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彼が魔王になった理由  作者: 真
第二話 踏み出す一歩
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16 『歓声』

 仮の宿を決定できたことはカナタたちにとって大きなことだった。辺りの涼しさは夜になれば身に応える寒さとなることもある。野宿という手段はあまり良い選択ではないはずであり、これで一安心といったところだ。

 ディーモの町は大きく分けると二つに分かれる。中央に川が流れ、その西側が旅の人が訪れるための場所であり、その東側には地域住民の住宅が並ぶ。もちろんすべてがこの限りではないにしても、中央に架かる橋を渡って東側に行くことは、現地住民以外にはあまり意味がない。そして東側に行かなくても良いように、西側に来訪者にとって必要な店が並んでいる。

 カナタたちの決めた仮の宿は、町を分断する川の途中にある。もっとも、どこまで行けばこの川が海と接続するのかをカナタたちは知らない。流れる川の先を見つめてもその続きはまだまだあるようで、その終着点はわかりそうにもない。


 家に入ってみると、想像通りというべきか、埃だらけだった。数年も出入りがなければ、あるいは出入りがあったとしても、掃除をしなければ当然の話だ。一時的とはいえ、このままでは住むことすらままならない。健康な生活を送れるどころかむしろ不健康である。

 カナタは部屋の窓を開けようとした。窓は軽く押すだけでは開かない。内開きかもしれないと思って引いてみるも、それでも開かない。押してもダメなら引いてみよとはよく聞くものだが、実際のところ押しても引いてもダメなことはあるのかもしれない。これもしばらく放置された家のなれの果てなのだろう。最後に勢いをつけて押すと、高く嫌な音を出して窓は開かれた。勢いよく、部屋に風が入ってくる。調子の悪いダンスでも踊るかのように埃が舞うと、窓を通って外に飛んでいく。湿った匂いの部屋に、さわやかな空気が顔を出す。カナタは一つ呼吸を整えて外を眺める。そこから見える町の景色は落ち着いたもので、川のせせらぎもあってか、とても心が安らぐ。その静けさは王都にはなかったものだ。カナタはこういうのも悪くないなと感じていた。

 部屋は大きく分けると三つあることがわかった。一つは仕事場とその受付が兼ねられている場所。表から入ればまずこの部屋に入ることになる。そして奥に倉庫のような部屋とトイレがある。倉庫のような部屋が少し広めのため、寝室として使うことになった。


 掃除が一区切りついたところで、二人は少し遅めの昼食をとることにした。町の西側に並ぶ店から料理屋を見つけたサクラは、そこで昼食をとることを提案した。カナタはそれに同意して、そこで昼食となった。二人はトオルの昼食のことを思ったが、すでに何も手は打てなく、心配はするものの気にしすぎることはないようにした。

 店から出ると、ちょうど橋のあたりで昨日の子どもに出くわす。ミナトとという子どもだ。「おーい」というミナトの言葉に、二人はそちらを向く。ミナトが二人のもとに駆け寄る。


「今日は大きい兄ちゃんはいないの?」


 おそらくトオルのことだろう。今、彼はカナタたちのために鉱山で働いているはずである。


「今日はちょっとね。ミナトくんはどうしたの?」


「ボクは外で遊ぼうと思ってね。サクラ姉ちゃん、今は時間ある?」


 サクラはカナタをちらりと見た。カナタは笑顔を返す。ミナトとずっと遊ぶとなれば町の人に話を聞く機会を失うことになる。そしてそもそも掃除も完全に終わっているわけではない。しかし、時間がないというわけでもない。

 サクラは答える。


「少しだけならいいよ」


「やった。じゃあ何して遊ぼうかなー」


 ミナトはあれこれ悩んでいる。その姿は無邪気そのもので、笑顔でないこと以外は何らおかしな点はない。しかし、だからこそやはり無表情であることが不気味に映る。


「私たちの前にいるときは普通にしてもいいんだよ?」


「普通?」


「笑ったりしても別に変に思わないから」


「でももう慣れちゃったから……」


 慣れとはこうも恐ろしいものなのだろうか。小さな子どもから笑顔を奪ってしまうようなこの町に、カナタは少し嫌な思いを感じた。


「それなら、無理しなくてもいいよ。ミナトくんがやりやすいように」


「うーん。でもせっかくだから笑顔、するね。お姉ちゃんたちに合わせるよ」


 それは何かとても大人びていることで、子どもは大人が思っている以上に周りのことをよく考えているのかもしれない。


「ところで、サクラ姉ちゃんたちのことを教えてよ。どこから来たのかとか、お姉ちゃんとお兄ちゃんはコイビトなのかとか」


 唐突な一言に顔を真っ赤に染めたのはサクラだ。今まで見たことがないくらい顔を真っ赤にしている。カナタはその様子を見て、初めてサクラの料理を食べたときのことを思い出していた。

 サクラがそんなに慌てている一方で、カナタは落ち着いた様子でミナトに優しく答える。


「僕たちは恋人じゃなくてお友達なんだ。とっても仲が良い、ね」


 カナタがそう言うと、サクラはつまらなさそうに唇をとがらせた。カナタは聞き返す。


「ミナトくんは友達は?」


「いるよ! あ、でもみんな引っ越しちゃったんだ。だから今はあんまりいないかな」


 カナタは仕事が減ったという数年前の話を思い出した。それからたくさんの人がこの町を出て行ったであろうことは容易に想像がつく。

 よくよく今までの景色を思い出すと、大人は多かったように思えるが、子どもはそれほど多くはなかった。子どもを持つ若い夫婦は早々とこの町を去ってしまったのだろう。


「お友達とはこの時間には遊ばないの?」


「みんな鉱……ううん。なんでもない。みんな今は遊べないって。お兄ちゃんはどこから来たの?」


 ミナトが何か言いかけたことをカナタは理解できたが、すぐに質問されたため、それが頭の中に留まることはなかった。


「僕たちはアイリスから来たんだ」


「アイリス? アイリスって悪いところ?」


「悪いところ?」


 この言葉の意味を二人は理解できなかった。カナタとサクラはお互いに目を見合わせて、なんのことなのかを無言で確認し合う。アイリスが悪いところであるという話を聞いたことがないわけではなかったが、基本的にそのような話は何か性根のおかしな大人の言うことで、このような子どもが言うという状況は二人とも初めてだった。


「どういうこと?」


「お父さんが言ってたよ。『アイリスのせいだ』とか、『またアイリスに振り回される』とか」


 カナタは再びサクラを見て、「なんのことだろう?」と尋ねたが、サクラが答えられる内容のものではないようだった。


「でもサクラ姉ちゃんも、あと……お兄ちゃんも悪い人じゃないと思うから気にしなくてもいいと思うよ」


 サクラは「ありがとう」と答えて笑顔を見せる。


「それと、こっちのお兄ちゃんはカナタ兄ちゃんだよ」


「カナタ兄ちゃん、だね」


 カナタは再び紹介にあずかった。二度目の自己紹介はなんとなく悲しいようで、それでも見知らぬ土地で自分の名前が呼ばれ、さらにそれが親しみを込められたものであれば嬉しいものだ。

 ただ気になるのはやはりアイリスが悪い場所だという話だ。鍛冶屋の男はカナタたちに不信感を抱いてはいなかったように思えるから全員が全員ではないのだろう。しかしミナトが言うのだから一部でそういった考えがあることは間違いないのかもしれない。ミナトの父親は、確か鉱山で働いていると言っていたから、そこで何かがあったのではないかという疑問が自然と頭に浮かぶ。


「あれ? ミナトくんのお父さんは、鉱山で働いてるんだっけ?」


「そうだよ。背が高くて力持ちだからお父さんかっこいいんだ」


 カナタはサクラを見る。


「トオル、大丈夫かな」


「あ……まあ、トッくんならきっと何とかしてるんじゃない?」


「……それもそうか」


 カナタはしばし悩んだが、納得した。

 あれこれ話した後は川で水遊びをしたり、植物や花を眺めたりして時間を過ごした。最初のころは久々の笑顔のせいか、ミナトは自然と笑顔を作ることはなかった。しかし、しばらくするとそのぎこちなかった表情も大きく変化した。笑うと頬に小さなえくぼができ、口を開けて笑う姿は子どもらしさの代名詞とも言えた。




 カナタが夕方だと気づいたころに鐘は鳴った。これがミナトと彼らのサヨナラの合図だ。

 結局この日は無表情の原因を探れなかった。手に入った情報は一つ。アイリスを嫌っている人がいるということぐらいだ。それは無表情の原因と関係があるのかもしれないが、よくわかっていない。例えば、何かこの村にアイリスが悪いことを仕掛けたのであれば納得ができるものだが、そういった話や根拠は確認できていない。ミナトが言っていた父親の言葉を考えれば何かあると考えることは妥当なのかもしれないが、それが無表情の原因と直接関係していると言い切れるかというと、それもわからない。


「またね!」


 ミナトがそう言って去って行く。石造りの桁橋の上を跳ねるように駆けて。

 二人はミナトを見送ると、仮の宿に戻る前に食料を買い足してそれから戻った。今日の最も大きな収穫は寝る場所を確保できたことだ。これによって場合によってはこの町を出るまでに幾らかの収入を手にできる算段が立つ。食事代だけを考えればよいことになるのだから、鉱山の仕事を考えればおそらく収入が支出を上回るだろう。

 部屋に入ると辺りは薄暗い。昼間は明るかったから良かったものの、夕方にもなれば部屋の中に差し込む光に限りがある。しかしながら二人の持つもので簡単に火を点けられるものはない。火打石を使えば点けられなくはないだろうが、それでは少しばかり時間がかかる。トオルがいるのといないのとではこうも勝手が違うものなのかとカナタは思った。

 火の問題は鍛冶屋の男に頼むことですぐに解決した。ランプに火を分けてもらい、それを持ち帰って明かりを増やしていく。部屋はゆらゆらと揺れる明かりで満たされる。その一部は炉にも渡る。炉はその上部が石の蓋のようになっていて取り外しができるものだ。それを利用して料理用のかまどとして使うことになった。

 そうしてしばらくすれば今度は良い匂いで部屋が満たされていく。夕食の完成は間近だろう。

 ふとトオルのことが気になったカナタが外に出ようとしたとき、扉が自然と開けられた。そしてその向こうにトオルはいた。


「やっぱりここか。いやあ、疲れたぜまったくよー」


 トオルの声が聞こえたのか、サクラが「おかえりー」と言葉を返す。目の前のトオルにカナタは言う。


「ここだってよくわかったね」


 トオルは表のほうを親指で指して言う。


「ウ、マ」


 カナタはその言葉で合点した。あの馬はもともとトオルが借りてきた馬でもあるし、普通の馬と比べても一回り以上大きい。三人の家がここだと主張するのに十分な標識にもなっている。

 部屋に入って椅子に腰を下ろすと、トオルは心境を吐露した。


「どいつもこいつも無表情でほんと気が滅入っちまうよ。誰に話しかけても無表情なんだぜ? 体力的な問題よりも精神的にきついったらねえよ。だいたい人がアイリスから来たとか言ったら無表情の割には視線が集まるしよ。睨まれてる感じがしたからリパ出身ってことに言い換えたけど、何かあるぜあれは。でもほんと疲れる仕事だったぜ。まあその対価が――」


 トオルは腰に身に付けていた小さな袋から一枚取り出してカナタたちに見せる。


「これなわけだけどな」


 そこには小金貨が一枚。およそ銀貨百枚の価値があるものだ。本来の金貨より一回りも二回りも小さい。金貨自体は大きく、しかも価値がありすぎるため持ち運びには適さない。その点、小金貨は銀貨とほぼ同サイズで、持ち運ぶのに便利でもある。その分価値は低いが、高すぎる買い物でもしない限りは使い勝手が良い。


「トッくんすごい! 一日でそれだけ稼げるって相当なことよ」


 トオルはどうだとでも言わんばかりの表情で得意げだ。事実これは三人にとって朗報で、この町の滞在に対しては問題がなくなったと言って相違ない。


「今日使ったのがおよそ銀貨三十枚くらいだから――相当十分な額だね」


「俺が昼飯に銀貨十枚使ってるから、それだとだいたい四十枚くらいだな。ただ、今日は初めてだったってことで、色を付けてくれたらしい。明日以降は少し減って八十枚になるって話だ」


 それにしても十分な金額だ。下手をすればこの町で一生暮らしていけるほど。

 カナタは椅子に座ってトオルに尋ねる。


「明日も?」


「一応な。やってみたら多少は面白かったってのもあるかもな。もう少しくらいなら手伝ってもいいんじゃねえかなって思って」


「トッくんが稼いできたところ悪いんだけど、私たちは特に何も情報は得られてないわよ。分かったことといえば、トッくんもさっき言ってたけど、アイリスのことを悪く思ってる人たちがいるらしいみたいなことがわかっただけ」


「何言ってんだよ。十分なものが手に入ってるだろ」


「何?」


 サクラがきょとんとしながら首を傾げる。


「この家だよ。これのおかげでだいぶ安くすんでると思うぜ」


「――ああ、そういえば」


 サクラは納得したように頷いている。

 カナタはトオルに言う。


「情報は明日から本腰を入れて、かな」


「そうだな。こっちでも聞き出せそうなことがあればやってみる」


 サクラがぐつぐつと沸騰する鍋をカナタたちの前へ持ってくる。煮えたぎるスープはテーブルの上に移されてもなお沸騰をし続ける。


「これ大丈夫なのか?」


「昨日食べたでしょ? あれを真似してみたの」


「ああ、昨日の」


 トオルは少し驚いたようだったがすぐに納得していた。

 先ほどの買い物でサクラはよくわからない石を買っていた。この料理に使うためのものだったのだろう。昨夜、初めて石の入った料理を食べたカナタは驚いた。もちろん石自体は食べたわけではないのだが、その発想はカナタの常識の外にあるものだった。

 サクラは満面の笑みで二人に言う。


「お熱いうちに、召し上がれっ」 

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