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彼が魔王になった理由  作者: 真
第二話 踏み出す一歩
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14 『奇怪』

 町に着いた三人はひとまず宿を確保することにした。リパの町とは違って宿屋の数もそう多くはない。人の声もそれほど多くなく、その代わりに聞こえるのはトロッコを動かす音とハンマーの音だ。そして町の中で見かけるのは体格のいい男ばかり。それが常に何人かは視界に入り、忙しなく動き回っている。宿屋を探している最中にカナタはその一人にぶつかりそうになったが、男は「すまん」と一言だけ言うとそのまま重そうなトロッコを押して去って行った。その涼しい気温とは裏腹に、とにかく蒸し蒸しする町だという印象を持ってもおかしくはない町だ。

 ベッドのマークがぶら下がる店に入り、カナタたちは一息つこうとする。


 ところが、この店主が少しおかしかったことがことの始まりだった。


「一泊、三人で銀貨七十枚でいいよ」


「あのー、二部屋がいいんですけど……」


 サクラが確認すると、店主はどうでもいいといった面持ちで言う。


「ああ、空いてるから自由に使うといいよ。銀貨七十枚で構わないから。それと、部屋の鍵はこれね」


 店主はそう言うと机の上に鍵を置く。


「夕食は町の鐘がなった頃からならいつでも。食堂に来れば夕食を出すよ。この町の中ではそこそこ美味いもんを出せると思うよ」


 店主のその言葉を最後に、鍵を受け取った三人は部屋へ向かった。

 一見何気ない会話ではあったのだが、言葉面が問題だったのではない。

 この会話の間、店主は一度も笑顔を見せなかったのだ。

 放つ言葉にいたっても、優しいとか温かいとかそういう印象はない。接客ということをまったく感じさせないぶっきらぼうな話し方は、他人に興味がないという印象でもあり、すなわち冷たさを感じさせるものでもある。

 並べられた言葉自体は優しいのに、それと相反する心証が受け取れる。

 そんな店主に三人は会ったのだ。

 これがことの始まりだ。


 部屋に着くとすぐにサクラが二人の部屋に来た。ノックすらされずに勢いよくドアが開けられた。


「この宿、大丈夫かな? なんかちょーっとだけ嫌な感じがするよ」


「僕には否定する材料はないな」


 トオルは頭をポリポリと掻くと、窓の外を眺めて言う。


「少し外に出てみるか。俺たちがちょっと疲れてるのかもしれないし、この宿がたまたまかもしれない。それに他にも何かわかるかもしれないからな」


 二人が頷くと、三人は宿の外に出てみることにした。


 宿の外に出るとカナタは辺りをもう一度見渡した。

 まだ太陽が沈む時間ではないはずだ。しかし、ところどころ立ち上る煙のせいか少し暗い印象を受ける。歩き回る男たちも忙しそうに動いているものの、その表情からは明るさをあまり感じない。


「どうせだから鍛冶屋にでも行ってみるか。カナタ興味あるだろ?」


「そうだね」


 カナタはもともと鍛冶屋の息子だ。しかし、父親以外の鍛冶屋がどのようなものなのかを彼はまだ知らない。そういった意味でカナタは単純に鍛冶屋に興味があった。しかもこの町は鉱山の町である。鍛冶屋が店を多く構えているため、探すのは簡単だ。しかし、今はそれだけが理由ではない。この町のただならぬ雰囲気を理解するために、誰かまともな人を見つけたいという思いもある。

 比較的近くの、ハンマーの看板がぶら下がる店に一同は足を踏み入れる。


「いらっしゃい」


 店内から聞こえる声にはやはりどこか無関心さがある。

 入るとすぐのところにカウンターがあり、その奥に扉がある。おそらく店主と客はこのカウンター越しに会話をするのだろう。

 奥からカナタと同じくらいの背丈の少し太った男が姿を現した。


「なんだ子どもか。何か用かい?」


 子どもは客ではないと言いたげな態度にサクラは少しムッとしたが、本当に客ではないからか言葉は返せない。

 男はカウンターに腕を置くと、三人が何を切り出すのかをうかがっている。


「僕たちこの町に初めて来たんですけど」


「するってえと客なのかい」


「いや、ちょっとお話をうかがいたくて」


「それじゃあ客じゃないのかい」


 客なのか客じゃないのかに妙にこだわる店主だ。


「お話は聞けませんか」


 少しイライラしてるのか、サクラが尋ねた。


「客じゃねえなら話は聞けねえな」


 すでにサクラの火山は噴火寸前である。このようないまいちすっきりしない男がサクラは苦手なのだ。


「私、外出てるね。あとはお願い」


 そう言ってサクラは店の外に出てしまった。

 カナタとトオルはため息をつく。そうしてカナタは改めて鍛冶屋に尋ねる。


「僕はアイリス出身の鍛冶見習いなんですが、ちょっと見学させてもらえないかと思いまして」


「兄ちゃんはアイリスの出身なのかい」


「はい」


「あそこは賑やかな町だなあ。そういえば、最近聞いたんだけどよ、魔物に襲撃されたって噂。あの話は本当なのかい?」


 カナタにとってはあまり思い出したくない、そんなあの日の出来事だ。


「そうですね。今は復興に向けて大変なことになってると思います」


「やっぱり本当の話か。なるほど」


 男は何かに納得したようにそう独り言ちた。


「それと、兄ちゃんには悪いけどな、今日の仕事はもう終わってんだ。また明日にでも来な」


 そう言うと男は店の奥に入ってしまい、二人は外に出るしかなかった。

 外に出ると先ほどよりは気分の落ち着いているサクラがいた。


「何か聞けた?」


「何にも」


「わかったことがあるとすれば、やっぱりここのオヤジも無愛想だったってことぐらいだな。何なんだこの町は」


 旅の人というものはたいていは歓迎されるものだ。町で何かを消費するということは、町の外の貨幣が町の中に転がり込むということでもある。町が裕福になるということだ。そのため、このような扱いを受けることはまずない。何が原因なのかははっきりしないが、少なくともこの町はその例外になるということになる。


「旅の人?」


 三人の近くから声がした。一人の子どもがいる。緑の短髪にクリッとした目。サクラよりもさらに少し低い背は三人との年の差を少しだけ感じさせる。


「ボクはミナト。お兄さんたちは?」


 急に話しかけられて三人は少し困惑しているが、サクラが答えた。


「私はサクラ。こっちの真っ赤な髪のお兄さんがトオルで、少し茶の入った黒髪のお兄さんがカナタ。君は今一人なの?」


「そうだよ。少し時間があったからちょっと家を出て歩いてたんだ。そしたら見たことない人がいたから、旅の人かなって」


 サクラはカナタとトオルにしか聞こえないような声で相談する。


「どうせならこの子にこの町のこと聞いちゃわない?」


「サクに任せるよ」


「俺も」


 サクラはミナトのほうに向き直ると尋ねる。


「私たち今日初めてこの町に来たんだけど、なんかみんな疲れてるように見えてね。いつもこうなの?」


「疲れてる? もしかしたらだけど、最近鉱山でのお仕事が増えたみたいだから、それでかな?」


「仕事が増えた?」


「うん。一週間くらい前かな。それぐらいからお仕事が増えたんだ。お父さんが言ってた。それで疲れてるんじゃないのかな」


「それじゃあいつもはもっとみんな笑顔だったりするのね」


 サクラは安堵の表情を見せた。


「笑顔? この町では笑顔になる人はあんまりいないよ。最近お父さんが見せてくれたけど、そんなに何回も笑顔にはならないね」


 ミナトは一つも顔色を変えずにそう言った。この子も確かに今の今まで表情を崩していない。声色や抑揚の付け方から紛らわされていたが、顔の表情はほとんど変わっていない。人形のようだというべきか、表情がまったく変わらないでいる。

 サクラは不安そうに尋ねた。


「なんでみんな笑わないのかな」


「それはボクにはわからないよ。みんなが笑わないからボクも笑わないだけだから」


 表情こそ変えてはないものの、何か笑顔のようなものが感じられる。言葉の話し方が先ほどまでの大人たちとは少し違う。明るいというか楽しげというか、声に表情があるようにも感じられる。それゆえに反ってその表情が不気味に感じる。


「ミナトくんは笑顔、できる?」


「うん」


 ミナトは可愛らしい笑顔を見せた。サクラは再び安堵の表情を見せる。


「だって昔はみんな笑顔だったからね。今はみんな無表情だけど、お父さんはそれも仕方がないことだって言ってた」


「どういうこと?」


「何年か前にお仕事が急に減ったんだって。そのショックでみんなうまく笑えなくなっちゃったって。だからボクだけ笑ってるのも変だから一緒にしてるんだ」


「でもミナトくんが小さいころはみんな笑顔だったんだよね?」


「そうだよ」


 ミナトの話が本当ならばこの町もリパの町と同じように何かしらかの問題を抱えていることになる。カナタはふと思い出して口を出す。


「でも、お仕事はまた増えたんだよね?」


「うん。だけどそれは今だけだってお父さんが言ってた。なんかキンキュウジタイなんだってさ」


 ミナトの言葉は片言だったが、カナタは緊急事態だと理解した。辺りの雰囲気からは緊急である様子は微塵も感じられない。どちらかといえば落ち着いている。トロッコを押す人が忙しそうにしているが、全体としてはとても長閑だ。その穏やかな雰囲気の中に一刻を争う事態が内在しているとは、とてもじゃないが思えない。

 話の隙間を縫うように鐘の音が聞こえてくる。その音は山のほうから聞こえ、聞こえてくる方向には鐘を鳴らすための高台がある。


「あ、そろそろお父さんが帰ってくる時間だ。またね、サクラ姉ちゃんと、あと兄ちゃんたちも!」


 そう言ってミナトは去って行く。カナタとトオルは名前を憶えてもらえなかったのだろう。


「鐘の音は終業の合図ってところだな」


「僕たちにとっては夕食の合図でもあるよ。なんというか、悪意があってこんなことになっているわけではないことはわかったわけだし、ひとまず安心して夕食を食べるのがいいんじゃないかな」


「そうね。ところで二人とも、この町で有名なものは何だか知ってる?」


 少し得意げな顔を見せるサクラに、トオルは少しだけ意地悪する。


「鉱石?」


「違うわよ! 食べ物の話! あー、でも半分当たってるかも」


「おいおいちょっと待てよ。俺たちは石でも食わされるのか?」


「そんなわけないでしょ。この町では料理の中に石を入れることがあるの。とっても熱くした石をね。そうすると料理がアツアツの状態で常に食べられるわけ。なんでも熱を閉じ込めやすい鉱石を採取して、それを使ってるって話ね。確か名前は――マグマライトだったかな?」


「サクの食にかける思いにはいつも驚かされるよ」


「まあね」


 料理に石を使うのは涼しい地方ならではの食事の工夫だ。雪が降るような気温ではないものの、ここまでの道中ですでに感じた温度差をカナタは思い出していた。その涼しさ、あるいは寒さにこの先の旅が危惧されるほどでもある。


「まー、でもとりあえず、美味いもんが食えるってことだな?」


 トオルは宿のほうへ振り向くと歩を進めた。


「まったく、食べ物のことになるとトッくんは早いんだから」


「それはそっくりそのままサクにも言えるけどね」


「なんか言った?」


「なんにも」


 カナタは笑った。先に歩を進めていたトオルが振り返って呼びかける。


「置いてくぞー」


 カナタとサクラはトオルの後ろを付いて宿に戻った。

 食堂ではアツアツのスープが湯気とともに迎えてくれた。

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