しかし、心を落ち着かせるためにその後もしばらく歩いて、それから家に戻った。


 家に着くとサクラの「おかえり」の声がカナタには妙に嬉しく感じられた。トオルはすでに帰っていたようで、あとはカナタがいれば夕食が始まるという状態だった。

 時間はすでに六時を回っているだろう。時計を見ていないからわからないが、もしかすると七時を越えているのかもしれない。


「遅かったな」


「ごめん」


「別に責めてるわけじゃねーよ。早くメシにしようぜ」


 カナタが椅子に座ると、サクラは鍋を持って来た。

 食事の最中に、今日カナタたちが得た情報をトオルに伝えた。ある程度は先にサクラから聞いていたようで、滞りなく話は進められた。


「なるほどな。それでどうするべきなんだ?」


「今のところ答えは出せてないという感じ」


「俺がその場所に行ってすべて壊しちまうってのは?」


「それはサクにも話したけど、あまり解決にならないと思うんだ」


「もしそれで解決しても、私たちがいなくなったらまた戻っちゃうんじゃないかって」


「一理あるな」


 結局この話は平行線をたどる以外にない。彼らの手だけで何かをしても、それでどうにかなるわけではない。もちろんトオルが元鉱員のような屈強な男に太刀打ちできるかどうかも定かではない。


「じゃあ、俺もわかったことがあったから報告する」


 トオルは宣言すると、そのまま続ける。


「ミナトって子、いただろ? あの子の父親がリクさんっていうんだけど、その人がこの鉱山の中心人物のようだな。外から見てると全然わからないけど、話を聞いている感じではあの人が鉱員の信頼を一番得ているように思える。偉そうにしているやつらもいたけど、そいつらはあんまりだったな。立場が上のものは自然と嫌われるものなのかもなと思ってたけど、カナタたちの話を聞いてその意味がわかったわ」


「ミナトくんのお父さんってのは何でわかったの?」


「ああ、ここに帰ってくるまでにちょっと家に寄らせてもらってたんだ。俺が怪しい人間かそうじゃないのかを探られてたのかもしれねえな。家で話してたらミナトが俺のこと指差して出てきてよ。それでわかったんだよ。まあ、ミナトのほうはミナトのほうで、外に出るなって言われてたみたいでひどく怒られてたけどな。それと、母親がいなかったようだったけど、それについても納得がいったよ。全然嬉しくねえ納得だけどな」


 ミナトの母親も連れられてしまったのかもしれない。それで脅されるようにしてリクというミナトの父親も働かされているのだろう。


「ただ、俺はそれでも殴りに行くに一票だな。一度壊滅的になればしばらくは問題ないだろう。そうすれば何か変わるかもしれない」


「またブラックという男が台頭してきたら?」


「そうならないことを祈るしかない」


「そんな可能性のわからないことに賭けるような真似はできないよ。それに相手がどれだけの人間かもわからないし、どれだけいるのかもわからない。ただただ突撃するのは無謀ってやつだよ」


「そう考えるだけの根拠は持ってるつもりだけどな」


 トオルは何か策を持っているようだった。


「カナタ、明日鉱山に来てみないか」


「え?」


 話の急な変わりように、カナタは少しだけ困惑した。そしてトオルなりの考えがあるのだろうと思い、鉱山の仕事を思った。

 幾らかの不安がカナタにはある。もともと鉱山の仕事は体力的にかなりきつい部類のものだ。それはトロッコを押したり、鉱物を運んだりする仕事になっても変わらない。一つ一つが体力のいる仕事で、カナタにはそれをこなせる自信がない。


「大丈夫だって。それに俺の言ってることも理解できると思うから」


 特に解決の糸口のないカナタはトオルの誘いに応じた。鉱山で働くということはブラックという相手の思惑通りに動くということでもあり、それはカナタにとっては癪だった。しかし、問題が解決すれば町のために働いたことになるというトオルの言い分に、半ばやけになって同意した。解決しなければもはや元も子もないのだ。


 次の日は朝から出かけた。必要なものは特にないようで、ほとんど丸腰のまま二人は鉱山へ向かった。カナタにとっては向かって早々に驚きがあった。鉱山で働く人の数の多さだ。おそらく同じ目的地を目指すであろう人が、十や二十ではなく百や二百という数で歩いているのだ。この町でこれほどの人を見るのが初めてであったカナタは、別の町に来てしまったのかとしばらく錯覚したほどだ。

 山の中腹まで来ると、その数は三百を優に超えているようにも思える。それほどの人間が鉱山で働いていたのだ。鉱山自体も一か所ではなく、何か所かに分かれており、そのそれぞれで採掘作業が進められているようだ。トオルやカナタのように手前の鉱山で止まるものもいれば、さらに奥まで登るものもいる。鉱員の数は目に入る数よりももっとたくさんいるのだろう。

 カナタがその光景を眺めていると、不意に声がかけられる。


「君がカナタか」


 カナタより先にトオルが声のしたほうへ向き、答える。


「そうです。ちょっと鍛えたほうがいいんじゃないかと思って連れてきたんですよ」


「えっと……」


「ああ、俺はリクだ。この町で鉱員をやっている――ってのは見てればわかるか。今日は初めて働くということで、トオルから聞いているけど、間違いないかい?」


 背の高い男の人だ。布を頭に巻いていて、少しだけ長めの薄い茶髪がそれでまとめられている。声が低く落ち着いた印象を受けるし、そのあからさまなまでの筋肉はトオルの比ではない。


「一応そのつもりで来ました」


「かなりの力仕事になるだろうから、まずは比較的力の使わない仕事をやってもらおうと思う。どうだろう?」


「よろしくお願いします」


 カナタは頭を下げた。いきなりどんな仕事をさせられるのか不安だったカナタは少しだけ安堵した。

 しかし、その作業は想像を絶するほどつらいものだった。まず、カナタを油断させたことは鉱山の中での仕事ではないという点だったが、それは決して楽な仕事なわけではなかった。よくよく考えれば仕事になるだけのことなのだから、当然楽なものであるはずがない。しかし、それでも鉱山の外での仕事だったら幾分は楽なのではないかと高をくくったのがいけなかった。基本的には鉱山の中から出された鉱石を分けてトロッコに乗せ、それを近くの川まで運ぶという作業なのだが、これが意外ときつい。他のものは鉱石を見分けるすべがだいたい身についているが、一方でカナタはそれが万全ではない。そうなると必然的にトロッコを押す仕事を多く任されるのだ。単調でなければ気がまぎれることはあったかもしれないが、この作業は単調なものであったために、純粋にカナタの体力のなさに響いた。

 昼食の休憩を少し挟んだ後も同じことが繰り返され、帰るころには歩くことすらままならないのではないかというほど疲弊していた。この旅の道中ですらここまで疲れたことはなかったと、自分の認識の甘さをカナタは痛感した。


 そして念願の鐘の音がなった。カナタはこれほど時間に救われたことは今までになかいと思った。区切りがいいところまでトロッコを運ぶと腰を下ろさずにはいられなかった。

 仕事が終わると作業に応じた賃金が払われた。カナタには銀貨五十枚ほどが支払われた。あれだけ働いて得られるのがこれだけということに不満はあったが、仕事をこなした量などを考えれば仕方のないことだともカナタは思った。しかも、初めての仕事で色を付けてもらってこの額である。カナタはその事実に余計に疲れを感じてしまう。対してトオルは疲れた素振りも見せずに銀貨八十枚。魔法を使っていてずるいのではないかという考えもよぎったが、トオルならそれがなくても十分こなせるかもしれない。だからこれにはカナタは不公平だとは思わなかった。今までの生活のツケが回って来たんだと理解した。

 下山をしながらトオルはカナタに尋ねる。


「どうだった?」


「まさかこんなに疲れるものだとは思わなかったよ。僕は本当に体力がないな。本当にもう少し鍛えるべきかもしれないよ」


 トオルは嗜めるようにカナタに返す。


「ちげーよ、そういうことじゃない。俺がなぜ一度殴りに行けばいいと提案したかわかったかってこと」


「殴りに行く?」


 疲労のせいで思考が少しばかり滞っている。何のことだか考えていると、ようやくこの仕事をした本当の理由を思い出す。しばらくの沈黙が続いた。カナタが答えを探しているのだ。


「そうか、ようやくわかったよ。そういうことだったんだね」


「わかったか」


 この鉱山にはとても多くの人が働いている。彼らは毎日ここで働いているがゆえに、自然と肉体が鍛えられている。カナタが精いっぱいの力を使って行っていた仕事を彼らは難なくこなしている。その体力はすでに並外れている。


「つまり、一度ブラックという男が率いる連中を叩いてしまえば――」


「おそらく再起はできない」


「だけど仮にそうだとして、一つの疑問が生まれることに変わりはない」


「どんな?」


「仮にこの人数が押し掛ければどんな人間でもひとたまりもないはずだ。なのに彼らが行動に移さない理由は何だろうか。僕にはそこに疑問が生まれる」


 問題解決のために手っ取り早い手段をなぜ町の住人は採らないのか。その疑問はぬぐえない。その理由として考えられるのは、例えば連中の規模が大きすぎるということ。しかしこの町の規模を考えればそれは難しい。


「これは俺もあくまで予想でしかないが、おそらくブラックが一番腕っぷしが強かったんだろう。一対一では誰も勝てない。だから誰も対抗せずにこうなっている。もし自分がやられたらと思うと抵抗できないんだと思う。あるいは、昔はみな今日のカナタのようだったのかもしれない」


「どういうこと?」


「初めからそこまで鍛えられた肉体を持っていたわけではなくて、働いていくうちに身についた。そしてそれがどれほどのものなのかに気づいていない。あるいはその両方とかだな」


 トオルはカナタのほうを向いて疲れなど見せずに歩いている。足取りの重いカナタと比べて、トオルは汗の一つも掻いていない。一歩一歩がまだまだ力強い。


「どちらにしろ、これでわかってくれたと思う。俺は明日にでも相手の根城にうかがってもいい気分だぜ」


 トオルは自信をのぞかせた。カナタはそれに同意して、乗り込む算段を立てる。鉱山に連中の一部が見張りとして来ているようだったため、その時間を狙って攻めようという話だ。

 作戦を練りながら家に着くと、ランプは付いていなく、室内はとても暗かった。トオルがランプに火を点けると辺りは明るくなった。


「なんだ、サクラはまだ出かけてるのか」


「どうやらそのようだね」


 カナタは椅子に座ると上半身を机に支えてもらう選択肢を選ぶ。足が棒のようになっていて、もう一歩も動けないほどだ。空に赤が増してきて、夕方と言って申し分ない空模様。カナタには明日のために疲れを癒したい思いしかない。


「うまくいくといいけど」


「まあ天才魔法使いがついてるからな」


 トオルは相変わらずだ。過剰なくらいの自信を見せるが、たいていの場合それは過剰ではない。自分の力がどれくらい外部に影響を与えられるのかを知っていての発言なのだ。魔物による王都襲撃の際には太刀打ちできなかったものの、冷静な状態でことを運べれば、彼の素質は他の追随を許すようなものではない。


「にしても、サクラ遅いな」


 トオルが心配の言葉を放ったそのときだった。入り口の扉が強く開けられて背の高い男が姿を見せる。


「リクさん?」


「あれ、どうしてここがわかったんですか」


「場所はミナトに教えてもらった。その――すまない」


 リクは顔をしかめて、気まずそうに二人に謝る。ミナトもリクの後ろに隠れて二人を見ている。

 二人はその要領をまったくつかめていない。ただただリクが辛そうにしていることと、その後ろからミナトが悲しげに何かを訴えかけていることだけがわかる。


「本当に申し訳ない――まさか町の外部の人間を巻き込んでしまうとはまったく思っていなかったんだ」


 リクの真剣な言葉に、カナタとトオルはただならぬ状況であることを理解した。

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