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彼が魔王になった理由  作者: 真
第一話 配られたカード
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12 『リパージュ(2)』

 カナタの目に飛び込んできた光景は信じられないものだった。想像だにしなかった出来事が、可能性がないと思われていたことが起きているのだ。それは夢や幻ではなく、疑いの余地すらない現実のはずである。カナタは頬を捻ってみるものの、あまりの現実離れした状況に痛さすら感じられない。よもや夢なのではないかとも思えてしまう光景。


 青色に塗られた皿が多いのだ。


 しかもただ多いだけではない。

 すべてなのだ。すべての審査員が青の皿を掲げているのだ。

 どの皿に目を向けても青く塗られている。異常とも言えるこの事態に、最初に声を発したのはトオルだ。興奮を隠しきれないほど声に力が込められている。


「おいおい、これはすげえぞ」


 カナタも答える。


「僕にもにわかには信じられない光景だよ」


 むしろこの光景を簡単に信じられる人がいるのなら見てみたい。カナタはそんな気持ちだった。

 向かいにいるロープの男もわけがわからないといった表情でこの結果を眺めている。盛り上がっているのは観客の人たちばかりで、当の本人たちは驚きのほうが大きい。内情を知る人間はすべて驚いていると言っても良いだろう。皿を掲げた審査員本人もみな驚いているのだから。


 カナタはふとヒトハのほうを見る。喜びの声が聞こえなくて少し気になったのだ。

 顔を向けると、ヒトハは声も出せず、瞳に涙を浮かべていた。涙袋にたくさんの涙を溜めているが、限界を迎えてこぼれ落ちている。口元を抑えている両手に涙の川がぶつかると、手をつたうようにして進路を変えながら流れる。しばらくすると今度は顔を手で覆い、声を押し殺している。それでもこぼれ落ちる涙に、泣いていることを隠せているわけではない。


「ヒトハさん、おめでとう」


 カナタに続いてトオルも声をかける。


「確かにこれはヒトハのおかげだな。泣いてないでもっと嬉しがれよな」


 ヒトハは小さく嗚咽を漏らしながら「ごめんなさい」と言う。


「また謝ってばかりだ。ヒトハさん、こういうときはありがとうって言うもんだよ」


 それでもヒトハの返す言葉は変わらない。


「そうだよね。ごめんなさい……」


 その答えにカナタとトオルは顔を合わせて微笑む。ヒトハの性格も一朝一夕で変わるものでもないだろう。

 カナタが安心していると、台が強く叩かれる音を聞く。そしてこの場にそぐわないような乱暴な声が会場を一蹴する。


「ちょっと待った。なぜだ。なぜ向こうの料理のほうが上なんだ」


 声の主はロープの男だった。その矛先は料理人に向けられている。当然勝つと思っていたはずなのだから何かの間違いだと考えているのだろう。


「私たちは指示されたように最高の食材を、私たちの持てる技術の限りをもって調理したはずです」


「ではなぜ負けた」


「そ、それは……」


 料理人たちは逃れるように目線を審査員に向ける。その目線の先にいた審査員の体が一気に緊張したのが読み取れる。


「お前ら、なぜそっちの料理に選んだんだ。なぜだ!」


 ロープの男は周りの男たちに抑えられながらも、審査員たちを睨んでいる。

 カナタもその点は腑に落ちない。この勝負に勝ったことはいい。ただ、なぜ勝ったのかがいまいち理解できないのだ。食材はエステストのほうが良いものを使っただろう。おそらく料理の腕も、環境などもエステストのほうが上だと思われる。しかしながら結果的に勝ったのはヒトハのリパージュだった。しかも審査員の言葉を借りれば、そこには比較的差があったとのことだ。選ぶのも容易なほど。


「わ、私たちは素直に美味しいと思うほうを選んだまでで……」


「だからそれがなぜこっちの料理じゃないのかということだ!」


「そこまでは……」


 怒鳴られ罵声を浴びせられている審査員たちは完全に委縮している。


「私が説明しようじゃないか」


 リンダが名乗りを上げた。


「この勝負はエステストの負けだ。しかし納得がいかないのなら私が説明しよう。私も皿を渡した後に裏で同じものを食べていたからね」


「お前が?」


「私の舌ではどちらの料理も美味しかったよ。エステストの料理は一流のものが使われていて、その素材の味が存分に引き出されていたと思うし、コノハの料理には親しみやすさが感じられた」


「そのままの評価ならどう考えても我々の料理の勝ちだろう」


「しかしね、あんたらが呼んだ相手が悪かったんだよ」


「相手?」


「審査員のことだよ。こいつらはこの町で細く長く店を営んでる連中だ。もちろん私もそうだがね。そもそもこの連中は贅沢はしないし、この町にある食材で町の連中に安く美味いもんを出してるんだ」


 ロープの男が意図を汲み取ろうとしかめ面をしている。


「つまりね、そんな高級なものなんて滅多に食わないんだよ。だからレシピ通りに作ったところで最大限の味にならない。そもそも高いものを使う料理じゃないからね。それに加えてもう一皿のほうはこのリパの町で愛されている味そのものだ。この町の連中が長年かけて少しずつ変えてきてたどり着いた味。下手に高いもんを使わないで、安い食材を時間をかけてゆっくりと丁寧に使ってる。どっちがうまいかと聞かれたらそんなのはすぐに選べるね。加えてコノハのほうが温かくて美味しかった。エステストには高級であればうまいはずだとか、そういう油断のようなものがあったんだと私ゃ思うよ」


 ロープの男は黙った。

 リパージュは高級料理ではない。リパの町の住人が愛し続けて来た料理だ。その歴史に突如介入してきた高級食材は、料理にうまく馴染めなかったのだろう。そしてそう簡単に馴染ませることもできない。時間が足りなかったのはエステストのほうだったのかもしれない。


「お前さんたちは食材や料理のことについては一流だったのかもしれないけど、この町のことについてはよくわかってなかったってことだね」


 リンダは笑顔になって一言付け加える。


「まあまた頑張りなよ。それじゃあね」


 そう言い残すとリンダは去って行った。ロープの男は黙ったままだ。


「おーい」


 サクラの言葉がして、カナタは辺りを見渡す。カナタは手を振って応える。近くに寄ったサクラは言う。


「すごいよ! 勝ったんだね! 今夜はお祭りだね!」


 最後のはよくわからないが、嬉しんでいることには間違いないだろう。


「ヒーちゃんも頑張ったね……ってあれ?」


 泣いているヒトハを見てトオルに顔を向けるサクラ。


「またトッくん泣かせたの? ダメだよ、女の子泣かせたら」


「いやいやいや、違うって。ヒトハは嬉しくて泣いてるだけだから」


 トオルは必死に無実をアピールする。涙を拭いながらヒトハは言う。


「ごめんね。誤解させちゃって。もう大丈夫だよ」


「本当に? いじめられてたらいつでも私に言ってね」


「うん。でも本当にもう大丈夫」


 ヒトハのぐしゃぐしゃの笑顔が印象的だ。


「でもヒーちゃんの料理がエステストを打ち負かしただなんて、私も鼻高々だよ」


「なんでお前が天狗になってんだよ」


「だって私が見込んだ逸材だからね、ヒーちゃんは」


 四人は笑いながら話している。ほとんどの問題は解決したのだ。ただ一つを残して。

 カナタはロープの男に近寄る。


「勝ったら言うことを聞いてもらえる、でしたね?」


「……何だ」


 ロープの男は不貞腐れたように答えた。


「高級肉を見せてほしいんです。この店の中にあるやつを。僕は高級食材ってのを見たことがないので、見てみたいんですよ」


「……そのために戦ってたのか?」


「さあ?」


 カナタはそれ以上答えなかった。

 ロープの男は周りの人間に厨房から肉を持ってくるように言った。カナタとは目を合わせずにいる。


「それ見たら帰れよ。いつまでもこんなとこに居てもらっちゃ商売あがったりだからな」


 そう。このままエステストが負けて終わるだけでは、何も変わらないのだ。表面的な問題は解決していても、いずれまたエステストの天下になることは目に見えている。それをどうにかするためにはこの場で二度と悪事を働けないような鉄槌を下す必要がある。

 料理人が箱を持ってカナタのそばに来る。


「これがいつもお店で使っている高級肉ですか」


「そうです」


 料理人は答えた。続けてロープの男に尋ねる。


「これが、あなたが売った『玖』だとか『拾』だとかいう高級肉ですか」


「そうだとこいつらが今言っただろう」


 ロープの男はめんどくさそうに荒く答えた。


「なるほど」


 カナタは振り返って手を挙げるとサクラを呼ぶ。


「これがエステストの使っている『玖』とか『拾』だって言うんだけど――」


「全然違うわね」


 サクラは断言する。


「例えば『拾』の部位に関して言えば、尻尾の部分で売られているものの最上のものだけを『拾』と呼ぶ規定のはずよ。これはどう見ても尻尾ではないからすぐにわかるわ」


「なんでお前がそれを……俺を騙したな?」


 ロープの男は目を見開いて言った。そこまでの知識を持つ子供などそうそういないのだから驚いて当然だ。ましてや、見たことないと言っていたカナタが近くにいたのだからなおさらだ。


「僕は初めて見ましたよ。見たことがなかったのでね。ただ、残念ながらまだ最高級肉を見ることはお預けなようですね」


 カナタは皮肉を言った。

 そこに後ろからトオルが近づいて来て言う。


「これ、結構問題ですよね。王都に連絡を入れておくんで、覚悟してくださいね」


 この一連の流れを見ていた周りの観衆が、口々にこの出来事を話している。もはや言い逃れはできないだろう。しばらくすれば王都の人がこの町に来て、今回の事態は収拾へと向かうはずだ。そうなれば他の宿も以前のように客足が不足することはなくなり、きっとまた昔のように栄えることになるだろう。カナタはそう思った。

 こうして、時間はかかったものの、この町での問題は解決された。




 その後コノハに戻ると大混雑だった。町のはずれにも関わらず、大勢の人が押し掛けて来て大きな人だかりとなっていた。コノハの部屋はすべて埋まり、カナタたちでさえ大広間で寝る始末。それでもカナタは今までにない幸福に包まれて眠った。

 次の日の朝も大忙しではあったものの、カナタたちは旅の支度を整えることを始めた。

 いつまでもこの町に滞在しているわけにもいかない。この旅の第一の目標はルシオの町に行くことであるのだから。

 コノハの店は今回手伝ってくれた宿の紹介で何人か従業員が増えることになった。カナタたちはその人たちに今後のことをお願いした。しばらく行われていたチラシも、協力してもらった宿の間で交代して続けられることになった。

 この町で為すべきことはなくなったことをカナタは実感した。


 それから数日後が旅立つ日だった。その日は朝からヒトハが泣き気味で別れを惜しんだ。数週間の付き合いではあったが、ヒトハもカナタたちもお互いに信頼のようなものを感じているのだろう。


「もう行っちゃうの?」


「私ももう少しいたい気もするけど、そう言ってたらずっと出発できなくなっちゃうからね。これからまだまだやりたいこともたくさんあるし」


「……そうだよね。なんか無理言ってごめんね。また会えるよね?」


「もちろん。王都に帰るときは必ず寄るよ」


 ヒトハとサクラは握手を交わす。再会の約束の代わりだろう。

 カナタは見送ってくれているヒトハとフタバに向かって言う。


「それじゃあ、そろそろ行きます。ありがとうございました」


 トオルは馬を歩かせる。サクラとカナタはそれに続いて歩く。

 町の東に抜けるため、中心部に向かって歩くというのが少し雰囲気に欠けるところではあるが、それもまた彼らの旅には合っているのかもしれない。

 カナタたちの背後から大きな声が聞こえる。

 力強く、自身に満ち溢れた声だ。出会ったときの彼女とはまるで違う。


「ありがとー!」


 振り返って少しだけ手を振ると、三人は再び前を向いて歩き始める。

 まだ進まなければならない道が彼らにはある。次のスタートを、彼らもまた切ったのだ。

 太陽の照り付けが眩しい夏の朝だった。

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