15 『閑静』
次の日は食料を整える日であるはずだった。はずだったのだが、サクラの放った一言で三人の予定は変更に至った。
「私、この町のことをもっと知りたい。やっぱり笑顔がないなんて絶対におかしいよ」
カナタはサクラの意見に賛成も反対もしなかった。この旅の決定権はトオルにあるべきだと彼は考えているからだ。もちろんカナタは滞在することを期待していたが、これに関しては口を出す前にトオルも同じ気持ちであろうと考えていた。だから彼は「トオルはどう思う?」と尋ねるだけで他に何も言わなかった。そしてトオルが「そういうのも旅の醍醐味だよな」と言うと、この町にもしばらく滞在することが決定した。それが朝の出来事だった。
それでも滞在するにあたっては問題点が幾つかある。その問題点を解消していこうというのが滞在にあたっての当面の目標だ。
旅の荷物は一時的に宿に置いている。尤も、三人の所有する馬に荷物をぶら下げ、一時的に馬を保管してもらっているというだけだ。これに対して店主は「邪魔にならなければ構わない」と述べていた。
宿を出ると目の前には水車の備えられた店が並んでおり、店と店の間から川が流れるのが三人には見える。これらの店が何の店であるのかは定かではないが、そのうちの幾つかは食に関する店であることは明らかだ。パニーの焼ける香りが辺りをほのかに包んでいる。
「まずは金だな」
トオルはそう言った。たいていのことは資金が潤沢であれば解決する。宿の問題も食料の問題も。
それは現状に限った話ではないのだが、そこから話を始めるのは悪いスタートではない。今後のためにも資金は十分にあったほうが良い。
「それを入手する手段があればいいのだけど」
リパの町と比べればこの町はそこまで広くない。その中で対価を得られるような活動ができるとはカナタは考えられなかった。本来であれば宿や料理屋、あるいは食料店の手伝いなどが妥当なところだろう。しかしながら、この町の規模や来訪者の数を考慮するとリパの町のようにはいかないだろう。
「考えがないこともない」
トオルは自信ありげに二人に言った。サクラは瞬時に何か心得たように頷いた。
「わかったわ。私が料理屋で働けばいいってことね」
「おいおい、そんな食糧危機が起こりかねない大それたことを俺が提案すると思うか」
「失礼ねー。私だって結構料理上手くなったはずでしょ? この前も私が作った料理を『美味い』とか言って食べてたじゃない」
ディーモの町までの道中で、サクラは何度も料理を振る舞った。確かに失敗したものもあったのだが、全体的には良くできていて、トオルも思わず「美味い」と漏らしたこともあった。
「あれは、ずっとまともな飯を食べてなかったから、それで魔が差しただけだ」
「ということは、その『まともじゃないメシ』の中で私の料理は『まともなメシ』だったわけでしょ?」
トオルはばつが悪そうな顔をしている。対してサクラは勝ち誇ったようににやけている。ここまで立場が逆転することもあるのかと、カナタは二人を眺めていた。
「わかったわかった。仮にそうだったとしても、さすがにサクラに働いて来いとは言わねえよ」
「うーん……まあ、確かにそれもそうね。トッくんそういうところは律儀だからね」
サクラの話していた内容で何か気づくことがあったのか、カナタは「なるほど」と言って納得した。彼の勘が働くときはまるで別人であるかのように頭がキレる。
「鉱山で働くということか」
「さすがカナタだな。察しがいい」
この町は鉱山で栄えている。その採掘量は世界でも有数だ。来訪者のあまり多くないこの町が、なぜこの一帯にどっしりと陣を構え続けられるのか。それは一から十まですべて鉱石のおかげだ。
「どういうこと?」
「この町に来る途中、ここは鉱山の町だって話をしただろ? 鉱山の町ってのは鉱石を掘って生活してる町ってことだから、もし手が足りなくなるとしたら客商売よりも鉱山掘るやつのほうが先なんだよ」
「ただ現実問題として、それは僕らに手伝えるものなのかということだね。僕もやれればいいけれど」
「能力的にはトッくんに向いてそうだよね。筋肉あるし」
「体力的なものでいえばたぶん俺は問題ないな。カナタは心配があるなら無理はしなくてもいい。一人でもそれなりには稼げるはずだ。なんたって天才魔法使いでもあるからな」
「誤って使って天災にならないように祈らないとね」
「ならねーよ。昔のサクラじゃないんだから」
「あら、それは今の料理の腕は多少認めてくれたってこと?」
「別に俺だってむやみやたらにサクラのことを否定してるわけじゃねーよ」
「ふーん。そうなんだ」
サクラはちょっと意外そうにトオルを見ていた。
カナタは二人に割って入る。
「話を元に戻そう」
「そうだな。鉱山で働くことに問題があるとすれば、俺が町の外の人間だということだけと思うぜ。町の外の人間には働かせないとか、そんな規則があると厳しいな。まーでもたぶん大丈夫じゃないかと思ってるけどよ」
「何か理由が?」
「いや、単純にここの人たちあんまりそういうこと気にしてなさそうだからな。あんなに無表情だし」
彼らが出会った人は、ミナトを除いてみな他人に対しては無関心だというような人ばかりだ。もちろんそのイメージのほとんどは表情から来るものであったが、あながちトオルの推察も間違ってはいないのかもしれない。
トオルは二人と分かれて鉱山のほうへ向かった。鉱山は町の中央を流れる川の上流に位置している。昨日、トロッコを押す男たちがその方角から来ているのを彼らは見ていた。
「じゃ、ちょっと行ってくる。なんか町のことわかったら教えてくれよ。可能だったら安い宿とか探しておいてもらえると助かるわ」
トオルはそう言って二人のもとを離れて行った。こういうときに一人でもきちんと動くことのできるトオルは二人にとって頼れる存在でもある。
離れるトオルをよそに、カナタは言う。
「仮にトオルが手伝えなかった場合も考えておこう。安い宿ではなくて、宿の代わりになるような場所とかね」
「町の中に宿の代わりになる場所なんてあるのかな?」
「もちろんなければ町の外も考えるけど……でも、ある気がする」
この町は王都やリパの町と比べれば小さい。しかし町として機能する分には十分な広さがある。その上で気になるのが、人の少なさだ。忙しそうに動き回る人が何人も目に入る。そういった人がいるにはいるのだが、それにしても数が少ないのだ。これだけの建物が並んでいれば何十人もの人を目にしてもおかしくないはずなのに、カナタの目に入る人の数は十数名に過ぎない。
「僕の予想が当たっているのなら、昨日の子ども――確かミナトと言っていたと思うけど、彼が言っていた数年前のときに、この町の人口が減ったんじゃないかと思うんだ。その影響で今でも空き家があるはずだと思う。少なくとも幾つかは」
「そんなこと言ってたっけ?」
「何年か前から仕事が減ったとか言ってたはずだよ。今はまた戻ったらしいけどね」
「記憶にあるようなないような……。カーくんはよく覚えてるねー。私は男の子にしては可愛い子だなあと思ったことと、あと名前くらいしか覚えてないよ」
「それはそれで、サクらしいと言えばサクらしいよ」
「そ、そう?」
サクラは嬉しそうに照れている。
「とにかく、ちょっと向かってみようか」
「どこに?」
「あの鍛冶屋に」
サクラは不思議な顔をしてカナタの後を付いて行った。カナタがなぜ鍛冶屋を目指しているのかその真意を測りかねているのだろう。
鍛冶屋の前に来ると、中からハンマーの音が聞こえる。
「なんで鍛冶屋なの?」
「鉱山の仕事がなくなったときに一番最初に仕事がなくなるのは鍛冶屋かなと思ってね。もちろんこの町を訪れる人が減れば料理屋とかも減るだろうけど、ちょっと鍛冶屋の設備にも興味あったから」
それでもサクラはまだしっかりとは把握できていないようだ。しかしそれと同じくらい気になることがサクラにはあった。
「ここのおじさんに聞くの?」
「……嫌?」
「カーくんが聞きたいんだったらいいけどさ、あんまりここのおじさん好きじゃないかな」
「どうせすぐ終わるから大丈夫だよ。他の鍛冶屋探すよりも早いしさ」
「……わかった」
サクラは不本意だと知らせるように頬を少し膨らませた。
カナタはハンマーの音が止む頃合いを見計らって鍛冶屋の扉を開ける。
「すみませーん」
「いらっしゃい」
奥の扉から昨日の男が出てくる。カナタたちの顔を見ると「ちょっと待ってろ」と言って、奥から椅子を持ってくる。そして細長いカウンター越しに座った。サクラはその姿勢を見て嫌な予感を感じているようだった。
「まさか今日も来るとは思わなかったな。それで何の用なんだい」
一人で座って勝手に話し始めてしまったことに違和感を持ったのか、男はいそいそとカナタたちに椅子を勧める。
「ああ、その辺の椅子を勝手に使ってくれて構わねえよ」
男が指差したあたりの椅子をテーブルの近くに置いて、二人は座った。
「今日は話を聞いてくれるんですか」
「まあいいさ。別段忙しいわけでもあるまいし」
「では早速なんですけど、この店は長いんですか」
本題とはずいぶん関係のなさそうなところからカナタは尋ねた。
「うちか? まあそうだなあ……俺が子供のころにはもうやってたからな。何年になるだろうな。それが知りたいのかい?」
「いえ、知りたいことはちょっと違うんですけど、じゃあ二年前に仕事が減ったときどう思いました?」
「あんときは焦ったな。いつも来てくれてた行商人が仕事を止めるだとか変えるだとか言ってきてな。あんときはほんとに大変だったよ。でもな、うちの店はまだましだったよ。結構長くやってるから、古い付き合いのあるやつらがまだ品物を運んでくれる。むしろ煽りを食ったのは他の店だろうよ」
顔色は変えていないが、語気に幾らか感情が入っている。昨日の男の対応と比べると、その出来事がどれほど特別な出来事だったのかが理解できる。
「やっぱり、何店かは辞めてしまいましたか?」
「何店かってか、半分くらいは辞めちまったんじゃねえかな。いや、半分はいかねえか。まあそれくらい厳しい出来事だったな、あんときは。兄ちゃんたちはこの町で鍛冶屋でも始めようってのかい?」
「えっと、そこは考え中です。もし良かったら元鍛冶屋で空き家になってる家とかがあれば、紹介してもらえると助かるんですけど」
「鍛冶屋っつってもよ、いいもんじゃねえぞ。悪いことは言わねえけど、もう鍛冶屋は流行る仕事じゃねえぞ。やめとけやめとけ」
「見るだけでもいいんで」
男は何か戸惑いながらも、最後にはしっかりと教えてくれた。
「まあ、やりたいってんだったら構わねえけどよ。あのー、なんだ、川沿いの端にある家。あそこは昔俺の知り合いがやってたところでな。もう誰も使ってねえからその辺のを好きに使ってみたらどうだ」
カナタは「川沿いの端ですね?」と場所の確認をすると、男は「そうだ」と返事をした。それは一つの目的が達成された瞬間だった。
「ありがとうございます」
「それと、兄ちゃんはもちっと鍛えたほうがいいぞ。そんな体型じゃ長く鍛冶屋はできねえよ」
カナタは愛想笑いをした。そして教えてもらった家を見学するということで、カナタは鍛冶屋を出た。
店の外に出るとサクラは言う。
「意外とあっさりだったね」
「どこかしらかで空き家は探せると思ってたから早く見つかって良かったよ」
宿に留めていた馬を移動させるために二人は宿へ向かった。
馬を牽くことはカナタにとって初めてのことだったが、従順な馬なのか抵抗せずに素直に付いてきた。空き家の前の杭に手綱を結ぶと、それが三人の仮の宿である証となった。




